第55話 vs勇者の弟

 アーガス・ダートシルヴィー。

 その名を忘れる筈がない。あれほど強烈なキャラクターは生まれ始めて出会ったとスバルは記憶していた。

 シンジュクの大使館に連れて行かれた際、彼には良くしてもらった物だ。

 メラニーが毒を吐きまくる中、彼は割と気にかけてくれた気がする。

 しかし、決して愉快な思い出だけではない。

 

 何を隠そう、スバルの父であり、カイトの恩人である蛍石マサキはアーガスの管轄下で殺されたに等しい。

 そんなアーガスは実は勇者で、こちらの安全を保障してくれるといわれても、あんまりいい気はしないのだ。


「というか、いるんだよな。ここに」

「……そうなるな」


 隣を歩くカイトが、険しい表情を見せる。

 彼もアーガスに多少の苦手意識を持っているようだ。

 スバルは知らないが、カイトとアーガスは大使館のトイレで激戦を繰り広げ、結果的にはパイルドライバーを炸裂させて勝利している。

 結構汚い思い出の為か、カイトも渋い表情を見せていた。


「どんな奴なんだ?」


 何も知らないエイジが問いかけてくる。

 すると、ふたりは事前に打ち合わせをしていないにも関わらず、ハモりながら答えた。


『自己主張の激しいナルシスト』

「お、おう……」


 あのサイキネルとやりあったふたりが、揃ってこう明言しているのだ。

 きっと凄く濃いんだろうな、とエイジは心の中で納得する。


「でも、逆に不味いんじゃないそれ?」


 険しい表情でシデンはいう。


「だって、カイちゃんに負けたわけでしょ? それで謹慎してるってことは、恨まれてたりするんじゃない?」

「勇者様は心の広いお方です」


 そんな危惧を真っ向から否定するのは、彼らの先頭に立つ赤毛の少女だ。

 このトラセットで長い間暮らしてきた少女は、勇者を疑う気など微塵もないらしい。


「トラセットは王国の管理下になる前も、様々な国に狙われ続けました。幾度にも続く戦いから私たちを守ってくださったのは、他ならぬ勇者様です」


 その為、アーガスの人望はこの国では群を抜いている。

 トラセットは大樹がある物の、文化レベルでは王国を始めとする先進国にかなり後れをとっていた。国産ブレイカーだって作れていない。


 そんな国を守り通してきたのが、アーガスである。


 彼は祖国に降りかかる火の粉をひたすら振り払い、退けてきた。

 たったひとりで30機のブレイカーを撃墜したのは、国の中では伝説となっている。


「ひとりで30撃墜ぃ!?」


 その驚異的数字に目を丸くしたのが、操縦担当のスバルだ。

 制限時間があったとはいえ、シンジュクで6機相手をするのにかなり神経を使ったいるのだ。単純計算で5倍の神経を使っていることになる。


「生身か?」

「勿論です。残念なことですが、王国に敗北するまでブレイカーは一機も存在していませんでしたから」


 その言葉に腕を組み、物思いにふけるのがカイトである。

 あのパツキンがそこまでの戦闘力を誇っているのであれば、シンジュクでは手を抜かれていたのだろうか。彼がその気になれば、大使館ごとカイトをぶっ飛ばすことも可能だった筈だ。

 もしもそうだとすれば気分が悪いが、どういうつもりなのだろう。


「到着しました」


 勇者の話をしながら歩いていくこと数十分。

 一行は豪邸の前で立ち止まる。他の民家と比べて、明らかに風格が違った。

 家の面積の数倍近くの庭が広がっており、そこで何人かの庭師が花々を手入れしていた。日本では滅多に見れない光景である。


「お待ちしておりました、反逆者様」


 門の前に移動すると、青年に出迎えられた。

 背中まで伸びている長い黒髪をなびかせながらも、スーツで着飾ったその姿は妙に様になっている。


「アスプル様、反逆者様御一行をお連れしました」

「ご苦労です、マリリス。そろそろお戻なさい。ゾーラさんの手伝いがあるでしょう」


 アスプルが微笑みながらいうと、マリリスはエプロン姿のままお辞儀をする。

 

「では皆さん、私がご案内するのはここまでです。機会があれば、ゾーラのパン屋に是非いらしてくださいね」


 ちゃっかり宣伝をすると、手を振りながらマリリスは商店街の方角へと走り去っていく。

 それを見届けた後、アスプルは改めてこちらに向き直った。


「改めまして、ようこそトラセットに。私はアスプル・ダートシルヴィー。この家の主でるゴルドーの息子です」

「ダートシルヴィー?」

「もしかして……」

「はい」


 訝しげに首を傾げると、アスプルは笑顔で答えた。


「勇者アーガスは、私の兄です」


 数秒してから、カイトとスバルはお互いに顔を見合わせる。

 兄。そう、兄弟の兄だ。

 紛れも無く先に生まれた来た方である。

 ならば目の前にいるこの礼儀良さそうな青年は、あのアーガスの弟だというのか。

 あの大使館のトイレに顔面を突っ込まれて、見事に散ったアーガスの弟だというのか!


「いかがなさいました?」

「……いや、DNAって不思議だなって」

「似ていない、とはよくいわれていますよ」


 アスプルは微笑。

 カイトが不思議そうな表情で観察し始めるも、意に介す様子はない。


「というか、アスプルさんの家ってことは」

「はい。一応、私は国の最高権力者の息子ということになりますね」


 誘拐しても構いませんよ、と付け足しながらアスプルは門へと振り返る。

 軽く手を叩き、合図を出すと閉ざされた門が開き始めた。


「おお、西洋風」

「ボク、こんなゲームみたいな豪邸は始めて」


 門が開くだけで初々しい反応を見せる4人の反逆者。

 それもその筈。こいつら揃いも揃って貧乏なのだ。テレビの億万長者特集にでも出てきそうな豪邸を生で見ると、今まで戦ったことのない未知の圧迫感を覚え始める。


「どうぞ、ご遠慮なく」

 

 ちょっと躊躇している反逆者に対し、敷地内へ招き入れるアスプル。

 その表情は、あくまで冷静で笑顔だ。

 本当に客人を招いているように見える。


 しかし、解せない。

 いかに反新人類王国の風潮があるとはいえ、この国は王国の傘下にある。

 それによるデメリットは当然あるあろうが、メリットも勿論ある筈だ。

 現にメリットを稼ぐ為に、国の勇者であるアーガスがせっせと働いている。その勇者を倒し、国の英雄を乏しめた反逆者相手にここまで丁寧にする理由がわからない。しかもアスプルは彼の血縁だ。

 ゆえに、カイトは問う。


「……なにが目的だ」

「なにが、とは?」

「とぼけるな。俺たちは別にこの国の英雄じゃない。王国を滅ぼす戦争屋でもない」


 先頭に立ち、アスプルと相対する。


「それとも、兄貴の屈辱を晴らすか?」

「なるほど」


 聞き終えると、アスプルは納得したように頷く。

 同時に何人かの庭師がアスプルの前に駆けつけるが、彼はそれを片手で制した。


「客人だ。手荒な真似はしないでくれ」


 庭師たちが数歩身を引く。

 腰に手をもっていった者がいたところを察するに、ただの庭師ではなさそうだ。まあ、警備員が見当たらないことを見るに、その役割を兼ねているのかもしれない。

 その辺を踏まえたうえで、カイトはかまをかけてみる。


「銃がある庭に誘い出して、どうする気なんだ?」

「大変失礼しました。非礼をお詫びしましょう」


 すると、アスプルは胸ポケットに収まっている薔薇を手に取った。

 次の瞬間、彼はそれを自らの手の甲に思いっきり突き刺す。


「う、づ……」


 掌を薔薇が貫通している。

 アスプルは痛みを堪えつつも、薔薇を引き抜く。

 そして深く頭を下げ、いう。


「申し訳ございませんでした」


 その一連の動作にスバルは驚愕する。

 頭を下げるのはまだわかる。

 だが、その為のけじめとして、そこまでやるのか。責任感が強すぎるという話ではない。


「誤魔化すな」


 しかし、一方のカイトはあくまで本題を急かす。

 彼は詫びを求めてはいない。向こうが勝手にやった不始末など、興味はない。


「この国は俺達を担ぎ上げて、なにをする気だ」

「……皆さんに危害を加えるつもりはありません」


 アスプルが頭を上げる。

 その表情は、真剣そのものである。


「ただ、ほんの少しだけこの国に滞在していただきたいのです」

「なぜだ」

「それは私の口ではなく、父から聞いた方が説得力があるでしょう。どうぞ、こちらへ」


 アスプルはあくまで反逆者を招き入れるつもりだった。

 正面玄関の前に立ち、扉を開いてこちらの来訪を待っている。


「……どう見る?」


 見方によれば一途。見方によれば機械的とも捉えれるアスプルの対応を見たカイトが、チームメイトと同居人に意見を求める。


「怪しい」

「まあ、怪しいよね」

「スバルは?」

「正直、すっげぇ怪しいと思う」


 話し合う余地もなく、4人とも万場一致である。

 そうなってくると自然と躊躇ってきてしまうのだが、


「でも、あの人は信じてみてもいいと思う」


 そこにスバルが意見を出してきた。

 3人の超人に視線を向けられながらも、彼は続ける。


「なんていえばいいのかな。放っておけない感じがするんだよ」

「アイツがか?」


 同居人の言葉に首を傾げ、カイトが改めてアスプルを見る。

 出で立ちはご立派なスーツ。

 国の最高権力者の息子。兄は勇者。使用人もいるし、マリリスとのやり取りを見た感じでも問題があるようには見えない。

 寧ろ、将来的にはかなり安泰の勝ち組ではないだろうか。

 

「生真面目な坊ちゃんだとは思うが」

「うーん……」


 スバルも上手く言葉に出来ないので、悩む。

 ややあってから彼はひとつの言葉を導き出し、紡いだ。


「あ、そうだ。昔のカイトさんになんとなく似てるんだよ」

「なんだと」


 そのセリフに憤慨する。

 あのパツキン薔薇野郎の弟と自分が似ているというのか。

 ふざけたことをいうんじゃない。

 そう反論しようと思ったが、


「あ、わかるぞ」

「確かに似てるね。なんか思い詰めてるオーラが出てる」


 チームメイトからも賛同の言葉が出て、思わず肩を落とした。

 

「多分、俺たちにとってはそうでなくても、この国の人にとって一大事ななにかが起きてるんじゃないかな」

「それで勇者を倒した俺達を頼ろうってわけか?」


 ただの反新人類国家ならまだわからんでもない。

 しかし向こうの英雄が良くも悪くも曲者である。この英雄を倒した反逆者に頼るという時点で、キナ臭さがぷんぷんする。


「……ここに来る前はああいったが」


 カイトが口を開く。

 ゴルドー邸に足を運ぼうと提案したのは彼だ。

 しかしアスプルの態度と、アーガスの存在が引っかかって仕方がないようである。


「俺はパス。お前らだけで話を聞いといてくれ」

「うん、わかった」


 あっけらかんとスバル達は納得する。

 疑念があるのは彼らとて同じだ。そんな中で集団行動するのは危険だと、全員が判断したのである。

 

「待ち合わせは……マリリスとかいう女がいたパン屋でいいだろ」

「じゃあ、こっちの話が終わったら連絡するね」

「頼む。俺は周辺を見てくる」


 シデンとエイジにスバルを任せ、カイトは足早とゴルドー邸を去って行った。

 周りを見てくる、とはいったものの、彼の中にある疑念は全く別の方面にある。それは他ならぬアーガスの存在にあった。

 

 あの目立ちたがり屋が。

 日本のド田舎にピアノまで持ち込んできた、あのパツキンナルシスト薔薇野郎が、果たして謹慎期間や故郷だからといって大人しくしている物だろうか。

 彼のことをよく知っているわけではない。が、勝手なイメージながら絶対にありえないとカイトは思う。


 なにか企んでいるな。

 しかも家族ぐるみで。


 簡潔に思考を纏めると、カイトは匂いを辿る。

 忘れようはずもない、あの強烈なナルシストの匂いを嗅ぎつけると、彼はパツキンナルシスト薔薇野郎のもとへと向かって行った。

 

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