第28話 vs無関心

 壊れたプラモデルのように動かないダークストーカーを抱える形で、獄翼はシルヴェリア姉妹からの返答を待つ。恐らく彼女たちは高確率で昔の関係を取り戻したい筈だと考えるスバルは、コックピットが開くのを今か今かと待ち侘びていた。


「……まだかな」

 

 自然と口にまでだしていた。

 それを見たカイトが『乙女かお前は』と野暮なツッコミをしてきたが、気にしない。

 今はそれだけカノンとアウラが気がかりだったのだ。寧ろ後部座席に座るこの男は元凶なのだから、反省の色を見せてほしい。


「気にするのはいいが」


 無視されたカイトはやや半目になりながらもスバルにいう。


「幾らなんでも近すぎやしないか」

「そうかな?」


 頭部と両腕を取り除いたとはいえ、ダークストーカーは接近戦重視のブレイカーだ。

 それを抱きかかえるような形で支えているこの状況は、あまり好ましくない。


「まだ足と胴体が残ってるぞ。駆除しないとなにをするかわからん」

「幾らなんでも潔癖症過ぎやしない?」

「そんなことはない。現にコイツは足にナイフを隠してただろ」


 いわれてスバルは思い出す。

 ダークストーカーの足にはスパイアクション映画に出てくるエージェントのように武器が仕込まれているのだ。

 挙句の果てに、足にはローラースケートがついている。足に装着されたままの加速装置は、まだ消えていない。


「まだソイツは武器を持ってるぞ」

「でも、もうナイフを取る手はないぜ。足だってこの距離じゃマトモに上げれない」


 だから大丈夫だ。彼女たちはまだ武器を持っているが、それでも襲い掛かってくることはないだろう。

 そう結論付けたスバルに、カイトは軽く舌打ちした。


「どうなっても知らないぞ」

「どっちかっていうと、問題あるのはアンタなんだけどね」

「何が問題だと言うんだ」

「全部」


 迷うことなくそう断言した。これには流石のカイトも押し黙り、後部座席に引き籠る。今にも不貞寝しそうな態度だった。

 それを見て少しいい過ぎたかな、とスバルは思うが、どう考えても今回の一件はカイトが肝心なことを話そうとしないのが悪い。それさえハッキリさせてしまえばもっとスマートに姉妹の件を解決できていた筈だ。

 そう思うと、あまり悪い気分じゃなくなってきた。


 それにしても、ダークストーカー側の返答は一向に来ない。

 アウラは兎も角として、カノンの態度を考えればこの話に飛びついてくるのではないかと思っていたが、その予想は完全に外れていた。

 

 呼びかけてから10分が経過。

 だがその10分がスバルにとっては何時間にも感じられる。こうしている間にもあのコックピットの中では姉妹が相談しあっているのだろうか。

 もしくは結論を既に出し終えているのだろうか。

 いずれにせよダークストーカーが殆ど戦闘兵器として機能しない以上、彼女たちの意思は直接本人達から聞くしかなかった。

 暇を持て余しているカイトが、やや苛立った口調で尋ねる。


「……どの程度待つ気だ」

「アンタが待てない時間でも俺は待つさ」

「それはマズい」


 なにが、と口に出す前にカイトは答えを出した。


「次の追手が来る」


 状況は昨夜から何ひとつ変わっていないことを考えると、当たり前の答えではある。事実、エレノアもすぐに追いかけてきている始末だった。

 彼女がこの場に別の人形で現れたということは、空間転移術の使い手も既に追いついていると考えていい。


「今回はエレノアとこいつらが追手だった。次の目途が立ち次第、すぐ来るぞ」

「その時は、また倒す」


 スバルの口から、自分が思っている以上に迷いのない暴力的な発言が飛び出した。

 

「今、ふたりにとっても俺達にとっても大事な分岐点なんだ。ここで俺達だけ逃げたら、今度こそあのふたりとは戻れない気がする」

「なんでそう思う?」

「俺の勘だよ」

「不確かだな」


 カイトが馬鹿にするように軽蔑の眼差しを送るが、それだけだった。

 ついさっきまでのように食い下がってこないし、力尽くでスバルを押さえようともしない。


「だが、俺よりはマシかもしれないな」


 それがカイトの答えだった。彼は自分の発言を忠実に守ったのである。

 この件はスバルに任せて、カイト自身はそれを見て学ぶ。カイトは自身の持つ常識が、周囲の人間のそれと多少ズレていることを自覚していた。

 正直にいうと、今回の件も敵を潰すという結論以外出てこない。ならばそれ以外の選択を選んだスバルが、どうやって向き合うつもりなのか。興味が湧いた。

 少なくともカイトはスバルの精神的強さを高く評価していた。

 シンジュクの大使館でゲイザーに立ち向かったのはその証明だと思っている。


「……お前に任せると言った手前、最後まで付き合おう。だが、ヤバくなったら全力で逃げるぞ」


 スバルは静かに首を縦に振る。恐らく、あのダークストーカーのコックピットの中で姉妹は今後の人生を左右するであろう選択肢を必死になって選んでいるのだろう。

 既に時間としては10分経過しているが、ギリギリまで悩ませてあげたかった。

 彼女たちにも、後ろの同居人にも後悔して欲しくない。スバルはその一心で、ダークストーカーのコックピットを凝視していた。







 結論からいおう。ダークストーカー・マスカレイドには、まだ獄翼を葬り去る武器が存在している。

 それは直接手に取る物でなければ、ミラージュタイプのブレイカーに標準装備されているエネルギー機関銃でもない。

 膝に仕掛けてある隠し武器、光波熱線で敵を焼き斬るレーザーカッターである。獄翼との距離は殆ど0。倒れそうな体勢を支えられている今の状況だと、膝蹴りを放てばそれだけでコックピットを貫ける。

 だが、カノンにはできなかった。


 くどいようだが、彼女の願いは元の生活に戻ることだ。

 アウラと今までのように一緒に暮し、そこにカイトもいて優しくしてくれる。

 一緒にゲームをするスバルもいる。

 彼女にとって、スバルの出した『仲直りの提案』はとても魅力的な物だった。


 しかし、それだけに不安要素があまりに重い。

 後ろでコードに繋がれたヘルメットを脱ぎ捨てたアウラもそれは同様だった。


「今更、できるわけないでしょ」


 吐き捨てるように放たれた一言は、どこか強がっているようにも聞こえた。アウラもこの提案に揺さぶられているのだ。もしもこれが豪勢な料理を食べさせてやるぞ、とかなら犬のように尻尾を振りながら飛びついていただろう。


 ところが、飛びついた先にナイフがあるとすれば素直に喜べない。

 彼女たちの懸念はただひとつ。カイトが果たして元に戻ってくれるかどうかである。

 XXX時代、彼は先輩としてシルヴェリア姉妹の面倒を1から10まですべて見てきた。それこそアウラがいい年こいてやらかしたオネショの始末までしてくれている。


 そんな彼が、何の前触れもなく急にシルヴェリア姉妹を切り捨ててきた。アジア某所の王国関係施設は大破。原因はカイトによって持ち出された爆弾とされていた。証拠品として、彼が武器保管室から爆弾を持ち出した瞬間が納められている映像も提出されている。

 

 カイトが自殺を図り、それに何人かが巻き込まれたというのが王国側の出した結論だった。

 彼らの保護者であるエリーゼも死亡。同じ区間に居た第一期XXXの残りメンバーも死亡扱いを受けてこの件は幕を下ろした。


 かに見えた。


 この一件の被害はそれだけに収まらず、隣の第二期XXXの住居スペースにまで影響を及ぼしていたのだ。彼女たちの部屋の近くに爆弾は意図的に取り付けられていたのだろう。専門家による爆発位置の予測がそれを裏付けていた。

 結果、アウラは足を焼かれて長い治療生活を強いられることになり、同時に被害者という立場に回ることになった。しかし第二期XXXのメンバーに対する風当たりは、明らかに棘があるものへと変貌したのだ。

 ある者は人体実験のサンプルとして引き取りたいといってきたらしい。あまりにも率直過ぎて度肝を抜かされたのは今でも覚えている。彼女たちに人権はなくなった。すべてカイトが壊していったのだ。


 だが、6年経った今でもまだ信じられない。少し前に本人から認める発言が出たが、それでも尚信じられなかった。

 好意を寄せていた筈だったエリーゼを殺し、住んでいた場所を捨て、今は旧人類の少年と一緒に王国へ反逆し、国外逃亡を図ろうとしている。

 何が彼をそこまでさせるのか。カイトが何を考えているのかが、さっぱりわからない。


 衝動的なのか。もしくは昔からそうだったのか。

 彼にとって自分たちは何だったのだ。体のいい部下か。それとも妹分か。力を示しても、彼は大きなリアクションを取ってくれなかった。

 無関心だったのだ。6年ぶりの再会でもそうだ。彼は長年付き添ってきたカノンとアウラを見て、何の言葉も掛けずに見下ろすだけだった。恐らくスバルがいなければ、何もいわないでそのまま戦っていただろう。


『リーダーは』


 カノンが重い口を開く。


『私たちを必要としてくれるかな』


 結局のところ、必要とされたいのだ。仮に必要とされずに、怒られたとしてもそれでいい。直していけばいいだけの話だ。

 今、希望があるとすればスバルの存在だろう。カイトと対面して意見をぶつけあえる少年が間に立ってくれるのであれば、もしかすると可能性はあるかもしれない。

 カノンはその可能性に賭けたいと思う反面、不安に思っていた。

 後ろのアウラが振り絞るようにいった。

 

「そんなわけ、ないじゃない」


 その表情はカノンからは見えないが、6年前にカイトから捨てられ、ショックで放心状態だった時と同じ表情をしているんだろうという確信があった。


「あの人は、アイツは……私たちを捨てたんだ」


 自分にいい聞かせるようにして、アウラは呟く。

 彼女は激しく揺れる己の眼を姉に見られまいと、両手で自分の顔を隠した。


「いらない子なんだ。リーダーにとって、私たちは……!」

『アウラ、大丈夫だよ。師匠もいるから』


 カノンが怯える子供をあやすようにいう。

 するとアウラは両手の指の間から目を覗かせ、カノンに向けて呟いた。


「無理だよ」

 

 まるで崖にでも突き落とされたかのような錯覚を覚えた。

 視界が、妹を中心に暗闇に飲み込まれていく。


「もっと早くに気付くべきだったんだよ。私も、姉さんも。もうリーダーはあの頃に戻らない。私達も戻れないって」


 力は示した。ダークストーカーの存在。幾つものアルマガニウム製の武器の所持。昔は使えなかった能力の応用。

 しかしカイトはそのすべてに対し、何もいってくれはしなかった。そこに関心がなかったのだ。




 それなら、いい。

 必要とされないなら、そんなリーダーは消えてしまえばいい。必要とされない私も、いらない。




 アウラは後部座席のタッチパネルを操作し、ダークストーカーを起動させる。攻撃を仕掛けるつもりかとカノンは思ったが、違った。

 ダークストーカーのコックピットブロック。そのハッチが開いたのである。


『アウラ、どうするの?』


 姉の問いかけに、妹は何も答えない。

 アウラは後部座席から立ち上がり、カノンの前へと出る。コックピットから這い出たアウラは、獄翼のコックピットを一瞥し、呟いた。


「……仕方ないじゃない。リーダーが愛してくれないんだもん」


 ローラースケートが回転する。

 様々な感情を詰め込んだ、歪んだ表情をしながらもアウラは獄翼を見る。

 

 そして静かに目を閉じた後、彼女はダークストーカーのコックピットから身を投げ出した。

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