第42話 vs足の関節
BK-M-99223。通称、獄翼。
開発者の日本人が『新人類軍め、地獄へ送られな!』と皮肉を口にしたことがその名の由来なのだが、開発者の独り言などいちいち記録しているわけでもないので、別に咎められているわけではない。
しかし、運命とは奇妙な物で。
新人類王国への恨みと皮肉を込めて名付けられた機体は、今まさに全身の関節を軋ませながらも、王国へ反旗を翻していた。
「う、――――わ!」
獄翼に取り込まれたカイトの意思が、スバルを引っ張って全力の疾走を見せる。
彼の走りは、それこそ重力を無視しているのではないかと思える程のスピードを叩きだす。
獄翼の足が一歩前に踏み出すごとに大地は揺れ、コンクリートは砕かれた。そして疾走によって吹き荒れる旋風が、アキハバラの街を覆い尽くす。
『サイキック・ダアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッシュ!』
機械の巨人が行うにはいささか暴力的な爆走を前にして、サイキネルと念動神が動く。
足に装着されたパンサーが念動神の周囲の重力をコントロールし、50メートル級の巨体を軽くする。残像が残る超スピードの正体は、これだった。
『馬鹿め! この念動神を相手に、スピードで勝負できるか!』
サイキネルが勝ち誇ったように言う。
が、その瞬間にも獄翼は烈風をお供に駆け抜ける。この時、SYSTEM Xの消化時間は既に1分を経過していた。
「後、4分切った!」
獄翼の加速によって、かつてない力を全身に感じるスバルが振り絞るように言う。
今更ながら、このアキハバラで一度彼に引っ張られた経験が役に立っている気がする。何も知らずにこれを出されたら、多分重力で押しつぶされていたのではないだろうか。
『警告!』
そんな事を考えていると、スバルの目の前にでかでかとそんな電子文字が表示された。
詳細を開くと、モニターに獄翼の全体図が表示されて、足の関節部と機体の各部に赤い斑点が点滅している。損傷、もしくは関節が壊れる危険性があることを意味しているのは、一目瞭然だった。
「嘘だろ!? 走っただけじゃないか!」
この警告が表示されるまで、念動神から一度も攻撃を受けてはいない。
獄翼が行ったのは、ただ走ること。それだけだった。それだけなのにも関わらず、この警告である。どんだけ機体に負担をかけているというのだ。
『再生は!?』
警告音が聞こえたのだろう。
カイトがどこか苛立った口調でスバルに尋ねる。
「始まってるけど、追いついていない!」
損傷率を数値化したメーターがぐんぐん回復していく。
それがカイトを取り込んだことによる異能の力なのは周知の事実だが、それでも爆発的な加速による損傷と比べると進みが遅い。
『足が壊れるのが先か、時間が切れるのが先か。もしくは捕まえるのが先かですね』
通信回線を繋げたままのカノンが、ここまでの流れを理解した上でそんなことを呟いた。選択肢にしては分が悪い。前者ふたつは確実にこちらの敗北を意味している単語だ。
しかし、
『それでも、耐えて貰わないと勝てん!』
結局、そうなってしまうのである。
パンサーの足を止めない限り勝機が無いのであれば、それに勝てる可能性があるカイトの足に賭けるしかない。
その足を使って機体が壊れるようであれば、どうしようもない話なのだ。
最悪、足が壊れた場合はランドセルと成り下がっている飛行ユニットと腰のバーニア等を駆使して移動する。今のところ、それしか彼らに選択肢は無かった。
獄翼が再び構える。
それが第二の疾走の合図であることを、スバルは理解していた。
彼の足は、カイトの脳に引っ張られてアクセルを踏み込んだままである。
「耐えてくれよ、獄翼!」
名前も知らない技術者が作った、華奢なボディを信じるしかない。
本来は地上を目まぐるしく走る機体でないのは十分承知だ。しかしそれでも、神鷹カイトに合わせるしかない。
『んんんっ! 中々。中々に鋭いダッシュだった!』
念動神からサイキネルの自信に満ちた声が響く。
パンダ顔の胴体をゆっくりと稼働させ、彼は言う。
『だが、しかぁしぃ! 僕のサイキックパワーは無敵なのだ!』
先程避ける為に構えたのは足だけだった。
今度は両腕を構え、拳を貯めるようにして引いている。
次は避けながら攻撃が飛んでくると、スバルは理解した。
「来るよ!」
『覚悟の上だ!』
獄翼が一歩を踏み出し、黒の巨体を前に出す。
ソレと同時、スバルの正面にあるモニターに文字が走った。
『X-RAY-ASSULT』
それが何を意味するのかは、わからない。
しかしその文字が表示されると同時、獄翼は明確な殺意を持って念動神へと襲い掛かった。
視界から獄翼が消え去ると同時、念動神が動く。
『砕け、必殺!』
構えた右腕が突き出される。
『サイキック・ファング・ナッコオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!』
装着されたシャークのパーツが腕から飛び出し、獄翼目掛けて襲い掛かってきた。俗にいうロケットパンチと言うものである。
「ロマンあふれてるううううううううううううううううううううううううううう!?」
コックピットで激しい揺れと加速に耐えつつも、スバルは叫ぶ。
念動神は合体から必殺技、果てにはロケットパンチと古き良きスーパーロボットを体現していた。
こんな形で出会わなければ、もしかするといい友達になれたかもしれない。
繰り出されたサメの牙つきロケットパンチが獄翼の横を通り過ぎる。
直線上に繰り出された攻撃を前にしてカイトが避けたのだ。
だが、しかし。
「警報!?」
接近してくる熱源を獄翼が察知する。
その警告よりも前に、獄翼本人は既に迫ってくる物体を理解していた。
『追いかけてくる!』
残像を残しながら重力を無視する念動神を追いかける獄翼。
それを追いかけるシャークの牙。こちらも残像を残していることから考えて、パンサーと同じ機能を使っていると見ていいだろう。
「3分切った!」
スバルが残り制限時間を叫ぶ。
実際の時間は、恐らく1分も経過していないだろう。しかし同化したカイトによって動かされる獄翼は、走る速度と比例するかのように制限時間を解かしていた。
「やっぱ、あれを追うのは無理なのか!?」
カイト曰く、肉眼では見えているらしい。
だがそれを実際に追いかけるとなれば、話は別なのだろうか。
獄翼の脚部にかかる負担もある。実際の機体とリンクしている彼ならばわかるだろうが、普段の肉体にかかっている負担に比べて相当な痛みが襲ってきている筈だ。
『……スバル』
恐らく、同じことで悩んでいるであろうカイトが語りかける。
『思ってたよりも奴を捉えるのが難しいから、頼みがある』
「なんだ?」
『足が壊れた後は再生するまで、何とか耐えてくれ』
「え?」
どういうこと、と問いかける前に獄翼の疾走が更に加速する。
シートに叩きつけられるようにスバルの身体が押し付けられると、通信相手のカノンが一言。
『ふ、ファイトです師匠! リーダーが本気になったらどんな奴でもイチコロですので、我慢は一瞬です!』
なんの慰めにもならねぇよ。
というか、これからが本気なのか。
本気で足が壊れる勢いで走る気なのか。
その後、足が修復するまでの間は固定砲台として守りきれと言うのか。
考えがぐるぐるとスバルの頭の中で交差していく。
だが、お世辞にもあまり要領がいいとは言えない彼が納得するよりも前に、カイトは動いていた。
足に亀裂が走るような痛みが響く。
勢いを緩めなければ、今にもパズルのように下半身が崩れてしまいそうな錯覚すらあった。
しかし背後から襲い掛かるサメの牙。そして正面で重力を無視した念動神を捕まえるチャンスは残り3分。2分が一瞬で溶けたことを考えると、今決めるしかなかった。
この時、サイキネルしか理解していなかった事ではあるが。
念動神を包むサイキックパワーにより、彼の周囲の重力は月面以上に抵抗が少なくなっている。
いかに目の前にいるのがロボットであろうとも、ダッシュで念動神が負ける通りは無い。
無いのだが、しかし。
突然、サイキネルの視界に映る獄翼の速度が爆発的に上がった。それだけではない。あろうことか、黒いブレイカーは念動神に背を向けたのである。
『何っ!?』
直後、獄翼を襲っていたシャークの牙が割れた。
文字通り、縦にぱっかりと。
飛んで行ったロケットパンチが爆散し、黒い影が再び念動神に向かい走り始めた。既に足の関節から火花らしき損傷が見られている。手からは爪が伸び、それがシャークを切り裂いたのだとすぐに理解できた。
『よくも』
サイキネルが激昂する。
瞳から涙が溢れ出し、その感情の高ぶりを表すかのようにして念動神のオーラが膨れ上がった。
赤い湯気が、50メートル級の巨大ロボットから噴出する。
『僕の、シャークを!』
もう片方の腕が唸る。念動神を包む赤いオーラが一瞬にして左腕に集まり、念動神が必殺の一撃を放った。
『サイキック・バズーカアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアっ!』
もう片方のサメの口から流れだすかのように、赤いエネルギーが噴出される。
しかし対する獄翼は刀を抜いてそれを捌く事も、ましてや防御することもなかった。姿勢を低くし、赤いシャワーを掻い潜るかのようにして滑りこむ。
『――――っ!』
サイキネルが目を見開く。
そして同時に、思った。
やられた。
滑り込むようにして足下に潜りこむ黒い機体。念動神と比べても小さい巨人だからこそ、足元まで一気に潜り込むことができる芸当だった。
鋭利な爪がパンサーの両足に突き刺さる。
切断。
獄翼が念動神の背後に回り込み、ブレーキをかけた。
直後、黒い巨体が崩れ落ちる。足と腰を繋ぎ止める関節部は、ばちばちとショートしていた。
なんとか意識を最後まで持ち続けたスバルの目の前に、次々と電子文字が表示される。
『脚部損傷』
『稼働不可』
『脱出せよ』
次々と新規表示されるウィンドウに若干の苛立ちを覚えつつも、スバルは回復メーターを見る。
再生は既に始まっていた。1週間前のダークストーカーとの戦いからの回復も考えると、1分もあれば取りあえずは立てるだろう。
問題は、
「1分切ってる!」
残り制限時間までに、修復が叶わないことだろう。
メカニックいらずの再生能力が、メーターが満タンになる前に消えようとしていた。
『システムカット』
「でも、足が――――」
『背中についてるのでなんとかしろ。カット!』
黙らせるように紡がれた言葉に、スバルは頷くしかなかった。
コードに繋がれたヘルメットを外す。一息つくように肩を下すが、そんな彼に喝を入れるように呼びかける声があった。
通信回線越しにこちらと会話している、カノンである。
『師匠、サイキネルは?』
「そうだ、あいつ!」
足と、右腕を切断した。
少なくともこれで機動力と、右手からの武装は使えない筈だ。
こちらの機動力も落ちているが、飛行ユニットがあるなら足は必要ない。最悪引きずるまでだ。
そう考えて鞘から刀を引き抜いた。
その時である。
『うわああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!』
思わず耳を塞いだ。
念動神から鼓膜を突き破らんばかりの叫びが轟く。
サイキネルの悲嘆だった。
『よくも、よくもよくもよくも! パンサーとシャークを殺したなぁ!』
念動神が足を動かさずに振り返る。
宙を浮きながらもこちらに殺気を叩きつけるその巨体は、先程の迫力ある造形と比べて非常に不気味だった。追加で装着された足と手を失っただけで、ここまで印象が変わるものだろうか、とスバルは思う。
『許さないぞ! ゆるざなあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああい!』
念動神の頭部を形成していたエスパー・イーグルの瞳が光る。
直後、異変は起きた。念動神がうつ伏せになるようにして、大地に倒れたのである。
「どうした」
意識が戻ったカイトが、現在の状況を見てそんな言葉を漏らした。
しかし、聞きたいのはこっちも同じだ。まさか今になって、両足の切断が効いたとは思えない。
疑念の答えは、サイキネルの口から答えが出た。
『サイキック・ウイング!』
エスパー・イーグルの翼が巨大化する。
ぐんぐんと大きくなっていくソレは、やがて取り付いているパンダの背中から生えるかのようにして自らのボディを伸ばし、エスパー・パンダの背部と結合した。
それを合図とし、エスパー・イーグルの頭部が元の鳥の形に戻る。
『天!』
直径80メートルにもなった巨大な赤い翼が広がる。
『動!』
左手に装着されたシャークの部品が外れ、元の肢体に戻ったエスパー・パンダの手足が大地を揺らす。
『しいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいん!』
巨大化し、パンダの胴体を乗っ取った鳥頭が吼える。
今、このアキハバラの大地に翼の生えた鳥パンダ――――
「嘘!? まだあんの!」
と、スバルが仰天する。
やっとの思いで2体の念動獣を破壊したというのに、今度は余った獣でちょっとした合成獣を生み出した始末だ。
これではキリがない。
「……やばいな」
後ろのカイトもぼやく。
彼の目から見ても、天動神を纏う赤いオーラの濃さが尋常ではなかった。燃え盛るような赤の濃さは、鮮血のようにも見える。
「シャークとパンサーがやられた反動で、凄く怒ってる」
「と、いうことは?」
『サイキックパワーは、更に強大になるということです』
カノンの言葉に、スバルは息を飲んだ。
念動神でギリギリの戦いをしているというのに、まだパワーアップすると言うのか。気が遠くなってしまう。
『トリプルエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエックス!』
サイキネルが名指しでカイトを呼んだ。
その張本人は訝しげな表情を天動神に向けると、それを察知したかのようにサイキネルは続ける。
『貴様は、ずぇったいに! この僕と、残された天動神がぎったぎたのぼっこぼこの、がったがたにしてやる!』
「……ああ、そう」
そんなコメントしかできなかった。
擬音で表現されても困るのである。
『そう、だと! 友達が殺され、それを嘆くことがそんなにおかしいか!?』
「いや、誰もそこまで言ってないよ」
テンションが高まってきた為か、思った事を即座に口にするサイキネル。
スバルのフォローもお構いなしに彼は続けた。
『そうか。そうだったな! 貴様はそうやって大事な人が死んでも、平気な顔が出来る奴だ! 好きな人を殺してまだ呑気に暮らしてるんだものな!』
カイトの表情が凍りつく。
スバルも、そして街中で王国の戦士を押さえつけているエイジとシデンも、それに反応した。
『僕のサイキックパワーが読み取ったぞ! お前の奥底に眠る意思の乱れを!』
カノンは言った。
サイキックパワーは他人の意思すら読み取ってそれを力にする、と。
人の心を覗き、そこに潜む感情を栄養とする。
サイキネルはそうやって他人の心に潜む心理的外傷を引きずりだし、敵に勝利してきた。
要するに、トラウマの再現である。
『忘れてるなら、もう一度見せてやる!』
「やめろ」
カイトが小さく呟いた。
後部座席に座る彼の様子を、スバルは見る事が出来ない。だが、こんなにも弱々しく、怯えるようなか細い声を聞いたことが無かった。
『サイキック』
「やめろ!」
天動神の翼から赤いオーラが立ち上る。
それは雲へと到達し、瞬時に空の色を赤に染めていった。
『イマジン』
視界に赤い靄がかかる。
スバルは似たような現象を知っていた。
SYSTEM Xの制限時間が切れた時、モザイクに覆われた時と全く同じ感覚が、彼を包み込んだ。
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