第5話 vs物質変換大男

「マサキ、この女は誰だ?」


 カイトが蛍石家で住み込みバイトとして働き始めて、数日経った頃の事である。

 彼は写真立てを指差し、一家の大黒柱に問いかけた。

 マサキと、幼い少年と女性が映っている。面影があることから、少年はスバルだと推測した。

 しかしその横で微笑む女性の姿を、彼は見たことが無かった。


「ああ、それは私の妻だ」

「妻……スバルの母親の事か」

「そうだよ」


 穏やか笑みを浮かべ、食器を片づける。

 しかし、やや機械的な新人類は問いかけを続けた。


「見ないが、彼女は何処に?」


 静寂が場を支配する。

 水道水の流れる音だけが、妙に耳に残った。


「死んだよ」


 返答は短かった。

 マサキの表情は、背後からは読めない。


「3年前に、事故に巻き込まれてね。私が駆け付けた時は、手遅れだった」

「そうか」


 その時の自分は、なんて顔をしてたのかわからない。

 現在の柏木一家の時のように気まずい顔をしていたのか。もしくはそのまま無表情で頷いていたのか。

 唯一覚えていることは、マサキの身体が震えているという事だった。


「妻は、息を引き取る前に何度か私とスバルの名前を口にしていたらしい」


 病院から連絡を受けたときの話だ。

 それを聞いて、必死になって駆け付けたが、到着した時にはもう遅かった。


「馬鹿な話かと思うかもしれないがね。あの時、10分でも、1分でも、1秒でも早く間に合っていれば、と思うんだ」

「早く辿り着けたら、奥さんは助かったのか?」

「理論的に考えたら、難しいかもね。でも、今みたいに後悔はしていないと思う」

「後悔してるのか?」

「勿論だとも」


 だから、もし次があるのであれば。

 どんな結果になろうと、後悔しない選択をしたい。


 マサキが静かに呟いた決意を、カイトは無言で聞いていた。

 その言葉は、4年経った今も彼の中に残っている。






 新人類軍が迎えに来るまで残り3時間。

 カイトはヒメヅル高等学校にて、スバルの代わりに教室に君臨していた。

 その役割は彼に代わり、校舎内の仲間や恩師達に挨拶することにある。


 だが、


「別に授業まで受ける必要はないんじゃね?」


 近場の席に座るケンゴがこそこそと話しかけてくる。

 カイトはスバルの席にどっしりと構えつつ、その小さな問いに応じた。


「今日の俺は奴の代理だ。だから奴の代わりに最後の授業を受ける義務がある」

「何たる不器用……!」


 否、不器用と言うよりは面相臭い。

 顔が真顔なのが性質が悪く、教師や周囲の学友も何処かオドオドしていた。

 彼の真面目な表情は、結構怖いのである。威圧感があるのだ。正面の生徒なんか常に震えている。ちょっと気の毒だった。


「お前の方こそ、身体は良いのか?」

「お陰様で。というか、今からでもアイツと入れ替わろうと思ってたんだけどさ」

「止めておけ。お前じゃゲームの腕が違う」


 そもそもスバルとケンゴでは体格が違う。

 時間さえあればゲームをするスバルと、大工の手伝いで身体を鍛えたケンゴでは話にならない。

 そして、それは同年代の仲間達にも言えた。


「ヒメヅルみたいなド田舎じゃあ、アイツほどのゲーマーはそうは育たない。大体自営業してる家族だし」

「そうだ。そしてバレた瞬間、新人類軍はここに攻め込んでくるだろ」


 いかなる形での侮辱も、挑発も、騙しすら許さない。

 やられたら二度と逆らえなくなるまで殴り続ける。

 それが新人類軍だ。彼等のモットーは暴力にあると言っても過言ではない。


「……俺のせいなのに、何でこんな無力なんだろうな」


 ケンゴの呟きは、教室内に響いた。

 しかし彼の私語を咎める事は誰もしない。誰が出来たというのだろうか。


「そう思うなら、これから強くなれ」


 代わりに、彼の背中に手を当てたのはカイトだった。

 彼は教師の書く黒板に視線を向けつつも、ケンゴに言葉を投げる。


「俺、旧人類だぜ?」

「関係ない。アイツは旧人類だからって事を言い訳にしないで、ずっと画面の中にいるライバルと戦い続けた。そして新人類軍にも一応は認められている」


 教室の中の全員が、その言葉に耳を向けていた。

 まるで自分に言われているような錯覚を覚えつつも、だ。


「お前だって、やろうと思えば出来る筈だ」


 直後。

 ケンゴが力なく机に項垂れる。


「うぅ……ゴメンよスバル。ごめんよぉ……」


 すすり泣く彼に、誰も言葉をかける事はできなかった。

 いくら後悔しても、懺悔しても起こってしまった事は元に戻せない。ケンゴが己の正義感に基づいて行動したことは、傍から見れば立派だったかもしれない。アーガスも称賛していた。

 だが、その後先考えない正義感のせいで親友が犠牲になった。彼の人生すべてが、その瞬間に決まってしまった。


 ケンゴは己の行動を恥じ、ただ感情の赴くままに机にしがみつく。

 授業の終わりを告げるチャイムが鳴るまでの間、彼は顔を上げる事はできなかった。


 彼が落ち着きを完全に取り戻したのは、下校時刻を少し過ぎてからである。

 目元を擦り、時間を確認する。親友の見送りの為に学校が下校時間を早めてくれたことを思い出した。今から家に戻っていては着替える時間も無いだろう。


「初めての学校はどうだった?」


 ケンゴはカイトに声をかける。

 一応、これも親友との日課だった。


「悪くない。アイツは幸せだな」

「そこまで言うか? アイツ、中学から結構赤点の常連なんだけど」

「教師がお前に釣られて泣いてた」

「マジで?」

「マジで」


 それは結構恥ずかしいな、とケンゴは自らの頭を抱える。

 余談ではあるが、あの授業の後何人かの生徒は腹痛を訴えてトイレに直行したり、保健室に駆け込んでいた。

 便利な逃げ場所があるもんだと思う。


「他人にそこまで思ってもらえるのは幸せだよ。少なくとも俺はそう思う」

「俺は今、アンタが初めて人生の先輩だって思ったわ」

「ならもっと敬意を表せ」

「だって、普段のアンタすげー無愛想で怖いんだもん」


 テストの時期に至っては運転が怖い。

 まるで壊れた機械のようだと、よく比喩されている。


「……後、1時間か」


 その言葉に、ケンゴは沈黙する。

 早ければそろそろ新人類軍の飛行機が到着する頃だ。


「見送りの覚悟は決まったか?」

「んなもん、クラスのお別れカード貰った時に覚悟決めた」


 その言葉にカイトは深く頷き、重い腰を上げる。


「じゃあ、行くか」







 目覚めたときは長い時間があるように感じたが、24時間という時間は案外短いもんだと思う。

 蛍石スバル、16歳。昨日まで早く授業終わらないかな、とぶつくさ呟いていたダメ学生は、僅か1日で24時間という時間の短さと大事さを思い知らされた。

 何故かと言えば、バイトに気を遣って貰ったのは良い物の、父親と碌に会話できなかったのだ。


「はぁ……」


 思わず溜息が出る。

 何度話そうとしても、マサキは言葉を交わそうとしない。

 それどころか、視線を合わせてくれない。

 まるでスバルがこの世からいなくなったかのように振る舞い始めたのである。


 恐らく、彼なりに息子の別れと向き合った結果なのだろうが、完全に居なかったように扱われるとは。

 それはそれで結構辛い。


「覚悟は美しく決まったかね?」

「情けないけど、釘は打ち込まれた気がする」


 既に新人類軍の迎えは到着していた。

 昨日と同じようにアーガスが真正面に立ち、その左右にマシュラとメラニーがいる。

 背後には相変わらずバトルロイドの群れが整列しているが、約一名バイオリンを構えていた。

 絶対あれを使って演奏を始めるんだろうな、あの薔薇男。


「しかし、君は若いのに随分人望があるんだね。家族や友人以外も多く来ているではないか」

「父さん居ないけどね! 皆来てくれて嬉しいもんね!」


 先程ケンゴから渡された『お別れカード』を掲げて、万歳する。ちょっとやけくそだった。

 それを見て、教師が号泣し始めた。

 周囲にいる生徒たちが彼を宥めている。


「さて、そろそろ時間な訳だが確認を取ろう。君のこれからの境遇についてだ」


 急に真面目な表情になったアーガスは、薔薇を懐にしまう。


「ブレイカーズ・オンラインの上位プレイヤーである君は、本物の機体に乗ってもらう事になる」


 予想が的中した。

 ソレ以外何の取柄もないのだから『ソレ以外やるよ』と言われても困るのだが。


「勿論、新人類が受けるのと同じ訓練を受けてもらう。仮にそれをパスしたとしても、何時死ぬか分からない戦場が君を待っている」


 周りにいるのは新人類。

 戦うのは同族の旧人類。

 周囲とのコミュニケーションですら、難しい物になるだろう。カイトやアーガスはともかく、新人類はマシュラのように旧人類を見下ろす風潮がある。


「分かりました」


 だが、スバルは表情を変えなかった。

 たった一言だけの返事は、彼の決意そのものである。


「宜しい。美しいな、薔薇をあげよう」

「ありがとうございます」


 灰色の薔薇を渡された。

 流石に品種改良なんだろうが、果たしてこの色はどうやって出しているんだろう。

 新人類の技術は何時見ても摩訶不思議だ。


 もっとも、これからその新人類のお世話になるのだ。

 彼等の技術がいかに怪しくても、それを信頼しなければこの先は生きていけないだろう。


 振り返り、カイトとケンゴの顔を見る。

 昨日、彼等と話した時から懸念してた点があった。

 パイロットとして新人類軍に入るのなら、人殺しを職にするということである。


 もしも無事に生き残り、凄く偉くなってこの場所に帰ってこれたとしても、胸を張って彼等には会えないだろう。

 正直に言えば、ここだけはまだ迷いがある。

 だが、やるしかないのだ。

 ゲームの世界でも、現実の世界でも引き金を引かなければ、撃たれるのは自分だ。

 だから、そこに関しては軍に行ってから何とかする。

 そうしないと先は無い。


「皆、お世話になりました……!」


 集まったヒメヅルの住人たちに向かい、一礼。

 もう二度と帰ってこれない。

 帰ってきたとしても、ここに住んでいたスバルと言う少年の人格は消え去っているだろう。


 全てに諦めをつけたような彼の言葉を受け、何人かが泣きだした。

 ケンゴはハンカチで顔を覆っている。

 カイトはどこか諦めた表情をしている。ケンゴから受け取ったところを見ると、彼が親友にハンカチを貸していたらしい。

 教師は涙と鼻水が入り混じって、人に見せられない顔になっていた。

 柏木旦那は未だに頭を打ち続けている。もう自分を責めないでいいんじゃないでしょうか。


「スバル君、君は美しい仲間に恵まれているな」


 アーガスが笑顔で肩を叩く。


「ド田舎ですから。皆顔見知りですし」

「それでもだよ。誰もが駆けつけてくれるわけではない。ある意味では君の力だ。それを忘れない為にも、今の内に良く目に刻みつけておくといい」

「アーガスさん。そろそろ」


 メラニーが出発を促す。

 それに従い、アーガスは飛行機へと戻って行った。

 整列していたバトルロイド達も、順番に続いていく。


「待ってくれ!」


 だが、そんな時。

 人混みを切り分けて、その場へ駆けつける初老の男性がいた。

 マサキだ。彼はエプロンをつけ、紙袋を持っている。普段のパン屋の恰好そのままだった。


「おじさん!?」

「マサキ!」


 ケンゴとカイトが驚愕の表情で彼を見る。

 だが、それはスバルも同じだ。


「父さん!?」

「待ってください、新人類軍の方々!」


 マサキは中央に駆け寄り、スバルの前に立つような形で彼等と相対する。

 そんなマサキに歩み寄るのは数名のバトルロイドと、メラニーである。


「何か?」


 だが、その言葉は非常に冷たい物だった。

 氷のような視線に怯まず、マサキは主張する。


「私を代わりに連れて行ってください!」

「はぁ?」

「父さん!?」


 野次馬がざわつく。

 しかしそれを許さないと言わんばかりにマシュラが腕を大きく振り上げ、大地に叩きつけた。

 ヒメヅルを振動が襲う。ちょっとした地震だった。


「静かにしな! 親父よぉ、お前もな!」

「いえ。息子はまだ将来があります。私が代わりになれば問題ないでしょう!」

「大ありだよ馬鹿野郎! お前がなんの役に立つっていうんだ!」


 マシュラの威圧にも怯まず、マサキは言った。


「私はこの街唯一のパン職人だ! この街のパンは全部私達が作っている」

「そういうのは、こっちにもいますんで」


 彼等が求めるのは大量に替えが必要な戦士か、もしくは更に超越された才能のいずれかである。

 中途半端な職人は不要なのだ。


「ならば、私のパンを試食してみてください! それで合格できれば問題ない筈です!」


 紙袋から食パンを取り出した。

 なんの変哲もないパンだ。普段お店で並んでいるのと、なんら変わる事は無い。


「父さん! 何で――――」

「馬鹿たれ! 息子が心配で何が悪い!」


 ずっと答えを探していた。

 新人類王国に逆らわず、息子を軍に渡さない方法。

 考えに考えた結果、自分が身代わりになるしかないと考えた。

 つい10分かそこら前の話だ。


「お前をむざむざと人殺しにさせんよ! お前はこの街で生きるんだ」

「でも、父さん!」

「見苦しいですね」


 食パンを受け取り、メラニーが呟く。

 彼女は興味なさそうにそれを一瞥した後、マシュラに渡した。


「どうぞ」

「あん?」

「後を宜しくって事です」


 短いやり取りだけ済ますと、メラニーも飛行機の中に戻って行った。

 取り残されたマシュラと5体のバトルロイドが、蛍石一家を囲む。


「ちっ、面倒な仕事押しつけやがって」


 マシュラはそう言いつつ、食パンに視線を向ける。

 しかし彼はそれを口に運ぶどころか、その場で握り潰した。


「!」


 マサキとスバルの表情が変わる。

 各々その色は違うが、共にマシュラに向けられた物だ。


「おい、連れていけ」

「了解」


 命じられた2体のバトルロイドがスバルを捕まえる。

 しかし彼はそれを振り解くように、暴れ始めた。


「てめぇ! よくも父さんのパンを!」

「待って! 待ってくださいマシュラ様! 私に出来る事なら何でもします。だからどうか息子だけは!」


 息子が怒りを、父が懇願を向けてくる中、マシュラは表情を崩さずヘルメットを被る。そして無言で電源を入れ、通信を入れた。

 ヘルメットに登録されている多くの兵の中から選ぶ連絡先は、アーガスだ。


「……俺だ。悪いが、少し面倒なことになった」

『遅いとは思ってたよ。何があったんだい? メラニー嬢は話してくれなくてね』

「ちょっと抵抗にあってな。ガキは送っておく。先に行ってくれ」

『何をするつもりだい?』


 視線を一度、マサキに向けた後。

 マシュラは歪んだ笑みを浮かばせ、言った。


「少し躾をするんだよ」

『……やり過ぎるな。評判に関わる』

「分かってる。バトルロイドを何体か借りるぞ」


 それだけ言って、通信を切る。

 再びマサキに向き合うと、彼は自らの掌を彼に見せる。

 そこには先程握り潰したパンの破片は一つも残っておらず、代わりに幾つか赤い結晶が出来上がっていた。


「パンよりも、俺の作り出す宝石の方が価値があるとは思わんか?」


 マシュラは物質を赤い結晶に変換できる新人類だった。

 その力を生まれながらにして持っているだけで、彼の人生は成功していたと言っても過言ではない。少なくとも、それを換金するだけで生活に困ることはなかった。

 ところが、人間と言う生物は貪欲だ。

 それ以上価値がある物があれば、自然と追い求めてしまう。


 逆に価値が無いと思う物に関しては、何処までも冷酷だ。


「やばい!」


 カイトが叫ぶ。

 その声はマサキやスバルの耳にも届いていたが、どういう意味かは理解できていなかった。

 しかしその直後。


「あ……」


 マサキの身体が大地に伏した。

 彼の胸に黒い穴ができあがっており、そこから赤い染みが広がっていく。


「え?」


 スバルは目の前で何が起こったのか理解できない。

 父親が急に倒れて、カイトが駆け寄り、それに続くようにしてケンゴや何人かの人がマサキの周りに集まっていく。


「父さん? え?」


 呆けている中、抵抗する事も忘れたスバルは、バトルロイドにより呆気なく飛行機の中へと連れて行かれてた。







「マサキ! おい、マサキ!」

「生きてるのか!? なあ、おい。生きてるのか!?」


 泣きそうな顔でケンゴが問いかけてくる。他の者も皆、似たような感じでこちらを見てくる。

 だが、カイトに聞かれても困る。

 彼がやっているのは、あくまで呼びかけだけだ。


「医者だ! 医者を呼べ、早く!」


 マサキは撃たれていた。

 見ると、マシュラの左手には小さな銃が握られている。

 どちらかと言えば、マシュラ自体が大きすぎて銃が小さく見えるだけかもしれない。

 その奥に見えていた飛行機は、何時の間にか離陸していた。

 カイトはマシュラを睨み、非難するような表情を向ける。


「どうした。そんな睨みつけて」

「貴様、どういうつもりだ」

「どういうつもりも何も、躾だ」


 マシュラが手を振る。

 その先にいたのは3機のバトルロイドだ。

 彼女たちはマシュラの合図に従い、彼の前に立つ。


「構えろ」


 3機のバトルロイドがそれぞれ右腕に装備されている銃口を向ける。


「お前等は本当に救いようのない田舎者だ。誰に逆らっちゃならないのかってのを身体に叩き込んでやるよ」


 その為の見せしめか。もしくは、ただのストレス発散口か。

 いずれにせよ、マシュラの笑顔は歪んだままだった。


「ス、バル……」

「マサキ!?」


 言葉を発するのも苦しげなマサキの声が聞こえる。


「スバルは、どうなったんだ……?」

「マサキ、喋るな」

「私は、そうか……」


 自分が今、どういう状況に置かれているのかマサキはある程度理解し始めているようだ。

 倒れている自分、周りを囲むスバル以外の関係者たち。

 そして自身が血塗れなのだという事が、彼に現実を突き付けていた。


「すまない。皆に迷惑をかけてしまった」

「喋るなって言ってるだろ!」

「ふふふ……珍しいな。君が必死になっているとは」


 何を言ってるんだこいつ、とカイトは思った。

 どうして死んでしまうかもしれないこの状況下で、笑っていられるのかと不思議に感じた。


「カイト。君は、私やスバルが居なくなると寂しいか?」


 今度は問いかけが飛んできた。

 しかしその問いは、すぐには答えられなかった。


「答えてくれ。私はずっと不安だった。君の為にと思ったことが、結果的に君を苦しめていないか」

「今、医者を呼んでいる。質問には後で答えるから待っていろ」


 だから、はぐらかした。

 彼の顔を見まいと、ケンゴに視線を送る。


「頼む。俺はアイツの注意を引きつける」

「引きつけるっつったって……相手は兵にバトルロイドが3体だぜ!?」

「任せろ。俺なら上手くやれる!」

「何をゴチャゴチャ言ってやがる! そのガキもいい加減目障りだ。やれ、バトルロイド共!」


 マシュラが攻撃の合図をかけた。

 ソレと同時に、マサキの周辺にいた者は殆どが伏せたり、悲鳴をあげて逃げ出し始める。

 だが、


「できません」

「何?」


 砲撃は飛んでこなかった。

 バトルロイド達の内の一体は、命令違反の説明を始めた。


「我々は新人類への攻撃を許可されていません」

「あぁん!? 新人類だと?」

「はい。従って、日本支部最高責任者であるアーガス様以上の権限を持つ方によるご命令でなければ、我々は攻撃出来ません」

「どいつだ、ここの新人類は!」


 バトルロイドは銃口を『そいつ』に向けた。

 その先には、マサキの身体をケンゴに預けて立ち上がるカイトの姿があった。


「お前、新人類だったのか!」

「だとしたら、どうした」


 マシュラの威圧を受けて、睨み返す。

 しかしカイトへの呼びかけはもう一方からも飛んで来た。


「カイト……行くな。お前まで居なくなる必要はない」

「安心しろ。誰もこんなデカブツの所に出稼ぎにはいかん」


 カイトは笑った。

 マサキを安心させるように、なるべく無理のない笑みを作る。

 そういえば、こうして誰かの為に笑みを作るのはこれが初めてかもしれない。


「そうか。そうだったのか」

「あ?」


 カイトはそれを意識したと同時、理解した。

 先のマサキの問い。その答えはただ自分が気付いていなかっただけだった。


「変に気を遣って、慣れない作り笑顔まで作って……結局、俺はこの家が好きだったんだな」


 カイトは自嘲する。

 何でこんな簡単な事に気付けなかったんだろうか。


「カイト……」


 その言葉を聞いたマサキは、安堵した表情で頷いていた。

 彼の中にある幾つかの憂いの一つが、これで解決したのである。

 だがマシュラは、そんな彼に対して苛立ちを隠そうとはしなかった。


「何をゴチャゴチャ抜かしてやがる!」


 マシュラが大きな巨体を揺らしながら襲い掛かる。

 棍棒のような大きな右腕が振るわれ、カイト目掛けて繰り出された。


「!?」


 だが、その動きは止まった。

 右腕の水平チョップは、カイトの右手によって掴まれていたのだ。


「何だと!?」


 マシュラの表情が、驚愕の色に染まる。

 しかし、驚きはそれだけに留まらない。


「いぎ……!?」


 掴まれた腕に激痛が走る。

 潰されそうになっているのだ。マシュラの大きな腕が、カイトの細い右手によって。


「ぎ、ああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」


 マシュラの悲痛な叫びがヒメヅルに木霊する。

 しかしカイトは力を一切緩めず、逆に力を込めた。


「そら!」


 潰れた。

 カイトの掌の中でマシュラの鈍器のような右手が弾け飛ぶ。

 トマトを潰したかのような赤い鮮血が、彼等の間で飛び散った。


「っああああああああああああああああああああああああああああ!?」


 腕が弾け飛び、膝をつく。

 そして一旦深呼吸することで、マシュラは目の前にいる新人類を見る。

 見下すのではなく、見上げる形で。


「何だ、テメェは」


 震えが止まらない。

 痛みと熱で汗は吹き出し、息も乱れている。


「何なんだお前は!」

「カイトだ」


 簡単に、そいつは言った。

 しかしそれだけでは納得できない。


「ふざけんな! いかに新人類でも、俺の手をぶっ壊せる野良野郎なんている筈がねぇ! テメェ、何処の所属だ!」


 新人類は異能の力や、才能が特化された、優れた人類。

 それがマシュラの認識だった。

 しかし、それが覆されようとしている。

 マシュラは己の全てが否定されるのを拒むように、バトルロイドに命じる。


「お前等、検索だ! コイツの声帯や指紋。容姿でもなんでもいい! 王国に登録されているデータベースと照合しろ!」


 そこまで言い終えたと同時。

 マシュラの腹に強烈なキックが炸裂した。


「がっ――――!?」


 意識が飛びかける。

 身体がよろけ、後はそのまま倒れるだけなのだが、カイトはそれを許さなかった。

 彼はマシュラの首に手刀を突きつけ、刺し、跳ね飛ばした。


 一瞬だった。

 たった数秒も無い動作で、マシュラの首は飛んで行った。

 相手は武器も何も持っていない新人類。異能の力は使わず、身体能力で圧倒しただけ。


「データ登録、あり」


 マシュラが息絶える前に命じられたバトルロイドが、静かに告げる。


「確率76%で、本人データと一致しました。元新人類軍特殊部隊『XXXトリプルエックス』所属、神鷹カイト。リバーラ王様が設立した、少年少女で構築された殲滅チームのリーダーを務めておりました。異能能力としては自己再生能力を所持しており、運動能力だけなら当時の王国の右に出る者はいないと記録されています」


 巨体の血を浴び、真っ赤に染まったカイトが3体のバトルロイドを睨む。

 カイトは――――嘗て、ニンジャゾルジャーと呼ばれた青年は、敵を黙認した後、疾走した。

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