第50話 vs天動神と
獄翼の関節が光り、脚部に六つの銃口が生える。
だが、それを向けられてもサイキネルは特に危機感を持たなかった。
新たな新人類を取り込んだからと言って、それが自身と天動神に通用するとは限らないからである。
同調で出現した銃なのだから、当然普通のそれとは違うのだろう。しかし遠距離での決戦であれば、優位なのはこの天動神に他ならない。なぜならば、天動神には必殺の一撃が存在するからだ。
「撃ち合いを挑むなら、受けてたとう!」
サイキネルが身体から溢れるサイキックパワーを天動神を注ぎ込む。
コックピットに空いている穴に腕を突っ込み、機体にエネルギーを回しているその姿は、ガソリンスタンドに似た光景だった。
「食らえ、必殺!」
獄翼が刀を収め、銃を構えた。
それを見た瞬間、サイキネルは勝利を確信する。
馬鹿め、僕の一撃はそんな銃から放たれる弾丸とは違うのだ。
なんといっても、破壊の濃度が違う。
「サイキック」
必殺の言葉が紡がれると、相方の口が展開する。
その口内から溢れ出る赤い光は、まさに高濃度の破壊の源に他ならない。
放たれれば、何発飛んで来ようが銃弾を一気に蒸発させて獄翼を消し炭にできる自信がある。
ゆえに、サイキネルは続けた。
敵を葬る、必殺の言葉を。
「バズ――――!」
だが、その言葉が最後まで言い終わる事は無かった。
何故ならば、彼の前面に警報音とエラーメッセージが表示されたからだ。
『ちょいと待った!』
『発射できないよボス!』
「ファッキン!」
いいところで。
寸止めを食らったサイキネルは、思わず地団太を踏んだ。一体何があったと言うのか。
苛立ちを隠せない表情でモニターに視線を向けると、天動神のコックピットは詳細を彼に伝えた。
『エスパー・イーグルの口内に不純物が詰まっているよ。退かさないと撃てないよボス!』
「不純物だとぅ!」
なんだそれは、と問う前にモニターが表示される。
第三者視点で物事を見る事が出来る、サイキックパワーを活用した念力のカメラだ。
それが映し出した映像には、サイキネルの予想を上回る物が映っていた。
氷である。
エスパー・イーグルの巨大な口に、これまた巨大な氷塊が突っ込まれているのだ。見れば天動神のボディもところどころ凍り付いており、足元なんか凍結して動かない。翼も少し羽ばたかせれば、氷が飛び散るくらいには冷えている。
「何が起きている!?」
サイキネルは問う。
すると天動神に搭載されているAIは、瞬時に答えを叩きだした。
『相手の新人類の能力だよボス!』
「敵の新人類だと! 何者だ!」
モニターがカメラでとらえた、新たな新人類の顔を表示する。
恐らくは当時の写真だろう。顔つきはそこまで大差が無いが、服装は新人類王国で使用された古いタイプの軍服だった。
『元XXX所属、六道シデンのデータだよ。凍結能力を保持している、新人類の中でもかなり強力な能力者なんだって』
「トリプルエックス! つまり、アイツの仲間か!」
ただの陽気なアキハバラのコスプレ戦士かと思いきや、意外なことにガチな経歴だった。
『ボス! 撃たれますぜ!』
「副サイキックバズーカでけしとばせぇ!」
獄翼が乱射する。
銃口から一斉に氷柱の弾丸が発射され、次々と天動神に降り注ぐ。
サイキネルはあくまで返り討ちに拘っていたが、AIからの返答は期待を裏切る物だった。
『無理、発射できないよ!』
「なにぃ! 何故だ、天動神!」
無数の氷を全身に受け、コックピットに振動が響く。
同時に、サイキネルの胴体も激しく揺れた。
『砲台全部に氷が詰まってて、発射できないんだよボス!』
「気合で溶かせ! サイキック・ヴォルケイノだ!」
『無理! サイキックパワーを表面に送る為の回路も、冷え切って麻痺しちゃってるよ!』
「ファッキン!」
AIによる報告に、サイキネルは歯噛みする。
何時の間にここまで凍らされていたのだ。いかに相手が同調で獄翼と一体化し、間接的に巨大化したからと言って、一瞬でここまで出来る物なのか。
「……こうなったら」
やや考えてから、サイキネルは決断する。
あまりの悔しさに、唇は歯噛みした瞬間に切れていた。口元からたらりと流れる血液が、サイキネルの苦悩を表している。
「天動神。さようなら」
『さようなら、ボス。今まで楽しかったですぜ』
陽気なAIはモニターにそんな文字を表示させた。穴に収まっていたサイキネルの両腕が解放される。直後、彼が座っていたシートは回転。そのまま振り返ることなく、サイキネルを運んでいく。
「シャークとパンサーに続き、天動神までも……許さん!」
エレベーターに辿り着き、サイキネルを乗せたシートが下へと移動する。
真上から爆発音が聞こえたのは、それからほどなくしてからのことだった。
「……!」
拳を握りしめ、俯く。
嘗てこれほどサイキックパワーが無力だと思った事はない。
だが、それでも自分にはサイキックパワーしかないし、この力こそが最強の証だと信じている。確かに機械の友を失い、見るも無残なスクラップにされた。
しかし、勝負はこれからだ。
「許さんぞ、トリプルエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエックス!」
喉が張り裂けんばかりの雄叫びが、頭部が吹っ飛んだ天動神の内部で轟いた。
何度トリガーを引いたのかは、覚えていない。
普段ならすぐにでも残弾を確認するのがセオリーなのだが、今使っている銃は恐ろしい事に弾丸をその場で瞬時に生成している。
ゆえにエネルギーチャージ時間も気にせずに撃ちまくれるのだが、指が痛くなるまで連射する日が来るとは思わなかった。多分、今日はマトモに箸を持つ事が出来ないだろうな、とスバルは思う。
『どんなもんさ』
シデンが言うと、獄翼は器用に銃をくるくると回転させてから腰に収める。まるでカウボーイだ。
いや、カウボーイと言うよりは猛吹雪と言った方がいいかもしれない。
氷漬けにされ、見るも無残な姿にされた天動神を見ると、スバルはそうとしか思えなかった。
「中身も死んだんじゃないか、これ」
なんといっても、天動神の全身から滝のように氷柱が伸びているのである。それは地面にまで届いており、見ただけで寒そうだった。
しかも氷柱の雨に襲われた際に、頭部を含めた各所のボディが崩れ落ちている。頭部をつかさどるエスパー・イーグルにサイキネルが乗りこんでいたことを考えると、パンダの足下に転がっている氷漬けの鳥頭の中にまだサイキネルがいる可能性が大きい。
『いや』
スバルの考えを、シデンは否定する。
なぜならば、天動神の胴体をつかさどるパンダに動きがあったからだ。
『まだみたいだね』
四足歩行の天動神が起き上がる。
胴体にスライドしていたパンダの顔はそのままで、首と四肢、そして羽を失ったそれは、最初に戦った念動神の無残な姿に他ならなかった。
「胴体だけになっても、まだ戦えるってわけか」
スバルは思い出す。
そもそも念動神、天動神は彼が呼び出したアニマルタイプのブレイカー。その集合体だ。それを構成する一体一体が戦えない確証など、どこにもない。寧ろ合体ロボのお約束から考えても、単体で戦える可能性が大きいのだ。
『と言っても、パンダの方も大分冷やしたけど』
冷蔵庫の化身が呟いたように、エスパー・パンダの巨体も全身かっちかちに凍り付いていた。少し胴体を動かすたび、身体にこびり付いた氷にひびが入る。
『冷凍庫の中に突っ込まれる感じだけど、パイロット君も頑張ってるね』
「あんな一瞬で凍らせれるもんなの?」
『まさか。君に拾われる前に事前準備してたんだよ』
『カッコいいです、シデンさん!』
カノンが惚れ惚れとする口調で言う。
だが、スバルは思う。えげつねぇ、と。
事前準備で50メートルはあろう巨体を凍りつかせ、挙句の果てに一部だけとはいえアキハバラに氷塊を作り上げたと言うのか。どんな事前準備をしていたのだろう。
「少し気になるんだけど、その気になったらどこまで寒くできる?」
『試したことはないんだけど、このまま力を伸ばせば南極大陸ができるのも夢じゃないって言われたね』
地図を塗り替えるのかよ。
思わずスバルは心の中で突っ込んだ。心の中で、日本地図の緑色が白に塗りかえられていく。
「人間災害だ……」
『失礼な。こんなに可愛いのに』
自分で言うんじゃないよ、とぼやく事は無かった。
目の前で動くエスパー・パンダに、ひびが入ったのだ。ひびは首元から胴体に向かって縦に走り、パンダの巨体を真っ二つに切り裂いていく。
まるで脱皮だ。目の前で繰り広げられる光景を前に、スバルとシデンは意識をシンクロさせた。
『よくもやってくれたな、XXXのメイド戦士!』
ひびが割れ、エスパー・パンダの巨体に穴が開く。
その中から声を出したのは、やはりサイキネルだ。パンダの中からサイキネルの声を発する新たな機械人形が、その姿を現す。
「まだなんかあるの……」
『マトリョーシカみたい』
パンダの中から出現した新たなブレイカーの登場に、スバルはげんなりとした表情を浮かべた。3連戦である。しかも前の2回で、死にそうな目にあっているのだ。そりゃあ力も抜ける。
『でも、前と比べて弱そうだよ』
パンダの中から出現したブレイカーは、傍から見れば人形の素体のように質素だった。カラーリングも地味なグレー。特筆するべき特徴がある訳でもない。強いて言うなら、何の武装も装備していないミラージュタイプのブレイカーがそのまま出てきたと言う所だろうか。
『サイキックパワー、全開ぃ!』
だが、彼らのそんな感想はすぐに打ち消される。
サイキネルの咆哮が轟いたと同時、アキハバラの赤い空に広がっていた雲に巨大な穴が開いた。その穴から赤い光が降り注ぎ、滝のような勢いで灰色のブレイカーに浴びせられる。
『きたきたきたあああああああああああああああああああああああああ!』
灰色のカラーが見る見る内に赤く染まっていく。
これでは赤い光によって変色しているようだ。
『激!』
滝のようにも見える赤い光の柱から、20メートルほどの巨体が一歩を踏み出す。
『動!』
構えられた両腕から、炎のような赤いオーラが溢れ出す。
『しいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいん!』
頭部が展開し、兜のような飾り付けが頭を覆う。
今ここに、エスパー・パンダの中で眠り続けたブレイカー、
「隠しすぎだろ、ブレイカーをさ!」
エスパー・パンダの中に潜んでいただけあって、その大きさは念動神や天動神と比べても小さい。獄翼よりもやや大きい、といったところだろうか。
この激動神の中に更に何かが潜んでいる事はないだろうと思いたい。
『流石にこれが最後でしょ』
「そう思うよ、俺もさ」
シデンと同じ結論に行きつくと、スバルは残りの制限時間を確認する。
カイトの時と比べて、そこまで大きなアクションをしていない為か、比較的まだ余裕がある。先頭の数字はまだ『2』だった。
『なら、消し飛ばすだけだよ!』
制限時間の説明を受けていないシデンが、再び銃を構える。
同時に、凍てついた空気が激動神の周辺を取り囲んでいく。
が、
『サイキック・ヴォルケイノ!』
激動神が両腕を引き締めると同時、その赤いボディから同じ色のオーラが波のように溢れ出す。その正体にいち早く気付いたのは、実際に激動神と相対しているシデンだ。
『炎だ!』
「ブレイカーが火を噴いたってのかよ!」
一応、ブレイカーの武装として火炎放射器も存在している。
存在しているが、しかしどう見てもアレは異質な炎だ。機械の身体から炎を吹き出すなんて、初耳である。
『これで、もう氷漬けにはできまい』
激動神が指を突き付け、獄翼に宣言する。
寒くて凍り付いてしまうのであれば、熱を込めればいい。発想自体は誰にでも出てくるものだ。
『ありゃま』
「ありゃま、じゃねぇよ! 何か策は無いの!?」
シデンを取り込んだ獄翼の掃討力はかなりの物だ。
接近戦主体のスタイルであるスバルでも、それは素直に思う。しかし、高い掃討力を発揮するのはシデンの力である凍結能力が相手に深刻なダメージを及ばせているからだ。それが通用しないとなると、氷の弾丸すら相手に届かない。
とはいえ、仮にもシデンはXXXである。
能力を磨き上げてきたのであれば、炎対策の解答のひとつくらい準備している筈だ。そう思った。
『ボクにはないよ』
「ねぇのかよ!」
期待は思いの外あっさりと打ち砕かれた。
しかもこの返答の仕方には、なんとなくデジャブを感じる。カイトと同じように、能力に任せたゴリ押しで勝負する気ではあるまいな。
『でも、怖がる必要は特にないかなぁ』
呑気にシデンは言う。
スバルがその意図を問いただす前に、激動神が動いた。
『ならば、怖がらずに燃え尽きろ!』
赤い両腕が前に突き出される。
左右の掌から炎の柱が噴出し、お互いに絡まりながらも真っ直ぐ獄翼へと襲い掛かる。獄翼は引き金を引くこともしなければ、避ける気配もない。
「来る! 来るって!」
焦るスバル。飛行ユニットを起動して飛び立とうと操縦桿を握るが、
『大丈夫』
シデンが諭すように言う。
直後、炎の渦は獄翼の手前で弾け飛んだ。火花が獄翼にかかるが、鋼のボディは無傷である。
「え?」
『何ぃ!?』
面食らうスバルとサイキネル。
反面、状況を唯一理解しているシデンは上機嫌だ。
『ほら、大丈夫だ。ねえ、エイちゃん』
獄翼が横のビルに首を向ける。何時の間に上っていたのか、御柳エイジがその屋上で佇んでいた。
「俺が間に合わなかったら、どうするつもりだったんだ?」
『助けてくれなかったエイちゃんを恨んで、スバル君と一緒に毎晩化けて出てくるよ』
「こえーよ!」
「というか、俺を巻き込むなよ!」
凄く緊張感のないやり取りが行われる。
一度溜息をついてから、スバルはエイジに問う。
「エイジさん、今何かしたの?」
シデンの反応から察するに、激動神の炎を打ち消したのはエイジで間違いない筈だ。本人の反応からしても、たぶん間違いじゃない。
「ああ、俺は火が操れるんだ」
あっけらかんと、そう言った。
しかしスバルは思う。それってかなり強力な能力なんじゃないか、と。
「じゃあ、さっきの激動神みたいな事も出来るの?」
「やろうと思えば出来なくはないぜ。でも俺、発火はできないんだよな。だから火をおこすのは他に任せるしかないんだけど」
ゆえに限定的な能力だと言われ、XXX内で大きく取り上げられなかった。
マッチを渡しても根元でへし折る上に、ライターもスイッチを押したら容器がへし折れてる始末なのだ。御柳エイジが己の意思で炎を出す手段は、当時では皆無に等しかった。
「……どうやら、やっこさんは俺と相性が良さそうだぜ」
発火する手間なく、能力を最大限に活かせる相手。
それは正しく、自ら発火してくれる敵に他ならない。かなり限定的で都合がいいが、そんな奴が目の前にいた。
「おい、次は俺を乗せな!」
「お、おう!」
獄翼がコックピットを開く。
それを見たエイジはにやり、と口元に笑みを浮かばせて跳躍した。
『ま、またアイツか!』
それを見て、苛立ちがエスカレートするのはサイキネルである。
イゾウとシャオランは何をしているというのだ。あのふたりを担当することになったのは、ジャンケンの敗者である彼らではないのか。彼らが上手くアイツらを叩いてくれていれば、天動神を失う事も無かった。
『ファッキン!』
そう思うと、口癖となっているこの台詞が飛び出した。
コックピット内で恒例の地団太を踏むと、サイキネルはコックピットに乗り込んだタイツ男に視線を向けた。
カイトと言い、旧人類の下等生物と言い、XXXのメイド戦士と言い、あのタイツ男と言い、次々と自分の必殺技を防いだり妨害したりしてくる。全く、嫌になってくるし気分がもやもやとする。
こんな時はやはり、気分よく必殺の一撃を放つに限る。
『貴様が炎を操れると言っても、これを防ぐことは出来まい!』
激動神の拳に、赤い光が灯る。
螺旋状に渦巻く左右の破壊のエネルギーの源は、既に何度も放っている必殺の一撃だ。今まではその度に避けられたり、防がれたりしてきたが今度は違う。
『サイキック・ツイン・バズゥウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウカアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!』
渾身の雄叫びと共に、激動神の両拳から赤い閃光がふたつ、解き放たれた。
今度は無力化できる炎ではない。刀で弾こうものならひとつで押されている内にもうひとつがクリーンヒット。氷で発射口を塞ぐような真似は、この激動神には通用しない。アルマガニウムの爪の保有者は、この場におらず。
完璧だ。完璧すぎる勝利のビジョンしか思い浮かばない。
『防ぎきれまい! この完璧すぎる必殺の二連撃は!』
サイキネルが笑う。
勝利を確信しての笑みは、豪快な笑いへと進化していった。
それゆえに、彼は気づかない。
その必殺の二連撃の前に一陣の風が通り過ぎたことなど。
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