第12話 vsブレイカー

 ブレイカーのミラージュタイプに分類される黒い機体。

 通称『獄翼』のコックピットの中で、スバルは息を荒げた。


『動いてる。本当に、動いてやがる』


 つい先日、ゲームセンターで殆ど同じ操縦基幹を握っていた。

 対戦の時と同じ感覚で動かすと、獄翼は自分の手足のように動いてくれる。

 感動のあまり、泣きそうになった。彼の憧れだった『本物の機体を動かしてみたい』が達成された瞬間である。


 だが、泣いてる暇はない。スバルはモニター機能をズーム設定にし、近くの生体反応を探す。

 居た。剥がれた大使館の外壁に、蹲るカイトとゲイザーが居た。

 しかもカイトの方は、高熱で魘されているかのような表情をしていた。何があったのかはわからないが、かなりヤバそうな状況であるという事は理解した。


『この野郎、そこから離れやがれ!』


 素早く武装を選択し、腰に装着されてあるナイフを抜き取った。格納庫で邪魔にならなさそうな範囲で拝借した武装の一つだった。

 獄翼はそれを構えたと同時、迷うことなく真っ直ぐゲイザーに向けて突撃する。


『何!?』


 その行動は、新人類王国の王子であるディアマットも驚いた。

 いかにナイフとは言え、それはブレイカーが持つ事を前提にした武器である。何が問題かというと、刃渡りは軽く人間の伸長を超えてのだ。

 

 それを構えて突撃すれば、カイトだって無事では済まない。考えればわかりそうな事なのに、何故それをするのか。あれに乗っているパイロットは馬鹿なのか。

 思考するディアマットを余所に、ゲイザーは回避行動に入ろうとする。いかに相手が人間とは比較にならない加速力を持つロボットとは言え、ゲイザーだってそれに負けない脚力である。オリジナルがダッシュで電車を追い越してるのがいい例だろう。


 だが、そんなゲイザーの足が掴まれる。

 カイトだ。

 彼は辛そうな表情を浮かばせながらもゲイザーの足を掴み、逃走を許さない。


「やれえええええええええええええええええええええええええええ!!」


 渾身の絶叫だった。

 恐らく、彼を知る者が聞いたら大体の人間が『始めてみた』と漏らすだろう。それだけ彼も必死だった。


『コイツ、自分も一緒に死ぬ気か!?』


 しかし、ディアマットは見た。

 獄翼に握られたナイフは縦向きではない。綺麗な横向きであった。


 巨大な刃物の切っ先が、ゲイザーに命中する。

 床に這い蹲っていたカイトは、ぎりぎりで刃物の命中を避けれた。正確に言えば最初からナイフが命中しない場所に構えていたというのが正しいのだが、それが果たしてコックピットに搭乗した同居人への信頼が果たした結果なのかは、この時ばかりは彼にも分からなかった。





 

 巨大ナイフで切りつけられたゲイザーが、建物を破壊しながら大使館の奥へと飛ばされる。

 それを押し出すようにして加速する獄翼。一人の人間相手に巨大ロボットがナイフで切り掛かると言うのも前代未聞だが、スバルの認識だとゲイザーは人間ではない。

 彼はゾンビパニック映画に出てくるゾンビだ。しかもラスボス級の。

 ロケットランチャーが無いなら、巨大ロボットでも引っ張ってきてやっつけるしかないだろう。

 そもそも、今アイツは巨大ナイフを受けても真剣白羽取りみたいな姿勢で受け止めているのだ。容赦してると、ロボットに乗っているとはいえ何をされるかわかった物ではない。


『うわあああああああああああああああああああ!』


 勢いに任せて雄叫びを上げつつ、ナイフの柄についている引き金を引く。

 ソレと同時に、巨大なエッジから大量の熱量が発せられた。


「!?」


 ゲイザーの身体が焼けていく。

 指先から胴体にかけて、肌色だった皮膚が黒焦げになる。


『い、いかん!』


 ディアマットの焦りの声がゲイザーの脳内に響く。

 ややあってから、ディアマットは歯を食いしばりつつ一つの決定を下した。


『……退却だ。戻れ、ゲイザー・ランブル! 時間は十分に稼いだ!』


 その声を聴き、ゲイザーの身体は発光。

 一瞬にしてその場から消え去ってしまった。


『うえっ!?』


 情けない声を出しつつも、スバルはエッジの熱を切る。

 その後、排熱処理をしながらも周囲を確認した。


『ど、何処に行ったんだ!?』


 スバルの不安な心を代弁するように、獄翼がきょろきょろと辺りを見渡す。

 それに静止の声がかかる。


「……安心しろ、逃げた」

『カイトさん!?』

「良く聞こえるな。耳がデカイとその分よく聞こえたりするのか?」


 ふらふらで、今にも倒れそうな状態のカイトをコックピットへと誘う。

 こちらからハッチを近づけなければ、まともに入る事も出来ない状態だった。






 獄翼のコックピットの中に入ったカイトは、目を丸くした。

 座席が2つあったからである。


「スバル。俺、眩暈するんだが座席が2つ見えるのは気のせいか?」

「現実だよ。そういうの選んだんだ」

「成程。メイン操縦席は?」

「前である程度出来たから、後ろは多分補助席だと思う」


 実物のブレイカーの内部は流石に始めて見たので、座席が二つある仕様なのかと思っていたが、元新人類軍所属のカイトがこの反応なのだ。複数の座席は特殊なのだと理解する。

 『ブレイカーズ・オンライン』だと後ろに座席がついて、2人同時で1つの機体を操作する特殊なパターンが存在する。合体・分離ギミックを採用してる機体がそれだった。


 ただ、獄翼は見た感じそんな機能は無さそうである。

 いかんせん、時間が無さ過ぎて機能を全て把握する時間が無かった。小回りが利いて移動しやすいミラージュタイプで、ある程度携帯できる武器を持てればそれでよかったのだ。その上で座席が人数分あったからラッキー程度に思っていた。


「とにかく、今は後ろに座って休んでよ。熱も酷いし……」

「風邪薬はあるか?」

「無いよそんなの。持ち前の再生能力で何とか治して!」


 ぐったりとしたカイトを後ろの席に座らせ、ベルトをつける。

 その後は自分の座席に座り、いよいよ脱出だ。当初の予定だと本物を少しは動かしたことがあると言うカイトが操縦予定だったが、本人が動けない以上自分がやるしかない。

 幸いながらも、操縦はゲームで腐るほどやっている。多分、操縦の経験値ならカイトよりも高い筈だ。本物がゲーム通りに動くのであれば、やってやれない事は無い。明確な違いがあるとすれば、風景がCGかリアルかくらいだろう。

 

「あった!」


 ステルスオーラもちゃんと起動できる。

 最低条件は全て満たしていた。これで脱出できる。


 テンションが上がってきたスバルがステルスオーラ起動のボタンを押そうとした正にその瞬間。

 巨大な熱源反応が目の前に現れた。


「!?」


 思わず前方を見る。

 獄翼よりも一回り大きなブレイカーが、何時の間にか前方僅か50m程の距離で佇んでいたのである。三角形に尖った鼻先が、どこかモグラのように見える。

 

「応援が!?」


 それが敵の増援だと理解するのに時間は掛らなかった。巨大なブレイカーは前方に手を向ける。しかし、向けただけで何も起こらない。


 スバルは反射的に回避行動に走っていた。

 背中の青白いエネルギーの翼が羽ばたき、獄翼の巨大なボディを浮かばせる。だがそんな獄翼の真横から再び熱源反応が現れる。今度は5つ同時に出現した。


「げ!?」


 その数に焦るが、回避行動は正確だった。

 真横からステルスオーラを解除した巨大なカマキリが、鎌を振り下ろして襲い掛かる。獄翼はそれを紙一重で回避。反射的に手に取った小型銃でカマキリに弾丸を放つ。

 気分は攻撃を華麗に躱し、大勢で現れた敵を全員撃ち抜こうとするカウボーイである。


 しかし、放たれた弾丸は全てカマキリに命中する事は無かった。

 目の前に透明な壁が立ち塞がったかのようにして、カマキリの直前で弾けたのだ。


「ええ!? 何で!」


 巨大カマキリの正体はアニマルタイプのブレイカーだと確認している。

 アニマルタイプは装備が独特過ぎて、バリア等の追加装備を持つ事ができないという知識をゲームで得ていた。

 そのせいでアニマルタイプは『ブレイカーズ・オンライン』において所謂弱キャラになっているのだ。


「……誰かがバリアを張ってるな」

「カイトさん!?」

「前見ろ」


 楽にしていたカイトが、機体の激しい動きに合わせて敵を見つめる。数分リラックスしただけで、大分落ち着いた様子だった。普段と同じテンションで話す余裕ができているのがその証拠である。

 現れた増援は巨大カマキリに、獄翼よりも一回り大きいモグラ顔(多分、アーマータイプだ)。

 そして巨大カマキリの背後に灰色の量産ブレイカーが4機。何れも獄翼と同じサイズで、大きめのライフルを装備していた。こちらは機動性に優れている支援役のミラージュタイプだろう。


「灰色のはバリアが張れるのか?」

「張れるけど、発生装置を装備してないと無理だよ。それにしたって、他の機体にバリアをつけれる機体なんて聞いたことない」

「じゃあモグラ頭に乗ってる新人類軍の能力だ」


 妙に断定して物を言っている。

 確かに他の可能性が考えられない以上、それが合っている可能性が高いが。


「なんでバリア張れる新人類だと思うの?」

「大使館で、似たようなバリアを張るてるてる女がいた。あれの亜種だと思う」


 てるてる女と言えば、恐らくメラニーの事だろう。

 では、彼女がモグラ頭のブレイカーを動かしているのだろうか。

 そう思っていると、後ろのカイトがぼそりと呟いた。


「多分、ヴィクターだな」

「知り合い!?」

「直接の面識はない。だが、6年前の当時はバリア一筋で有名だったし、割と名前は聞いてた」

「随分と珍しいスペシャリストだな。新人類軍は相手を叩き潰す能力しか居ないと思ってたけど」

「奴は注射を打たれたくない、という理由でバリアを極めたそうだ」

「しょうもねぇな!?」


 灰色の量産型ブレイカー、『鳩胸』4機から放たれる銃撃を華麗に避けつつ、スバルはツッコミを入れた。

 何で命がけの場面でこんなことしなきゃならないのだろう。


「だが、そのバリアは自由自在に張れて尚且つ強固だ。あれを壊す手段を考えないと、こいつらを退けるのは難しいぞ」


 その言葉が、スバルの両肩に重く圧し掛かった。

 でもそのバリアを鍛えた理由が注射が嫌いだからだと思うと、やはりやりきれない気持ちになった。

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