第41話 vs不気味ちゃんとスニーカーサムライ
御柳エイジは走る。
背後に一定の距離を保ちつつも、背中に生える機械の六枚翼を大きく羽ばたかせながら自身を追うのはシャオランだ。
彼はそれを一瞥して、言う。
「へい! 優しいな、撃ってもいいんだぜ!」
彼女がバトルロイドの基になった女性なのは知っている。
バトルロイドの腕は、ある時は銃に形を変え、またある時は実体剣になって敵を切り裂くことが可能となる。
ただ、それもこれも全てこのシャオランが機械人間として特化された結果だと言える。
「……じゃあ」
遠慮なくいきますね、と言わんばかりに右腕を突き出し、皮膚が弾ける。
肌色の腕の中から出現したのは、銀色の銃口だった。
「マジで遠慮してたのかよ!?」
「……空気を読みなさいと、よく言われたんで」
軽い気持ちで言わなければよかった、と内心反省しつつもエイジは振り返る。
彼はスコップを構え、迎撃態勢に入った。
シャオランの右腕に光が集い、球体となって解き放たれる。
獄翼に装備されたエネルギーピストルを小型化させた、エネルギー弾だった。
「うおりゃあ!」
だがそれを見たエイジは、スコップをフルスイング。
まるで野球の如く、発射されたエネルギー弾を弾き返した。
「!」
想定外だったのか、シャオランが僅かに口を開く。
だが彼女は弾き返されたエネルギー弾を左手で払った。軌道を変えたエネルギー弾がアスファルトに着弾し、ふたりの間に破砕音を響かせる。
「それは」
シャオランの視界に光が灯る。
電子機器が作動し、カーソルがエイジのスコップを捉えた。
「アルマガニウムの確率87パーセント」
「隠す気はねぇよ。こいつはアルマガニウムのスコップだ」
その返答に対し、シャオランは王国のデータベースに検索をかけた。
特殊金属資源を使用した武器は、王国内でも数が多い。特殊な物としてはローラースケートまで存在している程だ。
だがそんな中でも、スコップに使われているという話は聞いたことが無い。直後、それを証明するかのようにしてデータベースの検索結果が0件であることを彼女は知った。
「音声、及び体格から推測」
紙袋によって姿を誤魔化したダンボールマンの正体を検索する。
スコップがデータベースにヒットしなかった以上、残されたこのふたつで彼の正体を知るしか道は無かった。
「おいおい、そんなに俺が誰だか気になるのか?」
ちょっと得意げに言ってみる。
すると、シャオランは死んだ魚のような眼を彼に向けた。
「一応、邪魔する方は報告する必要があるので」
「あ、そう」
業務的な台詞ではある。しかしイゾウもそうだが、彼女にしたって折角楽しみにしていた獲物をどこの馬の骨ともわからない紙袋男とメイドに邪魔されているのだ。
実を言えば、内心非常にムカついている。その為、この紙袋男が誰なのか知りたくなった。
もしも名も無い新人類か、旧人類であれば消し炭に。
そうでなければ『餌』にしようと、彼女はそう考えていた。
「確率として可能性が高いのは、」
視界に映る電子文字が検索結果を表示させる。
「元XXX所属。御柳エイジである可能性が濃厚」
この結果を見た瞬間、シャオランは己が歓喜していることを悟った。
直接表情には出さないが、今にも齧り付きたくてうずうずしているのが自分でも理解できる。もしもここで紙袋に隠された彼の表情をデータと照らし合わせ、確信が持てれば飛びついていた事だろう。
この結果は、それだけ彼女にとっては朗報だった。
当の本人も特には否定せず、寧ろそれを受け入れるかのように口を開く。
「そうだとしたら、どうする」
スコップを握り、それをシャオランに向け直す。
どことなくその動作が、槍を振り回しているようにも見えた。
「……満足させていただければ、幸いです」
「あ?」
何を言ってるんだ、こいつ。
そう思った、その瞬間だった。
シャオランの背中に生える白い翼が展開し、加速する。
追いかけてきた時の比ではない速度を前にして、エイジは目を見開いた。
反射的にスコップを振りかざし、勢いをつけてシャオランの脳天に叩き込む。
力任せに突進してきたシャオランの身体が、アスファルトの大地に叩きつけられた。
が、しかし。
「!?」
スコップで押し付けた白い身体が、むくりと起き上がってきた。
先程まで無機質だった目には、有機物特有の光が灯り、嬉しそうに口を開いている。
随分前に行って以来、久々の『笑み』と呼ばれる動作だった。
『頭部損傷率22パーセント』
シャオランの視界の隅っこに、そんな警告文字が表示される。
普段なら気を遣う所だが、しかし。今の彼女にとってはそんな物はただの風景でしかなかった。
「GO」
突撃せよ、と身体に命令する。
その言葉に反応するようにして背中の翼が再び展開した。
「この野郎!」
「訂正を求めます。野郎ではないので」
「だったら不気味ちゃんに改名してやる!」
エイジの目から見て、彼女は不気味だった。
自慢ではないが、彼はXXXの中でもある一点が極端に特化された存在である。
その点とは、力だ。
彼は腕力というその一点のみに極端に鍛え上げ、他のメンバーと明確な差別化を図った。カイトというドーピングで無理矢理引き延ばした例もあり、オンリーワンの立ち位置にはなれなかったが、それでもXXX内では十分すぎる立ち位置を確保していたし、力比べという点においては大怪獣でも来ない限り負けない自信があった。
しかし目の前にいる不気味女は、無理やり突進してその力と張り合っている。
それを見たエイジは、暫く見ない間に王国でこんな奴が育っていたのか、と思った。少なくとも、6年前と比べて多くの若い兵達が大成したのだろう。
「何笑ってるの!」
そんな事を考えていると、後ろから手厳しいツッコミが飛んできた。
ちらりと後ろを見れば、そこには銃でサムライとやりあっているシデンの姿がある。
彼は踊るようにステップを踏みながらイゾウの斬撃を躱しつつ、引き金を引いていた。もっとも、その弾丸もことごとく見えない刀によって斬り捨てられているのだが。
「あれ、なんでお前ここにいるんだ!?」
「知らないよ!」
こっちのセリフ、とでも言わんばかりにシデンが言う。
確か、記憶違いでなければ違う方向に敵を誘導していた筈だ。なのになぜ、自然と合流する形になるのだろう。
その謎に答えたのは、イゾウだった。
「貴様らはまだ怪物ではないからよ」
「ああん!? なんだそりゃ!」
短く紡がれた言葉に、エイジは苛立った声をあげる。
「繋がりを断てないのであれば、それが貴様らの限界だという事だ」
拍子抜けだ、とでも言わんばかりにイゾウは白けた表情を向けた。
ソレに対して舌打ちをしたのは彼と相対するシデンである。
「何? 要するにひとりで戦える俺かっけー、って奴? 友情否定形?」
ちょっとした自己満足だ。
少なくともシデンはイゾウの言葉を、そう受け止めていた。
しかしその解釈が非常に腹立たしい。誰が好きでこんな中途半端なサムライモドキから仲の良さを否定されなければならないのかと思う。
「おい、あんま気にするな」
後ろのエイジがシャオランを押さえつけつつ、言った。
しかしシデンはそれを無視し、スカートをたくしあげる。
「ぬ?」
綺麗な素足が露わになったかと思いきや、そこから見えたのは非常に物騒な代物だった。
銃口である。ガーターベルトにこびりつくかのようにして装着された6つの銃が、イゾウに狙いを定めていたのだ。
右足に3つ、左足に3つも凶器を装填したガーターベルトこそが、彼に支給されたアルマガニウムの装備なのである。趣味全開だった。
「なんと!」
お手入れしてるのかというレベルではない。
どこまでも容姿に拘り、それにフィットする武装を選んだ結果がこれだ。
「ハチの巣になっちゃいなよ」
手に握られた銃。その小指に引っかかった第二のトリガーが押される。
ガーターベルトに装備された6つの銃が、サムライ目掛けて一斉に牙を剥いた。
「これは、」
その弾丸一発一発を超人的な動体視力で認識し、イゾウは呟く。
「氷か」
嘗て、推理ドラマなんかでは氷でできた弾丸を暗殺に用いる事で、証拠も残さず殺すことができるという力技があった。
実際にやった場合、氷が銃の衝撃や熱に耐えられないのではないかということなのだが、それを可能としたのがアルマガニウム製のガーターベルトと六道シデンの新人類としての異能の力である。
……といえば多少は聞こえはいいが、結局のところ力技だ。
シデンが氷を作って、それをアルマガニウムの銃口に詰める事で一時的にエネルギーの膜を張る。そして引き金が引かれた瞬間、膜は自然とエネルギー消失して中身だけ発射される。
結局のところ、これだけなのだ。
これだけなのだが、それが中々性質が悪い。弾丸を作るのはシデンの力によるものだ。それゆえ、彼が倒れない限り弾切れをおこさない。
挙句の果てに6つの銃口が稼働することも可能なのだ。要するに、360度の視界をこのガーターベルトがカバーするのである。
「相変わらず、えげつねぇ下着」
エイジが思わずぼそりと呟く。
多分、世界で一番強い下着だ。間違いない。
一方、それに立ち向かうイゾウとしては、
「面白い」
涼しげな表情をして、捌きにかかっていた。
右手には刀。左手には透明の刀を握り、スニーカーサムライが縦横無尽にアキハバラの街を駆け巡る!
「逃がすか!」
シデンが手に握る銃口をイゾウに向ける。
それを追いかけるようにして、ガーターベルトの銃口も移動するイゾウの方を向いた。赤外線を利用した自動追跡機能だ。
「ふっ――――」
氷の弾丸がイゾウの軌跡を抉る。
しかし街に並ぶ電化製品を穴だらけにすることは出来ても、肝心のイゾウに致命傷を与えるに至っていない。
彼は何発か氷の弾丸を身に受けつつも、その疾走を止めなかったのである。
「死ぬよ、お侍さん!」
「元より死など怖くない」
メイド姿の銃器が吼える。
だが、イゾウはそこから放たれた無数の氷の弾丸を両手の刃で次々と斬り捨てる。
突撃。
彼は身体の至る所に氷の塊を受けつつも、シデンへと迫った。
シデンの表情がみるみるうちに歪んでいく。
「くっ!」
激突。
右の刀を銃身で受け止め、透明刀を握る手を冷えた手で掴むことで致命傷を逃れる。
「大した名刀だよね、それ」
殆ど0距離。
少しでも力で負けてしまえば切り裂かれる状況で、シデンはそんな事を呟いた。
「この刀は名刀、東尾レイ」
ムラマサとか、そんな感じかなと思っていた名前は外れた。
代わりにイゾウの口から放たれたのは、シデンとエイジの度肝を抜く言葉である。
「自身を極限まで刀として鍛えた結果、意思までも刀と成り果てた新人類よ」
「新人類!? これが?」
思わず銃身で受け止めている刀に視線を送る。
この刃物が、元は人間だったというのか。
「驚くことはあるまい。新人類は特化すればするほど、力を伸ばす。刃物人間が刀として特化されれば、こうもなる」
その辺に関しては、ぐうの音も出ない。
実際特化された人間がXXXであり、後ろのシャオランであり、そしてイゾウだった。彼らは皆、特化された新人類なのだ。
「じゃあ、透明な方は?」
「そちらは名刀、東尾ジロウ」
「安直なネーミングありがとう」
多分、ジロウの方はレイに比べてひねくれた性格をしていたんだろうな、と思う。刃が見えないのがいい証拠だ。
刀と成り果てる前までは姿を消して女湯にでも忍び込もうとしていたのかもしれない。
しかし、どちらにせよこの状況はマズイ。
「エイちゃん、そっちなんとかなりそう?」
「骨折れそうだな」
かっこつけて増援にきたのはいいが、意外に敵が強い。
少なくとも6年前はここまで戦える連中はいなかった筈だ。自分たちのブランクもさることながら、個人レベルでXXXと張り合える新人類を前にしてふたりは思わず息を飲む。
「あの野郎、面倒なの連れてきやがって」
エイジが毒づく。
現状、お互いに敵を抑え込んでいる状態ではある。
しかし僅かでも押し負ければ、そのまま致命傷を負いかねない体勢だった。対カイト用として選出された現代の王国兵は伊達ではなかったのである。
「多分、今まで戦ってきた中で一番面倒くせぇ」
「褒められた、と解釈します」
エイジに抑えられた状態で、シャオランが呟く。
「国もそれだけ必死ってことでしょ。あのふたり、相当暴れたみたいだし」
「後悔するか? 繋がりを捨てきれないのが貴様らの弱さとなる」
シデンに防がれた姿勢で、イゾウが己の美学を語る。
この状態がいつまでも続かないであろうことは容易に想像がついた。
何かの切っ掛けが起こっただけでこの4人の中の誰かが殺されるだろうという、妙な緊張感がそこにはある。
全員がその自覚を持ったうえで、各々の正面にいる敵を見据えていた。
そんな時である。
風が吹いた。
まるで巻き込む者全てを吹き飛ばさんとするような勢いのある風は、あっさりと切っ掛けを与えにやって来たのである。
それを行ったのは、獄翼の疾走だった。
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