第9話 vs鎧持ち

 蛍石スバル、16歳。

 日本のヒメヅルというド田舎に生まれ、そのままド田舎で育った彼は日本以外の世界を知らなかった。世界史や現代社会、地理を学ぶことはあったが全然頭に入っていないのでそれはノーカウントとする。


 そんなスバル少年は今、一国の大使館に閉じ込められていた。

 立ち位置は徴兵令で召集された少年だったが、早くも人質にクラスチェンジしている状態である。


 それもこれも、居候の住み込みバイトのお兄さんが王国に戦いを挑んだのが原因だった。

 大使館の人間であるアーガスやメラニー曰く、彼は昔『XXXトリプルエックス』とかいうチームのリーダーを務めていたらしい。彼等のリアクションから察するに、XXXというチーム自体がやたらとおっかなくて強い連中の集まりらしいが、スバルにはあの居候がそんなチームを纏め上げていたとはとても信じられなかった。


 個室に閉じ込められて1時間が経過した今でもそうだ。彼が他人に暴力を振るう姿を見たことは無いし、何かを意図的に破壊する事も無かった。精々使い方の分からない電子レンジから黒い煙を出していた程度である。

 スバルの中で、カイトと言う人物は他人の目をやたら気にする、少し頑固な『家族』だった。少なくとも、スバルは彼を家族だと思っている。血は繋がってないし、4年間同居しただけだが、その言葉以外思い浮かばなかった。

 だからこそ、彼になら父親を任せても大丈夫だと思い、街を出た。


 スバルにはもう一つ気がかりな事があった。その父親が、自分が旅立つ前に血を流して倒れたことだ。恐らくはストレスの溜まったマシュラにやられてしまったのだろう。だが、問題はその後父親がどうなったかだ。

 マシュラがカイトに殺されたことは、アーガスから聞いた。多分、やり過ぎたマシュラから街の住民を守る為に戦わざるを得なかったのだろうというのがスバルやアーガス達の推測ではある。

 しかし、その後父親がどうなったのかは分からない。


「父さん……」


 連れて行かれる前、カイトが医者を呼ぶのが聞こえた。今頃は病院だろう。

 そこまで考えた瞬間、扉から大きな金属音が鳴り響いた。思わず飛び上がる。

 見れば、扉の隙間を添うようにして刃物のような白い突起物が突き出ている。


「スバル、いるか?」


 その奥から、丁度噂の人物の声が聞こえた。カイトだ。


「カイトさん!?」

「いるな。今こじ開けるから、離れてろ。危ないぞ」


 その声に反応して、数歩後ずさった。

 直後、カイトは缶詰の蓋を開けるかのようにして扉の側面を一気に爪で切り裂き、こじ開けた。最終的には力で無理やりこじ開けたところもあり、中々ワイルドだった。


「おう、元気か?」


 右手を挙げ、道端で出会ったかのような挨拶をされる。

 少なくとも気持ちは元気ではなかった。原因の半分はこの男にあるのだが。


「……色々言いたい事があるし、聞きたい事もあるんだけど」

「後にしろ。時間が無い」


 見れば、どころどころ服がボロボロだった。

 それで皮膚の方に傷跡が見られないと言う事は、彼の能力が本当に再生能力なのだと裏付けている。彼は本物だった。


「じゃあ、せめて移動しながら聞かせてくれよ!」


 移動し始めた彼は何も答えなかった。NOと言わないので肯定と受け取り、スバルは一番聞きたい事を聞いた。


「ヒメヅルで何があったんだ?」


 カイトの動きが止まる。

 そしてゆっくりと振り返り、口を開く。


「マサキが死んだ」

「え?」


 その表情からは何も読み取れない。喜怒哀楽の感情が、何も反映されていなかった。

 ただ淡々と、事実だけを話す。そこに不気味さを感じつつも、スバルは震えた。


「死んだって、え? 何で!?」


 徐々に浸透していった事実に全身が凍えるような錯覚を覚えながらも、スバルは殴りかかるようにして詰め寄った。

 しかし彼は表情を崩さず、淡々と呟く。


「マシュラに撃たれた。医者は間に合わなかった」


 父が死んだ。王国の兵の心無い暴力により、殺された。

 

「何で!?」

「何でって、お前も居たから分かるだろ」

「そうじゃなくて!」


 いや、その気持ちは無いとは言い切れない。しかしそれ以上に不思議でならないのは彼の表情がまるで変化しない事だ。


「アンタ、何でそんな平気な顔してるんだよ!?」

「…………」


 カイトは何も答えない。

 柏木一家の時は跋が悪そうな顔をした癖に、マサキが死んだ事には無表情だった。

 4年間世話になった癖に。家族だと信じてたのに。

 スバルにはそれが我慢ならなかった。彼と生活して、充実感を得ていた4年間の全てを裏切られたような気持ちになった。


「死んだんだろ!? 父さんはアンタの前で! なのに、どうしてこんなところで、そんな顔して俺に死んだなんて言えるんだよ!」

「それが事実だからだ」

「ふざけんなよ!」

「ふざけてるつもりはない。俺は大真面目だ」


 本気で殴り合ったら、彼に勝てる要素は無い。体格も、技術も、俊敏さも、頭の回転ですら彼の方が格上だ。しかし彼の態度には、無性に腹が立った。

 気付けば身体は勝手に動いていた。渾身の拳をカイトの頬目掛けて繰り出す。それはカイトの顔面に見事に命中するも、鋼鉄のような硬さに弾かれ、逆に自分の手が痺れる始末だった。


「いってぇ……!」


 右手がひりひりする。まるで壁でも殴ったかのような硬さだった。しかも当の本人は平然とした顔で直立不動。何事も無かったかのようにその場でスバルを見下ろしていた。


「なら、どうすればお前は満足するんだ?」


 不意にカイトが呟く。その表情は、相変わらず感情が読めなかった。


「マサキは死んだ。もうどこにもいない。大声で呼んでも返事はしないし、家に戻っても笑いかける事は無い」


 しかし何処か弱々しく吐き出された言葉に、彼なりの意志が込められていた気がした。


「あの時、何もできなかった。だからせめて、マサキの悔いを拭う事しかできないと思った」


 だが、


「俺は人が死ぬ瞬間を見過ぎた。マサキが死んだ時も、ケンゴのように泣けなかった。居なくなったんだと、自分の中で納得する事しかできなかった」


 まるでそうなる事を望んでいたかのように、彼は言った。そうできることが幸せなんだと言わんばかりの勢いである。XXXとして育てられ、特化された所以の欠落だった。


「俺は何をすれば、マサキの為になることをできたと言えるんだ?」


 スバルは思う。彼は自分が思う通りの考えを持っていた。4年間の共同生活は、彼の中でもそれなりに大きな物だった。

 ただ、それを表現するのが絶望的に下手糞なのである。しかも誰かの死を常に見てきていて、感覚が自分とはまるで違うのだ。

 少し考えたらその気があるのはわかった筈なのに、頭に血が上ってつい手を出してしまった。

 己の行動を、恥じた。


「……ごめん」

「何故謝る。悪いのは俺なんだろう」

「いや、多分俺が悪かった」

「……そうか」


 それ以上、カイトは踏み込んでこなかった。ただ一言『さっさと出るぞ。いいな』とだけ確認してきたのでそれに了承の意を伝えた。

 もう父親を殺した男と同じ国の為に働く気にはなれなかった。







 

 廊下に出て、周囲の惨状を見て改めて思う。

 どんだけ暴れたんだこの男、と。

 右を見ればバトルロイドの残骸。左を見れば抉られた壁。上を見上げれば崩れ落ちそうな天井。下を向けば所々穴の開いた床がある。

 とても一人で戦いを挑んだとは思えなかった。


「これ全部アンタがやったの?」

「俺以外、ここに仕掛ける奴がいるのか?」

「いや、いないけどさ……」

「ああ、そうだ。トイレには行くなよ。人間盆栽が目覚めたら面倒だ」

「人間盆栽?」

「ああ……いや、待て。どっちかというと棘盆栽だな」


 どういうこっちゃ。とにかく、トイレには近づかない方がいいらしい。肝に命じておくことにする。


「で、どうやって抜け出すつもりなの? というか、抜け出した後どうするつもりなんだよ」


 流石にヒメヅルに戻れるとは思っていない。少なくとも、元の生活は二度と送れないだろう。


「海外逃亡する」

「海外!? でも、海外ってどこに!?」

「アメリカ」


 数日前、家族でテレビを見てた時のやり取りを思い出す。

 アメリカは新人類王国と戦い続けている、『旧人類連合』の代表国だ。確かにそこなら新人類王国の追手も暫くは来ないだろう。


「でも、どうやって行くの?」

「ブレイカーを拝借する。地下格納庫に何機かあるのは調べた」

「動かせるの!?」

「お前ほど得意じゃないが、訓練でやったことはある。ミラージュタイプの特機なら都合がいい」


 巨大ロボット、ブレイカーには幾つか種類がある。

 一回り大きくて馬力のあるアーマータイプ。

 小回りが利き、装備品のカスタマイズも豊富なミラージュタイプ。

 動物をモチーフとして、野生動物の動きを再現したアニマルタイプ。

 この3つだ。


「ミラージュタイプならスピードも出るし、いざとなれば『ステルスオーラ』で隠れ蓑にしやすい」

「アーマータイプじゃデカすぎるし、アニマルタイプはトリッキーすぎるしね。物によっては陸上や海上特化しすぎて移動に不便だし」

「流石に理解が早いな」


 感心するようにカイトが言う。

 今の内に解説をすると『ステルスオーラ』とはブレイカーに備わっているステルス迷彩機能である。メカニズムとしてはアルマガニウムのエネルギーを機体の周囲に放ち、透明の膜を作り上げることによって姿を隠す。イメージとしては透明になる為に己の視界360度に球体のバリアを張るような感じだ。


 ただ、これには欠点がある。

 周囲にエネルギーの膜を張る為、その間あらゆる行動が制限される。例えば、武器にエネルギーが回らない。ブレイカーは基本的に機体内蔵のアルマガニウムからエネルギーを送り、それを武器に流し込むことで攻撃を行う。ゆえに銃弾も切れる事は無いし、剣の切れ味も落ちることは無い。

 しかしステルスオーラを張っている場合、武器にまでエネルギーが届かないのである。


 逆に言えば、武器を使わないのであればステルスオーラで隠れながら移動が可能なのだ。武器ではなく、乗り物として運用すれば良いと言う発想だった。


「次の王国兵がブレイカーに乗って応援に来る。もたもたしてると囲まれるから急いだ方がいい」

「わ、わかった!」


 更に言えば、そのステルスオーラは相手も使ってくる。

 今向かってきている筈の応援もブレイカーで迫ってきた場合、こちらに感づかれないためにステルスオーラを纏って近づいてくるだろう。そうなった場合、脱出が難しくなる。スバルはその辺を強く理解していた。


「!」


 だがそんな時である。

 廊下の真正面。奥からゆっくりと、白い影が姿を現した。

 西洋風の鎧を全身に纏った何かである。中身は鎧の隙間が全く見えない為、男性が入っているのか女性が入っているのかさえ分からない。

 強いて言えば、その背中に背負っている約2mもの長剣の存在が、白の鎧が兵なのだと認識させた。


「あんな奴いなかったぞ。誰だ?」


 スバルが呑気にそんな事を言ってると、先頭に立つカイトが珍しく焦りの感情を見せた。


「鎧持ちだと!? 気でも狂ったか!」

「え、何それ」

「王国が誇る殺戮兵器だ。中身はどうなってるか知らんが、1人で1国の人間を皆殺しにしたらしい」


 空いた口が塞がらなかった。

 なんだそのトンデモ設定。


「しかも理性が残っておらず、一度暴れだしたら王でも制御できない。その結果、国が一つ血の海に変わった」


 そんな奴が、目の前にいる。

 最強の新人類の兵が誰か、と聞かれればタイラントを始め様々な名前が出てくるが、最凶の殺戮兵器とは何かと問われれば誰もが鎧持ちを推薦する。

 彼等は兵ではなく、制御できない超兵器のような扱いだった。


「か、勝てるの!?」

「さあ……戦った事ないから」


 しかし、鎧を退けなかれば脱出できない。最悪、シンジュクの人間たちも巻き添えになって殺されるだろう。

 スバルはその可能性を視野に入れた瞬間、憤慨した。

 兵候補と反逆者の2人の為に、シンジュクの人まで皆殺しにしかねない奴まで出してくるのか。何故そこまでして徹底するのかわからなかった。そこまで国の面子が大事なのか。


「まあ、鎧持ちまで出てくるってことは、それだけ国の威厳がかかってるってことだろう」


 己の考えを見透かしたかのようなカイトの声が発せられた瞬間、白の鎧が近づいてきた。身の丈以上の長さを誇る長剣に手をかけ、ゆっくりと。


「スバル。端っこに居ろ。背中は絶対に向けるな。向けた瞬間、胴体が消し飛ぶと思ってろ」

「お、おう」


 その言葉に従い、白い鎧と比例するかのように後ろに下がっていった。

 

「白い鎧は初めて見たが俺が分るか?」


 試しに尋ねてみる。しかしその言葉に反応する気配は無く、ただ近づいてくるだけだ。

 距離が10m付近になった時点で、鎧は剣を大きく構える。ソレと同時、彼の近辺にある壁が粘土細工のように粉々になった。


「……威嚇のつもりか?」

「単純に振り回しやすくしてるだけだと思うけど」

「うるさい、茶々入れる暇があれば距離を放せ」


 その会話が終わったと同時。鎧が大きく踏み込んだ。


「!」


 銀の点がカイトの目前に迫る。それが長い刀の突きなのだと理解するのに時間は掛らなかった。カイトはそれが顔面に命中する直前に素手で掴みとる。


「うえええええええええええええええええええええええ!?」


 後ろでスバルが喚く。正直、うるさいと思う。誰を庇いながら戦わなければならないと思っているのだろうか。


「なんでそんな簡単に剣を受け止めるんだよアンタ!」

「いちいち喚くな。このくらいで驚いてたら身が持たんぞ」


 それにしても、だ。カイトも噂で聞いたレベルなので、実物がどの程度の強さなのかと思ったら案外速度やパワーでは通用している。

 向こうが手加減している可能性もあるが、それならそれでいい。手加減している間に倒してしまうまでだ。





 同時刻、新人類王国のデイアマットの個室にて。

 王子は笑みを浮かべつつ、口を開く。


「彼が父の創設したXXXの中核か」

「見えるのですか?」


 タイラントの問いかけは聞こえているらしく、札を手に取って瞑想した王子は首を縦に振る。


「私の目は白の鎧持ち――――ゲイザー・ランブルとリンクしている。と言っても、私は彼に命令を送るだけだ。それを実行するゲイザーの力を信じよう」


 しかし、まさか命令した瞬間にテレポートを行うとは思わなかった。

 既に出撃した筈の日本国内の兵よりも先に到着したのは、ある意味幸運と言えるだろう。虐殺の最中に余計な犠牲が出ずに済むからである。


「では、宜しく頼むよゲイザー。鎧持ちの力、存分に見せておくれ」

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