第62話 vs粘液
「消えただぁ!?」
それが報告を聞いたエイジの第一声だった。
「あんなでかいチューリップに飲み込まれて、すぐに凍りつかせたんだぞ! どこに消えたっていうんだよ!」
「こっちが聞きたいよそんなの!」
スバルが声を荒げる。
混乱しているのは彼とて同じだ。目の前で巨大チューリップに襲われたマリリスは、花弁を剥がしても見つからなかった。
とはいえ、そもそもこのチューリップが突然人に襲い掛かったこと自体が不自然なのだ。
長い間この場所に生えているが、それでもマリリスが近づいていったのがいい証拠だろう。
彼らの混乱は、どんどん大きくなっていく。
「常識的に考えて」
他のふたりが慌てる中、比較的冷静にシデンは分析する。
「いかに植物とはいえ、食べられた後すぐに消化されるとは思えない」
それこそ、飲み込まれてから凍りつかせるまでのタイムラグは殆どなかった。
にも関わらず、彼女が見つからないのは、
「胃にまで落ちた可能性が高いと思うんだけど、どうかな?」
「胃?」
「チューリップだぜ、これ」
「わかってるよ、そんなの。例え話さ」
だが、仮に食べられたとして。
飲み込まれた物はどのように伝っていくか。
シデンはこの巨大チューリップを人体に例えて説明する。
「まず、あの花弁が口だとする」
「うん」
それはわかる。
なにせマリリスを持ち上げた光景は、正に飲み込むといった表現がふさわしかったのだ。
「で、丸飲みした後通じるのは大体食道。そして最終的に胃に辿り着く。それをこのチューリップで表すと」
花弁から運び出されたとして、最終的にマリリスの身体が向かった先。
それは植物の根基に他ならない。
「つまり、根っこの部分ってことか」
地面から生える茎と葉っぱに向かい、エイジが歩み出す。
「よぅし」
袖をまくり、逞しい腕を露わにする。
その瞬間、この男がなにをする気なのかふたりは理解した。
「ちょっと離れてろ。泥がかかったらあぶねぇからな」
「スコップ持ってこようか?」
「いや、いい」
掘り出す気だ。しかも素手で。
こんな時こそ彼がアキハバラから持ち出したスコップの出番なのだが、不幸なことにそういう大きな荷物は獄翼の中に置いてきてしまっている。
「じゃあやりますか」
エイジの指が茎を掴む。
石柱のような太いそれは、彼が力いっぱい引っ張り出すと、一瞬にして引っこ抜かれた。根っこにこびり付いた泥が、辺り一面に飛び散っていく。
「マリリス!」
スバルが根っこに近づき、泥を叩き落としていく。
だが彼がいくら頑張って払い落としても、彼女の姿は出てこない。
その様子を見たエイジは、チューリップの生っていた地面に目を向け、一言。
「……洞窟になってるな」
「え!?」
その呟きに、他のふたりが思わず駆け寄った。
見れば、根っこが埋まっていた筈の地面には巨大な穴が広がっている。それこそ人が通っても問題なさそうな大きさだった。
「ここを通ってったのかね?」
「決めつけるのはまだ早いと思うよ。根っこの泥も全部落とせていないし」
シデンが巨大チューリップを一瞥する。
傍から見れば、巨大イカを引き上げたかのような光景だ。
大きく広がっている根っこが、扇子のように広がっている。
その殆どに泥がこびり付いており、その中のどれかにマリリスが絡まっている可能性もまだ捨てきれないのだ。
「よし、じゃあ俺はこのまま洞窟を調査するぜ。お前らは泥落としを頼む」
「それはいいけど、ひとりで大丈夫?」
勇ましく立候補するエイジだが、スバルには不安があった。
いかんせん、他のXXXとは違って彼だけ武器を持っていないのである。
腕力が売りだとは聞いているが、まともに能力も扱えない状態でこんな未知の穴に突撃するのは無茶だと、スバルは考えていた。
「点火係がいた方がいいんじゃないの」
「おいおい、俺が火も灯せないような人間に聞こえるからやめろよ」
「実際つけれねぇんだろアンタ!」
御柳エイジは炎を自在にコントロールできる力を持っているが、肝心の発火が出来ない。
マッチを擦れば棒がへし折れ、ライターで灯そうとすれば常識離れした握力で握り潰してしまい、必然的に誰かが『発火係』を担当する必要がある。
また、穴の中は真っ暗だ。
なにが潜んでいるかもわからないのに、明かりもなしに突撃するのは誰がどう考えても危険だ。
「じゃあ、スバル。灯りは任せるぜ」
「わかった。何かあったら頼むよ」
我ながら完全に他力本願だな、とスバルは思う。
だが仕方がない。彼は他の3人のようにハチャメチャな異能の力を持っているわけでもないし、特別身体を鍛え抜いたわけでもない。
生身で危機に陥ったら、彼らに助けてもらうしかないのだ。
「なんだ、溜息なんかついて」
「別に。じゃあシデンさん、根っこはお願い」
「うん。気を付けてね」
シデンが軽く手を振るのを見届けると、スバルは携帯ライターを取り出して着火させる。
小さな灯りが空洞を照らし、僅かながらに視界が良好になった。
「未成年が持ってるもんじゃねーぞ」
「カイトさんに持たされたんだよ」
カイト曰く『エイジと行動する場合は、持っていて損はない』とのことである。全くその通りなので、エイジは反論できなかった。
しかし、カイトと言えば気になる点がひとつ。
「……さっきのガキはなんなんだろうな」
「ううん、少なくとも俺は会ったことないけど」
空洞を進みながらも、ふたりは先程遭遇した少女について話し合った。
彼女の態度から察するに、自分たちのことを知っているように思える。
だが、自分たちは彼女に対する面識がまるでないのだ。
少なくとも、記憶に残ってはいない。彼女のような綺麗な金色の瞳を持っていれば、嫌でも記憶に残りそうなものなのだが。
「新人類軍……だとすると、俺らを放っておく意味もねぇよな」
「しかも、なんか予知してたっぽいよね」
彼女の口ぶりを思い出す。
あの時、少女は明らかにマリリスの近くにいるチューリップを危険視していた。現地住民でも気付かなかった危険性に気づいていた点が、彼女の異質さをより一層際立たせる。
「少なくとも、住民じゃなさそうだな」
「でも、俺たちが知りたいことを一通り知ってるのは間違いない筈だよ」
正直、この国は謎が多い。
昨日から続く国への不信感、行方知らずになったカイト。消えたバトルロイドの警備。突然人間に襲い掛かった巨大チューリップと捕食されたマリリスの行方。更には謎の少女の出現と、並べただけでてんこ盛りである。
考えただけで頭がどうにかなってしまいそうだった。
「兎に角、アイツは次に現れた時にとっ捕まえるしかねぇな」
それがエイジの結論だった。
少女に関しては身元も不明な以上、また現われるのを待つしかない。
その時に問いただすのみだ。
ゆえに、今は目の前の疑問に集中する。
「お」
歩いて数十分。
どこまで続いているのだろうかと思い始めた時に、それは現れた。
「なんか広い所に出たな」
人が通れるくらいの洞窟が終わりを迎え、突如として出現した広い空間にふたりは足を踏み入れる。
だが、その中も暗闇が支配している為に、中の様子がどうなっているのかはわからない。
「映画だと、こういう時はどこかに電気のスイッチがあるもんだけどな」
「そんな秘密基地じゃないんだから」
地面に手を伝わせ、電源がないか探し始めるエイジに、スバルは半目になっていう。
「でもよ。どう考えても、ここだけ整備されてねぇか?」
それをいわれると、そんな気がする。
巨大チューリップの根元から続く穴を辿ってここまで来たのだが、明らかにここだけ広い。それこそブレイカーが中に納まっていても違和感がないレベルだ。
「……まさか、ね」
大樹は現在、新人類王国の管理下に置かれている。
そんな大樹の地下に、彼らが倉庫を作っていても不思議ではない。
大樹のエネルギーを解析し、新しいブレイカーがあっても、広いこの空間なら幾らでも収まる筈だ。
なんたって全長40メートルのエスパー・パンダの中から出現した激動神という例もある。
「エイジさん。火をでかくできない?」
「いいけど、離れた方がいいぞ。危ないからな」
その言葉に頷くと、スバルは適当な場所でライターを地面に突き刺した。
ダッシュでエイジの下へ駆け寄ると、彼は『オーケー』と小声で呟く。
「よし」
エイジが手を前に突き出し、握り拳を作る。
すると同時に、ライターの先端から控えめに点火していた火が溢れ出した。パラシュートのような巨大な炎の球体を作りだし、周囲一面を灯りが照らす。
「あ!」
その瞬間、スバルは声を荒げる。
明かりが灯ったことで、ようやく彼らの目的を果たせたからだ。
「マリリス!」
しかし、見つけ出した彼女は一言では形容しがたい状態に陥っている。
先ず、彼女は水槽のように見える球体の中で黄色い液体に浸されていた。恐らく意識を失っているのだろう。彼女の瞳は閉じたままである。
そんな状態でも溺れていないのは、彼女の鼻と口に繋がっているホースのような細長いなにかが空気を送り続けているからだと推測できた。現に、繋がっている個所から『こぽこぽ』と気泡が溢れている。
「あの一瞬でどうしてこうなってるんだよ!」
「俺が聞きたいよ!」
エイジとスバルが駆け寄る。
彼女を閉じ込めている透明の球体を叩いて返事を促すが、マリリスは全く気付いていない様子だ。
「ていうか、口から出てるアレなんだ?」
間近で見ると、スキューバ・ダイビングにでも使いそうな酸素マスクに見えなくもない。
だが、そこから酸素を送り続けている細い物体は真上へと続いており、限られた空間しか灯りがともせない状態ではどこから伸びているのか分からなかった。
「んなことはどうでもいい。気泡が出てるってことは、生きてるってことだ」
退け、とエイジは呟く。
その言葉に従い、スバルは慌てて球体から離れた。
直後、エイジは右拳を突き出した。透明な球体が派手に壊され、中から黄色い液体が流れ出す。
「うえ!? なんだ、この匂い!」
間近でそれを浴びたエイジが、思わずそんな感想を漏らす。
スバルもその悪臭を前にして、鼻を摘まんでしまっている。中学の頃に行った理科の実験で、アンモニア水を作ったのを思い出す匂いだ。
「んでもって、べたべたするな」
鼻を摘まみながらもマリリスの下へと駆け寄り、彼女の様子を確認するスバル。服にこびり付いた液体に触れてみると、そこから粘液が付着して光る糸を作り出す。
マリリスの服が若干透けてるのもあって、少しいけない気持ちになってしまった。特に口元に付着している粘液がやばい。
ごくり、と固唾を飲む。
こうして見ると結構可愛い。普段はボロボロになったエプロンをかけている為にあまり意識してこなかったが、黙っていると中々に美人だ。
顔立ちも整っているし、スタイルもそこそこ。ドレスでも着飾れば、テレビにでて女優をやっていてもおかしくない。シンデレラっていうのはこういうことをいうんだろうなぁ、と勝手に思う。
「おい、なにしてんだ。早く運び出すぞ」
「お、おう!」
彼女を担ぎ出そうと、摘まんでいた鼻を離す。
刺激臭がスバルの鼻穴に侵入し、嗅覚を刺激した。
むせた。
「お、おい大丈夫か!?」
「あ、あいむおーけー……」
エイジは思った。
ちょっと鼻血でてないかな、と。
訝しげな視線を向けられていることなど気付かずに、スバルはマリリスを担ぎ、エイジに向き直る。
「よし、早く脱出しようぜ!」
「それはいいけど、お前鼻血でてるぞ」
その言葉に反応したスバルが、反射的に鼻元を擦る。
マリリスの服から付着した粘液が鼻について、鼻水が垂れているような状態になった。
「どう?」
もう鼻血が流れていないか、確認してくるスバル。
更にカッコ悪い状態になっているのだが、これ以上つっこんでいくとキリがなさそうなので、エイジは『大丈夫だ、行こう』と彼に行動を促した。
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