第37話 vs物怪

 新人類王国にある指揮官用の事務室で、タイラントが大量の書類に目を通す。彼女のデスクの上に置かれているプリントの量はそのまま彼女の部下の数と戦績に比例しており、紙がデスクの真横に10列くらい並んでいることからも激務の様子がわかるだろう。しかし、今にもプリントに押し潰されそうになっている筈のタイラントは、業務に身が入っていなかった。というか、四六時中そわそわしていた。書類に目を通している最中にも、ちらちらとスマホを視界に入れている始末である。露骨ではあるが、誰かからの連絡待ちだというのは明らかだった。


「何をしている」


 王国が誇る最強の女戦士が見せる忙しない様子に、グスタフが呆れた視線を送る。彼の書類はすでに半分以上に印鑑が押されており、デスクの周辺に置かれた紙の量はタイラントのそれと比べても余裕があった。彼女の業務能力に誓っていうが、タイラントは決してデスクワークが嫌いというわけではない。一応、仕事が進まないのにはそれなりの理由があった。


「……なんというか、その。気になってしまいまして」

「まあ、気持ちはわかる」


 次の書類に手を付け、グスタフはいう。きっかけは数日前にディアマットからいわれた一言だった。王子の悩みの種となっているカイトとスバルを倒す命を受けたサイキネルのお供に、なんとタイラントの部下を指名してきたのである。サイキネルが部下を持っていない上、敵が強いのはよく知っている。だからタイラントやグスタフから部下を貸し出すことになるとは思っていたのだが、まさかその人選にシャオランとイゾウが選ばれるとは思っていなかった。念の為補足すると、シャオランがタイラントの部下でイゾウは囚人だった。正直にいうと、囚人がついてきている時点で胃が痛い。


「特にサイキネルはムラが激しい。力があるのは認めるが、いかんせん彼はまだまだ子供だ」

「それだけではありません。イゾウも今は大人しくしていますが、何時また味方に切りかかってくるか……」


 頭痛の種は、挙げていけばキリがなかった。サイキネルもイゾウは力を持っているとはいえ、自己主張が激しすぎる。彼女は知らないが、こうしている間にもサイキネルは持ち前の妙な自信のせいで窮地に陥りかけ、イゾウは王国の意思を無視して己の快楽を貪らんと刀を振るい始めている状態である。せめて彼らが自制できれば、と切に思うところだった。


「……いや。それよりも」


 タイラントが顔を上げる。よほど心配なのか、顔中汗まみれだった。


「そんな連中と一緒に、あのシャオランを付き添わせるのは……」

「不安か?」


 グスタフがそう尋ねると、タイラントは無言で首を縦に振った。

 

「彼女は他のふたりと比べ、まだペースが緩やかです。しかしその分、一度タガが外れたら大変なことになってしまいます!」


 グスタフもその辺の事情はよく知っていた。イゾウもそうだが、シャオランも強い戦士をこよなく愛し、そして戦うことを至極の喜びとしている。その間に違いがあるとすれば、我慢できるか、できないかだけなのだ。実際、イゾウは我慢できずに味方を切り殺し、牢屋に入れられている。


「確かに、今回のメンバー構成は力押しだ」


 送り込まれた3人の刺客の性格や能力、武器を頭の中に思い浮かべながらグスタフはいう。ムラがあるとはいえ、彼らは味方を震え上がらせるスペックと思想の保有者だ。恐らく、今のXXXと並べても決して見劣りはしないだろう。


「ならばこそ、反逆者を確実に打ち取れると期待される。違うか?」

「ですが、それならば私が」

「タイラント」


 尚も食い下がる女戦士を宥めるように、老戦士は彼女の名を呼ぶ。


「ディアマット様が何を望んでいるか、わかるか」

「国の勝利です」

「正解だ。しかし、それでは50点しかやれないな」


 新人類王国のモットーは弱肉強食である。既に何度も語られてはいるが、新人類は優秀であり、その頂点に立つ王国は負けてはならないというのが国の考え方だ。同時に、刃向ってくる反乱分子は徹底的に処分して見せしめにする。そうやって王国は敗者の牙を奪っていった。


「必要なんだ。国の威信の為に、敵の血が」


 サイキネルも若いが、タイラントもまだ若い方だ。彼らがグスタフと並んで王国を支えているのは、リバーラによる少年兵への投資が大きい。だがその投資は、ここにきて最強の反逆者を生み出してしまった。


「今回は身から出たなんとやらだ。彼を慕っていた部下もこの国に残っている以上、第二第三のカイトが出てくるかもわからない」


 だからこそ、それを防ぐ為にも徹底的に叩き潰す必要がある。細胞のひとつも残さないくらいに、跡形もなく。


「ですが、それでもシャオランは」

「心配なのは分かる」


 タイラントの口を閉ざし、彼女の言葉を代弁する。彼女と共に行動するイゾウは我慢をしない殺戮者だ。敵で満足しなければ味方を切り捨て、仮に敵と戦って満足しても味方を切り殺す。そして『自称、正義のサイキックパワー』使いの青年もまた、集団行動には向かない思想の持ち主だった。普段はなるべく紳士的な振る舞いを勤めているが、それが崩された場合は敵も味方もお構いなしに破壊に走る。強い王国の戦士が3人がかりで反逆者を倒しに行ったといえば聞こえはいいかもしれないが、とんでもない。そこにカイトを加えて始まるのは、仁義なきバトルロワイヤルだ。敵味方の関係ない、強い奴だけが生き残る血を賭けた戦いである。

 同時に、そのメンバーに選ばれたことは強者だと認められたことを意味している。誇ることはあっても、悲観することはあってはならない。

 

「お前も王国の戦士だろう。それなら強い者として認められたシャオランを信用してやれ。例え彼女がどんな姿になって帰ってきても、お前は上官としてそれを迎えてやる義務がある」


 もしかしたら身体の全部がなくなっているかもしれない。逆に全身血塗れで、他の全員の遺体を持って帰ってくる可能性だって十分ありうる。


「それに、だ」


 ここまではあくまで懸念点で膨らんだスーパー超人大戦の想像にすぎない。サイキネルが冷静でい続け、イゾウが敵に満足し、シャオランが喜びに満たされることがあれば、そんなことは起こらないだろう。


「必ずしもお前の想像通りに物事が進むとは限らない。サイキネルもああ見えて、なんとか国の為にと考えて行動している。それならば、無意味に王国の評判を下げるような真似はするまい」

「それはまあ、確かに」


 希望的観測ではある。だが、タイラントは送り出した部下が無事に帰ってきてくれるのであればなんでもよかった。彼女は1週間ほど前、目の前でメラニーを倒されたばかりだ。何もできない場所で、部下が倒されるのを黙って見ているのは苦痛でしかない。メラニーと比べたらシャオランはかなり強いと自信を持っていえるが、それでもカイトやイゾウ、サイキネルと同時にぶつかり合うとなるとどうしても不安に思う。


「……帰ってきてくれれば、それでいいのですが」


 窓の方向に顔を向け、静かにいう。ここから見える地平線の向こうで、今頃彼女は必死になって戦っているのだろう。国の為に。そして、勝利の為に。そう思うと、タイラントは彼女の為に静かに祈り始めた。






 ところがどっこい、シャオランは呑気に見学モードに入っていた。歩行者天国と呼ばれた道路で彼女は体育座りをし、心底眠そうな表情でカイトとイゾウの戦いを観察している。アキハバラのお昼下がりは、タイラントの予想に反して平和だった。トラックが爆発している時点で平和ではないと思われるかもしれないが、少なくとも血で血を洗う残忍なバトルショーは始まってはいない。

 実際、アキハバラに集まる観光客やオタクたちはこぞって彼らの戦いを遠巻きに見学している。彼らから見ると、サムライモドキと超人爪男の戦いは興奮を呼び起こすショーでしかなかった。しかし戦っている張本人のイゾウとしては、面白くない。彼は序盤、猛スピードで刀を振るってきていたのだが、途中からペースが緩んでいた。

 

「どういうつもりだ」


 幾度目かの刀と爪の激突の後、イゾウは問う。カイトは不思議そうな顔をして答えた。


「どうするもなにも、普通に捌いてるだけだ」

「それが気にいらぬと、某はいっている」


 カイトは本気じゃない。ただイゾウが繰り出す斬撃を避け、時には弾いてカウンターを狙いにいっている。勿論、その反撃が命中すれば痛いどころでは済まないのだが、サイキネルを仕留めにかかった動きと比べれば明らかに見劣りしていた。要するに、手加減されているのである。これがイゾウには我慢ならなかった。


 しかし、カイトとて決して手を抜いているわけではない。いかにイゾウが1対1の勝負に拘ろうと、相手は3人いる。否、ミスター・コメットが構えているので、3人以上いると考えている。そんな状態でスバルを無視して戦えばどうなるか、わからないわけでもない。今はサイキネルが放心し、シャオランも体育座りで見学している状況だが、このふたりが何かやろうと思えばスバルはすぐにでも血祭りに上げられてしまうだろう。


 ちらり、とカイトはネックとなっている少年に視線を送る。彼は今、非常に気まずそうな表情をしていた。どうやら自分がお荷物となっているのを気にしているようだが、それ以上にシャオランがすぐ近くで体育座りしているのが気になるようである。まあ、サイキネルがまだ呆然としていて黒猫に小突かれている状態なのだ。最後に現れたシャオランを警戒するのは当然かもしれない。


「よそ見している場合か?」


 イゾウによる斬撃か下から振り上げられ、カイトの顎をかすめる。

 

「目の前の敵だけに集中できんか、物怪」

「誰が化物だ」

「貴様だ!」


 つい先週には人格否定をされたが、とうとう敵からは存在自体を怪物にされてしまった。カイトは肩を竦め、溜息をつく。


「まあ、流石に3人に睨まれたらな」

「謙遜はよせ。汝の腕なら我ら全員が一斉にかかったとしても、そう易々と死にはしない。手合せして確信している」

「なら、なぜそうしない」


 どうにも疑問だったが、サイキネルといいイゾウといい、やたらとサシの勝負に拘っているように思える。いや、シャオランもそうか。彼女はどちらかといえば出遅れた側だ。それにイゾウの口ぶりから察するに、3人同時でかかればまずカイトは倒せるだろうという確信があるようだった。そこまでイメージできているのであれば、なぜ最初からそうしないのか。


「汝は」


 すると、イゾウは刀を下す。


「目の前にカレーライスとサラダを出されたとすると、どちらを先に食べる」

「は?」


 何やら妙な例え話に発展した。同時に、面倒くさそうな匂いがする。なので、ここは適当に喋って誤魔化すことにした。


「……先ずは水かな」

「成程。喉を潤すか……それもまた、ひとつの解なり」


 なんか納得し始めた。うんうん、と頷いているサムライモドキは満足したような笑みを浮かべる。ついでに捕捉しておくと、シャオランも納得したように頷いていた。なんなんだこいつら。


「某はな。いや、某だけではないか」


 イゾウがサイキネルとシャオランに視線を送る。

 

「我らは、皆真っ先にカレーライスを貪るタイプだ」

「それがどうした」

「わからんか?」

「わかるか普通」

「そうか」


 どこか残念そうな顔で肩を落とし、イゾウは再び刀を構える。

 

「目の前に大好きなカレーライスがいるとすれば、某らは飛びつきたくなるということだ。誰にも邪魔されずにな」


 文字通り、イゾウが飛び出した。カイトは憤慨する。


「俺はカレーライスか!?」

「名に鷹の字が入るならば、チキンカレーと見たり!」


 力任せに飛んできた突きを避け、カイトはぐるんと身体をイゾウに寄せる。その表情は、やはりどこか納得していない様子だった。


「俺は鶏肉じゃない!」


 イゾウの腕を掴み、勢いを殺さぬまま彼の背後へと回り込む。そのまま首に目掛けて爪を伸ばした。


 が、


「左様、汝は食われるだけの鶏肉ではない。物怪よ」


 ぞっ、とするほどの低いトーンでイゾウが呟く。何が楽しいのか、その瞳は爛々と輝いていた。


「物怪とは、怪異なり。決してこの世に生まれることがあってはならない災害に他ならぬ」

 

 しかし生命として生まれた以上、自ら死を求める選択肢はない。ゆえに抗い、周囲に恐れられる。人間とカテゴライズされず、あくまで化け物として。

 

「某はその災害を……人以外の物を斬りたい。それだけだ」

 

 直後、カイトの腹部に激痛が走った。刈り取る一歩直前まで迫った身体に、何かが突き刺さっている。それがなんなのかは、すぐにはわからない。何故ならば、腹の皮膚を突き破りカイトを抉ったそれは、目には見えない透明な刃だったからだ。イゾウの左手には何時の間にやら、逆手で柄だけが握られている。刀身は見えないが、位置と向きを考えればこの柄から刃が伸びていればカイトの腹に突き刺さる計算だった。


「忘れたか。某は武士道のような立派な物を持たぬ」


 カイトが透明な刃を引き抜き、後ずさる。イゾウはそんなカイトに向き直り、宣言した。


「汝は物怪だ、XXX。他者を理解しようとせず、孤高に生きる」


 誰も同族だとは思わない。個人で全てを滅しようとする超人的パワー。そうやってカイトは敵を滅する。それは人間ではなく、物怪の――――災害の行動であるといえた。


「某は、災害と斬り合いたい。本気で来ないのであれば、某の焦がれるこの気持ちはどこへぶつければいいのだろうか」


 イゾウは我慢をしない男だ。目の前に物怪がいれば、それを欲望のままに斬り捨てる。シャオランやサイキネルも同様だ。このふたりとイゾウに違いがあるとすれば、我慢できるか否かの違いだった。


「なあ、XXXよ。我らを満たしてくれないか」


 イゾウの眼光が光る。両手に持った刀と、透明の刀がカイトに向けられた。


「……いやだな」


 遠回しに人間失格の烙印を押されたカイトは、刺された脇腹を押さえながらもイゾウを睨む。ふと、シャオランの方にも視線を向けてみた。先程とは打って変わり、真剣な表情になっていた。相変わらず目は死んでいるが、眠そうに見えるほど瞼は下がっていない。彼女なりに思うことはあるのだろうが、目に生気が無いだけ不気味だった。


「なんで俺がお前たちの活力にならなきゃならんのだ」

「嫌なら、ここで死ぬだけだ」

「それはもっと嫌だな」


 先程イゾウはいった。他者を理解しようとしない、孤高に生きる物怪。それが自分だと。なるほど、言い得て妙だ。昔の仲間の誠意を理解しようとせず、部下の気持ちも無視してきた。それに憤りを感じたスバルの意見すらも、極力流そうとしている。


 しかし、まあ。


 そんな化物でも、ちょっとは悩んだりはする。丁度、今日の出来事で悩むくらいには。


「……なあ、チョンマゲ」


 呟いてから、ややあってイゾウが反応する。髪を後ろに纏めている『ちょんまげ』は彼だけだった。


「お前の言う通り、俺は物怪かもわからん。だが、仮にそうだとしてもこれだけは言える」

「なんだ」


 カイトが脇腹を抑える手を放した。出血は止まり、痛みもある程度引いたことを確認するとイゾウに向けて構える。


「好きで相容れないわけじゃないんだよ。こう見えても」


 カイトの目つきが変わる。彼は右手をイゾウに見せつけるかのようにしてかざすと同時、爪を伸ばした。


「やっとその気になったか」


 待ってました、と言わんばかりにイゾウが構え直す。どちらからでもなく、彼らは大地を力強く踏み込んだ。周囲の野次馬やスバルの視界から、一瞬にして消え去る。

 その刹那。アキハバラ中に激しい金属がぶつかり合う音が鳴り響いた。

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