第27話 vs金メダル5個分の痛み

 獄翼にはSYSTEM Xと呼ばれる同調装置が搭載されている。これは近年開発された新システムで、後部座席に座る新人類を武装含めて完全にラーニングする代物である。

 ソレと同じように、ダークストーカー・マスカレイドにも新型の同調機能が搭載されている。SYSTEM Xと同時期に開発され、やや遅れて完成したそれは『SYSTEM Y』と呼ばれていた。


『アウラ。調子はどう?』

「問題ありません」


 コックピットの中で無数のコードが繋っている不恰好なヘルメットを被ったシルヴェリア姉妹は、機体とお互いの視界を完全にリンクさせていた。メイン操縦席にはカノンが座り、通常の同調を反映。そして後ろに座るアウラはSYSTEM Xと同じように、アルマガニウム製のローラースケートごとダークストーカーと同調していた。

 『SYSTEM Y』はふたりの新人類の能力をラーニングし、後部座席に座るパイロットの武装も反映させる同調装置なのだ。


「向こうもやっと同調してきましたね」

『うん』


 獄翼の関節部から青白い光が噴出し、指先から刃が伸びてくる。

 よく知っているカイトの武器そのものだった。ここからが真剣勝負だ。あの凶器に立ち向かえる武装は、そんなに多くない。


『見ててくださいリーダー、師匠。私たちは、ふたりのお荷物にならないくらい立派になりました。まだ戻れるんです』


 その呟きに、アウラは何もいえなかった。

 16年この姉と共に過ごしたが、彼女の考えが理解できないと思った日は今日が初めてかもしれない。共にカイトを憎み、裏切った報いを与える為に生きているであろうと信じてここまで戦ってきた。

 ところがこの姉は、まだ心のどこかでカイトを信じている。彼らの元にいたいと。それに相応しい力を持っているのだとアピールしようとしている。


 しかし、もう今となってはどうしようもない。

 相手はカイトだ。既にカノンとアウラを捨てた男なのだ。アウラだって叶うのであれば彼と仲が良かった頃に戻りたいと思う。

 だが、彼が自分たちを拒絶する理由がさっぱりわからない。それがわからない限りは謝ることもできないし、許してくれとだっていえない。

 それを理解したと同時、アウラは己の中に渦巻いていたカイトを殺したいという気持ちが何時の間にか治まっていることに気付いた。


「……どうして、こうなったんだろう」


 誰にでもなく、アウラは呟いた。

 その返答に応えるべき人物は、彼女たちに凶器を向け続けるだけである。







『今朝話した通りだ。SYSTEM Xを切る時は意識がある状態でヘルメットを外せ』

「わかってる!」


 獄翼のコックピット内部では簡単な打ち合わせだけおこなわれた。

 そこには作戦らしい作戦なんかない。ただカイトの武器をスバルが使って、ダークストーカーを行動不能にする。

 それだけだ。


 懸念すべきは『SYSTEM X』の制限時間とその機能切断だが、これに関しては調べたカイト曰く、強制的に落とすのであればヘルメットを外せ、ということだった。

 これさえ外してしまえばお互いの意識は共有されず、どちらかに引っ張られることはない。

 そればかりか、切断の仕方がわからずに制限時間を過ぎるだけという間抜けなオチも回避できる。手段は割と強行ではあるが、この際切れればなんでもいいのだ。


『今回は譲歩してなるべく我慢してよう。死ぬと思ったら遠慮なく反撃するからな』

「アンタの出番を出す気はないよ!」


 ダークストーカーが山道に突き刺さっている刀に手を伸ばしたのと同時、獄翼は走り出した。

 飛行ユニットを背負っているにも関わらずに大地を駆け抜ける姿は中々滑稽ではあったが、この速度が馬鹿にならないくらい速い。

 伸ばされた爪がダークストーカーに届き、接触する。それを感じたのか否か、ダークストーカーは刀を手に取らずに一気に離脱した。

 

「離れるの早っ!」

『当たり前だ。誰の爪使ってると思ってるんだ』


 その威力はカイトを知る者であれば、誰もが知っている。

 寧ろその切れ味を知っていて、刀を回収しようとした行動が不審だった。


『……ふぅん』

「なんだよ」


 刀を視界に入れ、カイトは納得したように頷く。

 ソレに対し、やや苛立ちを含めた言葉をぶつけるのはスバルだ。何をひとりで納得しているのかといいたくなる。


『別に。今日の俺はあくまで貸すだけだ。後は自分で考えてくれ』

「超ムカつくんですけど!」


 これはささやかな仕返しだったりするのだろうか、とスバルは思う。まったく可愛げがない上に危機感がない。

 恐らくカイトは本当に生命の危機だと判断しなければ自分で動く気はないのだろう。本格的にスバルに任せる気満々だった。


『よそ見してる暇はないぞ』

「わかってるよ!」


 ダークストーカーが迫る。ナイフも持たずに攻める彼女たちの武装は、足に装着されているローラースケートと手から溢れる電流だ。

 これが距離の離れた場所からでも届く攻撃の為、中々面倒くさい。獄翼の武装で唯一遠くからでも攻撃できるのはエネルギーピストルのみだが、携帯銃でダークストーカーを仕留められるとは思わなかった。

 逆にいえば、彼女たちに致命打を与えられる武装は切れ味鋭いカイトの爪しかないことを意味している。ナイフ一本で押されている始末なのだ。他の携帯武器で戦えるほど楽な相手ではないだろう。


 それは同時に、ダークストーカー側にも言える事だった。

 アルマガニウムの爪を獄翼が装備している以上、装甲の薄いミラージュタイプでは一撃が致命傷になる。『ブレイカーズ・オンライン』において、ミラージュタイプの機体同士が戦う場合、常にダメージ量の計算との戦いになってくるのだ。

 特にゲームの中でダークストーカーと戦ったことがあるスバルはある程度知っているが、ダークストーカーに装備されている武装はその殆どが接近戦用である。これはカノンの好みもあるのだろうが、戦略基準を機動力とコンボ重視にした結果、そうなったといえた。先程デザインのみで全く使用されていないナイフなどがあったが、流石に巨大なミサイルがこの華奢なボディから出現するとは思えない。


 要するに、巨大ロボ同士による接近戦だった。

 しかもお互いに極上の凶器を使用し、一撃でもまともに受ければその瞬間にゲームオーバー必須のサドンデスバトルである。


 スバルは今の自分にHPゲージがある物だとは思っていない。

 相手も含め、気分は刹那の居合切りだ。一撃を受ければその瞬間に緑色の体力ゲージはなくなり、赤になって消滅する。

 それを頭の中でシュミレートし終えると、スバルは己が不利な状況であることに気付いた。


「カイトさん。爪、伸ばせない?」


 蹴りを浴びせてくるダークストーカーから一旦離れ、威嚇のエネルギー機関銃を放ちながらも問いかける。

 こちらの凶器は短い。手から直接伸びているとはいえ、刃渡りは恐らくナイフくらいしかないだろう。対してダークストーカーのリーチは足一本。挙句の果てにそこから放たれる電流は、機械の身体にはいささか刺激が強すぎるように思える。

 

 もしも可能であるなら、爪を伸ばして多少リーチの差を縮めたいところではあった。


『無理だ。これが限界』

「世界で一番爪の長い人間は、自分の身長以上伸ばしたって聞いてるけど」

『ウルヴァリンを知ってるか? 長けりゃいいってものではない』


 そういえばこの男はリアルウルヴァリンだ。スバルは納得すると、質のいい爪を再び構える。

 同時に彼はひとつの結論を導き出した。それは今後の活動に支障をきたす恐れもあるので、事前にカイトの承諾を得る必要がある。


「先にいっておくよ、カイトさん」

『何だ』

「痛かったらゴメン」


 了承の返答も聞かず、獄翼はダークスト―カーへと突進する。

 対する黒い囚人はそれを見た瞬間、右手をこちらに向けて身体中に流れる電流を集め始めた。ダークストーカーの右手に電流が渦巻く球体が完成される。


「あれを受けたらさ」


 それを見たスバルは、思わずカイトに尋ねた。


「痛いか!?」

『痛い。頭は痺れるし、身体は雷に焼かれる。獄翼はきっとスクラップだ」

「じゃあ避ける!」


 痛くないなら受ける気だったのか、というカイトの呟きを無視してスバルは目を凝らす。ダークストーカーの掌から光が飛び出した。

 それを見逃さず、獄翼は横っ飛び。放たれた放電は獄翼がいた場所を通り抜け、空を切る。もはや横向けの雷だった。


「よし!」


 自身の目の良さを心の中で称賛しつつ、獄翼は再び攻撃態勢に入る。人為的とはいえ雷を避けたのだ。これはちょっとした自慢になる。

 高揚していく気持ちを押さえつつも、スバルはダークストーカーの掌に注視しながら再び接近戦を試みる。


『……!』


 だがカイト自身は身に迫る危機を肌で感じていた。

 それよりも僅かに遅れて電子機器のアラート音がスバルに危機を伝える。


「えっ!?」


 身体が引っ張られる。それに合わせて獄翼は横に逸れるが、胴体めがけて勢いよく刃物が飛んできた。ダークストーカーが山道に突き立てた刀だ。

 シルヴェリア姉妹の磁力に吸い寄せられた刀は、獄翼の華奢な胴体を僅かに切り裂き、ダークストーカーの手に収まる。


 獄翼のコックピットが激しく振動する。体感したことのない揺れを受けてスバルが操縦席から落とされそうになるが、身体に巻きつけているシートベルトがそれを押さえつける。


「くそっ……! 何だ、今の!」


 僅かに頭を打ち、悪態をつく。しかし一方のカイトは感心したように呟いた。


『へぇ、あんなことできるようになったのか』

「感心してる場合か! 斬られたんだぞ!」


 再びコックピット内に喧しい警報が響く。モニターの左側に獄翼の全体図が表示され、その右腰に赤い点がマークされていた。さきほどダークストーカーによって切り裂かれた箇所である。

 もしもカイトが動かなかったら確実にコックピットを貫かれていただろう。それを自覚すると、身が震えた。


『お前だって斬る気だろ』


 ダメージを表示する赤い点が徐々に小さくなっていく。SYSTEM Xで取り込んだカイトの再生能力により、浅い損傷が修復されているのだ。

 スバルはすっかり忘れていた同居人の異能の力を思い出しつつも、彼の言葉を聞いた。


『相手を傷つけるっていうのは、そういうことだ。武器をとって我を押し通すなら、恐れる事ことは許されない』


 相手だって負ける為にブレイカーに乗っているわけではない。

 もしも追い詰めたら、それこそ何をしでかすかわかったものではないのだ。最悪、自爆も考えられるとカイトは思う。


『相手はこれで最高のコンディションになった。お前は、あれと斬りあえるか?』

「やるさ」


 自身の顔を叩き、スバルは再びダークストーカーと相対する。

 その表情には怯え、恐怖、戸惑いといった感情は見られない。


「俺はあの子の師匠だ。そしてアンタはあの子たちのリーダーだ。立ち向かう義務がある」

『相手は自分の力を示す為に、もっとえげつないことをしてくるかもしれないぞ』

「なら、その前に動けなくするだけだ!」


 残り時間、2分15秒。

 刀を取ったダークストーカーが黒い装甲に電流を纏いながら突撃してきた。さながら、雷のマントである。

 それを確認したスバルは同居人へと叫んだ。

 

「最後の質問だ! アンタの能力があれば、獄翼はどこまで耐えれると思う!?」

『オマエとアルマガニウムが耐えられる限り』

「なら、耐えて見せらぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」


 スバルが吼える。彼は電気を纏うダークストーカーに向かって、迷うことなく獄翼を進ませた。

 その距離が0に近づいた瞬間、ダークストーカーの手に握られた刀が縦に振り下ろされる。この時スバルは気づいていなかったが、この刀はアルマガニウムである。カイトの爪に対抗する為、まっさきにダークストーカーが取りに戻ったのがこの刀だった。推測しても、そこは間違いないだろうというのがカイトの見解である。


 しかし、同時にカイトは思う。

 自分が彼女たちを捨ててから、どれだけの戦績を納めてきたのだろう、と。

 王国兵がアルマガニウム製の武器を入手するのは、それ相応の評価が必要だ。シルヴェリア姉妹の場合、わかっているものだけでもカノンの声帯器と包丁、アウラのローラースケートとダークストーカーと揃い踏みしている。そこに加えてブレイカーサイズの刀まで用意させたとあれば、カイトも驚きを隠せない。

 ふたりがかりとはいえ16歳という若さで、このラインナップは異常だった。XXX時代、カイトに支給されたアルマガニウムが身体に埋め込まれた爪のみであることを考えれば自然にその凄さはわかるだろう。オリンピックでいえばふたりで金メダルを5枚取っているような物だ。


「うおりゃああああああああああああああああああああああああああ!」


 その金メダル5枚分はあるであろうシルヴェリア姉妹の斬撃を、獄翼は両手の爪で弾いた。

 続いて繰り出されたローラースケートによるハイキックは獄翼のボディ全体を使って受け止め、ダークストーカーへと密着する。


 ダークストーカーの装甲から溢れる電流が、一斉に獄翼へと襲い掛かる。機械の身体が悲鳴をあげるのを耳に入れながらも、スバルはダークストーカーを放さなかった。


「痛いか、カイトさん!」


 しかし、痺れるのは獄翼だけではない。

 当然ながらそれに意識を取り込まれているカイトもその痛みを実感するし、コックピットにいるスバルだって痛い。寧ろ喋れるのが驚きだった。


『……痛いよ』

「だろうな! けど、彼女たちはもっと辛い痛みを味わったんだ! アンタのいう『痛み』とは違う痛みだ!」


 いいつつ、獄翼は両手でダークストーカーを強く抱きしめた。

 肩にかけた爪先は黒の囚人の両腕を切り裂いており、ダークストーカーの両腕と共にアルマガニウムの刀が木々の間に落下する。


「……我慢してくれよ」


 申し訳なさそうにスバルがいうと同時、獄翼の頭部から無数のエネルギー弾が火を噴いた。ダークストーカーのゴツイ鉄マスクが剥がされ、頭部は見る影も無く削られる。恐らく、両肩に爪を差し込んだ瞬間からコックピットには相当な衝撃が襲い掛かっているだろう。

 機能を停止したダークストーカーが獄翼にもたれ掛る様にして倒れ込む。

 それを見たスバルは、エネルギー機関銃の発射ボタンから手を放す。


「はぁ……はぁ……はぁ……」


 ほんの少しの間だけの接触だった。

 時間にすると一分も無い。現にSYSTEM Xの残り時間はまだ1分50秒以上残されている。

 しかしそれ以上に身体を襲う衝撃。そしてダークストーカーに繰り出した無我夢中の一撃による興奮が、少年の息を切らしていた。今スバルが流す汗は、恐らく彼の人生の中で最も多い量になっただろう。


「いきてる?」


 コードが繋がれたヘルメットを取り外し、息を整える。

 まだ機能している獄翼のカメラアイが外の映像をコックピットにいる少年と同居人へ届けるが、疑問への解答にはならなかった。

 映っているのはダークストーカーの黒いボディだけで、中のコックピットの様子までは見れないのだ。これでは中にいるシルヴェリア姉妹の状態がわからない。


「カノン、妹さん。俺達の勝ちだ。もう終わりにしよう」


 スピーカー越しにスバルが語りかける。

 ダークストーカー側の通信は、辛うじて生きていた。


「全部水に流すのは難しいと思う。カイトさんもこんなだし」


 後部座席に座るカイトの意識がそこで戻った。そして戻った瞬間、軽い人格否定をされた。

 彼は少々気難しい顔をしながらも、スバルの通信を無言で聞く。


「でも、歩み寄ろうとしないと戻れないんだ。本当はそれを望んでいるのに、それをしようとしないなんて間違ってると俺は思う」


 難しい問題なのは事実だろう。カイトの問題もいまだにわからないままだし、再び聞いたところで答えてくれるとは思わない。

 8、9割くらいはカイトが悪いと判断しながらも、スバルはダークストーカーに誘いをかけた。


「今すぐがダメなら、俺が間に入るからさ。仲直りしてもらえないかな。カノンも、妹さんも、カイトさんも」


 スバルがそういうと、やや静寂の時が訪れた。

 ダークストーカー側からは、何の返事も帰ってこない。後ろに座る同居人も、何もいい返してきてはこなかった。

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