第6話 vsパツキンナルシスト薔薇野郎 ~電話編~
嘗てマシュラと呼ばれていた巨体がヒメヅルの大地に転がり落ちる。
その直後、彼の付き添いで残っていた3体のバトルロイド達も次々と破壊されていった。
「あ、ああ……」
だが、その光景は非常に暴力的だったと言える。誰かの命を刈り取り、破壊し、蹂躙する暴力。
カイトが執行したのは、そんな力だった。彼とはそれなりに友好な関係を築けていると自負していたケンゴでさえも、その姿に畏怖している。
ある1体はマシュラと同じように手刀で首を切り落され、ある1体は蹴りで上半身を切断された。
最後に残った1体は全身をバラバラにされて、今まさにトドメの手刀を首に受けるところであった。
「……ふん」
オイルか血かも分からない赤い液体を拭い捨て、周囲を見る。
そしてマサキとケンゴの姿を確認すると、無言で近づいてきた。
「ひっ!」
思わず、そんな言葉が喉から飛び出した。
冷静に考えたら失礼だとケンゴは思う。
理由はどうあれ、彼は殺される寸前の自分達を助ける為に動いてくれたのだ。ソレに対して謝礼があっても、怯えるのは場違いと言う物だろう。
しかし、頭で理解していても身体はカイトから距離を置きたがっている。
「気にする必要はない。当然の反応だ」
だが、当の本人は特に気にする素振りも見せず、マサキに視線を落とす。
「見たか。コレが俺の正体だ」
凶弾によって倒れたマサキは、薄れゆく意識の中で彼の言葉を聞いた。
「あのバトルロイドの言うように、俺は新人類軍だ。戦って、あんな感じにぶっ壊す事しか能が無い」
「そんなことは、無い」
自嘲するようなカイトの言葉に対し、マサキは力を振り絞って否定した。
何時も向けている、優しい笑顔で。
「君は他人の痛みがわかる、優しい人だ」
一言だけ、そう言った。
言われた本人は、滅多に見せない寂しそうな表情をしている。
「そうかな? まだ人間の行動はよく理解できてない」
「君は、自分を無理やり機械にしようとしているだけだ」
マサキは瞼を閉じる。
「最期に君の本音が聞けた。スバルも寂しくは無い……息子を、頼む」
「!?」
マサキを抱えていたケンゴは、彼の体から力が抜けていくのを感じていた。
「おじさん? おじさん!」
何度か身体を揺らしてみる。
それでも反応は無いから、頬を叩いてみる。
しかし、マサキの身体が動くことは無かった。
無責任な家族の形だ、とカイトは思う。
テレビで見たホームドラマなんかで、自分の家族の形を押し付ける奴が居たら溜まった物ではない。
しかも本人は勝手に何処かに行ってしまった。
彼の代わりになれる人物は、どこにも居ないのに。
「……ありがと」
ただ、カイトはマサキの亡骸に向かって自然とそう口にした。
涙は流れなかった。
世話になった自覚はあるし、彼の為に何かをしなきゃならないと思ったのも事実だ。
しかし、自分の中に広がるのは悲しみではなく、ただの虚無感だった。
パンを渡され早4年。共に生活した年月は、新人類軍に立ち向かう程度の動機に膨らんでいた。
だが、それだけだ。
彼の為に涙を流すことまではできない。
そういう意味では、ケンゴが羨ましかった。
しかし、最期に偉い事を言ってた気がする。
スバルも寂しくないとか。
アホか。ここの住民を守る為とはいえ、マシュラに手を出してしまった以上、これ以上ヒメヅルに留まるのは危険だ。
一刻も早く離れなければならないのだから、自分も居なくなってスバルが寂しくないと言うのは発言の流れ的におかしいだろう。
だが、ここでふと思う。
じゃあ、スバルを迎えに行って2人で暮らせ、ということだろうか。
「……え、マジで?」
割と飛躍した発想だと思う。
しかしマサキが後を頼む、と言う発言を残した以上、自分がスバルの面倒を任されたことになる。
でも冷静に考えたら自分は新しい隠れ蓑を探さなくちゃならないわけで。
更に言えば、スバルも新人類軍に連れて行かれたわけで。
「うわぁ。うわぁ……」
思わず頭を抱える。
考えを纏めてみるとこうだ。
「私はもう駄目だー! スバルを助けて、戦いの無い平和な所で一緒に仲良く暮らしてくれよ。パンの恩を忘れるなよこの野郎ハハハ!」
やや過剰な表現が入っている気がするが、多分こんな感じだと思う。
想像の中のマサキのなんと爽やかな笑顔よ。無駄に光ってる白い歯を抜いてやりたい。
「……でも、しょうがないか。4年間やってきたわけだし」
最低でも4年は面倒を見てやろう。
その後の事はその時に考えよう。
結論付けたカイトは、マサキの亡骸を抱えて自宅へと戻って行った。
「ま、待った!」
しかし、そんな彼に静止の声がかかる。
ケンゴだ。
彼はこの数分間で起こった出来事をなんとか飲み込み、その上で問う。
「どうするつもりなんだよ、これから!」
「どうもこうもない。どんな理由があるにせよ、手を出したのは事実だ」
新人類軍の報復は必ず来る。
しかし、だからと言ってむざむざとやられるつもりは一切ない。
「出ていく。その後は適当にどうにかする」
「シンプルだけど、答えになってないよ!?」
「その通りだよ!」
横から第三者の声が響く。
振り返ると、そこには何時にも増して機嫌が悪そうな豚肉夫人がいた。
カイトは顔を見るのも久々だった。
「アンタが報復を受けるって事は、この街が報復を受けるってことじゃないのかい!?」
「俺は出ていくぞ」
「アンタはそうでも、新人類王国がそうは思わないわよ! 最悪、有無を言わさず街が焼き払われるわ!」
「夫人、アンタ頭いいな。じゃあ今の内に逃げてくれ」
「おちょっくってるのかい、アンタは!?」
良く怒鳴るな、とカイトは思う。
しかし不愉快に思われるのであれば、今の内に訂正しておくに限る。
「別にふざけてはいない。豚……夫人の言うとおりだと素直に思っただけだ」
「アンタ今、アタシの事なんて呼ぼうとしたんだい?」
夫人の問いは無視した。
「冗談でも何でもない。不安なら逃げればいい。俺だけが狙われると思うなら、ここで何時も通り過ごせばいい。それだけのことだ」
しかし、それだとあまりにも無責任である。
多少は自覚はある為、そこら辺はマサキの信頼の為にもひと肌脱いでおくべきだろう。
「まあ俺もここで4年過ごしてきた。それなりに気に入ってるし、何とか回避できないか交渉してみよう」
「交渉?」
できるのか、と口に出される前にカイトは行動していた。
彼はすぐさまマシュラの首を拾いに行き、ヘルメットを取り外す。
「うげ……」
その様子を見て、何人かが呻き声をあげたが特に気にしない。
しかし彼等からしてみれば、何でこんな夢にでも出て魘されそうな光景をギャグテイストで表現されなくちゃいけないんだろう、と文句もつけたいところである。
「……この辺かな?」
カイトはヘルメットの内側を覗き込む。
赤い液体がべっとりとこびり付いていたが、嘗ては旧式とは言え自分も使用していた機器だ。
どの辺に、どんな機器があるのかは何となくわかる。
中に手を突っ込み少し弄ってみると、電子音が響いた。
『マシュラかい? 丁度今、連絡を入れようとしたところだよ』
直後、先程まで聞いていた声が流れ始めた。
新人類軍所属、日本を取り仕切る美の狩人(自称)アーガス・ダートシルヴィーである。
彼はやや不満げな口調で、既にいない大男に向けて喋り始めた。
『スバル君から事情は聞いた。何度も言うが、流石にこれ以上の傍若無人な行為は美しくない。いかに法律的には許されているとはいえ、君がしているのは虐殺と変わりは無い』
至極全うな台詞である。
しかし、街の人々は覚えている。
彼はマシュラを止めなかった。要は自分達が見下されないために、危険な配下を放ったのである。
今更そんな事を言われても、もう遅い。
「デカブツは、躾がなってないって理由で、そいつの親父を殺した」
『何?』
そんな人々の気持ちを代弁するように、カイトが話し出す。
『誰だ君は?』
「ダメだろ。躾がなってない奴が、躾を語ったら」
『誰なのかと、聞いている』
電話越しに緊張の色が伺える。
カイトはマシュラにしたのと同じように、本名を名乗ろうとするが、
「?」
横でケンゴが大きく両腕を交差させ、×マークを掲げて見せていた。
本名を安易に名乗るな、といっているらしい。
「ふむ……」
はて、困った。
いかんせん自分にはカイト以外の名前が無い。
仕方が無いからここは適当な名前を名乗っておくことにする。
「山田・ゴンザレスだ」
通話の内容を聞いていた何人かがずっこけた。
何でよりにもよってそんな名前なんだ、と全員が思ったのである。
せめて国色に合わせた名前にしろと言いたい。
『ほう! 中々美しい名前だ、山田君。親御さんに美しく感謝するのだな!』
「何で納得してるんだよこいつうううううううううううううううううううううううううううううううう!?」
ケンゴが思わず突っ込みを入れる。
が、カイトはジェスチャーで黙れと彼に警告した。
「俺に親はいない。そろそろ本題に入るが、デカブツは俺が殺した」
その瞬間、通話に間が空いた。
カイトの言葉を受けて考え込んでいたのか、それとも様子を伺っているだけなのか。いずれにせよ、会話が続かないことには始まらない。
ここは己から突き進む。
「新人類王国の条約、第4条は知っているな?」
『無論だ』
新人類憲法、第4条。
新人類同士でのいざこざは、直接対決で決着をつけるべし。
敗者は勝者に絶対服従し、逆らってはならない。
もしも逆らった場合、国家反逆罪に適応される。
「俺は今から、お前等日本支部に喧嘩を売る」
要するに、街ではなく自分1人を狙うように仕向けているのである。
しかし、こんなわかりやすい挑発に相手は乗るのだろうか。
『……憲法の適用は双方の合意があった場合のみ、適用される。こちらには断る選択肢があるわけだが?』
「その場合、お前等を皆殺しにするだけだ」
全員の度肝を抜く発言が飛び出した。
しかも、言った張本人が真面目な顔をしている。
「できないと思うか?」
『……マシュラを殺したのが事実なのであれば、自信はあるのだろうね。この通話がマシュラからかけられているのが、証拠ではある』
だが、
『馬鹿にするな。君如きが我々に敵うと思っているのかい?』
「じゃあ、その証拠を見せよう。そうだな……」
指で幾つか数字を数えたのち、再び口を開く。
「うん。行けるな。明日までにお前等をぶっ壊す」
『何だと?』
「増援でもなんでも準備しといてくれ。どうせパツキンとてるてる女しかいなんだろ」
『パツキンって、もしかして私の事か?』
「ソレ以外誰がいるんだ?」
『違う! 美しくないな、山田君! 私の名はアーガス・ダートシルヴィー! 天と地と海がこの世界にもたらした美の結晶、奇跡の産物、世界珍味!』
「じゃあ用件終わったから切るぞ」
『何! ちょっと待て、私の美しさの解説の途中――――』
有無を言わさず、カイトは通話を切る。
そして通信機が取り付けられているヘルメットを宙に投げる。
直後、ヘルメットが縦に割れた。見れば、カイトは手刀をヘルメット目掛けて振りかざしていた。
「これで良し」
「いや、良して……」
交渉途中なんじゃないのか今のは。
その辺を危惧してると、カイトは言う。
「用件は伝えた。後は長くなりそうだから、切った」
「いや、まあ確かに切ったけどさ……」
通話的にも、物理的にも。
「どちらにせよ、後は俺がやる。これで明日、俺が連中をぶっ壊せば済む話だ」
さも当然のように言ってのけた後、カイトは蛍石家に戻って行った。
しかしそれを見届けた後、ケンゴは思う。
「明日潰すっつっても、どうやって移動する気なんだあの人……電車でも結構時間かかるんだけど」
その質問に対し、カイトが徒歩と答えたのはまた別の話である。
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