第11話 vsゾンビカイト兼病原菌
上半身剥き出しになった白髪の己が、カイトの頭を掴んだ。
その後繰り出されたのは強烈な膝蹴りである。
「あが――――っ!?」
顔面が弾け飛ぶようにして押し出される。
それを見たゲイザーは歪な笑みを浮かべつつ、再び膝蹴りを放った。
「何だ、お前は……」
しかしカイトの意識は飛ばなかった。血だらけになった顔は今も尚、敵意に満ちている。その意思をぶつけるようにしてカイトは両手を振りかざした。
ゲイザーの足が一瞬にして刻み込まれる。だが、それがどうしたと言わんばかりにゲイザーは刻まれた足で再び膝蹴りをカイトに放った。
今度は胸部に命中した。強烈な圧迫を受けたカイトは、その場で蹲る事はせずとも思わず苦悶の表情を浮かべて距離を取る。
「ふー……ふー……」
身体に熱が籠るのを感じる。激しく動き回ればそれは当たり前なのだが、同時にある種の悍ましさも感じていた。
自分と全く同じ顔の人間が目の前にいる。しかもよく見れば自分と同じ再生能力をもっているではないか。なんなんだコイツ、という疑問がカイトの脳を縦横無尽に駆け巡った。
しかし、考えても答えが出ない事を彼は理解していた。仮に相手に問いかけてみたとして、答えることはないだろう。鎧持ちは理性が無い。ただ無慈悲に敵を倒すだけの存在なのだ。言葉が理解できるかすら怪しい。
ならば疑問を疑問のまま置いていくのも偶には悪くない。普段ならとことん追求するつもりではあるが、生憎その時間は無いし、答えてくれる相手ではなさそうだった。
問題があるとすれば、どうやって倒すかだ。
身体を刺し貫いてもけろりとしている。両手を切断しても、何時の間にか元通り。そんな奴を相手にして(ほぼ自分なのだが)勝つビジョンが浮かばなかった。
ただ、少なくとも抑え込むのに時間がかかるだろうという予測はできる。彼は今までのどんな敵よりもタフな上にしつこそうだった。
「スバル」
ゆえに、カイトはスバルに提案する。先に逃げろ、と。
せめて先に格納庫に向かわせて、どの機体を奪うかくらいはやっておいてもらった方がいいと考えた。
しかし、呼びかけに対してスバルは答えない。
「?」
右目を器用に動かし、視界を広げる。
先程まで腰を抜かしていた少年の姿は、どこにもいなかった。
蛍石スバル、16歳。
初めて目の当たりにした生の殺し合いを前にして、彼は恐怖していた。
素顔が明らかになった後のゲイザーの猛攻は、素人目から見ても凄まじい物だった。序盤、あれだけ圧倒的だったカイトが押されていたのもその一因に絡んでいると言ってもいいだろう。
彼の膝蹴り、手刀、頭突き、今は手放しているが長剣による攻撃が全て自分に向かうと想像する。
全身の鳥肌が止まらなかった。
一度加速した恐怖は、少年の心を簡単に追いつめてしまう。
彼はそれに屈した。
カイトの忠告を無視し、1人で逃げ出したのである。
「はぁ……! はぁ……!」
息を乱しながら、我武者羅になって走った。ゲイザーもカイトも追ってこない。お互いに牽制して、下手に動けない状態なのだろう。
そう思いながらも、スバルはそこで初めて周囲を冷静になって見渡してみる。大使館の地下だった。
「地下……!」
壁に貼り付けられた見取り図を見て、スバルは思い出す。彼は一度ここに来たことがあった。ここに連れてこられる時に利用した新人類軍の航空機が格納されているのもこの地下だからだ。
降りた後、アーガス達に案内されて大使館の館内に辿り着いたのを覚えている。つまり、その時とは逆の道を辿れば格納庫に行くことができるのだ。
「えーっと、ここがこうで……この空間がこれだな。よし!」
位置を確認し、復唱した後スバルは再び走り出した。メラニーに召集された為、警護をするバトルロイドは一人もいない。彼の邪魔をする者は誰もいなかった。
脱出できる。カイトのプラン通りでなくても、この危機を乗り越える事ができる。その時の光景を意識した瞬間、暖かい何かに包まれた錯覚さえ覚えた。
憧れだった本物のブレイカーを動かし、ステルスオーラを起動しながら新人類軍の手の届かない場所で平和に過ごす。悪くない未来だった。
しかし、そこで気付く。
想像の中の自分の周辺に、信頼できる人間が誰一人としていない事に、だ。
「…………」
まるで釘でも刺されたかのような気分だった。
自然と走る速度も落ちてくる。
「……誰も、いないんだよな」
呟いた言葉に誰も答えてはくれない。
マサキは既に故人。ケンゴ達のような故郷の仲間もいない。
カイトは今、見捨てた。ついさっきゲイザーに怯えた自分が、彼を助ける事もしないので逃げ出したのだ。
助ける? 俺がか?
馬鹿を言うな蛍石スバル。
相手は超人を超える化物だ。全身凶器のカイトも押され始めた上に、身体を貫かれても生きてたんだぞ。
そんな相手に何ができると言うのか。カイトだって大人しくしているように忠告してきたではないか。
「くそっ!」
吐き捨てるように言うと、スバルは再び走り出した。
彼は振り返ることなく、格納庫へと向かった。
スバルが逃げ出した事に対して、激怒することは無かった。
寧ろしょうがない事だと思う。初めて目の当たりにした新人類同士の喧嘩にも似た野蛮な戦いは、いささか刺激が強すぎる。ヒメヅルでのケンゴ達の反応も当然だろう。
カイトは自分でも呆れるくらい甘い考えになっているな、と自嘲する。
「さて、これで遂に1人になったか」
しかし、逃げるわけにはいかない。
目の前にいる白い自分とはここで決着をつける必要がある。そうしないと自分もスバルも逃げれないであろう事は、容易に想像できた。
「おい鎧」
人差し指を向け、カイトが言う。
理解する頭があるかは疑問だったが、それでも宣言しておかないと気が済まなかった。
「もう俺には何もない。今、完全にフリーだ。何時倒れてもよくなったわけだ。そして非情にムカつくことに、お前はもしかすると倒せないかもしれない」
だから、
「最期になるかもしれない。これから思いっきりやるぞ」
カイトの目つきが変わる。
ソレと同時に、風が吹いた。大使館の壁は既に切り落されている状態だ。夜風が吹いても何らおかしくは無い。
だが、不思議な事が起こった。カイトが消えたのである。
『なんだと!?』
ゲイザーの脳内にディアマットの戸惑いの声が響く。
廊下は一本道だ。見逃す要素は無い。隠れる場所も無い。強いて言えば切り裂かれた壁や破壊された天井から逃げる事もできなくはないが、それだとゲイザーの視界に捉えられるはずだ。
消えた理由が説明できない。資料によれば、瞬間移動ができるという記述は無かった。
『どこに消えたんだ!? 探せ、ゲイザー・ランブル』
命じたと同時に、ディアマットは察知した。
風の勢いが増している。それに乗せてきているかのように、殺気がぶつけられる。直接受けているわけでもないに背筋が凍える思いをしたのは初めてだった。
豪風がゲイザーを包み込む。
それが過ぎ去ったと同時、ゲイザーが振り返った。
カイトが居た。両手から生えた爪から血を拭い捨てている。
それを黙認した瞬間、ゲイザーが崩れ落ちた。
『何!?』
何が起こったのか確認した瞬間、ディアマットは己の目を疑った。
ゲイザーの身体が切り裂かれ、ズタズタにされているのである。
傍から見て、一番集中攻撃されているのは足だ。機動力を削るどころか一気に行動不能に陥るまで肉を削ぐ。次に手が今にも千切れてしまいそうなほど削り取られ、更には胴体にこれでもかと言わん程の切り傷を与えている。
ハリケーンのような爆風をダッシュのお供にしながらも、カイトはこれを一瞬で行い、そして敵の後方へと回ったのである。
しかも、攻撃を受けたのはゲイザーだけではない。
見ればこの階のありとあらゆる物が切断されている。カイトの後方にあった筈の階段の手摺まで切り落されていた。
スバルを守りながらでは絶対に放てない技だろう。
そして同時に、ディアマットは察した。
ゲイザーの視界で動きを捉えられなかった以上、もう一度今の技を出されたら対処の仕様が無い。
少なくとも身体能力では、まだ本物との間に決定的な差があった事は確かだ。
『吹っ切れたか。己が守るべき者を失った代わりに、相当身軽になったようではある』
だが、新人類王国に負けは許されない。
一度の敗北ですら汚点なのだ。特に国を背負う王族であるディアマットにとって、新人類の弱肉強食主義は絶対だった。
ゆえに、彼は命じる。
『ゲイザー・ランブル! 壊れてもいい。アイツを倒せ!』
ゲイザーの瞳が怪しく輝く。
切り裂かれて動けなかった身体が徐々に再生し、ゆっくりと起き上がった。
「させるか!」
だが、カイトも決して今の攻撃で勝利を確信してはいない。
ゲイザーが所謂『ゾンビ兵』なのは、戦ってよく分かった。殴ったり、刻んだりして倒せるような敵ではない。
ならばどうするか。再生する前に、全て微塵切りにして消し飛ばすまでだ。少なくとも、今はそれ以上ベストな回答が出てこなかった。
再び風が吹く。
その流れに合わせるかのようにして、カイトが疾走する。でたらめな走りによる突撃は、ゲイザーには見えない。
だが、剥き出しになったゲイザーの肌は強風と共に迫ってくるカイトの殺意を受け止めていた。彼は学習して、彼なりの対処法を本能のままに実行した。
例えるなら、今のカイトは無数の刃を引き連れた一本の槍である。
それが遠距離から目に見えない速度で飛んできて、身体を吹き飛ばそうとしているのだ。
ただ、それには弱点がある。次々と切り刻んでくる刃は全てカイトから放たれる。つまり、最初の一撃を捕える事ができれば次の攻撃は飛んでこない。
ゲイザーの両腕が蠢く。
彼の視界には何も映らない。だが見えない悪意が迫って来ることを理解している。
その悪意は槍のように真っ直ぐ飛んで来ていた。ゲイザーの脳内に槍のイメージが湧き上がる。彼が始めて行った想像だった。
両腕を前に突き出し、飛んできた槍を掴む。
「!?」
槍の動きが止まった。
カイトの右腕はゲイザーに捕まりながらも、彼の首に突き刺さっている。
だがそれ以上が動かない。そのまま深く突く事も、横に動かして跳ね飛ばすことも、引き抜く事も出来ない。
「この……!」
カイトが力を込める。だがゲイザーに掴まれた両手は動かない。
そこに追い打ちをかけるようにして、ゲイザーの両目が動き出す。血まみれになった顔の中で蠢く白目が、黒目から溢れていくように黒に染まっていく。
「何だ?」
それを見たカイトは、思わずそんな事を呟く。何か嫌な予感がしていた物の、それから視線を逸らすことができなかった。
ゲイザーの瞳が漆黒に染まりきった瞬間、カイトは己の視界が歪むのを感じた。
直後、頭に激痛が走る。身体中の体液全てが溢れ出してしまいそうな吐き気も同時に襲い掛かってきた。更に厄介な事に、眩暈がして敵の姿がまともに見えなくなってきている。
カイトは混乱する。
自分の身に何が起こったのか。敵の目の色が完全に黒一色に染まった。変化があったのはそれだけの筈だ。
だが、それだけで眩暈と頭痛、吐き気が一気に襲い掛かってきた。突然の体調不良にしては出来過ぎだった。
「ぐ、く……」
苦悶の表情を浮かべ、ゲイザーを睨む。
徐々に薄れていく意識はゲイザーの首を刎ね飛ばせ、と命じていた。多分、これを逃したら次は無い。首に刺さっている己の腕を上下左右に動かす。だが、その動作は首を刎ねるには弱々しかった。
「お前、能力ありすぎ」
苦し紛れに、そう呟いていた。ゲイザーは答えない。敵の表情が歪み、腕の力が弱まっているのを確認した後、カイトの腕を無言で引き抜いた。穴の開いた首が徐々に塞がっていく。その皮膚の色が再現された瞬間、カイトは攻め手が閉ざされたことを理解した。
だが、それでもカイトの頭の切り替えは早かった。
病人同然の身体になった状態で、どうやってこの『ゾンビカイト兼病原菌』を倒そうかと、動きが鈍い脳みそに檄を飛ばしながら考える。しかし頭の回転が利かない間にゲイザーは立ち上がり、蹲る自分を見下ろす図が出来上がってしまった。
最悪だ。自慢の足もこのような体調では逃げられる自信が無い。
敵の姿もぼんやりとしか見えない以上、捕まえるのは困難だと思って良い。己の手を握り、感触を確かめる。まるで別人になったかのような錯覚を覚えるほど、弱々しかった。
何かないか、と必死になって周りを探す。
強いて言えば壊された壁から外に逃げるという選択肢があるが、立って数歩がやっとの状態で振りきれるとは思えない。
ゲイザーはカイトとの戦いで、最初無様にやられていたのが嘘であるかのように成長していた。力も俊敏さも、反射神経もかなりのレベルだ。幾つ能力を持っているのかは知らないが、十分立派な兵器であると言えた。
「……?」
しかし焦点の合わない視界の中、カイトは見る。
大使館に広がる広大な庭が開いていた。まるで巨大な落とし穴を準備しているかのように存在している機械仕掛けの穴は、地下から様々な機体を地上に送り出す為のハッチである。新人類軍の飛行機なんかはここから飛び出してヒメヅルへとやってきた。
『カイトさあああああああああああああああああああああああん!』
スピーカー越しで聞きなれた声が聞こえた気がする。
思わず目を擦ってみた。
するとどうだろう。
全長が己の10倍以上はあるであろう巨大な黒い影がハッチから飛び出してきた。
力強く、それでいてごつくない人間のような形をしている。長い脚に、引き締まっている腰と胸。太くは無いが、かと言って細すぎない絶妙なバランスの両腕。
緑に光る瞳に尖がり過ぎている耳。背中には二つのハサミのような突起物が装着されており、そこから青白いエネルギーの波が噴き出ている。まるで白い翼でも生えているかのようだった。
「ブレイ……カー……」
カイトがソイツの正体を、ぼそりと呟いた。
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