第61話 vsチューリップ
トラセットの首都、トラセインは4つの区画によって分けることができる。
マリリス達が働く商店街ブロック。
次にゴルドー邸が存在し、多くの住民が住む住宅ブロック。
そしてホテルなどで賑わう観光ブロックだ。
この3つは円を描くようにして最後の区画を囲っており、街の中心地を経由することでどの区画にも通いやすい構造になっている。
「で、その最後の区画があれか」
目を凝らし、スバルは見る。
まるで山のような存在感を醸し出す、この国のシンボル。大樹だ。
トラセインの街は大樹を囲むようにして形成されているのである。
「中心地にはなにがあるの?」
「大樹のほかには、大使館に墓地。他にはチューリップがあります」
「チューリップ?」
突然現れたメルヘンな単語を前に、スバルは首を傾げた。
それは大使館や墓地に並んで特筆すべき点なのだろうか。
「チューリップ畑があるってこと?」
同じく疑問に思ったシデンが問う。
すると、マリリスは僅かに首を横に振った。
「大樹の前に生えている、世界最大のチューリップです。丁度墓地の近くに生えているのもあって、お亡くなりになった人へのお祈りをそこで行う人も珍しくないんです」
「墓地じゃなくて、チューリップにそれをするの?」
想像すると、なんともシュールな光景だ。
線香をあげて『なんばんだぶ』と呟く喪服の関係者。そして墓地代わりに巨大チューリップ。少なくとも、日本式の葬式が似合う代物ではないと思う。
「そこまで本格的な物はありませんよ。お花をお供えするくらいです。最近、アーガス様もチューリップの周りにお花を植えているそうです」
「へぇ、あの人が」
スバルの記憶にあるアーガスは、常に薔薇を背負っているような派手な人間である。その彼が花を供えていると聞くと、どうにもカラフルな薔薇しか思い浮かばない。品種改良で作られた七色の薔薇が供えられても、絶対驚かない自信があった。
「で、大使館周辺の警護はどんな感じなの?」
「えっーと、流石にそこまでは……私たちは滅多なことが無い限り近づきませんし」
そりゃあそうだ。
パン屋で働く街娘が、大使館に赴く用事など滅多にないだろう。
ゆえに、シデンは質問を変える。
「ここの新人類軍は、普段街には出てこないの?」
「あまり見かけることはありませんが、大体大樹の調査やゴルドー様のご自宅の近くに控えています。警備の役目も果たしてるとか」
その言葉に、スバルとエイジは思わず顔を見合わせた。
先日のゴルドー邸では、そんな奴の姿なんかみていない。
精々中にメイドが控えていて、外の庭師が銃を隠し持ってたくらいだ。
「因みに、それってバトルロイド?」
「その筈ですけど、そういえば見ませんでしたね」
「うん、全然」
「うーん、アーガス様が帰郷されてるから、大使館の方に召集されたのかもしれませんね。最近、あのお方はバトルロイドを集めてなにかしているらしいですし」
その『なにかが』がまさか朝のテーマソング合唱とは、夢にも思うまい。
だが、なにも知らない彼らは『アーガスはなにを企んでいるんだ』と真剣に考えていた。実際やらせていることはリコーダーと鍵盤ハーモニカを使ったノイズ混じりの合唱なのだが。
「じゃあ、警備自体は手薄なわけ?」
「そう思います」
肯定してみせたが、しかし。マリリスは滅多なことが無い限り大使館には近づかない。アーガスが帰郷して以降、大使館になにかがあったのは確かだろう。街中のどこにもバトルロイドを見かけないところから、それが伺える。
「じゃあ、まずは大樹で様子を見ようか」
シデンがいうと、一行はその言葉に頷いた。
それから歩いて少し経過すると、一行は国のシンボルへとたどり着く。
「うっへぇ」
遠くから見ても結構なでかさだった。
しかし近くで見れば、迫力が段違いである。目の前にあるのは物言わない樹木の筈なのだが、踏みつぶされてしまうではないかという圧迫感があった。
「怪獣みたいだな」
「どんくらいあるの、これ」
蟻の気分を味わっている反逆者たちがマリリスに問う。
「細かいところは不明ですが、確か東京タワーよりやや小さい程度だった筈ですよ」
「でけぇよ!」
大きいのは知っていたが、予想以上の大きさである。
ガイドブックなんかには約200メートルと記述されているが、300メートルと記述したほうが正しいのかもしれない。
「こんなん、よく管理できるな」
「できていませんよ。現に新人類王国は今も人員を派遣して……あれ?」
そこでマリリスは気づく。
普段は観光客を大樹に近づけさせないためにバトルロイド達が警備をしているのだが、今日はそれを見かけない。
昨日まではいた筈なのだが、今日見ているのは朝から墓地へ参っている国民や、わざわざ大樹を拝みに来た観光客くらいである。
「バトルロイドさんがいないですね」
「なんだと」
その言葉でエイジは周囲を見渡した。
確かにバルロイドはいない。いないがしかし、まだ早朝である。交代で入れ違いになっただけではないかという疑念が彼の中ではあった。
「今日はまだ来てなかったりするんじゃねぇか?」
「エイちゃん、バトルロイドは24時間稼働しっぱなしが普通だよ」
「それに、警備するバトルロイドさんは数十機はいます。それが今日に限って見当たらないなんて……」
それを聞くと、確かに不自然である。
マリリスの記憶が確かなら、昨日まで配置されていた筈なのだ。
大樹が貴重なエネルギー資源である以上、ここを放置することはありえない。戦争までして獲得した代物である。これで突然『捨てる』なんていわれたら、親を失ったマリリスは怒りを通り越して愕然とするところだ。
「他に変わったところは?」
「ううん、ここからだとなんとも……大使館や墓地を見てみないことには」
「じゃあ、墓地へ行ってみようぜ」
スバルが提案する。
現状、バトルロイドが一番配置されている可能性が高いのが大使館である。しかしアーガスがそこで寝泊まりしているという事実が、彼に墓地への様子見を提案させた。
「わかりました。参りましょう」
そんなことなどいざ知らず、マリリスは反逆者たちを墓地へと案内する。
そこに辿り着くまでに10分もかからなかったのだが、その間も彼らはバトルロイドと遭遇することはなかった。
「ここが墓地になります」
柵で囲まれている平原の前に立ち、マリリスはいう。
「どうだ。変わったところはあるか?」
「一応、この入口もバトルロイドさんが見張ってるんですけど……やっぱり今日は見かけませんね」
街の中心区からバトルロイドの姿が消えた。
しかも、一番警備していなければならない筈の大樹を放ったらかしにしているのである。
「どういうことだ?」
「ううん……」
不可解な現実を前にして、全員が唸る。
ここにきて、まさか謎が増えるとは思わなかった。
一体トラセインに在住している新人類軍になにがあったというのだろう。
「ところでさ」
そんなことを考えていると、ちらちらと視線を横に送りつつもスバルが口を開いた。
彼はやや遠慮しがちに指をさし、マリリスに問う。
「もしかして、さっき言ってたチューリップってあれ?」
「あ、そうです。あれですよ!」
スバルの指さす方向には、巨大なチューリップがある。
その周辺には観光客や国民たちから定期的にかざられているのであろう、花が供えられていた。
しかし、そのチューリップがまたでかい。
多分先端まで10メートルはあるのではないだろうか。花弁の中から人間が出てきてもおかしくはない大きさである。
「よくあんなに育つね」
「あんな感じのクリーチャーがゲームに出てきそうだな」
反逆者一行の脳裏に、赤い帽子を被った配管工に襲い掛かる巨大な食人植物の姿が浮かんでくる。
しかしそれを聞いて憤慨するのは、長い間この国に住んでいるマリリスだ。
「大丈夫ですよ! 私が生まれた頃には既にあんな感じでしたし」
「じゃあ、あの花は10年以上枯れてないのか?」
そう考えると、また不気味な話である。
いかにトラセットの植物が他国のそれと比べて長寿でも、マリリス以上の年となるといささか不気味だ。大きさも相まって、等身大の怪物のように見えなくもない。
「というか、あの怪物花の周りにある黒い薔薇はなんだ?」
エイジが顎を向け、視線を促す。
その先には彼が指摘したように、チューリップを埋め尽くすかのようにして黒い薔薇がひしめいていた。チューリップの巨大さに目を奪われていたが、一面真っ黒なこの薔薇も中々不気味である。墓地の前にあるのもあって、中々ホラーチックな雰囲気を漂わせていた。
「恐らく、あれは勇者様のお供えした薔薇ですね」
「あれが?」
に、しては数が多すぎないだろうか。
地面を真っ黒に覆い尽くしているソレは、例えようによっては海を作っているように見えなくもない。
「近くで見るとわかりますよ。勇者様の薔薇は艶が違いますから。と、いうわけなので見てみません?」
「見たいの?」
「はい!」
笑顔で答えられた。
この国の住民にとって、アーガス・ダートシルヴィーはアイドル的な存在なのだろう。そんな彼が作った薔薇を間近で見るチャンスは、彼が王国に勤めるようになってからは珍しいことだった。
しかし、スバル達はあくまで余所者である。
「悪いけど、俺はパス。あの人とはいい思い出がないし」
「俺達も手がかりがないか、少しこの辺で様子を見ておくよ」
「そうですか……」
しゅん、と俯いて悲しそうな表情になった。
悪いことをしてしまった気がする。
「じゃあ、私だけで見に行きますよ! 行っちゃいますよ!?」
「お、おう」
連れて行きたいのだろうか。
チューリップの方向へ数歩進んだ後、彼女は何度かこちらを振り返り、最終的には黒い薔薇を間近で見学し始めた。
何度か向けられた物寂しそうな視線が、中々心に突き刺さる。
「……お母さんと一緒に本を読みたがる子供みたいだな」
「わかり難い例えだね」
しかし、マリリスの反応から察するにチューリップの方もこれといった変化はなさそうだ。
勇者によってお供えされた黒い薔薇も、若干異質ではあるが直接疑問に繋がるわけではない。
「とりあえず、後は大使館か」
腕を組んで、エイジが呟く。
大樹と墓地からバトルロイドが消えた以上、残る可能性は大使館に集合しており、なにかしらの理由で動けないことくらいだろう。
それこそカイトが捕まっているのであれば、彼が暴れはじめて全機召集されたと考えると納得がいく。
だが、そうだとしても静か過ぎる。
もし戦闘が起こっているのだとしたら、大使館の方角から激しい轟音が響いてもおかしくない。だが昨晩から今朝にかけて、街は静寂そのものだった。
「どっちにしろ、見てみないと始まらないな。少なくとも、お供えをしているからアーガスさんはいる筈だけど」
と、スバルが呟いた。正にその瞬間だった。
「ん?」
彼の正面に、見知らぬ少女が突っ立っていた。
やや遅れて、エイジとシデンも彼女の存在に気づく。
年はスバル達と同じくらいだろうか。彼女の金色の瞳は真っ直ぐこちらを見て離さない。
「どうしたお嬢ちゃん。俺達になんか用か?」
無言でこちらを見続ける少女に対し、エイジが尋ねる。
すると彼女は、ゆっくりと口を開いた。
「皆さんの仲間は無事ですよ」
「なに!?」
短く紡がれた言葉は、3人の予想に反した物である。
反射的にエイジは詰め寄り、威嚇するように吼えた。
「お前、なんか知ってるのか!?」
年頃の娘なら、その言葉と凶暴な目つきだけで卒倒してしまうかもしれない。少なくとも、スバルは今の言葉でびくり、と身体が震えた始末だ。
だが少女は、平然と、怯まずに続ける。
「心配せずとも、近いうちに皆さんのところへ帰ってきます」
少女は回れ右。
腰にまで届きそうな青い髪を靡かせながらも、反逆者たちから離れていく。
「待て! テメェ、何もんだ!」
エイジが少女の肩を掴み、問いただす。
だが彼女は振り返らぬまま、彼にいった。
「私よりも彼女に目をかけた方がいいのではないでしょうか?」
「彼女?」
「ええ」
どういうことだ、と問う前に。
異変は起きた。
「きゃあああああああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
耳をつんざくような悲鳴が響き渡る。
反射的に3人が振り返った。
そこには信じられない光景があった。
巨大チューリップが花弁を広げ、マリリスに覆いかぶさっていたのだ。
「なっ!?」
なんだあれは、と口にする前に異変は次のフェイズへと移る。
花弁は口を閉じるようにマリリスの肢体を締め付け、そのまま元の体勢へと戻っていったのだ。
まるで恐竜映画に出てくるティラノサウルスが、獲物の頭をかじってそのまま勢いよく飲み込むかのように。
「マリリス!」
スバルとシデンが走る。
直後、マリリスの足の爪先までもが花弁の中に飲み込まれる。
「スバル君、退いて!」
視界の前を走るスバルにそう指示すると、シデンは右腕を大きく振るった。彼の掌から冷気が溢れ、鞭のようにチューリップへと襲い掛かる。
次の瞬間、巨大チューリップの花弁が一瞬にして凍結した。
ドライフラワーになった大きな花が、萎れてスバル達の前へと倒れ掛かる。
それを見るや否や、スバルは巨大植物へと走り出す。
「マリリス? マリリス!」
「花弁を剥がすよ。手伝って!」
シデンの出す指示に従い、スバルは花弁を砕き始める。
その光景を見たエイジ。こんな力仕事こそ自分の出番である。彼は名乗りを上げる為、少女に釘をさすことにした。
が、
「あれ?」
既に少女の姿はなかった。
一瞬である。たった一瞬、マリリスの悲鳴で後ろを振り向いた瞬間、彼女は姿を消してしまったのである。
思わず墓地へと駆け出し、彼女の姿を探す。
しかし、どれだけきょろきょろと見渡しても結果は変わらなかった。
そして数分後。
少女の姿を完全に見失ってしまったエイジは、仲間からマリリスが消えたという報告を受けた。
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