第36話 vsサイキックパワー少年ボゥイ
アキハバラの人混みを掻き分け、時折突き飛ばしながらもカイトは走る。彼のダッシュは台風のようであった。カイトがそこを通り過ぎるだけで豪風が街を包み、酷い時は店頭で宣伝されている電気屋のモニターを風圧で破壊している。道中で突き飛ばされたオタクなんかは、大人向けのゲーム店に吹っ飛ばされ、むふふなパッケージの中に沈んでいった。アキハバラはカイトによって天災的な被害を受け始めていた。
勿論、そんなカイトに引っ張られているスバルも無事では済まない。傍から見れば今のスバルの状態は風船である。カイトが手を放した瞬間、糸が切れた風船のようにどこかに飛んでいってしまう。そんな儚さがあった。もっとも、手を離さなくても風圧で腕が千切れそうだったのだが。
「ま、待った! ちょっとたんま!」
体感したことの無い風圧に負けじと口を開き、スバルが訴えた。しかしカイトは敢えて受け入れない。
「後にしろ! 止まったら殺されるぞ!」
今にもアンタに殺されそうだよ、とスバルは突っ込みたかった。しかし事態は彼が想像するよりも深刻である。カイトはただひとり、一身に受け続ける3つの殺気から逃げ続けていたのだ。彼らはそれぞれ猛スピードでこちらに向かってきており、その距離は突き放すどころかぐんぐん迫ってきている。足の勝負なら、カイトは誰にも負けない自信があった。だがそんなカイトの逃走に対し、負けじと迫ってくる3つの気配が彼を焦らせる。直前に行われたシデンとエイジの一件も、それに拍車をかけたといっても過言ではないだろう。
「くそ……っ!」
走りながらもカイトは直前のやり取りを思い出す。
なぜあんなことをしてしまったのだ。エイジを突き飛ばし、シデンに苛立ちをぶつけてしまった事に対する自己嫌悪である。こんなにも自分は不器用で、強情だったのかと呆れ返った。エレノアの忠告に従うのは非常に癪だったが、彼女の言う事も一理ある。自分は9年前に犯した過ちを、必要以上に恐れている。エイジとシデン、更に広げてしまうとその他の第一期XXXは、ものの数日でそれを乗り越えてしまった。
だが、自分の今の姿はなんだ。もう22歳なんだぞ。それなのに、どうして古傷に目を向ける事ができないのだろうか。
こんな時。
もしも自分が、蛍石スバルだったらどうしているだろう。
柴崎ケンゴでもいい。この際故人ではあるが、マサキでもいい。部下だったシルヴェリア姉妹でも、アキナやアトラスでもいい。自分でも呆れるくらい意地を張っているこの状態で、彼らに許してもらう為になにをすればいいのかを教えてほしかった。
「見つけましたよ」
「!?」
そんな事を考えている内に、真上から声が聞こえた。空を移動する青年と黒猫の姿があった。青年の方は知らないが、黒猫の方は見たことがある。王国の刺客、ミスター・コメットだ。
「なんだと!?」
その姿を認識した瞬間、カイトは驚愕する。何故ならば、あらゆる場所に瞬時に現れるコメットがいるにも関わらず、彼らはそれを使わないでカイトの前に出現したからだった。露骨な能力アピールである。
「先輩、かくれんぼはそろそろ止めません?」
空中を滑るようにしてカイトの真上に君臨する青年――――サイキネルが前方に手を翳す。同時に、近くの曲がり角で停車しているトラックが前触れも無く転倒した。
「あ、でもこれじゃ突破されるな」
ならば、とでも言わんばかりにサイキネルは翳した手で握り拳を作る。その直後、転倒したトラックが突然爆発した。
「!?」
カイトの動きが止まる。急ブレーキをかけた為に、慣性の法則に従って何メートルか前方に引っ張られるが、幸いにも爆発の影響は残骸が飛んできた程度だった。カイト目掛けて勢いよく飛んできたトラックのドアは、手刀によってあっさり切り裂かれる。
「いやぁ、お見事ですね。噂通りだ」
サイキネルと黒猫が、カイトたちの背後に着地する。それを見てカイトは早速構えるが、風圧地獄から解放されたスバルは思いっきり咳き込んでいて、それどころではなかった。ずっと引っ張られていたのもあり、腕も痛い。暫くの間、スバルは右腕をぷらぷらと回して感触を確かめ続けていた。そんなスバルを一瞥し、サイキネルは再び口を開く。
「災難でしたね」
「全くだ……」
無理して喋ろうとした為か、声も満足に出ない。そんなスバルに対し、サイキネルは再び右手を突き出し、叫んだ。
「サイキック・ヒールウェーブ!」
突き出された右腕から桃色の鱗粉らしき粒子が舞う。それはゆっくりとスバルを包み込むと、彼の身体を楽にさせた。
「あれ?」
腕の痛みが引いていく。それどころか、声も普通に出せるようになっていた。
「痛くねぇ、アンタ何したんだ」
「簡単な事。私のサイキックパワーによって、貴方のダメージは取り除かれたのです」
なんだサイキックパワーって。スバルとカイトが訝しげな視線を送ると、サイキネルの横に控える黒猫は憤慨する。
「サイキネル、なんであの少年を助けた」
その疑問はカイトたちとしても不思議に思っていたことである。いかに旧人類とは言え、スバルはブレイカーに乗せれば王国兵と渡り合える少年だ。超人に引っ張られた腕のダメージなら、寧ろ残しておいた方が好都合ではないだろうか。
「勿論、私たちと満足いくまで戦ってもらう為ですよ。王国が受けた屈辱を、しっかりと利子を付けたうえで返す。その為には彼もベストコンディションでいてもらう必要があるのです」
「いや、そりゃそうだけどさ」
どこか納得いかない表情のコメット。それもその筈。サイキネルの解答はプライド重視の新人類としては合格でも、目的を果たさなければならない兵士としては追及点が出される物だった。もしもスバルの腕が治ったことで足元をすくわれたらどうするつもりなのか。
「勝てるんだろうな。後のふたりも追いかけてきているとはいえ、相手は王国最強の身体能力の持ち主と、旧人類最強のパイロットだぞ」
「ぜんっぜん、問題ありません」
サイキネルが天に向かって人差し指を突き付けた。そのままゆっくりと、己の眼前に下げていく。
「何故ならば、私のサイキックパワーは正義の名の元に絶対無敵! サイキックパワーがある為に今日も地球は平和だし、サイキックパワーがある為に太陽は回っているのです!」
もう意味がわからなかった。この青年が何を訴えたいのか、そして結局のところサイキックパワーってなんなんだ、という疑問がスバルたちの頭の中で飛び交っていく。ただ、そんな中明らかにイラついた口調でカイトが言った。
「正義? 正義と言ったか!」
声を荒げ、サイキネルを批判するようにカイトは続ける。この日、彼はずっとこんな感じである。
「ならば、貴様が正義だとでも言うのか」
「正義は常に強き者にある。そして私のサイキックパワーは無敵。ならば私が通る道には、常に正義が光り輝く!」
サイキネルが右腕を振るう。その手首にアルマガニウム特有の青白い粒子が集い、自身の身の丈ほどはあろう光の刃を生成させる。
「サイキック・メガカッタアアアアアアアアアアアアア!」
技名が叫ばれると同時、光の刃がカイト目掛けて放たれた。それを見たスバルと野次馬たちが慌てて身を屈めるが、カイトは動じずに右手を振るった。こちらは毎度御馴染み、アルマガニウム製の爪である。カイトの爪がサイキック・メガカッターとぶつかり合う。一瞬、青白い衝撃が周囲に飛び散ったが、光の刃はあっさりと砕け散った。それを見たサイキネルは素直に感嘆する。
「おお、凄い!」
「感心してる場合か!」
横の黒猫が突っ込む。本当にコイツに任せて大丈夫なのかと真剣に考え始めた。もうこの際、他のふたりを回収して来て一斉に襲い掛かった方が効率がいいのではないだろうか。
「無粋な真似は無用です、ミスター・コメット」
だがサイキネルはそんな黒猫の思惑を知ってか知らずか、振り返りもせずに答える。その表情は、妙に冷静だった。
「確かに彼は凄い。しかし、凄いだけなんですよ。アルマガニウムの爪も、身体能力も凄いだけ。そんなんじゃあ、私のサイキックパワーには勝てないんです」
多分、他のふたりならそれでも十分通用するだろう。だがそれは同じ土台に上がって勝負するからこそ成り立つ。サイキネルとカイトでは、そもそも特化した方向性が全く違うのだ。
「実際に見て、確信しました。他のふたりが来る前に、私がちゃっちゃと終わらせてしまってもいいのですが、それでは折角来ていただいたふたりに失礼という物です」
「いや、ちゃっちゃと終わらせてよ。お願いだから」
「正義は、目上の方の意思を尊重します!」
「なら俺の言う事を聞いて」
なんか完全にムードが和み始めている。だが、その態度は明らかに強者特有の余裕ムードという物だった。スバルは思わず同居人に声をかける。
「か、カイトさん。勝てるのか?」
カイトが余裕そうにしている場面なら、何度も見ている。だが逆のパターンは非常に珍しかった。強いていえば、ペースを崩されたゲイザー戦がソレに近い。しかもその時、カイトは殆ど負ける一歩直前だった。あまりいい思い出ではない記憶が、スバルの中で蘇る。もしかすると本当に負けてしまうのではないかという懸念が、彼の中で生まれていた。
「……やってみないと、わからないな」
「無理ですよ。チョキしかない人では、変幻自在のグーチョキパーを兼ね揃える一手に勝てないのです」
わかりやすい挑発をサイキネルが投げかけたと同時、カイトは無言でダッシュした。その場にいる大勢の視界から、カイトの姿が消える。先程まで彼が立っていた場所には綺麗な足跡のみが残っていた。一方のサイキネルは、目が点になった。
「おや」
「やばい、くるぞ!」
コメットはその光景を見たことがあった。突然視界から消えて、次の瞬間にはエレノアの大量の人形が滅多切りにされていた事がある。恐らくは、その時と同じ『技』を出す気なのだと、コメットは直感的に察していた。しかし当のサイキネルは、全く危機感がない表情である。彼は余裕の笑みを崩さず、コメットに向き直る。
「ふふふ。私のサイキックパワーは周囲360度、どこにでも、どんな形でも展開が可能なのです。しかも不可視にすることも可能なのですよ!」
得意げに言うと同時、サイキネルの真横で青白い衝撃波が響く。無言で展開していたサイキックパワーによるバリアと、不可視の超スピードで動き回るカイトの爪が激突した瞬間だった。だが激突の衝撃は、青白い発光が起こっただけで終了する。
「このように、超強力なバリアも出せちゃうのです」
嘗てバリアのスペシャリストと称されたヴィクターと戦ったスバルから見ても、サイキネルが作り上げたと言う360度の防壁の堅さがわかる。ヴィクターの作り上げたバリアが一瞬で切り裂かれたことを考えれば、寧ろそれ以上だといえた。カイト曰く、彼はバリアを極めた兵らしいが、このサイキネルはそれをも上回る最新型のハイブリット兵であることが伺える。
だが、それでも。
「まだだ……」
スバルは握り拳を作り、サイキネルを見る。否、正確にいえば彼の周囲を猛スピードで駆け巡るカイトを、見えないながらも必死になって後押ししようとする。
「そんなんじゃ、終わらないだろ!」
「当然だ」
スバルの訴えにも似た叫びに、カイトが答える。次の瞬間、サイキネルの周囲360度が一斉に弾けた。アルマガニウム同士がぶつかり合う瞬間に起こる、青白い衝撃波の発生だった。
別段驚くべきことでもない。サイキネルから見ても、カイトの運動能力は凄い。多分、かけっこしたら絶対に勝てないだろう。だが、結局それだけなのだ。例え足が速く、一瞬で360度に渡って攻撃を仕掛けていたとしても、所詮はバリアが割れなければ意味はない。
「えっ!?」
サイキネルの表情が変わったのは、その自信に満ちた思考から僅か0.1秒程であった。見えないドーム状のバリアに、ひびが入っているのである。しかもひとつやふたつではない。それこそサイキネルとコメットを取り囲むようにして、ひびは全体に広がっていた。
「ま、まさか……破れるというのですか、私のサイキック・エナジーウォールを!」
「技名を言えばいいってもんじゃないぞ」
ドーム状の見えないバリアが割れる。直後、風が吹いた。明らかに勢いが増した暴風がサイキネルを包み込んでいく。カイトが爪を立てる。その矛先はサイキネルの首に目掛けて、真っ直ぐ飛んでいった。直後、金属同士がぶつかり合う衝撃音が鳴り響く。爪はサイキネルの身体を貫かず、突如として現れた一本の刀によって防がれていた。サイキネルまであと一歩、というところまで迫ったカイトは、目の前に現れた刀と、それを持つ男を睨む。
「誰だ、お前」
刀を持ち、無精髭を生やした男がソレに答えた。
「貴様を、斬る者だ」
男が刀を振り上げ、カイトを払う。その行為に合わせてカイトは一度スバルの元まで下がった。戻ってきたカイトにスバルは尋ねる。
「誰あのサムライ。知り合い?」
「まさか。知らない顔だ」
しかしサムライか。スバルの例えは、中々的を得ているかもしれない。手には刀。腰には帯と鞘。長い頭毛は後ろに纏めてぶら下げており、無精髭と相まって最近の時代劇に出てきそうな『サムライ』のイメージがぴったりと当て嵌まった。着物に袴という出で立ちもそれを引き立てている。唯一違和感があるのは、彼の足がスニーカーだったということだろう。中途半端に現代の技術が入ったサムライだった。
「しかし、なんだ。正義の味方にサムライとは、今回の追手は中々濃いな」
それがサムライを改めて視界に入れたカイトの感想だった。横でスバルが『あんた等も十分濃いよ』と呟いていたが、無視。
「某はサムライのような立派な物ではない。別に武士道を重んじているわけではない故」
「あ、そう」
サムライが呆けているサイキネルの前面に出て、刀を構える。腰にもう一本携えてはいたが、彼が手に取った凶器はこれ一本だった。
「イゾウ。すまない、助かった」
放心してまともに喋れないサイキネルに代わり、黒猫がサムライ――――イゾウに向けて感謝の言葉を送る。すると、イゾウはサイキネルを一瞥して鼻で笑った。
「悪い癖はまだ抜けないようだが、今回の相手は貴様の想像以上だったようだな」
だが、
「面白い」
イゾウが笑みを浮かべ、カイトを見る。明らかに危険な笑みだと、スバルは思った。それはカイトも同様だろう。1週間前に襲来してきたエレノアを髣髴とさせるような、凶悪な笑みである。あれは自分の快楽を満たす相手を見つけた、非常に面倒くさい類の笑みだった。
「シャオラン、次は某がこの物の怪と仕合いたいと思うのだが、貴様はどうする」
イゾウがカイト達の方向に向かって話す。放たれた言葉は、明らかに別人に向けられた物だった。カイトが慎重に、スバルが恐る恐る背後を見る。野次馬から一歩前に出て、気怠そうな表情をする白髪の女がいた。彼女の目は、死んだ魚のように生気がない。それに加え、男物のYシャツとジーパンというファッションのミスマッチが、彼女の異質さを際立たせていた。
「……いい。先に見つけたのは貴方。好きにすると良い」
「かたじけない」
シャオランと呼ばれた女は口を開くのも面倒くさい、とでもいわんばかりにローテンションだった。一応、サイキネルと連絡していた時には機械的にキビキビと対応していたのだが、先にカイトを取られてやる気をなくしていたらしい。誰の目から見ても、彼女のやる気は限りなく0だった。放っておいたら今にも昼寝をしそうだ。
「……やっぱり、今回の追手濃いわ」
そんなシャオランの様子を見て、スバルはそう呟いた。流石混沌の街、アキハバラ。敵も味方のチームメイトも、結構濃い。もしもこれが意図的に仕組まれた物だとすれば、恨み言でも叫んでやりたい気持ちになった。
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