第51話 vsはじめてのチュウ
少々時間を戻そう。
スバルが天動神を相手にしていた頃まで時間は遡る。アキハバラから少々距離を置いたカンダの街では今、黒と白の稲妻が駆け巡っていた。
黒の稲妻、カイトの膝蹴りがシャオランの腹部に突き刺さる。
同時に白の稲妻であるシャオランの視界にダメージ計算が走るが、彼女は計算が出る前に『問題なし』と勢い任せに呟いて演算を中止させた。口元からはオイルとも血とも取れる赤い液体が流れている。問題ない訳が無かった。
「問題なし」
壊れた機械のように、シャオランはそれしか呟いていない。
正直に言うと、ここまでカイトが強いとは思わなかった。片腕が無くなってからも、リミッターを解除した自分とここまで張り合えるとは。しかもこちらはただのリミッター解除ではない。赤い折り紙は、妹分のメラニーから貰った代物だ。1枚で通常の3倍の出力は出せる。それを3枚飲み込んでいるのだ。
9倍もの出力になりながらも、カイトはそれに食らいついてくる。
「どうすれば問題でてくるんだ、お前!」
息を切らしつつも、カイトが苛立った口調で言う。
彼の現状も、割と悲惨だった。片腕を失い、顔中血塗れ。再生能力が働いているとはいえ、身体中に歯形がついている恨みもあるだろう。全身を食われかけ、彼は冷静ではいられなかった。
「貴方を壊すまで、問題は起こりません」
対し、シャオランに蓄積されたダメージはコンピュータの計算によると5割を超えている。彼の一撃は重い。一撃一撃がほぼ必殺なのだ。爪を剥いたパンチを受けただけで、首は切断されてしまう。
だが、恐れることはない。
これは狩りだ。極上の御馳走を得る前の、儀式に等しい。獲物は強ければ強いほど、美味なものだ。
そう思うと、思わず舌なめずりしてしまう。
口元から流れた赤い液体を舐めとった後、シャオランは再び突撃。
羽をはばたかせカイトに向かい、右手から生える剣を構える。
ふたりの影が重なる。カイトは突き出された剣に掌底を当て、シャオランの軌道を僅かに逸らした。
「予想範囲内です」
が、シャオランは軌道を逸らされても尚、無理やり脚部を前に突き出すことでカイトに攻撃する。突撃しながらのハイキックだ。
「がっ――――!」
強烈な蹴りを受けたカイトが宙を舞う。
しかし、彼は吹っ飛ばされた先の信号機に手を伸ばす。掴んだ。そのままぐるん、と一回転して信号機の上に着地する。
「こいつめ」
吹っ飛ばされたカイトの後を追うシャオランが、信号機目掛けて左の銃口を構える。赤い閃光が信号に目掛けて放たれた。
しかしその上にいるカイトには命中しない。彼は命中する直前に信号機から降り、シャオラン目掛けて疾走していた。
「そぉら!」
お返しだ、とでも言わんばかりにシャオランとの距離を詰める。
エネルギー砲が噴出している左腕はそのままで、カイトは左手でシャオランの顔面を握る。強烈な圧迫感が彼女の頭部に襲い掛かり、頑丈な頭皮にひびを入れた。
「あ、が――――!」
苦しい。
痛い。
弾けてしまう。
嘗て味わった事のないパワーが、彼女の頭を押し潰そうとしていた。
そのままアスファルトに押し倒される。支える力を奪われた左のエネルギー砲があらぬ方向へと倒され、遠くのオフィスビルが焼き払われた。
「この赤いのは血か? オイルか? それともトマトジュースか?」
指と指の間から赤い液体が流れたのを見て、カイトが意地悪な質問をした。だがソレに対し、シャオランの返答はひとつだ。
「私の、体液」
どストレートな返答をしたと同時、カイトは気づく。
彼女の背中に生える無数の羽がない。掴み倒した時は確かに生えていた筈だが、今の問答をやっている間に本体から離脱したと言うのか。
直後、羽がカイトの背中に突き刺さった。
無数の鋭利な刃物が、再び彼を襲う。
「ぐ――――!」
だがカイト、これを懸命に堪える。
前に突き刺さった時は、そのまま押し倒されてコンクリートに縫い付けられた。そしてそのまま片腕を亡くしている始末だ。今度こそ耐えきって見せる。でなければ、コイツは何をしてくるかわからない。
「うあ、ああああああああああああああああ!」
シャオランの頭が押さえつけられ、頭皮から青白い発光体がばちり、と弾ける。彼女の悲痛な叫びがカンダに木霊した。聞いただけで痛々しい。しかしカイトは、この好機を逃さない。
「潰れろ、不気味女……!」
左手に更なる力が籠る。
小さな爆発が白い頭髪で発生するも、カイトは手を離さない。このまま握り潰してやる、と前に身体を押し出す。
「!」
が、そこで気付く。
シャオランの右手の剣が何時の間にやら己の懐に潜り込んできている。そのまま振り上げれば、彼の左手を切り裂ける位置だった。
「う――――」
思わず手を放した。
振り上げられた剣は空を切り裂き、シャオランが密かに狙っていたカイトの左腕切断はかなわない。だが、強烈なパワーから解き放たれただけで十分だ。
解放されたシャオランは素早く起き上がり、殆ど距離が無い状態で再びカイトに突撃。がっしりと彼の身体をホールドし、締め上げる。
更には彼との接触を利用し、肩に噛り付いてきた。
「いづっ!」
背中がへし折れるかのような強烈なパワーが締め上げてくる。蛇に絡みつかれたネズミはきっとこんな気分なのだろうな、とカイトは思う。挙句の果てに食われるのだから、尚更だ。
ただ、食われる気は一切ないし、負けるつもりも毛頭ない。
カイトは躊躇うことなく口をシャオランの肩へと持っていき、彼女の右肩に噛みついた。噛みつき返しである。
「――――!」
シャオランの身体に電流が走る。
歯が思いっきりお互いの肉体に侵入し、血液を沸騰させた。未知なるやり返しを受けたシャオランが、思わず手を放す。
そのまま転がり込み、己の肩を見やる。
「あ、う?」
何が起こったのか理解できていない、と言った様子である。
これまで色んな敵と戦って、そして食らってきたが噛みつき返してきた奴はこの男が始めてだった。
「んぐ……まず!」
一方、カイトは口からシャオランの肉片を吐き出していた。
ばちばち、とショートしている。刺激的な味がしたに違いない。
「まずい?」
「激マズ」
簡単なやり取りだけ行われ、カイトが口元を拭う。
食い千切られた肩は、少しずつ復元されていった。
「貴方は美味でした」
「全然嬉しくない」
褒め言葉として受け取るには、大分ねじまがった根性じゃないと無理だろう。だが、どういうわけかシャオランは自分が美味でないことに憤慨していた。
「あなたは美味しい。では、なぜ私は不味いのでしょう」
シャオランには、イゾウと同じように美学を持っている。
ここまで読んできた読者諸兄ならある程度予想はついているかもしれないが、それこそが『弱肉強食』である。強い奴が弱い奴を食らい、栄養として生き残る。それこそが自然界の摂理だとシャオランは思っている。
まあ、その賛否はこの際置いておこう。
ただ、問題なのはその過程において『美味な奴ほど強い』という独自の解釈が存在している点である。要するに、強い奴であればある程美味しいのだ。
しかし目の前で、始めて自分を食べた男は言った。
まずい、と。
「私は、弱い?」
「知るか!」
首を傾げたシャオランを前にして、好機と見たカイトが疾走する。
強烈なダッシュだがしかし、その一歩一歩は静寂だった。音もなく気配も無く、瞬時にシャオランの前に出現し、カイトは拳を突き出した。
「!」
爪が突き出され、腹部に突き刺さる。
その痛みにより、シャオランが僅かに苦悶の表情を浮かべるも、
「く、ふ……ふふ、うふふふふ……」
すぐに不気味な笑い声を漏らし始めた。
素早く両手でカイトの頭を捉え、己の頭部をぶつける。頭突きだ。強烈なそれを受けたカイトの頭部が仰け反るが、シャオランの両手が離れることを許さない。
「私は、まだ弱い」
狂気的な笑みを浮かべ、シャオランは呟く。
「貴方は強い」
だからこそ、美味しい。
恐らくこの先、一生出会う事が無いグルメだろう。
ならばそれを食らい、栄養としたとき。自分はどれ程強くなれるのだろう。彼を得た、最強の自分を想像する。興奮が高まり、身体に熱が籠るのを感じた。
『クールダウン推奨!』
「問題なし」
空気を呼んでくれないエラーメッセージが、煩わしい。
今だけはこの機能を全てシャットアウトさせてしまいたい気分になった。
折角高揚してきた、この胸のときめきを返せと言いたい。
いや、よくよく考えれば返してもらう必要はない。
今から味わえば済む話だ。
「いただきます」
「んぐ――――!?」
腹部を貫かれた状態で、彼女は額から血を流す敵の頭を顔面に持ってくる。
次の瞬間、頭は重なった。
唇と唇が触れる。シャオランとカイトの脳に、それぞれ電流のような衝撃が降り注ぐ。
「んんっ!」
息を詰まらせるように抵抗するのは、カイトだ。
突然の奇行に頭が真っ白になるも、彼はシャオランの行動理由を徐々に理解していった。
コイツは今、自分の唾液を飲んでいるのだ。
舌を突っ込まれ、口の中を蹂躙してきている。更に唇を前に突き出し、歯が口内に侵入してくる。自分の舌と、シャオランの歯が触れた。
その瞬間に、カイトは猛烈な寒気を感じる。
食い千切られる。
直観的にそう思った。
だが振り解こうにも、腕は彼女の胴体に突き刺さっている。
もう片方の腕は食われた。頭を振り解こうとしても、両手でしっかり押さえられている。
ならば、手段はひとつしかない。
悩むことなく、カイトは疾走した。彼の視界には、シャオランの他にもうひとつ見えている物がある。
隣町でもしっかりと見える天動神の巨大なボディと、それに立ち向かう獄翼である。
時間は元に戻り、現在。
天動神の中から出現した(正確に言えば、エスパー・パンダの中)新たなブレイカー、激動神からふたつの赤い閃光が放たれる。
「やばい!」
ソレに気付いたスバルが、戦慄する。
一個だけでも受け流すだけでかなり浪費する上に、もし受けながす力の向き先を間違えれば、それだけで獄翼は大破してしまう。
今度は炎ではない。御柳エイジの力は、通用しない。
「シデンさん!」
『確かに、ちょっとやばそうだね!』
どうにかしてくれ、ともどうする、とも言えなかった。
ただ目の前に迫る脅威を取り除かないと、死ぬ。
その意思が伝わったのか、シデンがサイキック・ツイン・バズーカを避ける為に一歩を踏み出す。
が、
『脚部、行動限界!』
「げぇ!」
念動神との戦いで負担をかけ過ぎたツケが、ここできた。
獄翼の足の関節を繋ぐパーツが悲鳴をあげ、遂に破裂してしまったのである。
『痛っ!』
その痛みは、機体と一体化したシデンも感じたのだろう。
バランスを崩しながらも上体を逸らし、なんとか赤い閃光を避けれないかと試みる。17メートルほどの黒い巨体が、アキハバラの大地に倒れ込む。
石に躓いた人間のように、繊細な行動だった。
「おい、とべねぇのかこれ!」
コックピットに振動が伝わっている最中に、乗り込んだばかりのエイジが怒鳴る。
「SYSTEM Xを使ってる最中だと、飛べないんだよ!」
SYSTEM Xは後部座席に乗り込む新人類を取り込み、その武装と能力を得る。だが、その状態の獄翼は自分の持っている武装の使い方しかわからないのだ。要するに、外部接続されている飛行ユニットなんかは、この状態だと完全にお荷物なのだ。
取り込まれた新人類が、飛行ユニットの使い方をマスターすれば話は別なのだが、シデンは今日獄翼に乗ったばかりである。カイトですらまだ使用を躊躇っているのに、彼がすぐに使いこなせるとは思えない。
「くそ!」
だが、文句を言っても仕方がない。
スバルとシデンはお互いに獄翼のボディを動かす。
が、足りない。倒れているお陰で一撃は避けれるが、もうひとつが軌道上重なっている。このまま行くと、右肩にかけて貫かれる。
赤い閃光が、目の前に飛び込んできた。
思わずスバルが目を瞑る。
「あ!」
だが、そんな彼の真横でエイジは見た。
獄翼に襲い掛かる赤い閃光。ソレに向かって飛び出す、影があった。恐らく自分と同じようにビルを駆けのぼり、飛び出したのだろう。
神鷹カイトがシャオランを刺し貫いた姿勢のまま、獄翼の前に飛び込んだのだ。
『カイちゃん!』
「カイト!」
「え、カイトさん!?」
『リーダー!?』
獄翼側の4人が、それぞれカイトに反応した。
今のサイキックバズーカは、念動神が放った時に比べれば大分小さい。
太さは、縦に大凡4,5メートルと言った所だろうか。
「待ってたぞ、この攻撃を!」
10分以上シャオランに捕まりながらも、ここまで全力疾走を続けたカイトが笑みを浮かべる。
シャオランはタフだ。蹴っても、殴っても、貫いても元気だ。
今もこうして自分の舌先を食い千切り、ご機嫌な表情をしている。恍惚とした表情を浮かべ、意識は別の世界へと旅行していた。ここまで呑気に味わっていると、呆れてくる。
だが、それならば。
味方の『必殺の一撃』では、どうだろう。
「あ?」
満足げにカイトの味を堪能していたシャオランが、かなり遅れて現実に引き戻される。真後ろには、味方の激動神。それから放たれる、必殺のサイキックバズーカ。
それを視界に入れた瞬間、シャオランの表情が焦りの色に変わる。
「食事中でも、ある程度周りに気を配れよ」
「ずるい、です」
「トリップして気付かないお前が悪い」
シャオランの背中に赤い光が命中した。
光が弾け、獄翼の眼前が爆発する。この介入によって、僅かに『細くなった』赤い閃光が獄翼の右肩を通過した。
が、それもやや真上を通り過ぎるだけだ。獄翼の肩と横顔に焦げ目を残し、赤い閃光はアキハバラの街を通り過ぎて行った。
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