第10話 vs白の鎧
カイトがゲイザーを破壊する為に動いたのと、ディアマットが命令を念じたのは同時だった。
掴んだ剣はそのままで素早く鎧の懐に入り込み、左の裏拳を頭部に叩き込む。その威力は近くで見ているだけのスバルから見ても相当な物であると推測できた。ゲイザーの頭部がへこみ、身体がふらついたからである。
しかし、カイトの動きは止まらない。
剣を放し、そのまま手刀をゲイザーの右胸に突き刺した。更に左の爪でゲイザーを刺し、それが終わったと思えば更に右の爪で抉り回す。それが4セットか5セット目に入った頃にはもう白の鎧は完全に剥ぎ取られており、ゲイザーの裸体に無数のひっかき傷と刺し傷が遺されていた。
だが、カイトはまだ攻撃の手を緩めない。
彼は8セット目の連続攻撃の後、勢いよくゲイザーに蹴りを入れた。クリーンヒットした白の鎧(最早残骸に近かったが)が宙に浮き、ゆっくりと弧を描きながら吹っ飛ばされる。
「まだだ!」
吹っ飛ばされたゲイザーを追い抜き、思いっきり蹴り上げる。晒しだされた傷跡に強烈なキックが突き刺さり、天井へと吹き飛んだ。
「げ……」
見るからに痛そうな一撃は、スバルから見ても鳥肌が立った。
鉛筆の芯を削ぐかのような連続引っ掻き。そして天井ごと人体を軽く吹っ飛ばす脚力。どれを取っても尋常じゃなかった。
スバルから見れば、白の鎧よりもカイトの方が殺戮兵器である。というか、大層物騒な鎧だと言う話を聞いていたのだがあっさりと終了してしまった。全く拍子抜けである。
「勝ったん、だよな?」
息を飲みつつ、確認する。
蹴り上げ、天井を見つめるカイトは己に残る感触を確かめながらも返答した。
「手応えはあった」
「じゃあ勝ったんだな。な!?」
「どうだろうな。呆気なさすぎる」
彼もスバルと同様の疑問を覚えていた。寧ろ、剣を掴んだ時から違和感はあった。
だが今の目的はあくまで鎧を倒す事ではなく、逃げる事だ。何時までも考えている暇はない。
「地下格納庫へ急ごう。また別の奴が来るかもわからん。俺から離れるんじゃないぞ」
穴の開いた天井に注意しつつも、二人は廊下を突き進む。
しかし奥の階段を下ったところで、彼等は思わず目を見開いた。
「!?」
「嘘ぉ!?」
ゲイザーが突っ立っていた。
先程カイトにつけられた傷が残っている。間違いなく本人だった。
「何で!? アイツ上に飛ばされた筈だろ。なんで下の階にいるんだよ!?」
スバルの疑問は尽きることなく、悲鳴のように吐き出される。
そこに拍車をかけるのがゲイザーの気味の悪さだ。その肉体は何度も刻み込まれている筈なのに、平然としている。
「隠れろスバル! さっきと同じだ!」
半ば突き出す形でスバルを退けたカイトはすぐさまダッシュ。
今度はゲイザーの心臓を手刀で抉り取らんと懐に潜る。しかし、カイトが右手を突き出すとゲイザーはそれを掴んだ。
「!?」
ならば左で抉らんとすると、今度はもう片方の腕で捕獲される。
直後、カイトの脳天を衝撃が襲った。ゲイザーによる頭突きだ。2発目が入り、3発目も入る。先程のお返しとでも言わんばかりの連続頭突きだった。
「野郎……!」
額から流れる血が目に入る。
その感覚自体が久しい物だったが、カイトはそこで明確に敵意を露わにした。
捕まれた両手の手首を曲げ、ゲイザーの両手を掴む。その爪先は、確実にゲイザーの両手首を捉えていた。ゲイザーの両手首が切断される。
「これなら、どうだ!?」
自由になった右腕がゲイザーの剥き出しになった胸部に突き刺さる。腕は背中まで貫いており、完全に貫通していた。
「ひぃ!」
スバルが怯えにも似た声で腰を抜かす。あまりにグロテスクな光景ゆえに、完全に腰を抜かしていた。恐らく、今カイトに逃げろと怒鳴られても動けないままだろう。
「……!」
しかし、当のカイトは困惑した表情を浮かべていた。
スバルの態度に、ではない。刺し貫いた筈のゲイザーが、再び動き始めたからである。
「ゾンビか、お前は」
腕を引き抜き、距離を取る。
しかしその動きに合わせたように、ゲイザーがカイトの懐に飛び込んできた。
ガントレットで覆われた右腕がカイトの胸部に命中する。その一撃は掬い上げる様にしてカイトを天井へと押し上げ、強烈なインパクトと共に炸裂する。
「こいつめ……!」
天井に押し付けられながらも、カイトは確認した。
この白い鎧は、意図的に自分がやられたやり方をやり返している。全く同じという事は流石になかったが、連続攻撃からの天井への叩きつけは一種の挑発だとカイトは受け取った。
要は『お前に出来る事は俺にも出来る』と言ってるのだ。非常に頭にきた。何て生意気な野郎だろうか。その行為はつまり、余裕があるという事なのだとカイトは解釈する。
ならばその余裕を先に壊してやろう。カイトはゲイザーを睨む。その表情は鉄仮面に覆われて見ることはできないが、引き剥がすことはできる。
その手段は蹴りだ。彼は天井に押さえつけられながらも、足を思いっきり振り上げた。その先端から光る矛先が出現する。足の指から生えたアルマガニウムの爪だった。
鉄仮面が真っ二つに切り裂かれ、残骸が蹴り飛ばされる。
そこから現われたのはゲイザーの素顔だ。
「!?」
だが、それを見た瞬間カイトとスバルは困惑した。
髪の色は違うが、知っている顔がそこにいたのである。
「カイトさんが、二人?」
白の『鎧持ち』ゲイザー・ランブル。
彼の素顔は、神鷹カイトのそれと瓜二つだった。
「鎧持ちは皆、人工的に生み出された新人類だ」
ディアマットは言う。
それに耳を傾けるタイラントは、どこか表情が青ざめていた。
「彼等は優秀な戦士たちのDNAで作られ、新たな能力を持って生まれてくる。とはいえ、完成品として生まれるまでに多くの犠牲があったが」
「では、ゲイザー・ランブルとは」
「彼は今戦っている
それゆえ、様々な攻撃を受けても立ち上がる。
更には持ち前の再生能力で、それが致命傷にならない。
「ただ、再生能力はまだ上手く使いこなせていないようだがね。現に両腕が再生できても、身体中につけられた切り傷が再生しきっていない」
だがそのスペックは、オリジナルよりも優れているとディアマットは確信していた。少なくとも自己再生以外の能力をオリジナルは持っていない。
「彼は痛みを感じない。死の恐怖を感じることなく、身体は再生能力で維持できる」
「そして身体のスペックは伸ばしていけばいい、という事ですか」
「まだその辺は実戦経験が無いから流石に劣る部分はあるが、オリジナルを見た感じ確実に伸びると思うよ」
少なくともスピードやパワーに関して言えば、カイトに負けていない。そして今も尚、本物から学習している。
不安要素があるとすればオリジナルにしか埋め込まれていないアルマガニウムの爪だが、どんなに刻み込まれてもゲイザーは痛みを感じずに立ち上がってくる。例え心臓を抉られても、だ。
「……他の鎧持ちも同様に、新人類軍のクローンなのですか?」
「ああ。間違い無い筈だ。恐らく、君の鎧持ちもいるだろう」
いとも簡単に吐き出された言葉に困惑を覚えつつも、タイラントは背筋が凍えた。
趣味が悪い、と。この時ばかりは目上の存在であるディアマットに対して思う。
「そもそも、何故そのような連中が必要になったのです?」
「答えを先に言うと、人材不足に対する最初の解答がクローン人間を生み出す事だったんだ」
ただ、当初それを企画して尚且つ実施させたのはリバーラだ。あの男なら『面白そうだから』という理由で戦士を増やそうとしてもおかしくは無い。そう答えるのは簡単だったが、ディアマットは敢えて別の解答を出した。
「後の調査で判ったことだが、新人類は旧人類に比べて出生率が異様に低い。異能の力を持って生まれる確率は20万分の1以下というこの数値は、親のDNAが影響しているのか、アルマガニウムのエネルギーが関係しているのか。原因は未だに不明だが、それだと我々の課題は何時まで経っても解決しない」
そこで白羽の矢が立ったのが新人類のクローン計画だった。
しかもとびきり優秀な兵の量産に限定し、更に能力を意図的に遺伝させるという、夢物語のような企画である。
「それが何故あのような恰好で? しかも理性まで消して」
「……念を押しておくが、これはあくまで私が父から聞いた話だ。事実かどうかはわからない事を前提に聞いてほしい」
彼なりに不満があるのか。それとも相手が王国内での地位を確立しているタイラントだからなのかは分からなかったが、ディアマットは妙に重い口調で語り始める。
「事の発端はXXXの育成。その方針の違いだ」
「育成? 私の知る限りだと、彼等の監督は一人の人間が受け持ったと聞いていますが、そこに方針の違いが生じる物なのですか?」
「今の鎧持ちの管理を務めているノアと、当時XXXの育成・メンタルケアを担当していたエリーゼは対立関係にあったのだそうだ」
ノアの主張はこうだ。
最強の兵器として確立させるのであれば、そこに意思など必要ない。ただ機械的に敵を殲滅し続ければいい。
ソレに対し、エリーゼの主張はあくまで彼等を最強の人間として扱う、という物だった。
「要は彼等をあくまで武器として使うか、戦う力を持つ人間として見るかで意見が割れていたんだ。途中、何度か方針転換の機会はあったらしいが、最終的にはエリーゼの方針に沿う事になった」
「では、その時の反対派が『鎧持ち』に自分達の主張を反映させた、と?」
「ああ。鎧持ちの代表者がノアであることを考えれば、それも納得できる」
しかし、その最新型に発端となったXXXの元リーダーのクローンが使われているとは何とも因縁深い話である。どちらの主張が正しかったのか、ある意味この戦いで決着が付くと思って良いだろう。
もっとも、当人達には知る由もないことだろうが。
「一つ、お伺いしても?」
「何かな?」
この話をしてから終始表情が宜しくないタイラントが遠慮がちに言う。
「ディアマット様は、どちらの主張が正しいとお考えですか?」
「決まっているよ」
迷う事も無く、ディアマットは即答した。
「勝った方の考えが、正しいのさ」
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