第53話 vs3人と

「ふ、増えただと!? XXXトリプルエックスにいた反逆者が、3人になったと言うのか!」

「そ、その通りです!」


 新人類王国、本国にあるディアマットの部屋にて。

 事の結末を見届けたミスター・コメットは、負傷者を回収して王子に結果を報告していた。

 月村イゾウは全身を包帯巻きにされて入院。

 シャオラン・ソル・エリシャルは身体欠落で、修理が行われている。

 唯一、五体満足で帰還したサイキネルも、支給されたブレイカーを全機破壊されると言う悲惨すぎる結果を残してしまった。簡単に言えば、敗北である。


 その結末を辿った最大の要因が、御柳エイジと六道シデンの参戦だった。

 この二人さえいなければ、直接対決で押されていたカイトとスバルは倒せていたかもしれないが、もう終わってしまった事だ。そんなことを掘り返したところで結果が変わるわけでもない。


「それで、倒せたのか?」

「……唯一、神鷹カイトの肩腕を切り落せただけです」


 残した戦果も、こんなもんである。

 王国が誇る3人の戦士を向かわせ、得た結果がこれなのだ。

 あまりにもしょぼい。

 腕を切り落す為にブレイカーや莫大な修理費をかけているわけではないのだ。


「なんということだ……」


 しかしディアマットはそれを咎めようとはしなかった。

 所謂『運び屋』であるコメットに文句をいった所で、何も変わらないのは理解している。直接参加しているわけではないグスタフやタイラント、ノアといった代表者たちに言ったところで、それは同じだ。


「……敵の戦力は?」

「新人類が3人。旧人類が1人。そしてブレイカーが1機です」

「そう。たったそれだけだ」


 それだけなのだが、しかし。それが倒せない。

 恐ろしい事に彼ら一人一人がきちんと戦力として成り立っており、それが王国の強者を撃退しているのだ。その事実がある限り、新人類王国の面子は揺らいだままである。


「たったそれだけの相手に、サイキネル達は負けた。タイラント、彼らは弱者だったか?」

「いいえ」


 横に控えるタイラントは、王子の問いに答える。

 

「寧ろ、鎧を抜いて考えれば王国でも群を抜いています」

「では、なぜ彼らは負けたと思う?」

「それは」


 タイラントは王子の疑問に、僅かに口籠る。

 答えるのは簡単だ。彼らがそれよりも強かったからですと、そう言えばいい。少なくとも、彼ら全員が共通認識としている。

 それを言えないのは、もちろん理由があった。

 認めたらその瞬間、彼らの反逆を止めれる人材が更に限られてくるからだ。ここに召集されたサイキネルが敗北した以上、タイラントやグスタフ、果てには正規の鎧が出陣したとして勝てるかどうか疑わしい。


 それ自体は特に問題はないのだ。

 問題はそのレベルの人材が出陣するとなると、嫌でもリバーラ王の目に付くことである。いかに王が気分屋とはいえ、限度がある。遠い日本のことに疎くても、自国でそれなりの地位を築いている者がいなくなれば嫌でも気付く。

 もしも王に気付かれれば、世界はどうなるか。

 考えただけでもおぞましい。


「簡単ですよ」


 中々言葉を発しないタイラントの代わりに、入口から新たな声が発せられる。

 不意の言葉に、その場にいる全員が視線を送った。


「単純に、強いんですよ。あの方々は」


 白衣を纏った、金髪の女性だ。

 少なくともタイラントの目にはそう見える。

 

「不届き者が。ここを何処だと思っている!」


 グスタフが怒鳴る。

 だが、不届き者は怯む気配も無く王子に発言した。


「ディアマット様、残念なお知らせです」


 その言葉に、全員が息を飲んだ。

 彼女――正確に言えば彼になるが――アトラスは彼らが息を飲む猶予を与えるように間を設けると、焦らすようにして続けた。


「リバーラ様は既にこの件をご存知ですよ」

「……っ!」


 一国の王子が、一部隊の代表を睨みつける。

 本来なら無断入室だけでも重罪となりかねないが、アトラスの後ろには更に偉いリバーラの影があった。既に3度の敗北を経ているディアマットは、何を言われても文句は許されない。それが新人類王国に生きる者に課せられるルールなのだ。


「王の伝言をお伝えしましょう」


 緊張が場を支配する。

 

「面白くなりそうだから、暫く放置だそうです」

「なんだと?」


 緊張の糸が、僅かに切れた。

 ディアマットは重い腰を上げ、アトラスに問い詰める。


「何故だ! 彼らは反逆者だぞ。しかも――――」

「さあ、流石にそれは本人にお伺いください。身内な訳ですし、ね?」


 身分の違いを全く恐れずに、アトラスは王子に進言する。

 綺麗な顔立ちに反し、口は恐ろしいほどに生意気だ。この場で首を切られても文句を言えない筈なのに、彼の態度は妙に堂々としている。


「だが、失敗に対してあの父が何も言わないなど」

「勿論、ペナルティーはありますよ」


 そう言うと、アトラスは一旦入口に戻る。

 ドアの陰になっている場所に手を伸ばすと、そこから人間の身体を引っ張り出した。


「ご安心ください」


 アトラスは笑う。

 見れば誰もが振り返りそうな、優しい微笑を浮かべながらも、彼はそれを王子の部屋に招き入れた。


「うっ……!」


 ミスター・コメットが唸る。

 明確に拒絶意思を示したのは彼だけだったが、その場にいるアトラス以外の全員が目を見開いた。

 なぜなら、部屋の中に招かれたソレは、首から上が消し炭になったサイキネルの変わり果てた姿だったからである。


「ここまでの間で負けた皆さんの分の罰は、全部彼に支払ってもらいました」


 彼を処刑した張本人は、あくまで微笑を崩さない。

 しかし目の前に放り捨てたそれを一瞥すると、一瞬にして表情を崩す。

 まるでゴミでも見下ろすような、汚い表情。先程の優しい微笑の面影は、そこに一切残っていない。


「気が遠くなりそうですよ。私の目の前で、あの方を侮蔑するなんて」


 コメットは思う。

 恐らく、倒すチャンスが何度もあったに関わらず、仕留め損なったサイキネルは王と彼の目の前で、カイト達の暴言を吐いたのだろう。

 それがこの男の逆鱗に触れた。王はそれを解放する事を許した。冷静でいられなくなったサイキネルは言葉遣いが悪くなるのは知っていたが、この状況ではそれが致命的なミスに繋がってしまったのだ。


「死んで当然だ」


 アトラスの周辺に冷たい空気が流れる。

 彼は今、間違いなく王子の部屋を支配していた。

 王国が誇る戦士や、王子を前にして尚、彼らを威圧し続けたのだ。その事実がどれだけディアマットにプレッシャーを与えたか、当の本人には計り知れない事である。






 アキハバラの決戦から2日が経過したある日。

 蛍石スバルと神鷹カイトは、獄翼に乗って日本を脱出していた。サイキネルとの戦いで損傷した個所を、カイトの自己再生能力をラーニングすることで修復を終わらせると、彼らは急いでこの島から出て行ったのである。

 

 とはいえ、目的地のアメリカまで遠い。

 24時間獄翼をフルパワーで飛ばし続ければ違うだろうが、時々休憩を挟む上に睡眠時間も取る必要がある。まっすぐ海を突き進めば多少は違うのだろうが、可能な限り陸を渡って隠れながら進むと言う方針を取っている以上、時間は掛るのだ。


「なるだけ新人類軍と遭遇せずに、尚且つ睡眠も考えると後5日くらいはこの生活が続くと見ていい」

「飛んでるけど、レンタカーで縦断してるような気分になるな」


 しかし、獄翼を隠すために纏うステルスオーラは発生させるだけでかなりのエネルギーを食らう。獄翼の売りの一つである速度も、ある程度落としていかないと見つかる危険性を孕んでいるのだ。

 折角隠れても、急いで見つかれば元も子もない。


「まあ、そこはいいけど問題はやっぱり」


 メイン操縦席で獄翼を動かすスバルが、やや半目になる。

 彼は振り返りもせずに、後ろにいる『3人』に言った。


「食費が大幅に増えた事じゃねぇの?」


 後部座席に仕舞われたバッグを座布団代わりにしているエイジとシデンが、心外そうな表情をする。


「失礼な。レディーに対してそういう事言うのは嫌われるよ」

「男でしょアンタ」

「成長期なんだ。仕方がないだろ」

「どっちかっていうと、俺の方が成長期なんですけどねぇ!」


 結論から言うと、御柳エイジと六道シデンの二人もこの逃亡劇に同行することになった。

 まあ、あんなに激しく暴れ回った上に堂々と指名手配犯の手伝いをしたのだ。これ以上あの国にはいられないだろう。それなら一緒に行動したほうが都合がいい。

 戦力の増強にもなるし、知らない仲でもない。

 そんな理由で男四人の逃亡生活が幕を開けたのだが、はっきり言って狭い。ただでさえ荷物を押し込んで窮屈なスペースなのだ。そこに四人が寝泊まりするのである。寝る場所にもよるが、偶に寝相で頭を打ったりするくらいには寝苦しい空間になってしまった。


「……腕、大丈夫なの?」


 そんな狭い空間で、生活の支障が発生する可能性がある男がいる。

 カイトだ。

 あれからすぐにシデンが骨と爪の残骸を発見したが、獄翼のようにくっつければ自動的に再生が働くことは無かった。完全に傷口が塞がっている上に、骨となっている方も肉片が殆ど残ってなかったのである。


「まあ、なんとかなるだろ」


 当の本人は、特に気にしていない様子である。

 この2日間、何とか生活してみせているのがいい証拠だろう。強いて言えば、着替えるのが少し面倒くさい程度である。

 彼は腕が無くなっても、あまり変わらない生活リズムを送っていた。


「それに、いざとなればお前らが助けてくれるだろ?」


 いや、変化はあった。

 あの決戦から、心なしか素直になってきた気がする。

 少し前なら、絶対に聞けなかった言葉だ。


「……が、頑張る」


 慣れない彼の態度に、ちょっと虚を突かれた。

 そんなスバルを見て、後ろの三人が笑った。

 明日にも終わるかもしれない旅路で、その笑いがだけが狭いコックピットに響く。

 

 彼らが飛ぶ空は、どこまでも美しい青空が広がっていた。

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