第8話 vsパツキンナルシスト薔薇野郎 ~壁の隣で編~

XXXトリプルエックスの生き残りが!?」

「はい。既に大使館はアーガス以外が全滅……というよりも、相手になっていません」


 新人類王国、ディアマットの部屋にて。

 王子は国内最強と称される兵から予想だにしなかった報告を受けた。


「大使館の責任者であるアーガス・ダートシルヴィーは確か、『勇者』と謳われた猛者だったな。件のXXXと戦った場合、君はどちらが勝つと思う?」


 タイラントが少し考える仕草を見せるが、数秒もかからない内に解答を出す。


「8:2でXXX有利だと見ています」

「そこまでか!?」

「ダッシュの様子を見ましたが、6年前よりも強力になっています。これが外なら話は別ですが、室内だと身体能力の高いXXXが有利になります」


 リバーラ王が開戦当時に、特に力を入れて育てた少年少女の戦闘部隊『XXX』。

 先日、ディアマットはそこに力を入れるのはナンセンスだと主張したが、その主力級が王国の一角を崩そうとしている。

 笑えない冗談だった。

 格闘ゲームのダイヤでもそれだけ酷い差は聞いたことが無い。

 いや、よくよく考えればバグだらけの格闘ゲームで何度か聞いた気はするが。


「応援は?」

「間に合うかは五分五分でしょう。しかも、XXX相手に戦えそうな兵に限定しなければただの足手纏いになります」

「無駄に兵力を消耗するわけにもいかない、か」


 王国は人材不足が開戦当時からの課題だった。

 そのせいで旧人類からも人材を集めている始末である。

 人数を減らすような行動はなるべく避けなければならなかった。

 かと言って選出された戦士でカイトを倒す、もしくは捕まえる事ができるかと言われたらソレも確実とは言えない。


「……仕方がない」


 ディアマットが重い腰を上げる。


「『鎧持ち』を出す」

「鎧持ちを!?」


 『鎧持ち』はその名の通り、鎧で身を包む戦士達である。

 一人一人が余りにも強すぎる為、本来は実権を握っているリバーラ王しか命令を出せない最終兵器なのだが、今はディアマットが一人だけ使用の許可を持っている。

 しかし、タイラントは黙っていられない。


「彼等はあの王が使うのも躊躇う、理性と倫理を無くした殺戮兵器です! シンジュクを血の海にするおつもりですか!?」

「君の案ずる気持ちは分かる。だが、私の元にいる白の鎧はある程度の制御が効いている」


 制御する手段は手元にある御札だ。

 タイラントはそれを視界に納めるも、見た事も無い文字で書かれていて読めない。


「なんと書かれているのですか?」

「私にも分からない。鎧持ちの管理を務めているノアが言うには、文字と言うよりも図形らしい」


 後はその御札に命じることで、鎧持ちはディアマットの命令通り動くことになる。

 要は御札がコントローラーになったラジコンである。


「白の鎧は最新型の戦士なのだそうだ。私の無茶振りにどれだけ応えられるか、特と拝見させてもらうとしよう」





 急いでスバルを探そうにも、寄り道せざるを得ない状況に陥っていた。

 何故か。いかにカイトが超人であり、新人類の中で特にイカれた性能を誇っていても、生物の摂理には逆らえないからである。

 何が起こったかと言えば、突然の腹痛だった。

 要するにトイレに籠っていたのである。


「…………」


 しかし神鷹カイト、この世に生を受けて22年。

 想定外の事態に立ち向かう事は今まで何度もあったが、今回はそれをも超える規格外の事態に巻き込まれていた。

 普段無表情な彼が、口元をへの字にして額から汗を流しているところからも事態の深刻さが伺える。

 その想定外の事態とはズバリ、


「トイレットペーパーが、無い……!」


 用事は既に済ませている。

 ポケットティッシュは持っていない。

 代わりになりそうな物を探してみたが、財布の中に入っている1万円札しかなかった。

 よりにもよって諭吉かよ、と思う。

 せめて野口さんなら少しは躊躇いは無かっただろうに。


 野口さんに凄い失礼な事を考えながらも、カイトはどうやってこの窮地を脱するか考える。

 と、そんな時だった。

 軽いノックの音が鳴った。正面からではない。横からである。


「失礼。美しき使徒よ」


 聞いたことがある声だ。

 アーガス・ダートシルヴィーその人である。


「可能であれば、そちらの紙を美しく頂きたいのだが宜しいだろうか」

「……」


 カイトは絶句した。

 どうしてこうなったんだろう、と思いながら哀愁漂う表情を両手で覆う。

 

 落ち着いて状況を整理しよう。

 今、自分はスバルを取り戻すために大使館にいる。マシュラとメラニーは倒したから、残る当面の敵はアーガスだけだ。

 そのアーガスは今、自分の隣の個室で紙を切らしている。

 自分もまた、同じ状況だ。


「おーい、聞いているか美しき使徒! 山田・ゴンザレス、いるんだろう!?」


 そういえばゴンザレスって名乗ってたな、と今更ながらに思い出す。

 一応、敵が横にいるという認識は持っているらしい。


「……貴様にやる紙なんぞない」

「なにぃ!? それは無いんじゃないか山田君。困ったときはお互いに助け合おうって美しく教わらなかったのかね!?」

「うるさい、知るか。大体、紙を補充しない貴様らが悪いんだろうが」

「はっはっは」

「笑って誤魔化すな。汚い奴め」

「美しいに訂正したまえ!」

「ええい、喚くな! 汚い!」


 良く喋る男だ。死んでもお友達になれそうにない。

 なりたいとも思わなかったが。


「はっはっは、実は君も紙が無いから私に意地悪をするんじゃないのかね?」

「……」

「……その沈黙は了承と受け取ったぞ。君は美しい事に、素直な心を持ち合わせているようだ」

「黙れ」

「んもう! 山田君は素直じゃないなぁ!」

「気持ち悪い。止めろ」


 声を荒げるのも珍しい事だな、と自分で思う。

 1枚しかない諭吉を取り出しながらも、カイトは無一文になった後の対策を考えることを決意した。





 男子トイレの個室がスライスされ、切り裂かれた水道管から水が弾け飛ぶ。

 無一文になったカイトの行動は迅速だった。素早くズボンを履き、ベルトを締めて真横にいる敵を個室ごと切り裂く。


「無粋だなぁ、山田君!」


 しかし、敵は佇んだままであった。

 見れば彼の胸ポケットに収まっている桃色の薔薇から無数の花弁が舞い上がっている。


「私と遊びたいなら、素直にそう言いたまえよ!」

「お前が俺と遊びたいんだろう。わざとらしく紙がないなんてほざきやがって!」


 当然のようにズボンを履いたままのアーガスに言う。

 彼は最初からこちらと戯れるつもりで便所に来たのだ。

 しかもわざわざこんな場所に似つかわしくない薔薇を備えて、だ。


「ははははは! 照れることは無い。美しい私は寛大なのだ!」

「口を閉じろ」


 心の底からそう思った。

 爪を伸ばし、アーガスの顔面向けて突き出す。

 しかしその攻撃が届く前に、カイトの身体が宙に浮いた。


「!?」

「飛びたまえよ」


 見れば、何時の間にか敵の掌に青い薔薇が握られている。

 その青い花弁から空気の渦が出現し、突風がカイトに襲い掛かった。

 まるで台風だ。青い薔薇から生み出された力強い突風はカイトを吹き飛ばし、洗面所の鏡に叩きつける。


「痛いな、くそ!」


 ガラスの破片が幾つか身体の至る場所に突き刺さっているが、特に気にした様子も無く起き上がる。

 受けた傷はすぐに塞がり、ガラスの破片は抜け落ちていった。

 

「大した能力だ。だが、君が飛びかかろうものなら何度でも美しく吹っ飛ばすよ」

「じゃあ答えは単純明快だ」


 再びカイトは距離を詰める。

 青い薔薇から再び強力な突風が襲い掛かるが、カイトは爪を振りかざし、風を切り裂いた。

 更にその時に生じた真空の刃は空気を切り裂き、アーガスの鼻先を切り落す。


「!?」

 

 突然の強襲にアーガスの目が見開く。

 急に鼻血が出たのだと感じたが、違う。

 それもカイトの行った攻撃なのだと理解し、目を疑った。


「ちょい、攻撃能力高すぎないかね君は」

「ああ、6年前良く言われた」

「今も大して変わりはしないよ」


 0距離。ラグビーのタックルに近い形での体当たりを受け、逃げ場が無くなる。

 そのまま持ち上げられ、勢いよく頭から天井に叩きつけられる。

 否、叩きつけると言うよりも、差し込んでいる、と言った方がいい。

 首の上がまるごと埋まっているのだから、その表現でも決して違和感はないだろう。


「少しそこで頭冷やしておけよ」

「いや、頭も美しさも十分冷えているよ」


 天井から静かな声が聞こえる。

 次の瞬間、アーガスの服が破け、そこから無数の鞭が飛んできた。


「うお!?」


 しかもその鞭全てに棘が生えている。植物の根っこだった。

 掠っただけでも皮膚が裂け、出血は免れない。

 直撃を受けた場合、身体が削ぎ落とされるのではないだろうか。


 誤解されがちだが、再生能力があるからと言って痛みが全くないわけではない。

 現に鏡に叩きつけられた時は痛かったし、メラニーの光線を弾いた時は(目立った外傷ではないが)火傷だってしている。

 カイトは痛いのが嫌いだ。決して痛みで興奮を覚えるようなマゾじゃない。

 だから避けるし、ダメージを抑えたいと思う。


「痛みは感じるようだね。美しい事に君を倒す手段はあるということだ」


 アーガスが両手の力を使い、天井から頭を引き抜く。

 茨の鞭は彼の胴体だけではなく、足や首元に至るまで伸びてきている。

 ところどころに色とりどりの薔薇が咲いているのが気色悪い。


「植物人間め……」


 恨めしそうに金髪の男を睨む。

 突然出現したことを考えれば、あの鞭はアーガスの能力によって出現した物だと考えていいだろう。

 身体から植物を生やすのか、もしくは植物を急成長させるのかは知らないが、これ以上戦っては無駄に時間を浪費するのがオチだと考えた。

 彼は間違いなく多芸だ。

 先に使った青い薔薇も彼の能力だとしたら、終わりまで付き合っているとキリがない。


 かと言って、相手も思った以上にタフだ。

 少なくとも天井に頭を叩きつけただけでは意識を失わない程度には。


「じゃあ、別の形で意識飛ばしてやる!」


 カイトは疾走。

 ソレに合わせるようにしてアーガスから無数の鞭が飛んでくる。が、彼はそれを全て両手の凶器で切り刻んだ。

 アーガスが次の一手を出す直前、カイトは彼の腹部に爪を差し込む。

 苦悶の表情が浮かぶが、やはり彼の体に巻きつく植物の鞭が防具の役割を果たしている。

 致命傷に至るまで突き刺せていない。


「私も至近距離での戦いは得意だよ! 寧ろ美しい事に、何でもできる!」

「もう付き合っていられるか、パツキン野郎」


 吐き捨てるように言うと、カイトは爪を引き抜いて素早く姿勢を下げる。

 そこから放たれたのは足払いだ。

 思わぬ衝撃を受け、バランスを崩すアーガス。

 しかしそれを受け止めたのは、予想外な事に足払いを仕掛けたカイト本人である。

 

 彼はアーガスを抱え、そのまま走り出した。


「また頭から叩きつける気かね!? 申し訳ないが、私は美しいダイヤモンドヘッドの持ち主とも言われた男。そうそう意識は飛ばん」

「なら、これでどうだ!」


 アーガスの頭が床に向けられる。

 綺麗に整っていた金髪の先に、ある物が見えた。

 便器である。


「なああああああああああああああああああああああああああ!?」


 ソレに気付いたアーガスが絶叫する。

 多分次に言うセリフは『止めたまえ山田君』辺りだろう。

 そしてその次に『私の美しい顔を汚すな』とか言うに決まってる。付き合いが短いのにイメージできる。


「や、止めたまえ山田君! 君は世界遺産並みの美しさを持つ私の顔に泥を塗ろうとしているのだよ!?」


 言った。殆ど予想通りのセリフを見事に吐いた。

 だが残念。カイトはそう思いながら、意地悪な笑みを浮かべる。


「悪い、俺『山田君』じゃないからお願いきけないや」


 渾身のパイルドライバーが便器に突き刺さった。

 便器の中から水が溢れ出す。

 アーガスの手足がばたつき、体中の根っこもそれに合わせて暴れだした。


 うるさいので、大のレバーを回した。

 便器の水が吸い込まれ、新たな水が中身を潤す。

 

「あばばばばばばば……!」


 まるで痙攣を起こしたようにアーガスの身体が跳ねる。

 しかし便器から飛び出すことはカイトが許さない。

 しっかりと押さえ、暴れ終わるまで見守る。


 ややあってから、アーガスの肢体と根っこはぴくり、とも動かなくなる。

 両手を放してやると、それらは力なく項垂れた。


「よし」


 勝った。汚い手段だけど、勝利した。

 恨むならわざわざこんなところまで出向いた己を恨め。

 戦いは非情なのだ。

 

 カイトは出口へと歩を進める。

 その瞬間、彼はふとある事を思い出し、振り返った。


「……そういえば俺、糞した後便所流したっけ?」


 つい数分前まで自身が座っていた便器に視線を向ける。

 アーガスが頭から突き刺さっていた。

 今更だが、少し不憫に思えてくる。

 その場の勢いで一度流したとはいえ、不純物が詰まった状態だ。

 碌に流れた気はしない。


 なので、もう一度大のレバーを回してからカイトは男子トイレを出ることにした。

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