第52話 vsカイト弾
アキハバラから地上十数メートル程の位置で、爆発が起こる。
神鷹カイトはその爆発の中心にいながらも、生きていた。生きたまま吹っ飛ばされた彼は、そのまま背後に構える獄翼にキャッチされる。
黒い巨人の掌で身体がバウンドした。痛い。火傷の痕跡と、噛み千切られた舌も相まって、かなり痛かった。
「おい、生きてるか!?」
コックピットが開く。そこから声をかけてくるのは、御柳エイジだった。
何時の間に搭乗していたのか、シデンも奥にいる。メイン操縦席に構えるスバルに至っては、カイトの痛々しい姿を直視できずにいた。
「……死にそう」
辛うじて、それだけ言えた。
身体を引きずり、獄翼の指の隙間を覗いてみる。地面にはシャオランが転がっていた。
他人の事は言えないが、呆れたタフさである。背中の羽は焼き焦げ、右足が完全に消し飛んでいたのだが、それでも彼女は生きていたのだ。
辛うじて繋がっている両手を前に伸ばし、必死になって前進している。
しかし、あれではもう戦えないだろう。よくて避難をするのが精一杯の筈だ。
「……直撃を受けて、よく生きてるな」
「お前もな」
エイジが言う。徐々に傷が再生しているとはいえ、彼の惨状も酷い。何といっても、片腕が無くなっているのだ。どれだけの代償を支払い、シャオランとイゾウを撃退したのか想像するに余りある。
「まあ、なんにせよこれで全員集合だな!」
『全員集合ですか! リーダーにシデンさんとエイジさんと師匠が揃い踏みしてるんですね!』
「すんごい嬉しそうだね、君」
エイジの一言に、やたらとテンションが上がるカノン。
彼女から見れば、今の獄翼のコックピットの中は軽いオールスター状態なのだろう。ただ、スバルはその3人とひとまとめにされていることに納得がいっていないようで、少し半目になっていた。
『残るは、アイツだね』
未だ獄翼に取り込まれたままのシデンが呟くと同時、スバルは己の頭に被さっていた剣山ヘルメットを脱いだ。残り制限時間も1分になっている。今の内に同調を切り替えなければ、激動神と戦っている最中にタイムリミットをオーバーする可能性があった。
それゆえ、彼は新たなラーニング先を招く。
「カイトさん! こっちきて!」
操縦を担当するスバルが選んだのは、カイトだった。
なんやかんやで一番戦闘スタイルが合っているのもあるが、何と言っても脚部の損傷を修復する為には彼の協力が必要不可欠なのだ。
「いや、今選ぶべきなのは俺じゃない」
だが、当の本人はその提案を拒否した。
彼は真っ直ぐ激動神を見つめ、何か決意したように睨みつける。
「エイジ、頼む」
「お! やっぱ俺だな。わかってるじゃねぇの!」
カイトに指名されたエイジが、待ってましたと言わんばかりに盛り上がり始めた。スバルとしても、異論がある訳ではない。激動神が炎を纏えるブレイカーであるのなら、彼の力は確かに有効だ。少なくとも、相性は抜群だろう。
「えーっと、これ被ればいいのか?」
「ううん……」
スバルからの異論がない為、了承と受け取ったエイジが、シデンを退かして後部座席に座る。退かされたシデンは、荷物のど真ん中でごろんと転がり始めた。
目を擦り、控えめの欠伸をして起き上がる。
「エイジ、それを被る前に俺の提案を聞け」
「あん?」
「提案?」
「ふあぁ……状況はどうなったの?」
頭が覚醒したばかりのシデンが問いかけた直後、カイトは言った。
「7歳の誕生日の時、お前が考えた合体技で仕留めるぞ」
「え、何それ」
その言葉に真っ先に反応したのはスバルだ。
なんだ、合体技って。XXXではそんなものを仕込んでいると言うのか。そんな雑技団じゃあるまいし。
「……あれか!」
ややあってから、エイジが合点付いたように言う。
それと同時に、彼の表情が僅かに曇った。
「いや、でもアレはお前にかかる負担が相当ヤバいぞ! しかも、お前は片手が斬られてるじゃねぇか!」
『り、リリリリーダーの腕が斬られた!?』
回線越しのカノンが慌て始める。
よほどショックだったのだろう。『あわあわ』と口で言った後、がつん、と衝撃音が響いた。どうやら卒倒したらしい。何度か呼びかけてみたが、反応が無かった。
「それでも、今回は俺がケジメをつけないといけない」
カイトは振り返らない。
同居人が訝しげに首を傾げても、親友二人が心配そうな視線を送っても、ダメな部下が通信越しで意識を失っても、彼はまっすぐ敵を捉えていた。
「安心しろ」
後ろで不安がる友人たちの気持ちも、わからんでもない。
あれは子供の発想から生まれただけあって、かなり無茶な連携攻撃である。
やったその後は、ボロボロになった自分ができあがるだけだ。
試しに一度だけ訓練で試してみたが、その後の惨状が原因でひたすらエイジに謝られたのは、今となってはいい思い出である。
ただ、その分手っ取り早く終われる。
その利点を考えれば、ボロボロになるのも案外悪くない。
それに、今日の自分はそれがデメリットにならない。
「今日の俺は無敵だ」
「……その恰好でよく言えるよな」
スバルが珍しく野暮なツッコミを入れた。
背中に突き刺さっている羽型刃物が痛々しい。
「どちらにせよ、この一撃で終わらせる。やってくれ」
「……ほんっとうに良いんだな?」
「ああ」
念入りに確認するエイジに振り返りもせずに答えると、カイトは獄翼の掌で軽くジャンプした。
どうやらコックピットに戻るつもりはないらしい。
その意思を汲み取ると、エイジはスバルに行動を促した。
「閉めろ。アイツの意思を尊重するぞ」
「え? でも」
「でもも何もねぇ。俺はアイツを信じる」
そういうと、エイジはコードに繋がれたヘルメットを被った。
数秒もしない内に彼の肩の力は抜け、身体はだらりと崩れ落ちる。
「え、何? なにするのさ!」
寝起きのシデンも無言で納得している。完全に3人だけで意思疎通され、仲間外れにされたスバルは困惑していた。
何をするつもりなんだ、こいつら。
「スバル、バランスを保たせろ。上半身に力が入るようにすればいい」
『それはいいけど、アンタらは何をする気なんだよ』
コックピットを閉じ、スピーカー越しで問いかける。
自分たちの幼い頃の思い出など殆ど知らない少年に、カイトは簡潔に答えた。
「体当たり」
『はぁ!?』
スバルが驚愕すると同時、獄翼はエイジを取り込み、起動した。
脚部損傷の関係で立ち上がれないが、膝を折って座り込む体勢になることで多少バランスを安定させる。
『俺が投げる』
「俺が投げられる」
言っている意味がよくわからない、と無言で訴えるスバルに彼らは補足してあげた。
しかし、お世辞にも状況の把握力が良いとは言えない少年は、やはり納得できないようで。
『いやいやいや、何考えてるんだよ! そんな事したら、』
「そうだ。そんな事をしたら俺はただでは済まない」
エイジが馬鹿みたいな力を持っているのは、スバルも知っている。
そんな彼が、ブレイカーの身体を借りて等身大のカイトを投げ飛ばす。そして投げられたカイトが、激動神に体当たりをぶちかます。
彼らのプランは非常にシンプルかつ、非常に現実離れしたものだった。
「でもまあ、大丈夫だ。今日の俺は無敵だ。負けなければ、なんとでもなる」
『あんなことを言っちゃってるけど、本当に大丈夫なの!?』
どこか非難するようにスバルは同席するふたりに言うが、彼らはあくまで友人の意思を尊重する方針だった。
それに、一撃で仕留めれるに越したことはない理由がある。
『スバル君さぁ、この足が修復するまでの間、あれが呑気に待ってくれてると思う?』
『今、すっげぇ地団太踏んでるから、この隙になんとかなると思う』
相対する激動神は、彼らが話し込んでいる間も『ファッキン』と叫びつつ憤慨していた。この悪癖を直せば、きっとサイキネルは勝ててるんじゃないかな、と呑気に思う。
「残念。切り替えて来たぞ」
カイトが言うと同時、激動神の動きに変化が起こる。
両腕が赤く発光し始めたのだ。次の邪魔は飛んでこないと踏んでの行動だろう。実際、もう一度あの技を放たれると、結構厳しい。
「じゃあ、早めに頼む」
『あいよ!』
『ああ、もう! こうなったらヤケだ! 死なないでよ!』
「そう言われたのは、始めてだな」
多分だけど。少なくとも、ここ最近は言われたことはないと思う。
そう思うと、不思議と笑みが浮かんでくる。
「……大丈夫だ」
激動神の両腕に赤い光が集う。
何時突き出されてもおかしくない破壊のエネルギーを前にして、カイトは不敵に笑う。
「負けられるわけないだろ。やっと友達だって、自信を持って言えたんだ」
だから、負けない。
絶対勝つ。今は無敵モードだ。
シャオランと戦っている最中に途切れていたとしても関係ない。
誰が何と言おうと、今の自分は無敵モードなのだ。
『食らえ、XXXお誕生日記念!』
昂ぶる気持ちに応えるように、獄翼が上半身を捻る。
風圧がカイトを襲った。彼は笑みを消し、残された腕の爪を伸ばす。
『カイト弾だぁっ!』
ネーミングセンスは、ド直球。
その速球ぶりを再現するかのようにして、カイトは巨大ロボットの腕から飛び出した。
黒づくめの青年が、彗星になる。
己が誇る疾走を超えた速度をひっさげて、カイトは激動神に襲い掛かった!
激動神の両腕が、突き出される。
両手の掌に集った赤い螺旋が、獄翼目掛けて放射された。
だが、遅い。
激動神が腕を完全に突き出す直前、カイトは振りかぶった。
次の瞬間、激動神の腹部が大きく抉られる。バランスを支える胴体が崩れ落ち、赤い閃光がアキハバラの上空に霧散していった。
『ふぁ』
崩れ落ちる上半身が、アスファルトに激突する直前。
コックピットで驚愕の表情を作るサイキネルは、思わず叫んだ。
『ファッキン!』
その叫び声が響いたと同時、カイトもまた都内のビルに激突した。
何度か身体が跳ね上がり、激しく転がり回る。
ビルの壁を突き破り、また新たなビルへと突撃してようやく彼の勢いは停止した。
「……終わったぁ」
溜息をつくようにして、肩の力を落とす。
無数のプラモデルが並ぶショーケースに背中から激突し、逆さまになったカイトは、自分が空けた穴から外の様子を見た。
上半身を切り取られた激動神の姿がある。残された下半身からはバチバチと青白い電流が流れ始め、ややあってから爆発した。
その光景を見て、ようやく長いようで短かったこの戦いが終わったのだと実感する。
「エリーゼ」
カイトは誰にでもなく呟く。
本音を言うと、もう彼女のことを思い出したくなかった。
しかしそれでも、彼女のことを忘れる事が出来なかった。今でもあの頃のように恋い焦がれる気持ちを持っているかと言われれば微妙だが、それでも彼女には報告せねばなるまい。
例え彼女の意思がどうあったにせよ、始めて自分を見てくれたのは彼女なのだ。
「……友達、できたよ」
力なく呟いたその表情は、どこまでも晴れやかだった。
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