第26話 vs姉妹と喧嘩とダークストーカー
独自の空間転移術を操る黒猫、ミスター・コメット。彼の正体は40代の人間だと噂されているが、その素顔を見た者はいまだに存在しない。古くから王国に仕え、様々な移動を担う彼のことを知らない戦士などいないだろう。
特に自由自在に出現させる空間の穴は、一時的にどんな物でも取り出せるポケットの役目を果たすことができる。この能力で大勢の兵士を一気に送り込み、敵国を殲滅させるという功績を残したこともあった。今回のように巨大ロボットを出現させることなどコメットにとって造作もない。
しかしそれでも、今回の仕事については不安に思う。
巨大人型兵器、ブレイカーの輸送を申請してきたのはシルヴェリア姉妹だ。そして彼女たちのブレイカーは、オーダーメイドだった。コメットはよく知らないが、なんでもブレイカーズ・オンラインというゲームでデザインしたカノン専用の機体らしい。そこまでは贔屓目に見てもいいだろう。
問題は今回の相手だ。敵は縁を切っているとはいえ、彼女たちのリーダーであるカイト。そして彼女の現在の師匠であるスバルのふたりである。
エレノアから移動した場所を教えてもらい、人気の少ない山道に転移してきたのは良いものの、まさか彼女たちに因縁深いコンビが王国に逆らっていたとは思わなかった。
カイトが獄翼のコックピットに駆け寄る。恐らくはダークストーカー・マスカレイドに対抗する為に後部シートに座るつもりなのだろう。
アレに搭載されているシステムは最新鋭の同調機能だ。カイトほどの新人類を取り込めれば、格段に破壊能力が上がることは目に見えている。現に王国屈指の防御力を誇るヴィクターですら敗れた。まともに戦えば勝機はかなり薄いだろう。
もうひとつ懸念点がある。シルヴェリア姉妹の精神的脆さだ。嘗てカイトも指摘していた点ではあるが、彼女たちは極度の依存傾向がみられる。
XXX時代、その依存関係の解消の為にカイトが間に入ったのだが、結果としては逆効果に終わってしまった。彼女たちはカイトに付きっきりになり、全幅の信頼を彼に寄せた。もしかするとカイトはそれが煩わしくなったのかもしれない。最終的には彼女たちを切り捨てる道を選んだのだから、少なくとも良い感情を持っていなかったのだろう。
問題はその後だ。
捨てられた後の彼女たちは彼を恨み、生きていると信じて実戦を重ねてきた。少なくともコメットの目から見てもそうだったし、アウラは憎愛に身を任せて雷を放ちまくっている始末だ。
しかしカノンはどうだ。彼女はスバルと言う新たな依存先を見つけた為か、アウラほど怒りに身を任せていない節がある。ヴィクターに見せた怒りの拳は本物だと思うが、それにしてはあまりに切り替えが早い。
これはコメットの考えだが、実は彼女の心はとうの昔に潰れてしまっているのではないだろうか。カノンは生まれつき、喉に障害を持って生まれてきた新人類だ。今は特別製の人口声帯で補助されているとはいえ、それが原因でよく苛められたと聞いている。
具体的に何があったのかまでは知らないが、そこに加えてカイトから捨てられ、師事しているスバルとも敵対することになった。踏んだり蹴ったりとはまさにこのことだ。
そして恐らく、それらの要素が合わさった結果、彼女はこれ以上の現実を受け入れることを拒否したのだろう。ゆえにカイトがまだ自分に優しくしてくれる筈だと信じてるし、スバルも自分との繋がりであるゲームを引退したくない筈だという、自分に都合のいい気持ちだけが強まっていく。
不憫な子だとは思う。頼りにしたい人は常に彼女から離れていき、機械音声ゆえの不気味な声が人を寄せ付けない。人一倍の寂しがり屋に対して、神は強大な能力と引き換えに人間として形成する為の要素を消してしまったのだ。
そんな壊れかけている彼女で、1対1の最強候補に挙がるであろう機体とパイロットコンビに勝つことは出来るのだろうか。
コメットは推測する。申請があって出してきている以上、何かしらの勝算はあると思いたい。だが彼女の目的は既に王国の意図から大きく逸脱している。最悪、ヴィクターがいっていたように寝返る可能性だって十分ありうる。
ならば保険くらいはかけておくべきだろう。
木々の間の闇の中。薄暗い空間の穴の中に隠れ、2体の巨大ロボットが対峙するのを見守るコメットはそう考えていた。
「開けないだと!? 何のつもりだ」
『この状況でSYSTEM Xなんて代物使えねぇよ!』
コメットの考察とは裏腹に、獄翼側は再び言い争いが発生していた。長い共同生活の中で喧嘩らしい喧嘩をしたことがないふたりだが、この日は明らかに険悪な雰囲気だった。
議論はカイトをコックピットに入れるか、否かだ。
冷酷すぎるカイトの態度に激怒したスバルは、彼をそのまま獄翼に招き入れのは危険だと判断していた。
特に獄翼に搭載されている『SYSTEM X』は後部座席からでも起動が可能だ。それを使われればカイトの意思にコントロールを乗っ取られ、ダークストーカーごと姉妹を惨殺しかねない。巨大ハリガネムシの二の舞だけは御免だった。
「お前で勝てるのか、あいつに!? 向こうは能力を使うぞ!」
『アンタの勝利は相手を殺すかどうかなんだろ!?』
「そうだ!」
悩むことも無くカイトが即答する。同時に、相対するダークストーカーのカメラアイに光が点った。
『そんな勝利、俺は欲しくない!』
コックピットハッチに詰め寄るカイトをどかすように獄翼が立ち上がる。カイトはそれで吹っ飛ばされることはなかったが、流石に動いている獄翼のコックピットに侵入しようとする気はなかったようだ。走り始めた途端に舌打ちし、比較的安全な右肩へと駆け上る。
『俺の勝利は、アンタの勝利とは違う!』
獄翼が1組のダガーを抜き、構える。ソレに立ち向かうようにして背中の刀を引き抜いたのはダークストーカーだ。
カノンの戦法はスバルと同じように接近戦主体のコンボ重視。二本の刀で相手をめった切りにし、時折ブレイカー自身の格闘コンボを挟むのが基本だ。全部自分が動画の中でやってきたことである。
だが、ダークストーカーは抜いた刀を大地に突き刺した。
『え?』
予想外な行動を前にしたスバルが間抜けな声を出す。カイトはそれを見たと同時、次の行動を予想した。
「ナイフが来るぞ」
ダークストーカーは一旦屈み、足に装填されているナイフを抜いた。
スバルが初めて見る武装だったが、ダークストーカーのデザインには確かに存在している物だった。カノンが意図的に使用していなかっただけなのかもしれない。
『刀じゃない?』
「元々短刀がアイツのスタイルだ。さっきだって包丁を振るってただろう。ブレードは多分、ゲームから使い始めたんだ」
実際のカノンはそこまで長い刃を使用していない。しかし、だからといってブレイカー戦でもそれが通用するのだろうか。
パイロットが操縦するブレイカーによる戦いと、生身での戦闘はまるで違う。スバルだってブレイカーでの戦いが得意でも、実際に殴り合って戦えるとは思っていない。カノンに至っては長い間ブレイカーで刀を振るってきているのだ。わざわざナイフを抜いて自分自身のスタイルに変える必要はないだろう。
スバルはそう思っていた。
だが引き抜いた瞬間、ダークストーカーの関節部から青白い光が溢れ出した。霧のように噴出したそれは、同調機能が起動した合図でもある。握られた刃に紫電が流れはじめた。
だが同時にスバルとカイトは確認する。ダークストーカーの足に電流が流れている。しかも車輪のような物が足の裏から出現しているのだ。
「あれは」
『ローラースケート?』
見たことがある。先程までアウラが使っていた代物だ。だが単なる同調機能では新人類に装備されたアルマガニウム製の武器までコピーできない。それができるのだとしたら、
『SYSTEM X!?』
「いや、違う」
スバルが出す解答を、カイトは即座に否定する。確かにシステムの特徴としては同じだが、細かい動作が違っている。
「……アウラは上半身に電流を流せない」
『え、そうなの?』
今までのアウラの行動をスバルは思い出す。ローラースケートを使って走りまくっているのが印象的だったが、確かに足からしか電流を流していない。だとすればナイフから流れる電流はカノンの物ということになる。
「SYSTEM Xと似ている、別の同調装置だ」
カイトが結論付けたと同時、ダークストーカーがナイフを振り回し、乱舞する。電流が空を切り、風が伝わった。
『うっ……』
「ビビるな。威嚇だぞ」
『わ、わかってるよ!』
「今ならまだ間に合う。俺と代われ」
素直にいうと、カイトは不安だった。ただのブレイカー同士の戦いならば、スバルの技量で行動不能に持ち込めたかもしれない。恐らく彼もそれが狙いだろう。
だが本物のXXX、カノンとの真剣勝負となれば話は違う。シンジュクでやりあったモグラ頭や巨大カマキリが赤子に見えてくるだろう。今の内に自分と代わった方がいいと判断した。
しかしスバルの意見は変わらない。
『いやだ!』
「我儘をいってる場合か! 武装の強度が同じとはいえ、敵はXXXだぞ! しかもふたりだ」
『彼女たちは敵じゃない!』
獄翼が構え直す。ダークストーカーに装備されたローラースケートが回転を始め、前進を始めた。
「あいつらは敵で、これは戦いだ!」
カイトがド田舎で育った少年の甘い考えを一喝する。多分、本人が目の前にいたら胸倉を掴んでいた。相手だってナイフを振りかざしている。その状況でまだ家族がどうとかいえるのだろうか。
『それでも、俺にとっては友達で。アンタにとっては家族だ』
「俺は違う!」
『アンタがそう思いたいだけだろ!』
獄翼に握られた刃がダークストーカーのナイフとぶつかりあう。
そのまま硬直することなくダークストーカーがエッジを逸らし、流れるようにして後退する。ナイフで殺しに来ているというより、ナイフを使ったダンスを披露されている気分になった。
「じゃあ、どうして獄翼を呼んだ!? こいつらが怖くなったからだろ!」
スバルが痛い点を指摘され、息を飲む。その場にいなかったくせに意外と鋭かった。だがそれが正解なのは事実だ。ゆえにスバルはそれを受け入れる。
『ああ、そうだよ、怖かったよ! マジビビりだよ! おしっこちびりそうになった!』
もうヤケクソだった。シンジュクに来てからこんなのばっかりだったが、その方が自分らしさをより一層出せる気がする。ふっきれた人間は面倒くさいんだな、とスバルは思った。
『でも怖くなって、相手を黙らせるだけじゃダメなんだ! それはきっと、お互いを不幸にする!』
「どうしてそういえる」
『もう後悔する選択をしないって、父さんに教えてもらったからだ』
カイトの表情が変わった。いつだったか、マサキ本人に同じことをいわれた気がする。そしてスバルが王国に連れていかれる時、自分もいった。
『アンタ後悔したんだろ!? そして俺に後悔するなっていったじゃないか!』
ナイフがぶつかり合う中、カイトは身動きひとつせずに獄翼の頭部を見つめ続けた。激しく揺さぶられてもバランスを崩さず、まっすぐに見つめている。XXXとして特化された身体能力が成せる賜物だった。
『何に後悔してるのか知らないけど、同じ選択しかしなかったら変われない!』
「俺はそれしか知らない」
『何度も聞いてるよそんなもん! でもアンタだって大人なんだろ!』
故郷でときどき偉そうに年上ぶっていたのを思い出す。だが今のカイトは『それ以外の方法を教えてもらってないから知らない』と子供みたいな言い訳をしているように見えた。せめて偉そうにするのであれば、自分で考えろよといいたい。
『自分の知ってること以外が必要なんだよ! そして彼女たちはそれを求めてるんだ!』
激しいステップが繰り出され、ナイフが獄翼の装甲を削っていく。明らかに押されていた。その事実にスバルは歯を噛み締めるが、彼が戦っているのはダークストーカーだけではない。
現時点でのスバルの最強の敵は、カイトの中にこびりついている彼の常識だった。それを拭い落とさない限り、彼の中にあるであろう後悔も、シルヴェリア姉妹とのいざこざも解決しないと思った。
「……ちっ」
一通りスバルの考えを聞いたカイトは、沈黙した後に舌打ちする。
獄翼とダークストーカーの刃が幾度目かの衝突を迎えた。獄翼の左手に握られていたダガーが弾かれ、スバルは電磁シールドの準備に入る。
『くそっ! ナイフ一本しかない筈なのにここまで押されるなんて!』
「当然だ。こいつは生身の方が強い。今は自分の力をお前に示してるだけだ」
呟き、カイトが獄翼の肩を降りる。
腕を伝い、交差されている刃へと向かって走り始めた。
『な、何してんのアンタ!?』
スバルが叫ぶが、気にせず走り抜ける。カイトは獄翼の右手に握られているダガーの上にまで登りあがり、ダークストーカーのナイフめがけて手刀を繰り出した。均衡を保っていた短刀がポッキリと砕ける。
『いぃぃぃぃぃぃぃぃっ!?』
スバルが驚き、ダークストーカーが一旦後退する。どこの世界に巨大ロボットの巨大な刃を手刀で切り裂く男がいるだろうか。
ここにいた。それをやってしまうのがカイトという男である。
「返す」
片手で折れた巨大ロボ級の刃を軽く持ち上げ、手放す。するとカイト。その場で一回転して刃に向かって蹴りをぶち込んだ。
蹴り放たれた刃はダークストーカーの元にまっすぐ飛んでいき、その鋼の巨体を刺し貫かんと襲い掛かる。しかしダークストーカーも刃に向かって回し蹴りを放った。
ローラースケート越しの強烈なキックである。短刀の刃は見当違いな方向へと返され、そのまま山道の中に突き刺さった。
『……アンタ、ブレイカー必要ないね』
想像以上の超人ぶりを見せつけたカイトにカメラを向け、スバルが力なく呟く。先日、モグラ頭と巨大カマキリを相手に生身で戦いを挑むか、と勢い任せで提案したが案外行ける気がしてきた。
「当然だ。だがお前の発言には少し腹が立った」
カイトが獄翼の腕を伝い、再びコックピット前へやってくる。すると彼は迷うことなくハッチへと手を伸ばし、力任せにこじ開けはじめた。
『ちょ、ちょ、ちょっと待った! 何するの!?』
「玄関の扉があかないんだ。こじ開けるしかないだろ」
『ないだろ、じゃねーよ! あ、待って! メキメキいってる。やめて、マジでやめて!』
このままやられたら本当にハッチを力任せにこじ開けかねない。これから北国に行こうというのに何を考えているのか。
普段のカイトが行わないであろう、後先考えない力任せの行動に戸惑いつつもスバルは観念してハッチを空けた。目の前には機嫌の悪そうなカイトが佇んでいる。
「……何してる」
「あ、いや。殴られるのかな、と」
思わず手で防御の姿勢をとっていた。カイトはそれを見て溜息をつき、無言で後部シートへ座る。
「殴られたいなら殴るが?」
「遠慮しておきます!」
先程までいいたい放題だった少年はどこへ消えたのか、スバルはすっかり頭が上がらない状態だった。本音を言えばブレイカーに乗っている状態ならカイトも手出しできないと踏んでいたのだが、甘い考えだったのだ。
彼は本当に規格外だった。ただ『この後』があるから力押しをしなかっただけで、その気になれば生身でブレイカーを相手にすることなんてなんでもなかったのだ。
その予想の斜め上を行く超人ぶりを垣間見て、スバルは焦っていた。
「……武器だけ貸してやる」
「え?」
だが予想外なことに、カイトはこの戦いで自ら動いて始末をつけるつもりはなかった。
「SYSTEM Xを稼働させる。5分でアイツを起動不能にしろ」
「お、おう!」
それはスバルとしては喜ばしい提案ではある。だが突然どうした、と問いかけたい気持ちになった。先程まであんなに殺す気満々だったというのに。
「……いいんだな?」
確認の為、カイトに尋ねた。彼はやや機嫌が悪そうな表情になったが、やがて観念するかのように溜息をついた。
「俺が勝手に動かない保証はないぞ。裏切り者だからな」
「そういう時、アンタは大体素直じゃないんだ」
「殴るぞ」
「やめて」
軽いやりとりを行った後、カイトが『SYSTEM X』を起動させた。
彼らの頭上に、無数のコードで繋がれた不細工なヘルメットが落ちてくる。
「……アイツらからしてみれば多分、誰でもよかったんだと思う」
「頼る相手のこと?」
「ああ。俺はリーダーだった手前、新人育成を担うことになった。その結果がこれだ」
意識を奪われる寸前、カイトはカメラ越しに映るダークストーカーの姿を確認する。その不恰好な黒いボディに、幼かった頃のシルヴェリア姉妹の姿がダブった。
「ムカつくが、多分お前の言うことが正解だ。俺は叩き潰すことしか知らない。他にどうすればいいのか、よくわからない」
それゆえにカイトは、見て学ぶことにした。どうなるかわからないが、現状ではこれが一番ベストな回答だと思っている。
「だから、お前の視点でそれを学ぼう」
カイトの身体を衝撃が襲う。体が跳ね上がり、その意識は獄翼へと吸い込まれていった。
「……でっかい生徒だなぁ」
スバルが思わずぼやく。カイトも獄翼も、果てにはダークストーカーですら幼い生徒に見えた。はっきりいって、かわいくない。
『その代り、次の試験は俺無しで突破してくれ』
「それは困る!」
生徒兼教師と言う複雑な立場の獄翼を起動させ、スバルは爪を伸ばした。
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