第60話 vs手術とスープ

 目覚めるのに数日の時間を要するだろう、とアーガスは口にしていた。

 ところがどっこい、神鷹カイトはその日の深夜に目が覚めてしまった。ぼんやりとした意識は瞬く間に覚醒し、自分の身に起こった出来事を思い出す。


「!?」


 飛びあがるようにして上体を起こす。

 だがそんな彼を押さえつけるようにして、見えないなにかが背中を引っ張った。


「ここは」


 見えない力によって再び横にされたカイトが見た景色は、意識を失う前にいた場所のそれとは全く違う物だった。

 まず、外ではない。目の前に広がる岩でできた天井は見覚えがなかった。

 また、今横になっているのも堅いベッドである。

 記憶が正しければ、花畑の中で倒れ込んだ筈だ。それがなぜ、こんな場所にいるのだろう。


「……まさか」


 その謎を解くカギは、先程自分を押さえつけた見えない力だ。

 カイトは過去、同じような引っ張られ方をした経験がある。あれは確か、アキハバラで換金を行った時のことだ。


「エレノアか」


 自分以外誰もいない、薄暗い岩の部屋の中でぼそりと呟く。

 するとどうだろう。真横に見える扉の奥から『がたっ』となにかが倒れる音が響く。直後、ドタドタと立ち退きまわる音に変わるが、それから数分してようやく扉が開いた。


「はぁい。エレノアだよ」

「なにしてたんだお前」

「愛しの君が名前を読んでくれたから、思わず椅子から転げ落ちちゃった。てへ」


 こつん、と自分の頭を小突いて舌を出す。

 これが俗にいう『テヘペロ』という奴だろうか。

 一方通行のラブコールを送ってくる人形オバサンにやられたところでまるで嬉しくないのだが、今に始まったことではないので、カイトは敢えて沈黙を守る。


「ねえ、リアクションくれないと寂しくてどうにかなっちゃうんだけど」

「……いや、コメントする程の感動はない」

「ちぇ」


 心底残念そうに唇を尖らせた。

 目の前で動いているエレノアはアキハバラで出会った人形と同じだったが、相変わらず妙に人間臭い動きができる逸品である。

 カイトはエレノア本人に対し、そんなに好意を抱いてはいないが、彼女の作る人形のクオリティの高さには素直に称賛の意を送っていた。例えそれが元々生きていた人間を使っているのだとしても、だ。


 そこまで思考を回したところで、カイトはふと思い出す。

 そういえばこのトラセット。エレノアが人形の素材を仕入れている場所だった。確か、国のシンボルであるアルマガニウムの大樹を材料にして人形を作ったのだといっていた気がする。


「貴様の現地工房か、ここは」

「お、よく気付いたね」


 残念がっていたエレノアが、その言葉で表情を緩める。

 なにが嬉しいのかわからないが、聞いてもいないのに嬉々として工房の説明をし始めた。


「ここは私の作業場だね。今君が横になっているのが、解剖場所」

「よし、ぶっ殺す前に今すぐ解放しろ」


 早速紡がれた物騒な単語を前にして、カイトは苛立ちの感情を隠さない。


「うふふ。そんなに痛々しい姿になって、まだ私の糸から抜け出せると思ってるの?」

「切断ならできる」

「知ってるよ。だから念入りに縛ってるんじゃないか」


 縛っている、といっても原材料はあのアルマガニウム製の糸だろう。

 目を凝らさなければ見えないレベルで細く、頑丈なその糸は人形の操り糸として、またある時はピアノ線の如く敵を絞め殺す凶器として機能する。

 彼女がその気になれば、この解剖台ごとカイトをミンチにすることも可能だろう。

 既に縛り付けられている状態では、糸を切り裂く前に己の肉が切り裂かれるのは明白である。悲しいが、抵抗するとこちらが不利な状態だ。


「……で、なんの用だ」


 溜息をつき、カイトは尋ねる。

 現状を見る限り、アーガスと戦った後の自分を回収したのは他ならぬ彼女なのだろう。

 

「解剖台に寝かされてるんだ。なにをされるかわかるだろ?」


 エレノアが次々と仕事道具を目の前の持ち出してくる。

 糸、木材、刃物、ノコギリ、ネジ、etc

 見るからにやばい代物のオンパレードだった。見ただけでこれから仕事をするんだろうな、と推測できる。


「安心してね。私の作業は一日もかからないから……ああ、ダメだ。興奮してきた」


 エレノアの魂魄を宿す人形の目玉が、見るからに凶器の色で染まっている。心なしか目玉がぐるぐると渦巻いている気がした。口元から涎が垂れ、両手をわきわきと動かしながら近づいてくる。


「じゃ、じゃあ早速手術するからね。改造しちゃうからね。立派な物に仕上げてあげるからね!」

「やめて」


 目の前で息を荒げつつ、迫るエレノアに危機意識を持つカイト。

 明らかに正気ではない。

 顔と顔が近づき、少しでも押し出せば鼻がぶつかりそうな距離で涎がかかる。人形でも液体を流すあたり、かなり凝っていると思う。彼女の職人としての技術の高さが、改めてよくわかる。

 だが、自分がその仲間入りを果たすのは断固として拒否したい。


「やめろ。やめて。やめてください。お願いしますやめてくださいエレノアさん!」


 プライドも意地も全部殴り捨てた。

 見れば、彼女の右手にはノコギリが。左手には加工済みの木材が握られていた。

 これはマズイ。

 この前、アキハバラで右腕を切断したからこそ理解できる。今彼女がやろうとしていることをこの身に受けたら、滅茶苦茶痛いだろう。

 それどころか、人間の姿を捨てることになりかねない。


「あ、あはっ。あははは! 夢にまで見た時が来たんだよカイト君。私と君の新しい門出に乾杯!」


 顔に唾がかかった。

 目薬を指すかのようにして目にかかったそれを振り払うと同時、エレノアが右腕を振りかざす。

 直後、岩の空間に悲鳴が響き渡った。

 彼がこんな叫び声を放ったのは、この世に生を受けて22年。コレが始めてである。

 その切ない叫び声が同時に、エレノアの興奮を更に高めたことはいうまでもないだろう。







 一方、トラセットのゾーラ宅。

 マリリスを頼り、彼女の自宅で泊まることになったスバル達は温かいスープを御馳走になっていた。コーンポタージュである。

 ここ最近、節約と場持ちの為に殆どカップヌードルしか食べてなかった為か、妙に身体に染みる暖かさだった。


「美味しい!」

「うめぇ!」

「おばさん、お代わり!」

「はいよ、まだまだあるからたんとお食べ!」


 当初、スバルは年頃の娘がいるお宅に泊まることを渋っていたが、コーンポタージュを口に運んでからそんな気配をみせなくなった。

 エイジとシデン同様、ただ貪欲に食欲を満たす餓鬼の如くパン屋のおばちゃんにたかっていたのである。

 既にマリリスの数倍の量をたらいあげ、ジュースでも飲むかのように胃に流し込む光景を目の当たりにすると、少しは遠慮しろよといいたくなるところだ。


「良い食べっぷりだねぇ。男の子はこうでなきゃ」


 ところが、家主であるゾーラの態度はマイルドだった。

 寧ろ、急に押しかけてきた彼らを歓迎している。彼らが国に活気をもたらした反逆者というのもあるが、純粋に困っている人を見捨てられない人種なのだろう。

 食卓の場も、自然と彼女とマリリスの話になる。


「このパン屋はふたりで経営してるの?」

「はい。私とゾーラおばさんで、もう4年になります」


 女ふたりでの経営。

 しかも4年前、マリリスはまだ小さな子供だ。

 ゾーラがこの数年間、どれだけ苦労したか想像するに余りある。特にスバルは同業者だ。カイトが来る前まで殆ど男手ひとつで経営してきた父、マサキのことを自然と思い出してしまう。

 アスプルの家族環境といい、この国はやけに自分の家を思い出させるな、とスバルは思った。


「他の家族は?」

「……新人類王国侵攻の際に、亡くなりました」


 一気に空気が重くなった。

 横に座るシデンとエイジから冷たい視線を受け取ったスバルは、慌てながらも続ける。


「ご、ごめん! そんなつもりじゃ……」

「いえ、いいんです。もう4年も経ちますし。それに、おばさんがいますから」


 聞けば、親を亡くしたマリリスは昔から顔見知りだったゾーラの家に引き取られ、そのまま家族同様の暮らしをしているらしい。

 男手はなく、不便な一面もあるらしいが、そこはアルバイトの協力を得てなんとかやっているのだそうだ。

 

「……いい話だなぁ」

「そうか?」


 その話を聞き、思わず涙ぐむスバル。

 横のエイジが怪訝な表情で見てくるが、気にしない。

 カイトがやってくるまでの蛍石家も、割と苦労していたのだ。その苦労を知る者として、感情移入せずにはいられない。

 もっともこの男、学生の身分をいいことに家事の殆どをカイトに任せて趣味に没頭していたのだが。


「それにしても、お友達の件を相談しなくていいのかい?」


 厨房からゾーラが顔をだす。

 少々小太りなのが目につくが、気のいい初老の女性は椅子に座ると反逆者たちを一瞥した。

 そんな彼女の疑問に回答したのは、シデンである。


「彼は基本、一匹狼ですから」

「それでも、お友達は大事にしてあげないとダメだよ」

「わかってますよ」


 そのセリフはわかってない奴の発言ではないだろうか。

 未だに彼らの狙いがわからないスバルは、隣に座るエイジに問う。


「ねえ、なんで明日にするの?」

「夜は街に人も出ないから、襲われやすい。ついでにいうと、もうちっとこの街について知りたい」


 パンに噛り付き、スバルの疑問に簡単に答えると、エイジはマリリスに視線を向ける。


「マリリス。明日、街をもう一度案内してもらってもいいか? できれば、今度は大樹がある方面で頼む」

「明日は休日なので構いませんけど、いいんですか?」

 

 マリリスが3人に疑問の眼差しを送る。

 この国のシンボルであり、巨大なエネルギー資源である大樹は新人類王国の目が常に行き渡っている。そこに行きたいというのは、わざわざ敵地に出向きたいといっているのと同義なのだ。

 アスプルも夕方の道案内では、わざわざそこを避けてくれている。


「勿論、帽子とか被ってカモフラージュはするけどな」

「それに、一番面倒な場所がそこなら初めに確認しておきたいですし」


 ふたりの発言で、スバルにもようやく彼らの目的がわかってきた。

 ゴルドー邸に配置されていないバトルロイド。新人類王国に捕まったのかもわからないカイトの行方。夕刻に感じた疑問を解消する為にも、一度新人類王国側の現状を目で確認しておこう、というのだ。


「そうだねぇ。仮に大使館に友達が捕まってるとしても、今はアーガス様があそこに滞在しているし、無暗に命を奪うことはないと思うよ」


 本当にそうだろうか。

 スバルは思う。彼の指示の下、父は死んだ。

 アーガスが大使館に滞在しているのは、ゴルドー邸で遭遇しなかったことからある程度予想はしていたのだが、その彼をどこまで信用すればいいものかいまいち判断がつかないのだ。

 

「……そうだといいんだけどね」


 スプーンをお皿の上に戻し、スバルは呟く。

 トラセットの勇者、アーガス・ダートシルヴィー。もしかすると明日にも彼と再会するかもしれないと考えると、気分は落ち込むばかりだった。

 

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