第57話 vsパツキンナルシスト薔薇野郎 ~義務編~

 殺気を放つ来訪者がいるであろう方面に向かい、アーガスはスキップする。

 しかし、即座に対面することはなかった。

 警戒しているのだろう。途中からスキップする自分を、彼が追いかけてくる形になっていた。


 それならそれで、望むところだ。

 用件がわからない以上、街中で下手に会わない方が得策だろう。彼と再び相対することになれば、その時はこの街を守り通す自信はない。

 現に勇者アーガスは、王国が誇る最強の女戦士タイラントと直接対決をして敗北しているのだから。


「……っ!」


 当時のことを思い出すと、悔しい気持ちが溢れかえってくる。

 自分の奥底に閉じ込めた筈の憎い感情が、ひっくり返されたようだ。歯噛みしたことなど、何時以来だろう。


「……ここまで来れば、問題あるまい」


 振り返り、周囲の背景を確認する。

 彼が立つのは、トラセットの街から離れた花畑だった。ここなら街に被害は出ない。それに、言い訳もできる。小さい頃、彼は弟と使用人を連れてこの花畑で遊んでいた。

 今でこそ整備がされて、無粋な道路が敷かれてしまっているが、それ以外は当時と変わらない風景だ。

 ここならば、当時を懐かしみたいと思って散歩に出たら襲われたということができる。


「出てきたらどうかね、山田君」

「誰が山田君だ」


 思い出溢れる花畑に、黒い旋風が巻き起こる。

 軽い着地音を響かせると、つい少し前に大使館を襲った青年が再びアーガスの前に姿を現す。


「久しいな、山田君」

「だから、山田君じゃない」


 そんなことをいわれても、彼が自分自身を『山田・ゴンザレス』と名乗ったのは事実だ。その事実がある以上、彼はアーガスの中ではいつまでも山田君のままである。


「まあ、そこは美しく置いておこう。美しい私は寛大なのだ。どうかね、我が故郷は」

「貴様の弟に会った」


 どんな相手でも、余裕を見せて雑談を楽しむのがアーガスのモットーである。

 だが彼は違った。

 雑談に付き合う気がない山田君は、率直に本題を切り出す。


「なにを企んでいる」

「なにを、とは?」

「俺達をここに留めて、どうする気だ」


 その言葉を聞いた瞬間、アーガスの目は見開く。

 彼の言葉が正しければ、弟のアスプルは反逆者たちをこの街に招き入れ、暫く滞在を勧めるつもりらしい。

 そんな話は初耳だった。無理もない。彼らは入国して間もないのだ。


「弟は出来がいのだ。私の美しい脳みそでも、奴が考えることはわからん」

「父親も知ってるようだぞ」

「ほう」


 淡々とした対応に、山田君は訝しげな目を向ける。


「それに、貴様も妙な行動が多いと聞く」

「ほう、私が美しくないとはどういうことかな?」

「そっちじゃない」


 発見する前、カイトは街でそれとなくアーガスのことを聞いて回った。その感想は殆どがマリリスがいったように、英雄としての称賛の嵐である。

 ただ、その中で気になることがあった。


「謹慎処分になった貴様は、黒い花を大樹に置いて祈るそうだな」

「それがどうかしたのかな? 美しい私は、故郷のエネルギーを司る大樹に感謝することも欠かさないのだよ」

「美しいかどうかはどうでもいい」


 この男も真顔で結構酷いことをいってきた。

 一番拘ってる点を、そんなぞんざいに扱わなくなっていいじゃないか。思わず泣きそうになるが、しかしアーガスは挫けない。

 苦しくたって、悲しくたって。


「問題は貴様が供えた、黒い花だ」

「……ほう」


 悲しみに明け暮れかけたアーガスが、一瞬で現実に引き戻される。

 真剣な表情に変わった彼は、無言で続きを促した。

 

「住民から聞いたぞ。英雄の黒い花は禁忌の色だとな。なぜそんな物をわざわざ使う」

「私の黒い花は、美しいことに強烈な威力なのだよ。君も見ただろう」


 確かに、カイトも見た。

 アーガスはバトルロイドの動きを停止させる際、薔薇を使った。

 その薔薇は最終的に黒く染まり、バトルロイドはぴくりとも動かなくなったのだ。


「俺が聞きたいのは、使用済みを使っている理由だ」

「む」


 だがカイトは、同時に見ている。

 黒い薔薇は、使用される前は真っ白な色をしていたのだ。それが黒に染まる時、誰かのエネルギーを吸い取った証になる。

 それを大樹に捧げている。要するにアルマガニウムのエネルギーを大樹に注いでいることになるのだ。


「貴様はここに帰ってきてから、殆ど毎日黒い花を供えたらしいな」

「……美しくないな。もっとハッキリしたまえよ」

「俺たちからもエネルギーを奪うつもりか」


 アーガスが肩を落とす。

 そして溜息をつき、いった。


「山田君、君のイマジネーションは美しいな。よくぞ少ない情報でそこまで察知できたものだ」

「認めるのか?」

「ああ。もっとも、君たちが来ていたのはついさっき知った」


 ゆえに、彼が認めるのはエネルギーを吸収した花を大樹に供えたことだけだ。しかしそれを認め、家族が自分たちを足止めしようとしている。その要素が組み合わさった結果、なにがおこるのか。

 いかに歓迎されていようが、この街は王国の管轄下だ。目の前にいる英雄も、そんなに仲が良いわけではない。

 

「もし、ここで帰るといったら?」


 確認する意味も含めて、問いかける。

 するとアーガスは、不敵な笑みを浮かべた後、掌から赤い薔薇を出現させた。


「美しい私は寛大だ。しかし、いかに私が美しいといっても、知られていい秘密と悪い秘密がある」


 赤い花弁が散る。

 その先端から、銀色に光る白銀のレイピアが収まっていた。

 傍から見れば、手品でしかない。


「父と弟がなにを思って君たちを足止めしようとしているのかは、美しい私にもわからない。わからないが、しかし!」


 右手のレイピアが唸る。

 空を貫き、顔面目掛けて飛んできたそれは、光の点となってカイトに襲い掛かった。

 だがカイトは軽く首を横に倒し、その一撃を回避する。


「私には、義務がある」

「義務?」


 殆どゼロ距離。

 レイピアが避けられ、勢いのまま突進したアーガスは自然にカイトと接近する形になる。彼の一撃の威力を知っているにもかかわらず、だ。


「そう、義務だ。嘗て新人類王国に負け、国を差し出した。私が義務を果たせなかったからだ」


 至近距離で映るアーガスの表情には、余裕がない。

 こんなに真剣で、追いつめられているアーガスの表情は珍しいのではないかと、カイトは思った。

 彼の下で働いていたメラニーやマシュラも、もしかすると知らないかもしれない。


「今なら取り返せるとでもいうのか?」

「それを見届ける為にも、私は帰ってきた!」


 アーガス左の掌が炸裂する。

 その中から出現したのは、いつか見た青い薔薇だった。


「!」


 至近距離でそれを見たカイトは、思わず飛び退く。

 前回戦い、勝利したとはいえ、彼の状態は以前と同じではない。ゲイザーに『呪い』をかけられ、シャオランとの戦いで右腕を失っているのだ。


「許せ、XXX。私とて本意ではないのだ」


 アーガスの両目から涙が流れる。

 真剣な表情で流れるそれは、恐らくは彼の本心を表しているのあろう。

 だが、カイトには解せない。


「なぜ、悔いるのをわかってそれを実行しようとする」

「例え外道の道でも、私が果たさねばらない。力を持つ英雄が、血肉と誇りを賭けて戦わなければならん!」


 直後、アーガスの青い薔薇が雄叫びをあげた。

 シンジュクで放たれた時とは比べ物にならない威力の突風が、カイトに襲い掛かった。






「ご存知かもしれませんが、トラセットは反乱の機会を伺っておりました」


 金ぴかのソファーに座り、スバル達はゴルドーの話に耳を傾ける。


「しかし、在住している王国兵は強い。大使館の責任者であるギーマの手により、装備を整えていた反乱軍もその殆どが死亡。もしくは重症になりました」

「なるほど。そのギーマって奴を倒して欲しいってわけか?」


 一通り話を聞いたエイジが結論を出すと、ゴルドーは首を横に振る。

 

「いえ、仮にギーマを倒せたとしても、今度は国を追い詰めた張本人が来るだけです」

「国を追い詰めた?」

「……正確に言えば、息子のアーガスを倒した兵ですな」


 トラセットは文化レベルが低い国だ。

 芸能という分野においては第一線で活躍しても、戦いの分野においては得意ではない。

 そんな中、奇跡のような人材が国の為に立ちあがった。

 それこそがトラセットで唯一、戦う力を持ったアーガスだったのだという。だが、そのアーガスも王国が誇る最強の戦士、その一角に敗北してしまった。

 王国の進軍を許したトラセットは、無条件降伏を余儀なくされてしまったのである。


「我が国は反省しました。息子の力がいかに強大だったとはいえ、その肩に全てを託し過ぎた」


 ゆえに、アーガスが徴収された後、密かに戦力を揃えはじめた。

 幸いにも貿易相手には困らなかったし、エネルギー面でも大樹という心強い味方がある。戦力の増強は順調に見えた。

 だがそこで勘付かれ、大使館のギーマに反乱軍は手痛い攻撃を受けてしまったのだ。


「幸いにも、反乱軍は国の正規の軍という形はとっていません。その為、制裁は逃れましたが」

「次にボロを出したら、ただじゃ済まないってわけだね」

「でも、それなら俺達を滞在させる理由は?」


 寧ろ、滞在して存在がギーマにバレたら面倒になるのではないだろうか。

 いかに勇者アーガスがトラセットの味方でも、誤魔化しには限度がある。反逆者であるスバル達を匿えば、その時点で十分攻撃される理由になってしまう。


「ほんの数日でいいのです。皆さんには、街の住民の希望となっていただきたい」

「この街の?」

「希望?」

「ボクらが?」


 いまいちピン、とこない言葉を前にして3人は思わず自分たちの顔を見合わせた。

 希望といわれても、ここにいるのは元高校生とカツ丼屋とコスプレイヤーである。ここにいない男も、パン屋の住み込みバイトだ。そんな連中が、希望になる。イメージできないのも、仕方がないかもしれない。


「街というより、既に国全体がその空気になっていますが、先の戦いで住民は多くの犠牲を払いしました。その為、トラセットでは一刻も早い王国からの離反が求められているのです」

「でもよ。そんな簡単な話じゃねぇだろ」

「勿論、その通りです。ですが、力なき国である我々は、すがることしかできない」


 唯一の戦力、アーガスは負けた。

 反乱軍も王国が残した戦力にボロボロ。

 それなら、外の反逆者に望みを託したい。王国に快い感情を持たないトラセットの住民から見れば、当たり前の反応なのかもしれなかった。

 

「皆さんはあくまで逃走が優先です。しかしその時間をほんの少しだけ、我がトラセットの為に活用していただくことはできないでしょうか」


 ゴルドーが静かに頭を下げる。

 ソレに対し、エイジとシデンは困ったような表情を見せた。

 ゴルドーの話を要約してしまえば、自分たちを偶像として奉ることで国民の反旗の感情を維持したい。ただのマスコットとして利用させてくれないかと、そういっているのだ。


「どうする?」


 ふたりの間に座るスバルに、エイジは問う。

 するとこの少年は、迷うことなく答えた。


「いいと思うよ」

「おお、誠ですか!?」


 旧人類の快い承諾の言葉に、思わず立ち上がるゴルドー。

 しかし横にいるふたりの新人類は、複雑そうだ。


「本当にいいのかい?」

「俺らになんのメリットもないし、見つかったらやべぇぞ」


 耳打ちする。

 スバルだって馬鹿ではない。この話が、向こうの都合だけで進められていることは百の承知だ。

 しかし蛍石スバル、16歳。人のいい彼は、頼まれたら中々NOといえない男なのである。


「でも、なんか断れないじゃん。こんな話を聞かされたら」


 それに、


「俺たちがいて、話を聞いて街の人が元気出してくれるなら、こんなに嬉しいことはねぇよ」

「……君、お人好しっていわれない?」

「何回かカイトさんからいわれた」


 ただ、そのお人好しのお陰で今のカイトがあり、エイジがあり、シデンがあるのだ。

 白い目で見ても、文句はいえない。

 これが彼の魅力なのである。困ってる人がいたら、自然と目を向けてしまうのだ。ここまで来たら、彼の美徳といってもいいだろう。

 

「ご安心ください。なるだけ騒がしくしないよう、国民に注意はします」

「もう結構騒いでたけどね」


 この点に関しては、既に手遅れじゃないかな、と思う。

 

「寝泊まりは気にしないでください。この家も、我が家のようにくつろいでいただいて構いませんぞ」

「いやぁ、流石にそれは遠慮します」


 金色のベットで寝るのは御免である。

 宿に関していえば、どこか適当な場所で部屋を借りるか、もしくは獄翼まで戻って寝れば済む話だ。


「じゃあ、早速街に出ようぜ」

「そうだね。連絡もしないと」

「もうお帰りですかな? では、反逆者の皆様を送りましょう」


 おい、とゴルドーは視線を扉に向ける。

 アスプルが直立不動で、そこに立っていた。


「反逆者様がお帰りになる。街を案内して差し上げるのだ」

「かしこまりました」


 親子のやり取りを見て、スバルは思う。

 やっぱりなんか変だな、と。


 気のせいかもしれないが、アーガスとアスプルに対するゴルドーの反応が違う。

 父親が話すアーガスの奮闘物語は、最終的に敗北するとはいえ中々饒舌だった。ソレに対し、アスプルはどうだ。

 名前のひとつさえ呼ばず、使用人のように扱っている。片方が勇者の扱いを受けている為に特別扱いしているのだろうか。

 その辺の違和感が、どうにも気になる。


「アスプルさん、ちょっといい?」

「なんでしょう?」


 深入りしようとするのは、もしかすると自分の悪いところかもしれない。

 ただ、目に留まってしまった。

 この一途で、ちょっと不器用そうな男は、ほんの少し前までの同居人と似ている。

 それだけで、放っておけなかった。


「後でいいからさ。ちょっと話させてもらってもいい?」

「構いませんよ」


 アスプルが微笑む。

 だがその直後、スバルが予想だにしなかった言葉を、彼は口にした。


「私も、あなたとは個人的にお話ししてみたかったので」

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