第7話 vs黄金の美少女破壊光線
交通都市、シンジュク。
そう呼ばれる理由は、昔から交通が盛んな所に更に人が入り乱れるようになったことにある。
空港も完成し、嘗ては東京都の中の一つに過ぎなかった都市は新しい交通主体の県として見事に独立していた。
新人類王国もこのシンジュクに構えている。
彼等の大使館は、国内に留まらず世界各国から人が入り乱れるシンジュクを絶えず見守っている。
と、言えば聞こえはいい物の、実際問題ここに設置したほうが何かと都合がいいのである。
人が集まる所には自然と物が集まり、良い物も集中的に出回ってくる。
それらを独占しやすくする為に、彼等は勝者の特権でシンジュクに大使館を設立したのだ。
さてはて、そんなシンジュクに一人の男がやってきた。
名は神鷹カイト。スバルを取り戻し、尚且つ宣言通り在日大使館を『ぶっ壊す』為にやってきた新人類である。
尚、移動手段は徒歩だった。
正確に言えば徒歩と言う名のダッシュだった。
より正確に言えば、ダッシュと言う名の高速移動だった。
その走りを見たケンゴが、『あれがリニアか』と呟くくらいの速度でやってきたのである。
尚、あまりのハチャメチャな走りについてこれず、靴はボロボロになっていた。
そんな要素もあり、カイトがシンジュクに辿り着いてまず行った事は物資の調達である。
揃えるべきものは予備の靴と、着替えだ。
特に後者は変装の意味合いもある為、帽子や眼鏡と言った装飾品も含まれている。
もっとも、バトルロイドに指紋や音声を取られただけで正体がばれるのだ。どちらかと言えば、正体がばれた後に動く為の準備と言った方がいいだろう。隠す努力はするだけ無駄だ。
スバルを奪取した後は彼の分も必要になる為、2人分だ。
そしてこれが、中々にお金がかかる。
都会の服は、田舎のそれと比べても豪華な上に、素材もいい。
拘らなくてもいいのなら田舎で揃えればいいのだが、恰好が貧しいと都会では目立つ。
今ある資金を利用して身だしなみを整える必要があった。
しかし、それだけでは終わらない。
カイトは買い物を済ませた後、幾つかのロッカーにそれを詰め込み、次の準備に入らなければならない。
大使館への侵入だ。
新人類王国の大使館はカードキーを使用して中に入らなければならない。
許可の無い者は問答無用でバトルロイドに消し炭にされるわけだが、カイトはヒメヅルで倒した3体のバトルロイドが持っていた同一のカードを、警備員役をこなしているバトルロイドに見せた。
「コード認識完了」
「ちょろい」
本当にちょろい。道を開けるバトルロイドを前にして、思わずカイトは呟いた。
実を言うと、他にも侵入する手段は考えてはいた。
最悪、下水道から穴を掘って入ることまで考えていたくらいである。
しかし、こうも簡単に道を開けられると拍子抜けだった。
「ふぅん」
エントランスを見渡し、カイトは納得。
そこらじゅうに敷き詰められている見回りはバトルロイドだけ。
本国から兵士の増強はされていないようだった。
それもその筈。
新人類王国から日本に移動する場合、飛行機でも24時間近くかかる。
宣戦布告してから半日程度で、間に合う道理が無かった。
カードの認識の解除にしても同じだ。
マシュラは恐らく削除されてはいるだろうと踏んでいるが、鼠のように群がっているバトルロイドのカードまで停止するのには時間がかかる。
もっとも、時間をかければ削除されるうえに気付かれている可能性も高いのだが。
カイトはそう考えると、監視カメラに向かってVサインを送った。
「イマイチ、馬鹿なのかそうでないのかがよく分からない侵入者ですね」
エントランスから流れてくる監視カメラの映像を眺めつつ、メラニーが言う。
同室にいるアーガスも、そして今はまだ客人として扱われているスバルも同様だった。
「スバル君、彼は君の知り合いだったね。見送りの時に来ていたのを覚えているよ」
「はぁ」
良く覚えているな、と素直に思う。
あの時、学生も囲んでいたから3,40人はいたと思うのだが。
「率直に聞くが、彼はどんな人物なのかね?」
「よくわからないですね。マジで」
嘘ではない。
彼は4年間同居してても、今まで何をしてきたとか、そういった話をまるでしてこなかった。
強いて言えば、ちょっと天然でおっかないところがあるお兄さんと言った感じだろうか。
「新人類としての能力は?」
「知らないです。見た事が無いし……」
アーガスがメラニーに顔を向ける。
彼女も首を横に振り、お手上げの姿勢を取る。
「残念ですが、大マジのようです」
「ふむ、メラニー嬢が言うなら間違いなさそうだね。しかし、これはこれで厄介な」
敵の情報が入ってこない。
しかもその敵はかなり自信がある様だった。
何をしてくるか分からない上に、準備も間に合わない。
「推測するに、移動系の能力を持っていると見ます」
メラニーは呟く。
「ヒメヅルの連絡から、たった半日でここまで移動するのは尋常じゃありません。しかも飛行機や電車も使わずに、ですよ」
「それでこちらの作戦の一つが完全に意味を成してないわけだからね。いやはや、美しくない」
カイトの挑戦状から、アーガス達はあらゆる交通機関を念入りにチェックするように心がけた。
空港や鉄道では録音音声を使った抜き打ち検査が今も行われている。
その録音音声を使って王国の新人類データベースにアクセスしてみたところ、何名か候補が上がったがいずれも決め手に欠けてたのだ。
それゆえに彼が何者で、どういった事が出来るのかが不明だった。
「しかし、映像が改めて手に入った」
監視カメラに映るカイトの姿を指差し、アーガスはカメラ目線でポーズをとりながら叫んだ。
「さあ、メラニー嬢及びバトルロイド諸君! 王国に楯突く愚かな同胞の正体を改めて検索してくれたまえ! 美しくね!」
「うざいんで、座っててくれませんか」
半目で言うと同時、メラニーは白い折り紙を額に当てて瞑想を始める。
後で知ったことだが、彼女は折り紙の色によって様々な能力を使いこなすことができるらしい。
白い折り紙はICカードや映像記録等を通じて、あらゆる記録媒体に検索をかける紙なのだそうだ。
「……いました」
数秒した後、メラニーが反応する。
しかしその表情は、何処か青ざめているように感じた。
「いましたが、これは……まさか」
「どうしたんだい」
「元XXX所属の超実戦派です。しかもリーダー格」
アーガスの目が見開く。
唯一その言葉の意味が分からないのは、新人類王国の構造を知らないスバルだけだろう。
「何なんですか、その『トリプルエックス』って」
比較的、友好な態度を取っていたアーガスに聞いてみる。
「新人類王国の中でも、特に暴力的な集団だよ。子供の頃から敵を殺す訓練を受けていて、侵攻時には必ず最前線で戦う事を義務付けられていた」
訓練と言えば聞こえがいいが、実際は身体能力と異能の力を極限まで特化した連中である。そこに人殺しに対する躊躇いを無くすことで、彼等は恐るべき人間兵器として完成した。
カイトはそれの頂点に君臨していた兵だった。
開戦当時、他の新人類兵士と比べても活躍した彼は、そのまま少年兵士軍のリーダーを務めることになったのだと言う。
その後も暴力を続け、蹂躙を執行した。
しかしそんな彼も、6年前に死亡したという記録が残っている。
「6年前のアジア侵攻中に、王国陣地内で謎の爆発事件があったそうですが、彼を含めて関係者7人が死亡扱いになっています」
「しかし、現実は生きていて、しかも王国に敵対しようとしている、と」
少々悩んだ後、アーガスは再び口を開いた。
「彼のステータスは? できれば捕まえて、直接話がしたい。XXXは王のお気に入りだ」
「6年前の記録ですが、当時のトップワンです」
握力、俊敏、反射神経、跳躍力、etc
いずれを取っても、当時の彼の右に出る者はいなかったのだと言う。
その数値は、今の王国でも間違いなくトップクラスだ。
「この数年でどれだけ変化してるかは分かりませんが、少なくとも私達では能力抜きで渡り合える相手ではありません」
「まあ、そうだろうね。XXXと言えば王国の中でも身体能力がズバ抜けている集団だ」
「更に能力に関しては自己再生能力を保持しているという記録があります。これはかなりのレアスキルですね」
アーガスとメラニーが真剣な顔で話し合っている中、スバルは思う。
何を言ってるんだこの人たちは、と。
話を聞いている限り、6年前のカイトが凄いのは分かった。
しかし彼と同居していた4年間が、それと結びつかないのである。
ズバ抜けた身体能力。確かに時たまかけられたコブラツイストは痛かった。
集団のリーダー。確かに面倒見はよかったと思う。
自己再生能力。そもそも彼が怪我を負ったところを見たことが無い。
アジアで行方不明になった。そういえば、日本ってアジアだった。
スバルの中で、カイトと言う青年はどこか天然で、素直じゃなくて、怖い所もあるけど、それでも真正面から自分と向き合ってくれる、頼れる兄貴分だった。
そんな彼が、自分と出会う2年前――――当時、自分と同い年でそこまでの経歴を誇っていることが信じられない。
誇っているかどうかは、微妙ではあるが。
「いずれにせよ、彼の目的はハッキリしてます」
そんな事を考えていると、メラニーがこちらを見てくる。
「彼の父親に頼まれたか、もしくはやり過ぎたマシュラを殺してしまったが為に、引くに引けなくなったか……いずれにせよ、リーダーさんは彼を取り戻すつもりでしょう」
「全く、マシュラにも困った物だ……」
アーガスは頭を抱え、溜息。
心なしか、彼の胸ポケットの薔薇も萎れている気がする。
「ともかく、彼の正体がソレであるのなら、本国への美しい連絡が必要だ。メラニー嬢、頼めるかい?」
「美しくは置いといて、連絡ならお安いご用です。応援の依頼はどうしましょう」
「可能なら頼む。XXXクラスの戦士が相手ではバトルロイドも役に立ちはしないだろうしね」
「あのー」
話に区切りがついたタイミングで、スバルが申し訳程度に挙手をする。
それを怪訝な表情で返すのはメラニーだった。
「何ですか?」
「結局、俺ってどうなるんでしょう」
尋ねられた質問に対し、メラニーではなくアーガスが答える。
「当然だが、既に国家の決定がある以上、君を美しく返すわけにはいかない」
しかし、
「彼の最終目標が君であることは美しい事実だ。申し訳ないが、少しの間個室に閉じ込めさせてもらうよ」
大使館は勤めている人間の数が少ない割に広い。
その理由としてはバトルロイドが敷き詰めているからに他ならないのだが、そんなところからスバル1人を見つけ出すのは時間がかかる。
一つ一つドアを開けて、部屋を確認していたら朝を迎えてしまう。
ゆえに、手がかりを探さなければならない。
「…………」
無言で地べたに這い蹲り、床の匂いを嗅ぎ始める。
パン屋の息子の匂いがした。具体的にどんな匂いがするかというと、蛍石家のトイレの匂いがした。
「こっちか」
そのまま四足歩行で前進。
4年間同居していた匂いを辿り、動物の如く移動を開始した。
「…………何ですか、あれ」
監視カメラから届いてくる映像は常にリアルタイムである。
なので、彼女が本国と連絡を取っているこの瞬間にも彼はトカゲのように地面を這いながら移動しているのだ。
全身黒いので、ゴキブリと言った方が合っているかもしれない。
傍から見ると、中々シュールな光景だった。
少なくとも、人間がやる恰好ではない。
『成程、このゴキブリ野郎がさっき話していた奴か』
「あ、はい。そうです」
メラニーはモニターに映る女性に視線を戻す。
彼女の名はタイラント・ヴィオ・エリシャル。長い黒髪に、男顔負けの凛々しい表情が素敵だった。
メラニーのフィルターによって、映像の向こうにいるタイラントの周囲は無駄にキラキラと輝いている。俗にいう乙女空間だった。
『確かに、奴が生きているならば、いかにアーガスがいるとはいえ苦戦は免れないな』
「お姉様はコイツと会ったことがあるので?」
『ああ。私は別部隊の所属だったが、同年代だったという事で何度か会ったことはある。凄い奴だったよ』
「では、本人だと?」
『面影がある。後は動きを見れば断定はできると思う』
メラニーは険しい表情になる。
タイラントが他人を褒めることなど滅多にない事だ。彼女の配下になって数年経つが、自分も数回程度しか経験は無い。
そんな自分の上司が、野生動物感丸出しの男に対して敬意を表していたというのである。
凄い複雑な気持ちになる。
「因みにお聞きしますが、当時からこういった奇行はあったので?」
『奇行と言うよりも、五感が恐ろしく優れているんだ。その為かわからんが、時折動物のような仕草を見せる事がある。XXXの連中は身体能力だけじゃなく、そういった所も特化されているんだ』
「成程。では今は何をしているのでしょう」
『多分、匂いを嗅いでお前等を探してるんだと思う』
思わず自分のローブの匂いを嗅ぐ。
特に変な匂いはしていないと思いたい。
『ついでに言うが、アイツはアルマガニウム製の武器を持ったまま行方不明になった。注意しろ』
「了解しました。しかし、解せませんね。そんな奴が死亡扱いになっていたとは」
『それは私も思う。実際生きていたわけだしな』
「他の6人の死者も、これじゃあ何処かで生きてるかもしれませんね。もしそうだとすれば、誰かが王国の記録媒体を改竄したことになりますが」
『いずれにせよ、だ』
それ以上の問答を切り捨てるように、タイラントは話題を元に戻す。
『応援の連絡はする。早く駆けつける事が出来ても時間がかかるのが気がかりだ』
「ご安心を。私もこう見えて王国の戦士です。6年前の旧式トップワンに後れを取るつもりはありません」
それに、
「身体能力は凄くても、それだけでは勝てません」
言いつつ、メラニーは赤い折り紙を額に当て、念じる。
直後、彼女の背後に控えるバトルロイド達の瞳が赤く輝く。
「出力300%」
「超稼働モード、各機共に起動確認」
「負ける気0%、ZARDの名曲『負けないで』がBGMにかかる確率0%」
『いや、そんな微妙な確率出されてもな』
タイラントは思う。
このバトルロイド達、時々ちょっとユーモア溢れてるな、と。
彼女達の基になった兵の事は知っているが、こんなジョーク言う奴だっただろうか。
「では、バトルロイドの皆さん。気合入れてこの侵入者をとっ捕まえちゃってください」
『了解!』
残像が残るスピードでバトルロイド達は勢いよく部屋から飛び出していった。
この部屋にいる機体だけではない。
大使館に配備されている機械の兵全員が、メラニーの折り紙によって従来の数倍以上の力を発揮しているのだ。
しかもそれら全員が、一斉にカイトを敵と認識している。
「後はアーガスさんと私で遠くから〆、ですね」
ふふん、と胸を張る。
張る程の大きさも無いのが少し悲しい。
『メラニー』
「はい?」
早々に勝ち誇っているメラニーを諭すように、彼女の上司は厳しい視線を送る。
『何体居るのかは知らんが、バトルロイドを強化させても時間稼ぎにしかならんと思うぞ』
「でしょうね。しかし、その時間があれば十分です」
メラニーは瞬時に36色折り紙セットを取り出す。
いざとなれば、己が持つ秘術の全てを侵入者に向けて叩きつける覚悟だ。
相手が強大であれば、尚更引く気はない。
「ご安心ください。お姉様の名に泥を塗るようなことはしませんから」
『馬鹿、お前それはフラグだ』
「そのような事を仰らないでください! これでも真剣なんですから!」
折角良いところを見せたつもりなのに、全部台無しにされてしまった。
でも憧れの上司だから全部許す。
これが他の奴だったら八つ裂きにしているところだ。
『とにかく、奴の戦闘を捉えた映像はこちらにも送ってくれ。事と場合によっては、王にご決断を委ねることになる』
「XXXが王のお気に入りだから、ですか?」
アーガスもそんな事を言ってたのを思い出す。
6年前、メラニーはまだ折り紙を使った秘術の訓練に没頭していた。
その頃は兵士でも何でもない只の学生であり、当時の王国の事情など知る由もない。
「私はよく存じませんが、XXXってそんなに期待されているんですかね?」
今のXXXは4人だけの少人数チームだと聞いている。
どんな奴で構成されているのかまでは知らないが、メラニーやスバルと同年代の少年少女が所属しているのだそうだ。
逆に言えば、それ以外の事を聞いたことが無かった。
具体的に何をしてきたかも知らないし、今も戦っている以外の事を知らされていない。
『XXXは育成にもかなり力をかけていたらしいからな。その分、王のご期待も大きかったのだと思う』
「難儀な話ですね。そのXXXのリーダーに裏切られるとは」
『それは残念がるか、更に面白がるかのどっちかだろうな』
あの王なら後者も十分あり得ると思う。
壊れた玩具のように笑い、両手両足を器用に使いながら拍手喝采しそうだ。
『だが、期待度が高いのは事実だ。連中は当時としては異例のアルマガニウム製の武器を支給されている』
「個人で、ですか?」
『そうだ。お前の様に、国に認められた戦士にしか支給されないのが本来の形だが、連中は最初から支給されている』
「狡いです」
『そうだな。確かに狡い』
言わば、破格の前給料だ。
王国でアルマガニウム製の専用武器、更には専用のブレイカーが支給されることはある種のステータスである。
それを持っている事が、己の強さと風格を現すのだ。
だが、XXXは最初からそれを備えていることになる。
メラニーに至っては、折り紙を36色揃えるだけでも5年の歳月を費やしたというのに。
『だが、少なくとも今残っているXXXはそれに見合うだけの活躍をしているよ。約1名、ちょっと心配になる奴がいるが』
「個人の人格に口を出す気はありませんが、私達と比べて不公平なんですからキビキビと働いてほしいもんです」
まあ、そこは自分にも言える。
そろそろ強化したバトルロイド達がカイトと接触していてもいい時間だろう。
「ではお姉様。私はそろそろ」
『わかった。くれぐれも無茶はするな』
「この大使館中のバトルロイドの出力を最大以上に高めて、尚且つ私とアーガスさんも居ます。何時間か程度なら持たせてみせますよ」
その時だった。
大使館中に轟音と激震が鳴り響いた。
思わず尻餅をしかけるが、そこは何とか踏みとどまる。
「え?」
『おい、メラニー。お前フラグを立てるの上手すぎるぞ』
何かが砕ける音が聞こえる。
それは間を置かずに何度も鳴り響き、徐々にこちらに近づいてきている。
「ま、まさか……?」
『来るぞ! メラニー、構えておけ!』
外壁が凹んだ。その後に続き、横一列を抉るようにして壁が凹んでいった。
そしてそれが扉へと到着した瞬間、自動ドアの強固な扉は叩きつけられたバトルロイドの残骸と共に吹っ飛ばされた。
「いいっ!?」
腕と頭部が綺麗に切り裂かれたバトルロイドが、メラニーの足元に転ぶ。
しかしそれに注視する余裕は、彼女にはない。
「うおおおおおおおおおおおっ!」
侵入者は、野獣のような雄叫びをあげつつ突進。
弾丸のように飛び出してきたソイツの速度は、メラニーの想像を遥かに超えていた。
しかし事前に折り紙を仕込んでおいたのが功を成したと、この時ばかりはメラニーも思う。
ばちり、と音が弾ける。
カイトが伸ばした右手はメラニーの首を捉えることなく、その手前に出現した見えない壁によって阻まれた。
その壁に接触した瞬間、青白い衝撃が周囲に零れ落ちる。
だが、カイトは怯まない。
受け止められた右腕を押し出し、爪先を壁に向けて突き刺していく。
「例えXXXでも、私の16年が築き上げた壁をそう簡単に破壊できません!」
「悪いがこっちは22年だ」
突き立てられた爪が伸びる。
比喩でも何でもなく、カイトの爪が大凡5センチ程伸びてきたのだ。
伸びた爪は壁にひびを入れ、青白い衝撃を物ともせずに剥がしていく。
「え!? えええええええええええっ!?」
『やばい、本人だ! メラニー、距離を取れ!』
メラニーだってそうしたい。
だが後ろに下がろうにも、逃げ場はない。
そもそも出口はカイトの後方にしかないから、逃げようにも向かってくる彼を突破しなければならない。
透明の壁は、伸びた爪によって今にも剥がされようとしている。
このまま戸惑っていたら、間違いなく足元に転がっているバトルロイドの残骸と同じ目に会う事だろう。
しかし、メラニーの思考は爪が伸びてくる前に切り替わった。
「なら、もう出し惜しみ無しです!」
金と銀の折り紙を取り出し、素早く額に当てる。
彼女の能力発動の為には、そこから頭の中で能力発動の合図を呟く必要がある。
要するに、呪文を脳内で唱える必要がある。これが非常に長い。何度か使っている白い折り紙による情報媒体検索も、簡単に使っているように思えるかもしれないが、実際は7ページ分の文章量を頭の中で唱えているのである。
先に発動させたい銀の折り紙に至っては、10ページ分の呪文を一語一句間違わずに読み上げなければならない。
しかしメラニー、密かな自慢はどんな状況下でも早口言葉を100回間違わずに言える事である。
そんな自分が、命の危険が迫るこの状況下とはいえ呪文を間違える事があるだろうか。
否、無い。後ろには大好きなお姉様も(モニター越しとは言え)見ている。
その上、敵は爪で引っ掻いてくるタイプのようだが、美少女の身体に傷がつくことは天文学的に考えて(メラニー談)ありえないのである。
失敗する要素など何一つない。
「!」
壁が剥がれる。
右腕が顔面目掛けて、真っ直ぐ突き出される。
だが、その先端に光る5本の凶器が少女の皮を抉る直前に、銀色の柱が立ち塞がる。
「お?」
何だこれ、とでも言いたげな表情でカイトが柱を見る。
否、輝いていてよく分からなかったが、柱ではなく銀色に輝く大剣だ。
地面に突き刺さるようにして出現した銀色の大剣。まるでメラニーを守る第二の盾であるかのように思える。
だが、そんな物はなんのその。
カイトの攻撃は止まらない。その大剣ごとメラニーの首を刈り取らんと、攻撃を仕掛ける。
しかし、そこまでは想定内だ。
銀の大剣は一時的な盾と、攻撃に入る為の準備である。
「吹っ飛ぶですよ!」
本命は金の折り紙。
脳内で20ページにも及ぶ呪文を一瞬で読み上げ、額に当てていた折り紙を大剣に叩きつける。
直後、大剣が発光。金色に輝いたそれは、敵の爪と激突しながらも次なる役目を果たす。
「うお!?」
光がカイトを飲み込んだ。
通称、黄金の美少女破壊光線。金の折り紙は呪文を唱えた後、金属を介して前方に光波熱線を放つ事が出来るのである。
一部のクラスタにわかりやすく伝えると、金属に折り紙を叩きつける事でスぺシウム光線を放つ事が出来るのだ。
よって、この光線を浴びた悪の怪獣は問答無用で葬り去られるのである。
「…………」
「……あれ?」
――――筈だったのだが、どういうわけかこの男は生きていた。しかも無傷である。
思わずカイトの後方を確認する。
美少女破壊光線による熱で壁は跡形も無く消滅しており、床も所々に穴が開いている。
一応、金の折り紙の詠唱失敗というオチは無いようではある。
「満足か?」
「あ、いや。何で生きてるんですかああああああああああああああああああああああああ!?」
「生きてちゃ悪いか。オケラだってミミズだって俺だって必死に生きてるんだぞ」
「全然そんな風に聞こえないんですよ!」
自称、美少女(黙っていればそれなりに人気はある)の悲痛な叫びが響く。
銀の大剣を弾き飛ばされ、首を掴まれた少女は足をばたつかせて抵抗するが、カイトは全く意に介していない。
『やはりお前は神鷹カイトか』
代わりに、モニターから放たれたタイラントの声に反応する。
「お前はタイラントか。懐かしい顔だ。ちょっと老けた?」
『黙れテメェ、殺すぞ』
いまいち緊張感の無い男だ。
6年前もこんなデリカシーの無い奴だっただろうか。
無い奴だったような気がする。
「成程、6年も経てば少女もこうなるか」
『何時まで引っ張る気だこの野郎。いいからメラニーを放せ』
「何故俺がお前の言う事を聞かんとならん」
首を絞める力が強まる。
メラニーの喉が歪み、彼女の苦しそうな嗚咽が聞こえた。
『こうしている間にも、緊急応援がそちらに向かっている。貴様に植え付けられたアルマガニウムの爪がびしょ……美少女破壊光線を弾けようが、現代の王国戦士が総がかりで襲ってきたら溜まった物ではあるまい』
「言い難いならそんな技名許すな」
『わ、私が名付けたんじゃないぞ!』
「ネーミングセンスを疑うね。美少女なんて生き物はこの世界には画面の中にしか存在しないと聞いているぞ」
「むー! むー!」
メラニーが両手をバタつかせて猛抗議している。
それにしても大分歪んだ情報網である。
現実世界にだって美少女は存在する筈だ。
何を美少女とするかは個人の定義によるのだが。
『なんにせよ、お前の足がいかに速かろうが手遅れだ。大使館に勤めている新人類軍の数は少なくとも、日本にいる新人類軍の数は決して少なくは無い。その上、本国からもすぐに応援が来る』
「デカブツやてるてる女クラスじゃ俺を壊せないぞ」
悔しいが、事実だ。
今の新人類軍でも、彼を完全に葬り去る事が出来る兵士は少ないだろう。
その要因となっているのが彼の能力である自己再生能力と、直接爪として肉体に埋め込まれたアルマガニウムである。
この二つが噛みあった結果、再生能力持ちであるカイトを葬る手段の一つたる『ビームで焼き払う』が通用しないのだ。
アルマガニウムの爪はあらゆる攻撃を弾き、敵を切り刻む凶器となる。更に爪を埋め込まれた本人が、肉眼で銃弾を見切る反射神経と運動能力を持っているのだから始末が悪い。
彼が当時のトップワンたる位置に居れたのには、超人的な反射神経とそういった要素が絡み合った結果でもあった。
「それとも、パツキンが俺を壊せる兵なのか?」
『アーガス・ダートシルヴィーは強いよ。そこに加え、日本にいるブレイカー持ちが次々とそこに集おうとしている』
もっとも、その巨大兵器でもこの男を倒せるか怪しい物だ。
しかし、話していて確信した。
この男は今の自分の格付けをある程度済ませている。
「日本はそれなりに産業が有能な国だ。車や米、サブカルチャー……そこの国の大使館がこのレベルじゃあ、俺を倒せそうなのが来るのは時間がかかる筈だ」
気付かれていた。
マシュラやメラニーでは、格が違ってたと言ってもいい程ステータスが違うのだ。
それ以外の人員が殆どバトルロイドで占められている現状を考えると、その解答に行きつくのも不思議ではない。
応援に来る兵達もちゃんとした戦果を残した上でブレイカーを与えられているが、この男にとっては最初の通過点でしかない。
6年前に比べて、軍政が殆ど変化が無いのも原因だろう。
「ただ、楽に越したことはない。正体も最初からお前達の前では隠すつもりはないしな」
『だろうな。お前が相手だと分かれば、話は別だ。これから私達が総出でお前を潰しにかかる』
タイラントが見下すような視線を送る。
ソレに対し、彼女の部下に強烈な膝蹴りを食らわせることで応えた。
「おごっ――――!?」
メラニーの小さな体が跳ね上がる。
目の焦点がぶれ、じたばたと抵抗していた手足は完全に動かなくなってしまった。
それを確認した後、カイトはメラニーから手を放す。
力なく崩れ落ちた彼女の口からは、泡が噴き出ていた。
「上等だ。出来るもんならやってみろ」
タイラントが映るモニターに右手を突き出す。
薄型モニターはバターのように切断され、床に零れ落ちた。
実を言うと、カイトは内心焦っていた。
マシュラやメラニーが相手にならないと発言した辺りは本音だ。
しかしヒメヅルでマシュラが狼狽えていた様子を見るに、最も警戒しなければならないのはアーガスである。彼は『パツキン』と称しながらも、まだ実力が未知数な薔薇男を危険視していた。
そこにタイラントが強い、と評価しているのだからかなりの能力者だと見ている。彼女は基本的に強弱の判断はしっかりつける女性なのだ。
アーガスと戦う前にメラニーを抑えることに成功した以上、そこまで怯える必要はないのかもしれないが、増援が大量に来られると流石に危険だ。
持っている情報の殆どは6年前の代物である。それを完全に信用するのはナンセンスだろう。
現にアーガスやメラニーの情報を、カイトは全く持っていない。
今後も次々と新顔や、過去の強敵たちが集まってくるとなると自信は無かった。
ゆえに早く決着をつける必要がある。
バトルロイドは赤くなっていて、ヒメヅルに居た個体よりも反応が良かったが問題にならない。当面の問題はアーガスと時間だけだ。
それを回避するか、処理してスバルを見つけて急いで脱出する。
制限時間は、応援が来るまで。
「よし……!」
伸びた爪を元の長さに戻し、カイトは再びスバルの匂いを辿り始めた。
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