第54話 vsNOといえない日本人

 北国といったらどんな場所を想像するだろうか。

 場所や季節にもよるだろうが、『北国』という単語だけで問われた場合、恐らく大半の人間が雪と氷に染まった白の世界をイメージするだろう。

 蛍石スバルも例外ではなかった。北半球に位置するトラセットと呼ばれる小さな国も、きっとアルマガニウムの大樹があるだけで基本的に雪が積もってるんだろうな、と勝手にイメージしていたのだ。

 

 ところがどっこい。

 そんな彼の目の前に広がるのは、雪や氷で覆われた典型的な北国ではなかった。

 近くの岩陰に獄翼を隠し、街へと入った反逆者たちを歓迎したのは無数の花々である。


「……ここって、北国だよな?」

「ああ」

「勿論そうだぜ。日本より北だ」

「何を当たり前のことをいってるの? 飛んできたの君でしょ?」


 軽く確認をおこなった筈なのに、同伴する全員から首を縦に振られた。

 最後の男女に至っては若干非難めいている。

 

「いや、なんというかこう……こんなに植物が生えるもんなの?」


 スバルたちの眼前では、一面を『緑』が覆い尽くしていた。

 例えていえば整備されている巨大な植物園といっても過言ではないかもしれない。トラセットの大地には一面美しい花々が咲き誇り、街に至るまで続いていた。

 更に、街の中でも植物が覆い茂っている。木造建築の民家から花が生えているのを始めてみた。


「トラセットは1年中植物が育つ街だ。この土地で育った薔薇は、枯れるのに5年かかるともいわれている」

「へ、へぇ……」


 アルマガニウムの影響を受けて生まれた新人類ならぬ『新植物』といったところだろうか。

 トラセットと呼ばれる土地には、このような生命力の強い植物が多く存在しているのだという。


「忠告しておくが、ひとりで行動するなよ。聞いた話だと、整備されていないところには人を食う植物までいるらしい」

「ファンタジーかなんか?」


 日本にいた時とは比べ物にならない常識を前にして、スバルは問う。


「そうだな。ここだけファンタジーだ」


 カイトは呟くと同時、周囲を見やる。観光客や出店が賑わい、ヒメヅルやシンジュク、アキハバラといったこれまでの場所とは違う雰囲気を出していた。この空気だけでも、軽いファンタジーといえるかもしれない。


 トラセットは国の形をとっていたが、その実態は大樹の近くに位置する都市が独立しただけである。人口は僅かに2万人。国としての面積も小さい。

 都市や街も、この国では2つしか存在しない。

 首都のトラセインと、そこから少し離れた場所にある住宅街中心の街、トラメット。カイト達が訪れたのは大樹もあり、都市として設備もそれなりにしっかりしているトラセインの方である。


「しかし、びっくりしたな。まさか観葉野菜とかいうのまであるとは思わなかったぜ」


 これまで碌に海外観光をしてこなかったエイジも、目の前に広がるファンタジーにすっかり飲まれていた。

 まさか食べられる人参と、食べられない人参の需要がはっきり分かれているとは思わなかったのだろう。しかも後者にもきっちりリピーターがついているのだというのだから驚きだ。


「アルマガニウムの影響だろうね。人間が食べるよりも、生活に役立てる方面の植物として認識されてるみたい」


 シデンが出店から貰ってきたチラシを眺めつつ、ぼやく。

 電灯リンゴなる、ランプの役割を果たす果物の紹介がされていた。


「海外ってすげぇんだな」


 チラシを横目で盗み見たスバルは、思わずそんな感想を漏らす。

 だが、そんな彼に厳しい言葉を投げかけたのはカイトだった。


「あんまりきょろきょろするな。観光客も多いとはいえ、ここは王国の管轄内だぞ」

「に、してはそれっぽいの見えなくないか?」


 少なくとも、王国の人材不足を補うバトルロイドのようなアンドロイド集団は見られない。王国の制服を着た新人類の姿も見られなかった。


「馬鹿。そんな堂々とバトルロイドが徘徊するようなのは映画くらいしかないぞ。ここはあくまで戦争も起きてない市街地だ」

「う……」


 正確にいえば、昔戦争が起きたわけだがそれも過去の話だ。

 王国に負けた以上、トラセットも必要最低限の戦力が在住しているだけで、無意味に国を徘徊する必要はない。

 特に彼らが興味を持っているのはアルマガニウムの大樹だ。

 実際、大使館もそこに設置されている。彼らの興味対象と防衛優先はあくまでこのエネルギー資源なのだから、そこに近づかなければ勘付かれることもないだろうというのがカイトの考えである。


「正直、観光場所としては興味あるけどな」


 エイジが目を凝らし、手を額に当てて遠くを見る。

 彼らが目で確認できる位置に、問題の大樹はあった。遠目で見ても妙な存在感がある。まるであの巨大な木から黄金のオーラでも噴き出ているかのようだ。


「でもまあ、これ以上近づくのは流石に危険かな」

「ああ。早いところ脱出しよう」


 食料はなんとか揃えた。

 目下の課題は、カイトの右腕に代わる武器の調達である。

 トラセットは日本のように銃刀法違反が存在している国ではない。

 専門店もあれば、普通に販売もされている。


「ところで、どんなの買うつもりなの?」


 スバルが問う。

 簡単な質問ではあるが、問われた本人はあっさりめに答えた。


「ナイフ」


 色々と考えた結果、これが一番適任だと判断した。

 両手足から刃物が伸びる以上、切り取った右腕のフォローをするのもそれに近い物が望ましい。


「できれば、大きめなのが欲しい」

「大きめ、ねぇ。まあ頑丈な植物を切ることもあるだろうから、多分ないってことはないと思うけど」


 とはいえ、この男の望みに叶う切れ味の刃物があるかどうか。

 元々の爪がブレイカーですら切り裂いてしまうのだ。その辺の刃物は、彼の前ではなまくらに等しい。


「兎に角、探してみよう。そういうのを取り扱ってそうな店は……」


 店を探そうと周囲を見るカイトは、そのタイミングで気付く。

 女がこちらを遠目で観察していた。

 パンを置いている出店のカウンターからこちらを見る赤毛の女は悩みながらも、目が合ったことで意を決したのか、店を出てカイトへと近づいてきた。


「あ、あの……」

「?」


 4人の男に訝しげな視線を一斉に向けられ、女は身体をびくつかせる。

 ちょっと威圧感を受けたらしい。

 彼女は涙目になりながらも、彼らに問う。


「も、もしかして……日本からいらっしゃった方々でしょうか?」


 涙目になりながらも女はいった。恐らく、家業の手伝いをしている街娘なのだろう。年端もいかない容姿は、どちらかといえば少女と呼ぶのにふさわしい。

 しかしこの状況。傍から見るとこちらが脅しているように見えなくもない。

 やや困惑しながらも、カイトは3人の仲間に無言で問いかける。


 どうしよう、と。


 あまりに分かりやすい困惑の視線を察した3人はしかし、全員が無言の視線で彼に訴えた。


 いいから適当に答えて追い返せ、と。


 明らかに面倒事の匂いがプンプンしていた。

 このトラセットでは、反新人類王国の流れがあると聞いている。だからこそ、ここでなら新人類相手でも通用する武器が入手できると踏んできたのだが、しかし。面倒事に巻き込まれるのであれば、話は別だ。

 ここで下手に正体がバレて、騒ぎにでもなってみろ。

 この地に在住する新人類軍が黙ってはいないだろう。


 そんな意思を乗せた視線が、カイトに届く。

 彼は少し考える動作を見せてから、少女に向き合う。


「……そうだけど」

「じゃ、じゃあ!」


 赤毛の少女が目を輝かせ始める。

 先程まで怯えていた姿はどこにいったのやら、彼女はズイッ、と前進しては質問を続けた。


「皆さんはこの新聞の方々なんですね!」


 エプロンにしまっていた新聞紙を広げ、見出しを指差す。

 日本の高層ビルに囲まれながらも、鳩胸を倒している獄翼の姿が映っていた。見出しにはでかでかと『旧人類による反逆! 新人類軍、遂に敗北か!?』とあった。

 思いっきり当人たちのことである。

 違う見出しには、ばっちりとカイト達の写真も写っていた。こちらはアキハバラでの戦いだろう。写真の中のカイトが片腕だけである。


「おい、聞いたか?」

「ああ、来てるらしいぜ。あの王国に喧嘩を売ってる連中が!」

「噂通り、隻腕だぞ。きっと想像もできない死闘を繰り広げたに違いない!」


 少女の興奮気味の声に釣られ、周りの観光客や商人たちも集まり始めた。

 周囲を人に囲まれ、何時の間にやら逃げ場なしの状態になっている。


「ああ、あんたはさっきウチで人参を買ってくれた人だね! 頑張っておくれよ、これサービスするから!」

「あ、すまねぇな」


 エイジたちも認知されているようで、正体を認識したおばちゃんが反逆者たちにブロッコリーを手渡していった。別に本人達が認めてないのにも関わらず、である。

 それに続くように、商人たちが自分たちの自慢の商品を渡していく。

 両手に次々と荷物が増えていく中、スバルは思う。なんだこの行列は、と。


「ねえ、めっちゃ目立ってない?」

「うん、凄い目立ってるね」


 シデンとスバルが頷きあう。

 これはひょっとしなくても、結構マズいパターンだ。

 このまま人が集まれば、自分たちの存在が大使館に知れ渡る可能性も高い。

 なんとかこの勢いを止めようと、スバルは赤毛の少女に誤解だと話しかけようとするが、


「あ、もしもしゴルドー様ですか! はい、そうです。日本から反逆者様がいらしています!」

「なんで電話してんのさ!」


 しかも様付けをしているところを察するに、相当偉い人であることが予想できる。

 毎度恒例となりつつあるが、思わず頭を抱えるスバル。なんで確認が取れていないのにも関わらず、そこまで連絡が回るのか。日本から来て、片腕なら誰でも反逆者になるのかこの国は。

 ややあってから少女は『わかりました。ご案内いたします』と電話を切る。


「反逆者の皆さん!」


 マイナスイメージである筈の単語を呼ぶ少女の表情は、やけに明るい。

 

「ようこそ、緑と大地のトラセットへ! 私たちはみなさんを歓迎します!」


 直後、周囲を取り囲んでいた商人たちが歓喜の雄叫びをあげた。観光客もその勢いに流されているのか、腕を上げて『うおおお』と叫んでいる始末である。なんで観光客と現地の人間が肩を組んで仲良さそうに喜んでいるのかは、この際深く考えないことにした。


 しかし、想像以上の歓迎ぶりである。

 トラセットが反新人類王国の思想を持っており、スバルたちを半ば英雄扱いしているのでは、という話は聞いていた。

 聞いていたのだが、この歓迎ぶりは予想以上だ。街ぐるみでこちらを騙しているのではないかとすら疑ってしまう。


「ねえ、反新人類王国の思想ってどこもこんな感じなわけ?」

「いや、流石にボクもそこまでは……始めてきたし」


 シデンに耳打ちすると、彼も困った顔をして少女を見る。

 問題の中心にいる彼女は『ばんざーい!』と力いっぱい両手を挙げていた。反逆者が来て、ここまで喜ばれるというのも奇妙な話である。


「ぜーぜー……と、いうわけで皆さん」


 息を切らし、再びニコニコ笑顔でスバルたちを見つめる少女。

 喜びを身体全身で表現すると、人間はこうも簡単に疲れるのかと身を以て理解した瞬間であった。


「トラセットの最高権力者であるゴルドー様が、皆さんに是非お会いしたいと仰っています。私がご案内しますので、皆さんついて来てください」

「いや、それは流石に」


 遠慮しておくと呟きかけたスバルだが、周囲の人間たちも揃って目を輝かせている。

 今まで経験したことのないプレッシャーが、スバルを押し潰しにかかって来た瞬間だった。思わず汗が流れ、口元が引きつる。


「……よろしく」

「はい。こちらになります」


 赤毛の少女が先頭に立ち、反逆者を案内し始める。

 その背中を眺めながらも、カイトはスバルに向かって呟いた。


「……お前、弱いな」

「仕方ないだろ。こんなに大勢に囲まれたら断れないよ……」


 これがNOといえない日本人か。

 そう思いつつ、勝手に納得するとカイトは黙って少女の後に続いた。


「おい、行っていいのか? この調子だと、また騒動になるかもしれねぇぞ」


 後ろからエイジとシデンが追いかけ、素早く耳打ちする。

 カイトは溜息をつき、呟く。


「この女が必要以上に騒がなければいいだけの話だ」


 それに、


「一番偉い奴と話せるなら、俺達の助けになる情報を知ってるかもしれないだろ」


 片腕が通っていない袖をぷらん、と垂らしつつも、彼は歩を進めた。

 そして早い段階で、彼は警告する。


「おい、あまり騒がしくするなよ。新人類軍がかぎつけたら面倒だ」


 それは自分たちの正体を認める発言なのだが、ここまで騒がれれば今更だろう。

 だが、そんな彼らの心情を知ってか知らずか、赤毛の少女は笑顔で振り返り、いう。


「大丈夫です。今はこの街の勇者様が滞在しています。あのお方がいる以上、皆さんに指一本触れることも叶いません」

「勇者?」


 その単語に、訝しげな表情を向ける4人。

 益々ファンタジー溢れる単語である。この国は異世界なのだろうか。


「はい。今は身を王国に差し出しましたが、現在は謹慎を受けてこの街に滞在しておられます」


 しかし、その意思はあくまで祖国が優先の筈。

 ならば何の問題もないだろう、というのが少女の意見だった。


「お名前だけでも御存知ありませんか? アーガス・ダートシルヴィー様というのですが」


 その名前を聞いた瞬間、カイトとスバルの足が止まった。

 

「ん?」

「どうしたのふたりとも」


 今度はエイジとシデンがふたりを不思議そうな表情で見やる。

 それからやや時間が経過した後、スバルは思わず叫んだ。


「あの人勇者なのおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!?」


 その絶叫に続き、カイトが頭を抱えながらも『マジかよ』と呟いた。

 

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