第44話 vs神鷹カイト ~怖くて悪いのか編~
「なんだよ、それ」
蛍石スバル、16歳。
赤い靄が晴れ、視界が良好になった途端に彼は呟いた。
サイキネルの力によって掘り起こされた同居人の過去。それが6年前の自殺につながる程なのだから、余程衝撃的な出来事があったのだと勝手に想像していたのだが、しかし。いざ見せられるとなると、それは想像を遥かに超えたものだった。
「こんな馬鹿みたいなことが、あったっていうのかよ!」
彼が子供の頃、どれだけエリーゼに懐いていたのかは想像するに容易い。
不祥事から庇ってくれて、目の前で自分を守ってくれた彼女を、彼は神聖視していた。本人の口からもそれを認めるような発言があったのだから、そこは間違いないだろう。
だと言うのに、彼はそんな彼女から殺されかけた。
わけもわからず、一方的に。
そして最終的には抵抗して、死なせてしまった。
これがスバルの見た、6年前の真実だった。
『お前は』
アキハバラの空を、先程見た光景と同じ赤色が染め上げる。
それを行う天動神に乗るサイキネルが、彼らに言った。
『人の痛みがわからない人間だ。誰かの死を前にして、泣く事すらできない』
マサキの時もそうだ。
だからカイトは否定しなかった。いや、正確に言うと否定する余裕が無かった。彼は先程から黙って、後部座席で俯いている。どんな表情をしているのかはスバルからは見えなかった。
『壊す事しかできない、哀れな男だ。知らず知らずのうちに、彼女もそんなお前に愛想を尽かしていたんじゃないのか?』
いや、とサイキネルは続ける。
『哀れでも何でもない。お前は自分でそうするように生きてきた』
他者との関わりを極力避け、一触がありそうな相手からは予防線を張る。
そして自分に近しい所に来た人間は、壊れていく。
『周りには何も残らない。お前はひとりで寂しく死んでいくのがお似合いだ!』
カイトは何も言わない。
そして通信で一連の流れを聞いていたカノンも、何も言わなかった。
『いや、お前にはまだひとりいたな』
思い出したようにサイキネルは言う。
『だがソイツも同じだ。いずれにせよ、お前の目の前で壊れていくだけだ! 違うなら、なんとか言ってみたらどうだXXX!』
サイキネルが嘲り笑う。
そこまで好き勝手言われて、カイトはようやく言葉を発した。
「俺は」
そこで一呼吸置かれる。
言葉を選んでいるのか、ひどくぎこちない表情で彼は言う。
「死ぬのが、怖かったんだ」
『怖い? お前が? ……ははっ』
サイキネルの笑いは止まらない。
相手は不死の超人。銃で何度撃たれても死なず、ひたすら敵を葬る技術を積み重ねた殺戮兵器である。恐らく、死の淵に瀕するよりも相手を殺した数の方が圧倒的に多い筈だ。
その彼が、死ぬのが怖いと言った。全くナンセンスだとサイキネルは思う。
『死なない戦士が聞いて呆れるな。常に最前線で戦ってきて、何人もの敵を屠り、言う事がそれか!』
彼は他人とは違う、力を持った新人類だ。
生まれ持った不死身の力がある限り、死ぬ確率は限りなく低いだろう。もっとも、そんな彼から放たれる感情の動揺がサイキックパワーに蓄積され、それが勝敗を決することになるのだが。
そう思うと、サイキネルは笑いが止まらなかった。
だがその笑いを閉ざす声が響く。
「何もおかしくはないよ」
スバルだ。
彼は真っ直ぐ天動神を視界に入れながらも、続けた。
「誰だって死ぬのは怖い。当たり前のことだろ!」
経験があるからこそわかる。
寧ろ、それを恥だと言うのであれば自分こそ責められるべきだとスバルは考えた。
「俺も怖い。怖かったから、カイトさんを置いて逃げた」
懺悔するように彼は言う。
大使館の戦いで現れたゲイザーに恐怖して、自分を守る為に戦っていたカイトを見捨てたのだ。結果としては獄翼を頂いて戻ってきたとはいえ、逃げ出した事実には変わりがない。
「怖かったから、友達を相手に獄翼を呼んだ!」
自分を師匠と呼ぶ少女とその妹は好意的に接してくれた。
しかしそんな彼女たちの正体を知った瞬間、迷うことなくスイッチを押してしまった。
「でも、だからこそ思う。もう後悔なんかしたくねぇ! やり直すチャンスがあるなら、俺は全力でそれにしがみつきたい。全部返したとは思ってないけど、そう思って俺はカイトさんや友達を取り戻せた」
『師匠』
カノンが縋りつくように呟くと、スバルは宣言する。
「カイトさんも後悔した人だ。だからこの人も、やり直せる!」
その言葉に呼び寄せられるようにして、カイトが顔を上げた。スバルは後ろから見られているという意識を持ちながらも続ける。
「その為にもお前に負けない。この人が後悔した過去の出来事も全部ひっくるめて、俺たちは勝つ!」
『旧人類の子供の分際で偉そうに!』
「口を開いて悪いか!?」
『生意気なんだよ!』
天動神の口が開かれる。その中心に赤い光が集い、巨大な破壊のエネルギーを蓄積していく。
『サイキック・バズゥカアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!』
鳥頭の口から、必殺の一撃が放たれる。
足の関節は修復の途中だ。もう走って避けることは出来ない。
だからこそスバルは、鞘に収まった刀を抜いた。彼が後悔したくないと願った一心が通じ、友達から貰った品物である。
獄翼が刀を握ると、それを大地に突き立てる。
そしてその後ろに隠れるようにして左腕を構えた。電磁シールドとアルマガニウムの刀を利用した二段構えの盾だ。
『そんな物で、今の僕を止められると思うな!』
赤い光が刀に直撃する。
光が弾け、破壊のエネルギーが拡散した。だがしかし、最初に受け流した時に比べて明らかに押されている。
コンクリートに突き刺した刀が揺れ、その隙間を縫うかのように破壊のエネルギーが獄翼に襲い掛かる。小さな赤い矢が、電磁シールドに着弾した。
どしん、という振動がコックピットを襲う。
明らかに溢れ出した水しぶきを浴びたような物なのだが、それでこれか。
直撃を受ければ、間違いなく電磁シールドごと獄翼は破壊されるだろう。
「カイトさん!」
そんな事を考えながらも、スバルは言う。
「行って!」
「なんだと?」
疑問の声が投げられる。
まあ、それはそうだろう。敵の攻撃はまだ続行中だ。そのうえ、獄翼も修復は終わっていない。普通なら、今の内に再接続だとでも言うのがセオリーの筈だ。
「アンタを待ってる人がいるでしょ!」
だが、今回は先約がある。
スバルは順番待ちが出来る男だ。それに、一度『耐えろ』と言われた以上は耐えて見せないとかっこがつかない。
「だが、俺は」
『私はリーダーに後悔してほしくありません』
躊躇うカイトを押し出すようにカノンが言った。
『思う事があるのであれば、どうか行ってください。私がなるだけサポートしてみせます』
「お前、今ここに居ないだろ!」
至極全うな台詞である。新人類が居なければSYSTEM Xは使えない。
アルマガニウムの刀があるとはいえ、完全に翻弄されたスバルだけで勝てる相手だとは思えないのも当然だ。
「いいから!」
スバルがシートベルトを外し、立ち上がる。
獄翼の動きを固定させて完全に盾に仕立て上げた彼は、背後にいるカイトへと振り返った。
するとどうだろう。そこには、見た事も無い表情をした同居人がいた。
泣きそうとは違う。どこか困惑もあるその表情は、どうすればいいのかわからないと言ったような表情だった。困り果てて途方に暮れる、幼い表情だとスバルは思う。
だがそれを恥ることなどない。笑い飛ばすこともない。
寧ろようやく見れた彼の弱さを、嬉しく思った。
「……アンタもそんな顔できるんだな」
「悪いか」
「自覚があるなら、どうすればいいかわかるだろ」
正面から向かい合い、急かす。
しかしカイトは、どこかバツが悪そうに顔をしかめた。
そんな彼に向かい、スバルは言う。
「俺は、アンタに助けてもらった」
だから、
「今度は俺がアンタを助ける番だ。アンタの苦しみを少しでも和らげる手助けがしたい」
『私も、したいです』
カノンが援護射撃をするかのように続いた。
だがカイトはまだ納得がいってない様子だった。彼にも意地があるのだろう。迷惑をかけた自覚はあるし、まだ怖いと思う気持ちがあるのも事実なのだ。
「今じゃなくてもいいだろ」
「あのふたりは、今来てくれた。今じゃなきゃダメだ」
そういうと、スバルの正面にあるコックピットが開く。
刀と電磁シールドによって破壊の光を防ぐ光景が、そこにはあった。
「行ってくれ。今だけでもいい。カノンたちとやった時みたいに、俺を信じてほしい」
カイトが押し黙る。
そして数秒程した後、彼は前に出た。
「……任せていいんだな」
「ああ」
小さなやり取りだけが行われる。
スバルが頷くのを視界に納めると、カイトはコックピットから飛び降りた。そして急ぎ、嘗てのチームメイトたちが走り去った方角へと向かっていく。
『何処に行く気だ!』
サイキネルが吼える。
ソレと同時、刀にぶつかる赤い光の勢いが強まった。
「早速ピンチかよ!」
コックピットを閉め、背中に装着された飛行ユニットが火を噴いた。
青白い羽のような光が噴出すると、獄翼は浮遊。そのまま天動神から距離を置き始める。
『逃がさん!』
念動神の口から放たれる破壊の波の勢いがさらに強まる。
受け止めていた刀は支柱を失い、ぐらぐらと揺れ始めた。
数秒もしないうちに、刀が弾け飛んだ。コンクリートから引き抜かれた刃はくるくると宙を舞い、やや離れた場所に再び突き刺さる。
防ぐ物を無くした赤い光が、アキハバラの街を駆けた。
それは空を飛ぶ獄翼を抉るようにして走り抜けるも、獄翼は左腕の電磁シールドをそれにぶつけて自身を逸らすことに成功する。
が、
『損傷率26パーセント!』
モニターにウインドウが開き、被害報告を知らせる。
電磁シールドの発生装置が、今の接触で爆発していた。
『師匠!?』
「大丈夫、揺れただけだ!」
修復しきっていない足で無理やりバランスを保ちつつ、獄翼が羽ばたく。
赤い閃光をやり過ごした黒い機体は、離れた個所に突き刺さった刀の下へと飛び、その柄を握る。
『ファッキン!』
それを見たサイキネルが、悔しそうに地団太を踏む。
その動きに合わせて天動神の両前足も暴れはじめた。
『おのれ、旧人類の癖に僕の必殺の一撃をやり過ごすなんて!』
サイキネルが憤慨する。
だが耳に届いてくる彼の憤りも、スバルは軽く受け流していた。
「持たせてみせる。あの人たちが戻ってくるまで」
無謀な戦いだった。
ある意味、相当無茶な意地を張っている気はする。
だが、ここで身体を張れなかったら死んだ父親に顔向けは出来ないだろうな、とスバルはどこか達観したような表情で思った。
4年間積み重ねてきた同居生活で膨れ上がった彼への貸しは、まだ全部返していない。
身体を張る理由は、それで十分だった。
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