第56話 vsダートシルヴィー家とトラセット文化

 トラセットは国民も認める、緑溢れた植物の国である。

 だが、同時に芸術の国としても有名だ。この国から排出された音楽家は世界中でコンサートを開き、画家がなにか描けば高い値で売れる。陶芸家は王国に出向いて王の像を作ることまでしたのだそうだ。


 そんな国の最高責任者の豪邸の中は、想像以上に芸術品が並んでいる。


「うわぁ……」


 招かれたスバルも絶句する品の数々。

 右を見れば絵画が存在しており、左を見ればなぜかパイプオルガンが置かれている。絨毯に至っては金色だった。ここまでくると趣味が悪い気さえする。


「どうぞ、おくつろぎください」


 招き入れたアスプルがそういうが、見るからに金ぴかなソファーとテーブルが並んでいる中、どうリラックスしろというのだろう。

 眩しすぎて具合が悪くなりそうだった。


「なんというか、こう……典型的な金持ちの家って感じがするね」


 シデンの感想に、エイジとスバルは無言で頷く。

 ここまでくるとコップも金色に輝いているのではないだろうか。

 そんな予想を立てた時だった。


「レディイイイイス、アアアアアアアアアアアアアアンド! ジェントルメェン!」


 突如として、屋敷の中に大声が木霊した。

 どうでもいいが、彼らの中に『レディー』はひとりもいない。レディーっぽい男はいるが。


「なんだ?」

「父ですね」

「お父さん!?」


 あっさりとアスプルが認めたと同時、それは起きた。

 4人が入ってきた扉が勢いよく解き放たれる。何事かと思い、来客はそちらを見やった。

 するとどうだろう。そこから人が入ってこない代わりに、どこからともなく音楽が流れ始める。運動会の時にでも流れてきそうな、非常に陽気な曲である。


「トラセット民謡です」

「民謡なの!?」


 律儀に解説するアスプルをよそに、扉からメイドが姿を現した。

 なぜかくるくると音楽に合わせて回転し、器用に足首をひねることで部屋の中へと移動している。バレエかなんかか、これは。


「あ、またきた」


 そのメイドを先頭として、次々と同じ回転移動で部屋へとやってくるメイドたち。服装の色が違うのが個性的である。趣味の悪い黄金の部屋を色鮮やかにするように、彼女たちはカラフルな衣装を身に纏い、踊っていた。


「ようこそおぉぉぉぉぉっ!」


 色鮮やかなメイド舞踏会に目を奪われた反逆者たちを歓迎したのは、最後に部屋に入ってきた大男だった。

 鼻先から存在感をアピールするガイゼル髭、身長もエイジを超えて2メートルはあるんじゃないかと思える巨体。なによりも目を引くのは、部屋と同じ黄金に輝くスーツ。無駄に眩しい。

 しかし巨体に似合わず、透き通った声をしている。

 急な出来事にも関わらず、その美声に3人は聞き惚れてしまった。


「反逆者様の皆さんんんんんんんっ!」


 音楽に合わせて声を伸ばす大男。

 周りで一律した踊りを見せるメイドたちを含めたら、完全にミュージカルである。


「早速ですがあぁぁぁぁぁっ、おもてなしをおぉぉぉぉぉぉっ、お受けくださいいぃぃぃぃぃぃぃぃっ!」


 ちょっと無理やり声を伸ばすと同時、スバルの手が引っ張られる。


「え?」


 見ると、いつの間にやら真横に移動していたメイドが少年の手を取っていた。そのまま勢い任せに引っ張られ、スバルはダンスメイド軍団に引き込まれる。


「え? え!? ええっ!?」


 リズムに合わせ、ステップを踏みながら微笑むメイド。

 まさか踊れというのか。自慢じゃないが蛍石スバル、16歳。ダンスは未経験である。

 見れば、エイジとシデンも別のメイドに手を取られてダンスに誘われていた。ふたりともちょっと戸惑っているが、メイドの動きに合わせて見よう見マネでステップを踏み始める。なんて器用な奴らなんだ。恐るべしXXX。


「お、俺フォークダンスとかやったことないんだけど!?」


 焦り、かっこ悪い台詞を吐く少年。

 しかし狼狽えるスバルをよそに、メイドはくすりと微笑んだ。


「大丈夫です。力を抜いて。私に任せてください」


 小声で呟くと、彼女は少年の腕を引いた。

 助言に従い、力を抜くスバル。するとどうだろう。少年の身体はコマのように回転し、横で踊るメイドへとパスされた。


「え!?」

「次、いますよー」


 メイドに抱えられ、ダンスでいうところの女性を受け止める姿勢になったスバル。完全にヒロイン役である。

 ところが、そのヒロインは次々とメイドたちに引っ張られては抱えられるという、比較的ぞんざいな扱いを受けた。傍から見れば高速でフォークダンスをしているように見えなくもないのが恐ろしい。

 そんな流れで最初に手を取ったメイドの下へと戻ってきて、見事に部屋を一周した瞬間に音楽は止まった。

 完全に目が回ったスバルは最初のメイドに抱きかかえられ、手足を絡まれて強制的にポーズを取らされる。


「おお、ブラボー! ブラボー!」


 ずっと歌い続けた黄金のスーツを身に纏った大男――――ゴルドーが感極まったといわんばかりの表情で拍手を送る。

 エイジとスバルもダンスパートナーとなってくれたメイドに一礼し、はにかんでいた。そんな楽しそうな空気の中、スバルは思う。


 なんで俺はこんなベーゴマみたいな役なんだ、と。


 見方を変えれば、複数人のメイドさんとダンスをしたといえなくもない。

 いえなくもないがしかし、ずっと回されっぱなしである。途中から相手の顔なんか見る暇はなく、ただ引っ張られ続けただけだ。

 他のふたりがちゃんとダンスをやっていた分、ちょっと納得がいかない。


「では、メイドダンス部隊。撤収を」


 ずっと真顔で一連のなんちゃってミュージカルを見物していたアスプルが命ずると、メイドたちは無言で一礼。

 しかし最初にスバルの相手をしたメイドが近づき、こっそりと彼に耳打ちする。


「反逆者様、ダンスは社交辞令ですよ。嗜むことをお勧めしますわ」


 余計なお世話だ馬鹿野郎。

 可愛く微笑むと、メイドは笑顔のまま退出していった。

 なんだったんだ、今の。


「いかがでしたかな、反逆者様。トラセットに伝わる芸能文化に触れた感想は」

「いい趣味してると思うぜ」


 割と満足したようで、エイジは親指を立ててゴルドーの質問に答えた。

 それに気をよくしたのか、ゴルドーはうんうんと頷く。


「それはよかった。ところで、連絡をいただいた時、反逆者様は4人と伺っておりましたが?」

「ひとりは別行動中です。偏ると、面倒になりそうなんで」


 若干濁しつつも、シデンはいう。

 やや残念そうな表情を見せると、ゴルドーはアスプルの方を見やる。


「おい、反逆者様にお茶を出すのだ」

「わかりました」


 丁寧にお辞儀をし、アスプルは退出する。

 だがこの瞬間、スバルはちょっとした違和感を覚えた。

 このゴルドーと呼ばれるアスプルとアーガスの父親は、息子の名前を呼ばないんだな、と。

 単純にタイミングを逃したのか。それともスバルが考え過ぎなのか。

 いずれにせよ、マサキが行ってきた対応と比べると若干のズレを覚える。


「ん? どうした」

「いや……なんでもない」


 考えても仕方がない。

 今は目の前の金ぴか親父の話を聞こうじゃないか。

 彼らがどういうつもりで自分たちを呼び出し、滞在を勧めるのか。それ次第では、彼らともっと深く関わることになる。

 自分の感じた違和感を追及するのは、その後でいい。

 この時スバルは、そう考えていた。

 




 アーガス・ダートシルヴィーの朝は早い。

 早朝、起きて洗顔をした後、彼は鏡へと向かって自身の美しい顔立ちを確認する。


「うむ、今日も私は美しい」


 一目で自画自賛すると、ダートシルヴィー家に代々誇る伝統、胸ポケットに突っ込まれた薔薇を口にくわえてポーズをとりはじめた。

 様々な角度から己の美しい立ち姿を確認し、美貌を磨く。

 美は一日にしてならず。彼は自身の美しさを極める鍛錬を怠ったことはない。


 一時間ほど鏡と睨めっこをし終えたアーガスは、第二の日課を行動に移す。

 大使館にひしめくバトルロイドを引き連れ、外に出ると彼らは出て来たばかりの太陽に向かって歌い始めた。

 タイトルは『美しき赤きアーガス』という。国の作曲家に作らせた自身のテーマソングだった。

 

「の~らい~ぬ、よりもぉ」


 バトルロイドの1体が鍵盤ハーモニカでリズムを作り、もう1体がリコーダーを吹いて音色を生み出す。

 そんなトラセットの早朝に響く、勇者とアンドロイドの群れによる賛歌。

 ちょっとシュールである。

 

「う~つく~しす~ぎるぅ……私ぃっ!」

『ア~ガ~ス』


 背後に並ぶバトルロイド達の無機質なハモりが響くと、アーガスは満足げに両手を挙げて撤収を促した。

 鍵盤ハーモニカとリコーダーの担当はちょっと残念そうにしながらも、全機に撤退の合図を出す。


 さて、この時点で聡明な読者の皆さんはご察しかも知れないが、アーガスは現在、実家ではなくトラセットの新人類大使館で寝泊まりしている。

 リバーラ王から直接帰郷の許可を貰っているとはいえ、一応この国の最高権力者の息子にして、勇者とまで呼ばれた男だ。

 トラセットが反旗を翻す可能性が高い今、英雄であるこの男を自由に遊ばせることは王国としては望ましくないのである。更にいえば、あくまで謹慎中の身分で自由に行動させるのは、他の者に示しがつかない。

 それでも帰郷が出来るのは、彼が数年の間に築き上げたキャリアが幅を利かせているのが大きかった。兵としてはわずか数年の彼が、小さい頃から雑用をしているメラニーを配下にして、大使館の責任者にまで伸し上がったことからもそれは覗える。


 とはいえ、彼は割と自由だった。

 見ての通り、朝早く起きては鏡の前で決めポーズをとり、勝手にバトルロイドを徴収して飽きもせずに同じ歌を歌ってばかり。

 その後はバトルロイド付き添いの下、大樹の周囲で植物を育てたり、街中に出て住民と挨拶をする。一通り故郷を満喫すれば、大使館に帰って飯を食べて寝るという、あまり英雄とは思えない生活サイクルを送っていた。


 この日のアーガスも、例外ではない。

 隣にバトルロイドを従わせ、適当に街をぶらつく。

 その後は大樹の前で祈り、自身の活動を報告する。この程度だ。


「……ふむ」


 だが今日に限っていえば、少し違う。

 自分を見守る視線が、増えているのだ。途中から突然現れ、それ以降ずっとついてきている視線は、少なくとも好意的な感情を持っていない。もし持っていたら、こんなに鳥肌が立つことはないだろう。追跡者の視線は、常に殺気を放っていた。


「アーガス様、いかがなさいました?」

「いや、なんでもない。美しく次へ行こう。気品を忘れるなよ」


 バトルロイドはこの視線に気づいていない。

 自分にのみ向けられた物だろう。

 明らかな挑発だった。


 問題があるとすれば、それを放ってくるのが誰なのか、ということだ。

 自分でいうのもなんだが、アーガスはトラセット国内に住む人間は皆、自分のことが大好きだと思っている。

 同時に、アーガスはそんなトラセットが大好きだ。ゆえに、彼は勇者として君臨し、戦ってきた。感謝される覚えがあっても、誰かに疎まれる覚えはない。


 ――いや、よく考えればひとつある。

 謹慎を受ける前、ヒメヅルと呼ばれる日本のド田舎で、彼はある失態を犯した。その失敗のせいで少年が父親を亡くし、ある超人の逆鱗に触れることになったのは、今でも鮮明に記憶している。


「……そうか、彼か」


 逆にいえば、それくらいしか心当たりはなかった。

 あの人のよさそうな旧人類の少年に、人を殺す視線を向けることなどできはしまい。それならこの視線の主は、XXXの方だろう。


「独り言ですか、アーガス様。気持ち悪いです」


 物思いにふけっていると、隣で歩くバトルロイドが勇者の心を抉ってきた。雑兵の癖に中々生意気である。

 しかし、勇者はくじけない。

 強き者は、弱き者の前では常に見本でなければならない。彼の持論だ。ゆえに、故郷の前では泣かない。苦しくったって、悲しくったって。


「おほん」


 一度咳払いして、心を落ち着かせる。

 だが、この視線をぶつけてきているのが、あのXXXの青年だと仮定しよう。わざわざ自分になんの用だろうか。

 仮にも今のアーガスは王国兵。謹慎中とはいえ、地位もそれなりに築いている。戦って負けているとはいえ、そんな奴にわざわざ用事があるとはとても思えない。

 もっとも、彼が出てこないのは隣にバトルロイドがいるからだろう。

 王国の管轄下であるこの国で、妙な騒ぎを起こせば、それだけでお縄に付くことになる。

 と、いうことはだ。

 彼は自分がひとりになるのを待っているのではないだろうか。


「ふぅむ……敵という立場でありながら、相手に求められる私。美しい」

「アーガス様、キモイです」


 自分勝手な妄想に耽っていると、横のバトルロイドが容赦のないツッコミを入れてきた。しかしアーガスは負けない。苦しくったって、悲しくったって。

 それはさておき、人を待たせるのはアーガスの主義に反する。

 しかもここは自身の故郷。その故郷で妙な真似をされるのも癪なので、視線の主に面会を求めようと思う。


「バトルロイド君、できればひとりになって物思いに浸かりたいのだが」

「それはできません。目を離すな、といわれてますので」


 まあ、そりゃそうだ。

 彼女たちは命令に忠実である。一度『目を離すな』と命令すればお食事中だろうが、薔薇風呂の中だろうが、ベットの中だろうが見守ってくるのだ。中々融通の利かない機械の典型的な例である。

 

「ううん、しかし美しい私としては、自らの美しさを保つ為にひとりにならなければならないのだよ」

「どうでもいいので」


 一応上司の筈なのだが、バトルロイドは容赦がない。

 元となったシャオランもここまで毒舌ではなかったと思う。


「仕方がないなぁ。バトルロイド君、美しくなる秘訣は人のいうことをよく聞くことが大事なのだよ」


 本当かよ、といいたくなることを呟きながらアーガスは右手を開く。

 なにも握っていなかった筈の掌の中から、突如として白い薔薇が出現した。まるで手品である。

 子供たちに見せたら、それなりに喜んでもらえそうな一芸ではあるが、しかしバトルロイドは動じない。その辺は承知の上だ。


「少しの間、美しく眠ってくれたまえ」


 ぷすり、と薔薇の棘をバトルロイドの頭に突き刺す。

 あまりに簡単に機械の頭を貫いたそれは、まるでダーツのようであった。

 

「あ」


 バトルロイドの瞳から光が失われていく。

 力なく呟いた直後、彼女の電源が停止した。頭に突き刺さった薔薇は、いつの間にやら白から黒へと変色している。


「すまないね。後で美しくアルカリ電池を買ってあげるから、許してくれ」


 本人が聞けば憤慨するであろう台詞を吐きながらも、アーガスは殺気が放たれる方面に視線を向ける。

 電源が切れたバトルロイドを寝かせた後、彼はその方向へと向かって行った。余談だが、久々にひとりになった彼はうきうき気分でスキップを踏んでいたという。

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