第46話 vs貸し

 アキハバラとカンダの丁度中間地点程の位置にある、黒のビルが崩れ落ちる。

 轟音を響かせながらも、無残に崩壊するそれを見て焦りの表情を浮かばせたのはシデンだった。


「エイちゃん!」


 額から血を流しつつも、シデンは倒壊したビルへと駆けつける。

 そんな彼に向かってイゾウが叫ぶ。憤りを込めた声は、失望の念だった。


「背を見せるか。XXXで何を学んできたのだ!」

「何も学ばなかったよ、あそこは!」


 それは紛れもなく本音である。受けたいと思う授業は無く、興味のあるお洒落も満足に出来やしない。ストレスが溜まる職場であると自信を持って言えた。


「そうか。貴様ではやはり、怪異の域に達せられぬわ」


 心底つまらなさそうに、イゾウは言う。

 左腕を凍らされ、砕け散ってもまだそんなことが言えるのは彼の美学の賜物だろう。少なくともシデンには、このスニーカーサムライが妄執で動いているように見えた。同時にそれが、酷く不気味に思う。

 いずれにせよ、今は彼との無駄な言い争いよりも親友の安否の方が心配だった。


「ふんぬ!」


 そんなシデンの心配に応えるようにして、瓦礫が浮かび上がる。

 力任せにそれらを全て放り投げ、ビルの残骸の中から現れたのは他ならぬエイジである。頭にかぶっていた紙袋は流石に破けたらしく、素顔まるだしだ。呼吸を荒げつつも、彼は周囲の状況を確認する。まず最初に視界に納めたのは、シデンとそれを睨むイゾウである。


「シデン」

「エイちゃん、大丈夫!?」

「おう、俺は不死身だ。誰と戦って生還したと思ってやがる」


 一撃でやられた上に、すぐに医者のお世話になったじゃないか、とは言えなかった。野暮なツッコミはしないのが友達に対する礼儀なのである。


「不気味ちゃんは?」

「まだ瓦礫の中じゃないの」


 そんな会話の直後、エイジの正面に積み重なっていた瓦礫が一気に弾けた。砂埃をまき散らしながらもそれを行ったのは、つい先程まで相対していた銀色の翼に他ならない。エイジはぼそりと呟いた。


「6年も見ない間に、頑丈な奴が増えたな」


 瓦礫の中からシャオランが起き上がる。彼女の視界で蓄積ダメージの再計算が行われるが、今は不要だと思うのでクローズした。各関節が動き、視界が良好なら何も問題ないと判断したからだ。


「ほんっと、嫌になっちゃうくらい頑丈。ゴキブリみたい」


 シャオランとイゾウを一瞥してシデンが言う。

 台所で時々現れては、身体を潰されてもしぶとく生き残る黒い天敵を思い出した。割と悪意を込めて言っている。


 しかし、傍から見てそう思うのは無理もない話かもしれない。

 シャオランはエイジに殴られ、顔面が砕けている。肌色の皮膚は破れ、機械の表面と思われる銀色の皮膚が青白い電流を流しながら露わになっていた。

 一方のイゾウに至っては更に酷い。左腕が凍らされ、既に粉々になっている。それどころか、身体の至る所に弾丸を受けても平然とした表情で刀を振るってきているのだ。見たところ、弾丸を受けた際に出来た穴が塞がっている様子はない。カイトと同じ能力をもっている新人類と言う訳ではなさそうだった。


「勝てそう?」

「あー……行けるとは思うけど、ちょっと面倒くせぇかな」


 勝敗に関して言えば、そんな感想だ。

 ただ、シャオランは明らかに目の色が違う。最初にアキハバラに現れた時に見せた魚のような目はどこにいったのか、今では獲物を見つけたライオンのように爛々と輝いている。あれは面倒くさいタイプだ。間違いない。


「奇遇だな、某も同意見だ」


 そんなエイジの思考に同調したのは、イゾウだった。

 彼は片手で名刀を構え、言う。


「気は乗らぬが、勝てると踏んでいる」

「私も同意見です」


 シャオランがイゾウの言葉に頷く。

 そして改めてエイジの顔を見て、言った。


「ただ、彼らがこうだとすると味見してみたいですね」


 シャオランは遠目でアキハバラの方角を見る。

 天動神から放たれる攻撃を懸命に躱す獄翼の姿がそこにはあった。


「確かに、こやつらは物怪ではなかった。やはり奴が、某の渇きを潤してくれる」


 挟まれる形でエイジとシデンがそれぞれ凶器を向けられる。

 だが彼らは怯むことは無かった。逆に、口を動かす余裕まで見せている。


「口を開けばもののけ、怪異。そんなにSFが好きなら、円谷プロにでも行けば?」

「空想には興味がない。我らが求めるのは、あくまでそこに存在する圧倒的天災ぞ」


 エイジとシデンは、敵になりえる。

 それは間違いないだろう。だが、満足感を得るのにはまだ足りない。シャオランがどう思うかは知らないが、少なくともイゾウは腹を満たせるとは思っていなかった。

 なぜならば、彼らは他者を信頼しているから。斬り捨てる事も出来ず、危機になった時にすくいあげるような甘ちゃんなのだ。イゾウは覇気を持った、非情な戦士との血にまみれた決戦を望んでいる。彼らでは、それになりえない。


 その点、彼らが現われるまでに戦った男はマシだと思えた。

 彼の過去を垣間見て、イゾウは知ったのだ。神鷹カイトは好きな人を殺してしまっても、それで涙すら零さなかったのだと。それこそ、他者を切り捨てることができる強さの証明ではないだろうか。

 あの再生能力がある為に、本性は中々引っ張り出せないが、いざ生命の危機に瀕して余裕が無くなれば必ず本性を表すはずだと、イゾウは期待を抱いている。


「あれは人の痛みを知らぬ、まさに災いとなる為に生まれた魔人よ」


 まさに運命の出会いである、とイゾウは思う。

 これほど相性のいい出会いは、今後あるかどうかもわからない。満足のいくまで、存分に切りあいたいと思うものだ。それこそ本能のまま、純粋に。


「それはちょっとちげぇと思うな」


 そんなイゾウの言葉に待ったがかかる。

 エイジだ。彼は正面にいるシャオランから視線を話さず、背を向けた状態でイゾウに反論する。

 思わぬ横槍が入ったイゾウは、不機嫌な表情になりながらも彼を睨む。







 エイジの発言を聞いたカイトは足を止めた。丁度ビルの陰になる位置で、4人から見えない場所で身を潜める。

 本当なら一番近くにいる敵であるイゾウに切りかかるべきなのだろうが、エイジが素顔なのを見た瞬間、彼の足は止まった。思わず自身の足下に視線を向け、歯噛みする。


 いつまで拘っているんだ、俺は。


 情けない。あまりに情けなすぎる。

 スバルには散々偉そうなことを言っておきながら、いざ自分が窮地に立つとこれだ。

 そう思うと、全身の力が抜けてきた。

 

「アイツは多分、お前が思ってるよりもいい奴だよ」

「戯言を」


 全くだ。

 お人好しなのは知っているが、そこまで言うか普通。

 あるいは誰が顔面を包帯巻きにさせたのか、彼は覚えていないのか。


「……仲は悪くなった、と聞いていますが」


 同じ疑問を覚えたのだろう。

 データベースを検索して、過去のつながりを調べたのであろうシャオランが問いかける。


「んー。まあ、傍から見ればそう思うかもしれないけどよ」

「目線も合わせなかったよね、確か」


 その通りだ。たぶん、エイジとまともに目を合わせて会話したのが今日で9年ぶりとなる。しかも紙袋を被ってもらって、やっとだ。そうやって傷口を隠してもらわないと、拒絶反応が起こる。

 

「そうだな。確かに色々と人としてまずいところはあるかもしれねぇけど、アイツだっていいところあるんだぜ」


 例えば、


「意外と気が利くんだ。飯が足りなくて腹が減った時には、ほうれん草をくれるし」

 

 馬鹿め、それは嫌いな物をおしつけただけだ。


「後、率先して前に出てくれるから割と安心してつっこめる」


 単純に一番足が速いから自然とそうなるだけだ。


「しかも、その時きちんと後ろも見てるんだよな。だから面倒見もいいと思う」


 まあ、一応指揮を任されてるから後ろがどうなっているのかとか、指示を飛ばす為にも後ろを見る必要があるから。

 

「ついでに、あいつのいいところとしては差別しないんだ。男だろうが女だろうが、新人類だろうが旧人類だろうがあくまで個人だけ見てくれる」


 あまり意識したことないけど、そう見られているのかもしれない。スバルとの付き合いもあるし。


「でも、一番いい所は誰かの為に身体を張れることだな」


 ――――本当にそうだろうか。

 エリーゼやマサキに言われたことがある。

 君は他人の痛みがわかる、優しい子だと。

 今なら、そんなことはないと言い返せる。だってそうだろう、お前たちが死んだときに泣けなかったんだから。

 それに、他人の痛みがわかるのなら、同時にその解決法も気付く筈ではないのか。

 自分はまだわからない。土下座をして、許してくれと言えばいいのか。それとも、何時か見た極道映画のように腹を切って詫びればいいのか。

 彼らは気にしていないのかもしれない。

 だがここに、自分のしでかしたことに対して一番罪悪感を抱いてきた男がいるのだ。しかも抱えている悩みは、爆発寸前である。


「奴は旧人類のガキを助けるくらいの甲斐性がある」


 やめろ。俺はそんな立派なもんじゃない。

 ただ、マサキの世話になったから、せめて何かしてやろうと思っただけだ。それに直接的な原因は、別にある。


「そうせざるをえなくなっただけでは?」


 白い女の言う通りだ。どちらかといえば、後戻りできなくなってしまった感じが強い気がする。

 確かにあの家族と、ド田舎は好きだった。それを荒らしたマシュラを許せないと思った。その彼を殺してしまった勢いで、スバルを引き取っただけなのだ。そう言われても、否定はしない。


「そうだとしても、それでもいいさ」


 エイジが笑った。

 壁越しで彼の表情は見えない筈なのに、明るい声が聞こえただけでその表情がイメージできてしまう。


「人間は誰にだって良い所と悪い所がある。お前らだってそうだし、散々持ち上げられてきたあの野郎だって一緒だ」


 だから、


「もし、俺が感じる長所が全部間違いだとしたら、その時はまた良い所を探せばいい。んでもって、悪い所も全部ひっくるめてアイツなんだって納得するよ」


 頭を抱えた。

 理解に苦しむ。何故ここまでするのだ。自分はそこまで信じてもらうような価値がある人間ではない。

 むしろ、彼らに対して酷い事をしてきた。挙げていけばキリがないが、そんな奴と無理をしてつるもうとする必要はない筈だ。

 

「納得できるのか。奴は貴様が求めるような質のいい人間ではなく、某が求める物怪かも分からんぞ」

「友達に質もクソもあるかい?」


 その言葉で、カイトは崩壊した。

 俯き、両目から熱い何かがこぼれ始めてくる。


 なんで、まだ友達だっていうんだ。

 俺はお前たちにあんなにひどい事をしてきたじゃないか。

 どうして非難しないで、そうも肯定してくる。


「9年前、俺は危うくアイツに殺されかけた。でもそれはもう終わったことだ。俺は今では元気でぴんぴんしてるし、アイツもここにいる。不幸な事故だと思って、納得するしかない」

「なぜ、そうも奴に肩入れする」

「昔、アイツにでっかい貸しを作っちまったからだ」


 その貸しは、彼らXXXにとって一生をかけても返せない大きなものだった。

 自分たちの痛みをすべて引き受けてくれた彼の為に、何かが出来ないかと一生懸命考えた。

 そして決めたのだ。


「俺達がそんなアイツの為にできることと言ったらよ。アイツが寂しくないように最後まで信じてやる事だけなんだ」

「まあ、これが最後かもしれないけどさ」


 いろいろと回り道はしてしまった。

 だが、これが今の戦う理由だ。

 

 全く、馬鹿だ。

 9年前よりももっと昔のことを、ここで出してくるか普通。

 しかも彼らが言う『貸し』は、自分が一番適任だと思った結果だ。特に気にしてない。

 気にしてはいないが、しかし。そんな彼らの信頼に対し、自分はなにかしてやれただろうか。


 いや、その考えも今となってはおこがましいかもしれない。

 

 そう思うのであれば、どうすればいいのか。

 もうわからないなんて言って、有耶無耶にはできない。例えそれが間違っていたとしても、自分が正しいと思う事をやるしかないのだ。


 少なくとも、彼らは考え抜いてその結論に達した。

 今度は自分の番だ。ただ能力に恵まれただけで、彼らの信頼を勝ち取った自分が、何かをしてあげたい。

 

 もう後悔なんてしたくはないから。


 目元を拭い、腰を上げるとカイトは一歩前に踏み出した。

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