第45話 vs御柳エイジ

 なんで爪まで使うくらい真剣な勝負が行われることになったのか。

 自分は持てる全てを使って彼を倒そうと思ったし、彼もそれは同じだった筈だ。当時、彼が使っていた槍を構えられた記憶があるから、間違いない。

 そう思うに至った理由はわかる。

 自分が御柳エイジに嫉妬していたのだ。

 彼は気さくで、面倒見がいい。新人類王国の兵としては思想、能力の不自由さの面で評価は低かったが、彼の人間性と特化された力は大いに評価されていたのはよく覚えている。どのくらい評価が高かったのかというと、XXXの中で唯一ドーピング無しでカイトと同じくらいまで身体能力を伸ばした男、という形だ。一方でそれ以外が極端に低い成績だった為、一部では落ちこぼれと言われていたが、例えそうだとしても立派な特化され具合である。ある意味では新人類の有様を体現していると思う。


 尖がっているとはいえ、そういう評価があるのは結構ショックだった。

 別段、ドーピングしてたのは事実だから否定はしない。怖かったのは彼が自分と同じ位まで足を踏み入れてきたことだ。

 もしも彼が自分を倒す力を持っていれば、エリーゼから必要されなくなる。自分が誇示することができるのは力だけだ。その力で誰かに負けようものなら、一体何が残るだろう。


 もしかすると彼は気にしないかもしれない。

 他のメンバーも、誰も気にしないかもしれない。しかしそう思う為には、カイトは自分を信じきれていなかった。

 御柳エイジは、カイトから見てそれだけ凄い奴だった。

 彼を倒さなければ自分に居場所は無い。

 そう思っていた。

 そして自分の持てる全てを駆使して、彼に挑んだ。


 その結果が、今の現状に繋がっている。


 結論から言うと、エイジがカイトと張り合えるのは『腕力』という特化された技術只ひとつだけなのだ。

 その力を受け流し、爪を伸ばした結果、エイジの顔は一瞬にして赤く染まった。呆気ない戦いだった。いや、戦いとも呼べるものではない。カイトはエイジから何のダメージも受けなかったからだ。


 しかしそこまで完璧な勝利でも、気分が晴れる事は無い。

 思ったよりも力の差はあり過ぎた。エリーゼにもそうだが、彼にも悪いことをしたという罪悪感が芽生えた。きっと彼は自分を恨んでいる事だろう。

 ただ、そこに関してはそんなに重要視していなかった。

 恨まれ役になるのは始めてではない。数少ない友人がこれでまた減るだけだと、そんな風に自己完結させることで罪悪感を閉じ込めたのだ。


 ところが、である。

 後日、エイジはシデンを引き連れて、カイトの元にやってきた。そして言ったのだ。


『よぉ、今日は何して遊ぶ?』


 その言葉を聞いた時、己の耳を疑った。

 なぜそんな事を言えるのかと、本気で思った。

 一歩間違えれば死にかけてたんだぞ。どうしてそんな相手に、何時もと変わらない態度でいれるのだ。

 疑問が湧き上がるカイトは、ふとエイジの顔を見た。

 自分が遺した生々しい傷跡があった。それを視界に納めた瞬間、思わず目を逸らした。直視できなかったのだ。

 カイトに壊されてこんな風に接してくる友人は彼が始めてだった。多分、だからこそ抑え込めていた筈の罪悪感も溢れ出したんだと思う。

 

 ただ、まだ幼いカイトはその罪悪感との付き合い方に不慣れだった。

 だから、予防線を引いた。相手側から入ってこれないように距離を置き、もし向こうから近づくものならまた距離を取り、再び線を引く。そんなやり方しか、できなかった。

 しかし、まあ。無知とは恐ろしいもので、それから9年経過した今でもカイトはそんなやり方を続けている。

 柏木一家然り、シルヴェリア姉妹然り、エイジとシデン然り、常に線を引いていた。


 そんなやり方に今になってケチをつける奴が現われた。

 今思うと同居人の少年と自分が傷をつけた友人は似ている気がする。新人類と旧人類という差はあるが、思想が割と似通っているのだ。友人が自然と集まっていくのも酷似していると思う。

 そんな彼に言われたからこそ、余計に堪えた。不思議な事に、彼といると自然と本心を剥き出しにされる気がする。

 いや、別段不思議でもなんでもない。自分がどうしたいのか、本当は自分でもわかっているのだ。

 他人の痛みに敏感なあの少年が、それに気づくことなど容易いのである。


 しかし、だ。

 放り出され、その場に流されて走っているとはいえ。

 今更、なんて言って謝ればいいのだろうか。9年前のことだけではない。この街についてからも、感情に任せて酷い事をした。

 それらを全て返済する為にどうすればいいのか、カイトには想像もつかなかった。






 腹部にシャオランの頭が突き刺さるような形で、エイジがビルに激突する。彼女が仕掛けたのは、頭から突撃する単純な体当たりであったが、激突したビルの壁に簡単に穴が開いたことからもその破壊力が伺えるだろう。

 もちろん、それに背中からぶつかったエイジも、ただでは済まない。


「いってぇ!」


 痛いのである。壁に叩きつけられ、背中を強く打てばそれは痛い。

 勿論、エイジだって痛いのは嫌いだ。だからこそ、この突進から逃げようとする。


「調子に乗るなこの野郎!」

「野郎ではありません。訂正を求めます」

「どっちでもええわ、そんなもん!」


 意外と細かいシャオランのツッコミを流しつつも、エイジは両手を伸ばす。それを敵の脇腹に回すと、彼は思いっきり背中を曲げた。


「あ」


 間抜けな声を上げながらも、シャオランの疾走が中断される。

 持ち上げられているのだ。地面に足をつけずに、両手の力だけで。それを認識すると、シャオランは素直に拍手を送る。


「……凄いですね、と称賛します」

「どーも」


 感想を貰ったと同時、床に足をつけたエイジは彼女を地面に叩きつける。俗にいうパイルドライバーと呼ばれる技だった。

 シャオランの白い髪が床に激突する。直後、彼らが突入したオフィスビルを激しい振動が襲った。シャオランの頭が突き刺さった個所を中心として、ちょっとしたクレーターが出来上がる。


 だが、恐ろしい事に。

 それほどハチャメチャな大技を受けても、彼女の上半身はただただ拍手を送り続けていた。まるで壊れた玩具のように、何回も。


「ええい!」


 それを見たエイジが歯噛みする。

 効いていない。久々に思いっきり決めた大技でスカっとしていたのだが、この拍手で全て台無しになっていた。唯一の長所が、この女に通用していないのである。

 どれだけ防御が優れて、尚且つタフなのだろうか。


 悲しい話ではあるが、御柳エイジはXXXでは落ちこぼれと呼ばれるポジションに陣取っていた男である。カイトから長所を称賛されてはいるが、彼はそれ以外が極端に成績が振るわないタイプなのだ。

 逆に言えばそれは、伸ばしてきた長所以外の武器が無いことを意味している。勿論、新人類として生まれた以上、特化される事は大きな武器だ。だがエイジはそれが極端なのだ。カイトのように全体的に伸ばしてきたわけでもなく、シデンのように能力が強大な訳でもない。

 力が通用しなければ、彼はただの木偶の坊と変わりなかった。

 だが、それでも。これしかないのだ。鍛え上げたそれが通用しなければ、御柳エイジには何も残らない。それでは折角かっこつけて参戦したのが台無しである。


「んなろぉ!」


 右手を振り上げ、殴りかかる。

 仮に相手がとんでもなく防御に特化された新人類だとしても、この力で立ち向かうだけだった。殴って、殴って、殴り続けて最終的にはぶっこわす。

 文字通りの、力技である。


 しかし、シャオラン的にはそれを何度も受けるわけにはいかない。


「!」


 顔が床に突き刺さったままの体勢で両腕を前に出す。

 直後、彼女の両腕が銀色に変色し、一瞬にして形を再構成する。右手は鋭利な刃に、左手は最初に繰り出したのと同じ銃口に変化した。

 銃口がエイジの拳と重なる。光の弾丸がシャオランの左手から解き放たれ、エイジを飲み込んだ。

 吹っ飛ばされる。避難して誰もいなくなった喫煙ルームに叩きつけられつつも、エイジは頭を擦った。


「いってぇ……!」


 多分、少し前まで誰かが吸っていたのだろう。

 煙草の匂いが充満する小さな空間でゆっくりと起き上がると、彼は見る。

 シャオランが翼を展開させ、無理やりはばたかせて床から飛びあがったのを、だ。


「うへぇ。アクロバティックな起き上がり方」

 

 実際羽が生えているのだからアクロバティックもクソも無いのだが、エイジはげんなりとした表情を向けるしかなかった。

 ただ、表情には出さないが気持ちとしてはシャオランも同じである。


「軽傷と推測します」

 

 殆ど0距離でエネルギー弾を受けた筈だった。カウンターとしては、割と綺麗に決まっていたと思うのだが、意外と元気そうである。

 全身タイツだった為に、ところどころ破けて筋肉が露わになっているが、そこも僅かに血が滲んでいる程度だった。これでは自転車から転んだようなもんだ。倒すにはまだまだ程遠い。

 ならば、手段はひとつである。


「出力アップ」

「なにっ!?」


 簡単に、彼女はそう言った。

 背中に生えた白の機械羽が、一瞬にして鋭い刃のような鋼色に変色する。


「お腹が空くので、早めにお食事させてください」


 彼女は低燃費主義だった。だがそんな低燃費でもここまで戦えたのだ。力を出し切れば、勝てる。何度も命中したら壊されるであろうパンチを確実に避ける意味も含めて、安全に仕留めにいくことにする。

 羽ばたきの突風でシャオランの前髪が浮き上がった。

 直後、狭いオフィスビルで彼女の身体が宙を浮く。


 突進!


 先程までの速度とは比べ物にならない白の弾丸が、強烈な風に包まれながらエイジに襲い掛かる。


「ふぅ」


 だが、それを見てエイジは深呼吸。

 次の瞬間、彼は僅かに脇を広げ、一瞬にして回り込んでいたシャオランの剣を挟む。


「!?」


 その行為に驚いたのは、正に出力を上げて本気で仕留めにかかってきたシャオランに他ならない。

 先程仰天したばかりだというのに、あっさりと対応してきたのだ。反応と行動のギャップが激しすぎる。


「馬鹿め! 何年あの野郎の動き見てると思ってやがる!」


 エイジがにやり、と笑う。

 正直な所、出力アップと聞いてどれほど早くて強くなるのかと思っていたが、なんてことはない。『彼』と比べれば、まだまだだ。

 脇で剣を掴んだエイジは、もう片方の腕を振るって裏拳をシャオランに叩き込む。その一撃は彼女の顔面にクリーンヒット。頭部損傷率を計算する数字を視界に納めながらも、今度はシャオランが吹っ飛ばされる。


 が、しかし。彼女の意識は失われてはいなかった。

 シャオランは吹っ飛ばされつつも左手の銃口をエイジに向ける。そこから溢れる光を視界に納め、エイジが不敵に笑う。


「それはもう見切ったぜ!」

「では、こうします」


 腕を真上に向ける。

 それから間もなくして、光が解き放たれた。


「やば!」


 光の柱が天井を突き破り、消えていく光景を見てエイジは焦る。

 そして彼の動揺を表すかのようにして、ビル全体が振動し始めた。天井にはところどころにひびが入り始め、原材料となっているのであろう砂が上から零れ落ちる。


 直後、エイジに無数の瓦礫が襲い掛かった。


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