『美の勇者と街娘編』
かつて勇者がいた国 ~ファイナル横綱vsブルーベリー親方~
初めての海外経験は国外逃亡である。
蛍石スバル、16歳。彼は今、故郷の日本を離れてアメリカに逃亡中だ。
アキハバラの死闘から3日。獄翼は安全運転で、なるべく敵に見つからないルートを選びながら飛行中だ。
「ところでさ」
操縦桿を握りながらも、スバルは後方の3人に話しかける。
言っちゃあなんだが、この狭いコックピットでは娯楽が少ない。
せめて話しながら操縦でもないと、精神的に参ってしまいそうだった。暇は蓄積すると人間を狂わせるのである。
2日目にして足で操縦桿を操作し、獄翼のバランスが大きく崩れたのは苦い思い出だった。
「カイトさんはある程度知ってるけど、ふたりは何で王国から日本に?」
正確に言えば、第一期
お陰でカノンたち第二期XXXは色々と苦労してきたのだ。
そのせいで死にそうな目にあった身としては、きちんと真相を知っておきたい。
「元々、逃げようって話は俺達の中であったんだ」
その疑問に答えたのはエイジだ。
彼は当時を懐かしむように腕を組み、頷きながらも続けた。
「店の中でも話したけど、カイトの野郎も見ていて痛々しかったし、このまま居たら遅かれ早かれ殺されるって思ってたからな。他の仲間と一緒に相談してたんだ」
「初耳だぞ」
横のカイトが訝しげな目でエイジに訴えるが、その頃彼はエイジたちとの接触を極力避けてきた。
チームメイトの動向に疎いのは当然と言える。
なので、彼の非難の表情は当然のように無視された。
「で、機会をうかがってたんだけど……」
「それでカイちゃんがあの騒動を起こしたってわけ」
エイジと反対方向に陣取るシデンが、画用紙にハサミを入れながら続けた。さっきから何をしてると言うのだこの男女は。
「シデンさんはさっきから何をしてるの?」
「暇だから、紙相撲でも作ろうかなって。カイちゃん、相手してよ」
「いいぞ。俺のファイナル横綱に勝てるかな?」
「何をしてるんだよアンタ等は!」
真後ろの後部座席に座るカイトは、自慢の爪を駆使して『ファイナル横綱』なる画用紙の力士を作成済みだった。
自分たちが運転しないからって気楽なもんである。こっちは操縦に集中して、両手は完全に塞がっていると言うのに。
「話を戻すけど」
唯一、腕を組んで画用紙を手に取っていないエイジが続ける。
「その後、他に脱出した連中がどうなったのかは知らねぇ。俺とシデンは東洋系の顔だったから、なるべく住みやすそうな日本を選んだだけだしな」
「考える事は一緒だよね、カイトさん」
「そうだな」
ファイナル横綱をタッチパネルの上に乗せ、片手でトコトコと叩くカイト。リズムに乗せているところを見るに、ちょっと楽しそうである。
だが不意に目線を鋭くし、彼もエイジに問う。
「因みに、お前らと一緒に逃げたのは?」
「ヘリオンにウィリアム。それとエミリアの3人だ。第二期の連中も拾おうと思ったが、道中が爆発して近づけなかった」
なるほど、それで第二期メンバーの回収を断念したのか。
スバルがそう思う一方、カイトは懐かしい名前を振り返っていた。
少し前は嫌でも顔を合わせていた仲間である。
「懐かしい名前だ。あの当時を生き残った、第一期XXX」
結成当時、同期にはもっと多くの子供がいた。
だが、気付けば生き残ったのは僅か6人。第二期で追加されたメンバーも含めると、たったの10人だ。
今となっては妙に感慨深い。
「……なんかさ。このまま道中でまた会うんじゃないの?」
スバルがぼやく。
ここ最近、シルヴェリア姉妹とシデン、エイジと連続してXXXのメンバーと再会している。
このまま行くと、次に到着する街でも再会するんじゃないかと思ってしまう。
「絶対にないとは言わないけど」
そのぼやきに応じたのはシデンだった。
彼はハサミで力士を作り上げると、マジックで色を塗り始める。
「多分、この近辺には居ないと思うよ」
彼らが向かうのはロシア。そこを横に曲がり、旧人類連合を事実上纏めているアメリカに保護を求めるつもりだ。
だがそのロシアの周り――――今彼らが飛んでいる周辺が、新人類王国の領土だった。
西洋系の顔つきをしている他の仲間は、恐らくそれ以外の場所に逃げている事だろう。
「EU諸国、アフリカ。ユーラシア大陸。この辺は7,8割が王国の傘下だ」
残りの2,3割の中の一つがロシアになる。
多分、残りの仲間がいるとしたらこの辺りになる筈だ。
それならば、ここに保護を頼んでもいいかもしれないが、それをするにはリスクがあるというのがカイトの見解だった。
「ロシアには、付近にトラセットがある」
トラセット。北の大地に根付いた緑溢れる小さな国である。
この小さな国には世界中が注目する、ある代物があった。
アルマガニウムの大樹である。あのエレノアも絶賛し、素材として愛用するほどの宝の宝庫が、世界地図にぽつんと光る大地に存在しているのだ。
「今は新人類王国に塗りつぶされているが、今もここを攻め込んで大樹を狙う国は多い。ロシアなんかは代表例だ」
まあ、近くにエネルギーの宝庫があるのだから、それを無視するほど呑気ではないのだろう。
自分が住んでいる場所の近くに油田があるようなものだ。
「そんなところに行ったら、すぐにトラセットに突っ込まされるのがオチだと思う」
「大変なんだな、世界も」
「呑気な台詞だよね」
紫色のマジックで腰回りを塗り終え、シデン作成『ブルーベリー親方』がタッチパネルの上に降臨した。
ファイナル横綱と対面した紫色の力士が、画用紙ながらも果敢に立ち向かっていく。
「でもこの前、ネットでチラッとみたんだけどよ」
カイトとシデンが遊び始めた為、エイジが話題捕捉を行う。
もっとも、彼が話す内容はカイトも知らないことだった。
「トラセットは今、反新人類王国の流れらしいぜ」
「そうなの?」
インターネットはスバルも良く使う。
ただし、趣味限定だ。世界史の授業を受けているだけで、世論に興味も持たなかったスバルが、上からの圧力で揉み消されているメディアの情報を得ることは難しい。
「元々、トラセットは大樹を保有したことをきっかけに独立した国だからな。比較的新しい国だったし、それですぐ占領されたら文句もいいたいところだろ」
「ふぅん」
軽い社会の授業を受けるスバルは、思わずそんな言葉を漏らした。
しかしこの流れは、彼も無関係ではない。
「何を『そうなのかー』みてぇな面してるんだ。その流れを作ったのはお前らだぞ」
「へ?」
カイトとスバルによる小さな反逆は、反新人類王国派の活動を活発化させていった。ただの旧人類の少年が、新人類の助けもあったとはいえ新人類軍と戦い、勝利しているのである。
これには彼らも素直に思ったのだ。
戦っても、勝てる相手なのだと。
「海外のサイトなんかじゃ、ちょっとした英雄扱いだぜ。アメリカでは『勇敢な少年が、卑劣な新人類王国に戦いを挑む!』なんて記事を作ってる始末だし」
「アメコミのヒーローじゃないんだからさ」
とはいえ、称賛されて嬉しくない筈はない。
勿論、新人類王国を叩き潰す為に戦っているわけではないのだが、高い評価を受けているのは気分が良い物だ。
「……その話が本当なら」
スバルが密かに鼻を伸ばしていると、タッチパネルを軽快に叩きながらカイトが話にのっかかってきた。
遊びとは言え、コイツらに叩かれたらパネルが壊れるのではないだろうか。
「一旦、トラセットで食料の補充をしていいかもしれない」
当然のことだが、エイジとシデンが加入したことで食料の消費量は想定よりも激しくなっている。
どこかで買い足しておかないと、目的地に到着する前に空腹で倒れてしまうというのが今の現状だった。
「それに、アルマガニウムの大樹があるトラセットなら、俺の右腕をカバーする何かがあるかもしれない」
「おお、なるほど」
カイトも右腕を切り落して以来、生活に支障をきたしているわけではない。わけではないのだが、いざ戦闘となるといつも通りにいく保証はない。
多少危険でも、後のことを考えると早いうちに解決させておきたい問題だった。
「じゃあ、次の目的地は」
「トラセットだ。だが、一応今は王国の領域だ。なるだけ目立たないようにな」
かくして、一向はトラセットへと獄翼の軌道を向けた。
それと同時、ファイナル横綱のバランスがわずかに崩れる。
「げ」
「今だ! のこったのこったぁ!」
これをチャンスを見たシデンが、すかさずパネルを叩きまくる。
焦るカイト。例え遊びでも、彼は負けるのが大嫌いなのだ。
ゆえに、彼は提案する。
「スバル、右に機体を揺らせ!」
「紙相撲でそんなスマブラのステージみたいな要求しないでよ!」
卑怯な提案をしている内に、ブルーベリー親方が攻め入る。
ファイナル横綱は今にも紫色の力士に押し潰されそうになっていた。
「負けるな! 踏ん張れ、ファイナル横綱!」
「いっけぇ、ボクのブルーベリー親方!」
遂には名前を呼んで応援までしている始末である。
これはミニ四駆か何かだっただろうか。
スバルがジト目になってそんなことを考えていると、決着の瞬間が訪れた。
ブルーベリー親方に押し込まれ、後ろに転倒するファイナル横綱。
だがそれを見た瞬間、カイトは思いっきりパネルに拳を叩き込んだ。
どしん、という振動が獄翼を襲う。タッチパネルは削げ落ち、紙でできた力士たちは土台から一気に床へと転げ落ちていった。
「……はい、俺の勝ちー」
「カイちゃんズルい!」
真顔で勝利宣言をするカイト。確かに見方によれば、彼がすべての決着をつけたと言ってもいいだろう。現に力士は揃って転倒している始末だ。相撲と言うスポーツにおいて、敵を転がすという行為は勝利につながるのである。あくまで一般認識のイメージの話だが。
「……トラセットに到着する前に、この機体持つかなぁ」
大人気ない暴力によって悲鳴をあげる黒い機体が泣いている気がした。
スバルは相方の悲しみに共感するようにして、正面のモニターを撫でてやる。
その表情は、哀れみの感情で満ちていた。
「ご迷惑をおかけしました!」
一方の新人類王国。その中でも最強の戦士の一角として名高いタイラントの部屋に、ある兵が復帰挨拶にやって来た。
幼さが残り、ぶかぶかとしたフードと三角帽子という、絵本の中の魔女みたいな恰好をした少女。名をメラニーと言った。
「このメラニー、長い治療と謹慎生活を終えて今日よりお姉様の下で改めて働きます」
「ああ、よろしく頼むぞ」
厳しい表情で、しかし優しい視線でタイラントは部下を出迎えた。
彼女はシンジュクでの戦いでカイトに敗れ、王国で治療を受けていたのだが、それがやっと帰ってきたのである。
とはいえ、日本の大使館が機能していない以上、彼女の勤務先はしばらくの間、直属の上司であるタイラントの秘書と言う形になる。
本来はその位置も高演算処理を行うシャオランが担当していたのだが、その彼女もカイトに敗れ、現在修理中だ。彼女が戻ってくるまでの間、メラニーにはシャオランの仕事を担当してもらうつもりでいた。
「それで、その……シャオランお姉様の容態は?」
「案ずるな。ダメージは大きいが、修理にはそんなに時間は掛らないとのことだ」
「そうですか」
ほっ、と胸をなでおろす。
入院中に赤い折り紙を3枚、いつでも使用できる状態で渡していたのだが、それでも負けたという報告を聞いた時は耳を疑った物である。
どれほどえげつないというのだ、あの化物は。
「しかし、アイツらを放っておいて本当に大丈夫なのでしょうか」
王の指示により、スバルやカイト達の追跡が暫く中止になったのはメラニーも聞いている。
だが、その理由は『面白そうだから』の一言だ。その一言で自分やシャオランの受けた痛みが帳消しにされるのは、王の命令でも納得がいかない。
「国の威信を考えると、危険だ。現にトラセットのような国では、反旗の匂いすらあるらしい」
新人類王国の威厳は、確実に弱まってきている。
例えメディアを規制しても、今はやろうと思えばネットを通じて海外から情報を拾える時代なのだ。都合の悪い事実を全て押し殺す事は、非常に難しい。
「アルマガニウムの大樹を保有している土地ですね」
「ああ。多くの移民で構成された場所だが、アルマガニウムが確立しているだけあって、エネルギーという点においては他の追随を許さないほど優位だ」
この点においては、大樹を切り落せない時点で王国側でも干渉できない。
彼らがトラセットを押さえつけれるのは、力でねじ伏せたからに他ならないのだ。
だがカイトとスバルの活躍により、抑え込んできた勢いが盛り返し始めてきている。
「近々、出ることになるかもしれないな。トラセットに」
どこか遠い目で窓を見つめる。
あの国は今、王国と張り合えるだけの戦力は無い。かつては最後まで王国に抵抗をし続けた『勇者』がいた。
だがトラセットを守り続けた最強の勇者は今、王国に仕えている。敗戦国から徴収された勇者は、不平不満を言わずに働き続けているのだ。
祖国の為になれば、という考えの基だろう。なんとも献身的だ。
「そういえば」
ふと、メラニーは思い出す。
確か自分と同時期に王国に運ばれた戦士がひとり、『里帰り』をしているんだった。
立場上、もっとも重い責任がのしかかってくる彼の謹慎期間はメラニーの比ではない。その間、彼は王の許可を得て故郷に帰ったのだ。
お土産を楽しみにしているように、と高らかに笑っていたのを思い出す。
「アーガスさん、トラセットの出身でしたね」
トラセットの勇者、アーガス・ダートシルヴィー。
もしも彼がこの勢いに乗り、王国を裏切って反旗を翻したとしたら非常に面倒くさいことになる。
トラセットのエネルギー資源も、他の国に渡すわけにはいかない。
それを手放しただけで、王国は大きな打撃を受けること必死だ。
「なに、もし牙を剥いたとしても問題はない」
タイラントはメラニーに振り返り、言う。
「その時はまた、私が叩き潰すだけだ」
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