第4話 vs蛍石家

 蛍石スバル、16歳。生まれはヒメヅル。育ちもヒメヅル。

 国内旅行経験は指で数えられる程度。海外経験、無し。

 そんな彼が明日、新人類王国へと旅立つことになった。

 唯一の自慢は対戦ゲームの成績の良さ。しかし彼が得意とするゲームは、陰では人殺しをする為の巨大兵器のパイロット育成ゲームだった。

 それを得意とするという事は、旧人類でありながらもパイロット候補として十分な素質があると判断される材料になりえる。

 実際、それが後押しして決まってしまったのだが。


「アホか、お前等」


 その日の夕方。

 家に戻り、マシュラに殴られたケンゴの手当てをしつつ、バイトにそう言われた。

 言った張本人は何時ものように真っ直ぐ眼を見据え、思った事を口にしてくる。


「テレビを見てるなら知ってるだろ。新人類軍は旧人類を家畜同然に扱ってる奴が殆どだ。パツキン薔薇野郎がいたからいい物の、奴が居なかったら二人とも殺されてたぞ」


 パツキンて。今時パツキンは無いだろ。


「でも、急に乗り込まれて殴られるとか普通じゃねーって」

「田舎者め。少しはニュースでも見ろ」


 そう、普通じゃないのだ。

 少なくとも旧人類に対する人権だとか、そんな物を主張するような時代ではなくなった。

 新人類はただ無慈悲に旧人類から搾り取るだけなのだ。このヒメヅルでは唯一の新人類であるカイトがそういう事をしない為、若者はあまり意識が無いのかもしれない。


「この世界は、強者と弱者の区別がはっきりしてる場所だ。それを忘れたら死に繋がる」

「……ごめん」


 ケンゴが俯き、呟いた。

 しかし反省はしても、友達が自分の身代わりになったのは事実だ。

 事実は、もう変えられない。


「……スバル、どうなるんだ?」

「あのゲームはパイロット育成用のゲームだったらしいな。だとすれば、本物に乗る事になるだろうな」

「俺が、本物のブレイカーに?」


 想像したことが無いわけではない。

 ゲームの中で自由自在に動き回る自分の分身として、あのロボットは非常に相性が良かった。

 今までカーレースなり、格闘ゲームなり、スポーツゲームなりやってきたがここまで己の感覚とフィットするゲームはこれが初めてだった。

 ゆえに、実物に乗ってみたいと思った事はある。

 巨大ロボットに乗り込んで空を飛び、大地を駆け巡るのはさぞかし楽しい事だろう。


「正確に言えば、人殺しだ」

「あ……」


 その一言で、一気に現実に引き戻された。

 ロボットの単語はロマン溢れる物だと思う。

 男なら一度は大きくて強くてカッコいい物に憧れる筈だ。

 それはスバルだって例外ではない。

 

 しかし現実にある強くて大きくてカッコいいロボットは、人殺しの為の兵器だ。

 そのパイロットになるという事は、人を殺すことを生業とすることを意味していた。






 この日、マサキは帰宅しなかった。

 ご近所さんに挨拶回りしてくると言ったきり、帰ってこない。

 

「もう深夜1時か」


 カイトが時計を見て、そう呟く。

 彼が他人を心配する事は新鮮だった。


「何がおかしい」

「え?」


 表情に出ていたらしい。

 彼は訝しげにスバルの方を向く。


「ああ、いや……心配してくれてるんだなって思って」

「心配させてる張本人が何を言う」


 それを言われるとぐうの音も出ない。

 そのまま沈黙が流れたが、数分してからカイトが再び口を開いた。

 

「お前は明日、学校に行くのか?」

「うん。そのつもり。先生や皆に挨拶しなきゃ」

「事情は大体知ってるだろ。この街は狭いんだし」

「それでも、ちゃんと自分の口でいうよ」

「そうか」


 2人の部屋は共用だった。

 カイトが居候を初めて、部屋に余りが無いという事でスバルの部屋が共用になったわけだが、あまり空間に変化はない。強いて言えば、2段ベットになったくらいだ。


「なあ、カイトさん」

「ん?」


 一応仕事がある為、いち早くベットに潜り込み始めるカイトに、スバルは言う。


「ありがと」

「何だ突然。気色悪い」


 本気で気味悪がっている。

 ベットから出て、部屋の入口まで一瞬で距離を取った。

 ここまでされると流石に傷付く。


「一応、感謝してるんだけど……」

「俺は感謝される事はしてない」

「アンタがそう思ってないだけだよ」


 カイトと言う青年は、あまり他人と関わってこなかった為か他人からの自分への評価は低い物だと思い込む節がる。

 先日の柏木一家とのいざこざもそうだ。

 妙に自分に引け目を持っている気がする。


「新人類であることに負い目があるのか知らないけどさ。それでも俺はアンタがいてくれて良かったって思ってるよ」

「何故だ」

「疑問なんていらないだろ。俺が感謝したいってだけなんだから」

「お前はよくても、俺はわからん」


 人間不信なんだろうか。

 ストレートに聞かれると、逆に戸惑ってしまう。

 やや間をおいて考えを整理し、スバルは言った。


「ウチ、父さんと俺だけだからさ。ああ見えて父さんは寂しがり屋だし、俺もあんま頭良くないから、アンタが居て丁度バランスが良くなったと思うんだよ」

「よくわからん」

「掻い摘んで言えば、アンタが好きだってこと」


 カイトがジト目で見てくる。

 何言ってるんだ、コイツと訴えている目だ。


「家族的な愛情の話だからな! 恋愛的な物じゃないぞ!」

「気色悪い。他人に向かってよくそんな事言えるな。ビッチなのか?」

「なんでそこまで言われなきゃいけないんだよ! 後、ビッチって『売女』と書いてビッチ! 俺、男!」

「そうか。じゃあ発情した犬なのか?」

「言い直してそれかよ! 人間ですらなくなったじゃねぇか!」


 溜息をつき、頭を抱える。


「話は戻すけど、俺も居なくなるだろ。そうなったらこの家は父さんだけだ。でも、今はアンタがいるだろ。だから心配せず向こうに行ける」

「……なぜ、信頼する」

「するんじゃないんだよ。こういうのは自然とできちゃうものなんだよ」


 今、自分で良い事を言ったな、と思う。

 しかしカイトは首を傾げるばかりだった。


「……俺にはわかりそうもない」

「今すぐわかんなくてもいいよ」


 スバルは上段のベットに上がり、毛布を被る。


「母さんも死んじゃったし、父さんだけここに残しておくのは心配だけどさ。アンタが父さんを嫌いじゃないなら、大丈夫だと思う」

「……」

「それに、ケンゴや柏木さんもいるし。父さんは大丈夫だよ」


 言われて、カイトは納得する。

 蛍石マサキは、雰囲気が穏やかな為か人が集まる。

 自分もそれに引き込まれたようなものだ。否定する材料は無い。

 そんなマサキを自分が支えるイメージはどうしても浮かばなかったが。


「……電気、消すぞ」

「ああ、最後に1ついい?」


 スバルがベットから起き上がる。


「俺、一人っ子だからさ。ずっと兄貴か弟に憧れてたんだよ。友達もケンゴくらいしかいないし。だから、楽しかったよ」

「……碌な兄貴じゃないな」

「全くだ」


 思わず笑っていた。

 カイトは振り返らないから表情は見えない。

 だが、彼も少しでいいから笑って欲しいと、この時ばかりは思った。

 

「でも、頼りになる兄貴だよ。嫌な顔しても、なんだかんだで最後まで面倒見てくれるし」

「そうか」


 短い一言だった。

 しかしそれは話を終了させる為の一言ではなく、何処か受け止めるような優しさを感じた。

 それだけで十分だった。

 

「明日、早いんだろ。もう消すぞ」

「うん」


 少年の了承を取った後、電灯の明かりを消す。小さな一室が暗くなったのを確認した後、カイトは二段ベットの下段へと向かう。

 

 ところが、やや間を置いた後、彼は引き返した。部屋のドアを開け、居間へと降りる。

 玄関の扉が開く音がしたのだ。

 

「マサキ、帰ったのか」

「ん、ああ……君か」


 心なしか、顔色が悪そうに見えた。

 顔は真っ赤になっており、足取りも重い。

 マサキは酒を飲んでいた。


「スバルはどうした?」

「寝た。明日、早朝から挨拶に回るんだと」

「ふぅん……なぁにが挨拶回りだ!」


 テーブルをひっくり返さんばかりの勢いで手を振るい、マサキは吼える。

 大分荒れているようだった。

 4年間共に過ごしてきたが、彼が物に当たるのはこれが初めてである。


「親の気持ちも知らんで、1人で勝手に決めて!」

「マサキ、もう寝た方がいい」


 テーブルを蹴りつけようとするマサキを背後から抑える。

 カイトは4年間共に過ごした一家の大黒柱の、弱々しい姿を始めて見ていた。同時に、彼の背中がこんなにも小さい物だったのか、と実感した。

 

 それ程ショックだったのだろう。

 恐らく、カイトには想像もできない程に、だ。


「明日、俺が代わりに学校に連絡を入れる。だから今は寝ろ」


 疲れもあったのだろう。

 マサキはそれから蹲り、泣きながら眠った。

 背中に毛布を被せ、カイトは玄関の戸締りをする。


「……もう、明日のこの時間には居ないんだな。アイツ」


 呟いた言葉に反応する者は、誰一人としていなかった。

 しかし、その言葉に疑問を抱いたのは他ならぬ彼自身である。

 それを意識した瞬間、彼は首を傾げた。

 何でそんな事を言うのだろう。

 マサキやケンゴが言うのは兎も角、彼等ほど付き合いが長くない上に、家族なのかすら怪しい関係である。思い出も、どちらかと言えば世話を焼いた記憶が多い。というか、寧ろ全部そうだ。

 ならば居なくなって、少しは楽が出来ると思うのが道理なのではないだろうか。


「……わからん」


 後頭部を掻きながら、カイトは鍵を閉めた。

 ソレと同時に、思考を切り替える。

 スバルと顔を合わせるのもこれが最後だ。

 今まで面倒ばかり見てきたが、この際最後まで面倒を見てやろうじゃないか。

 先の疑問を拭い去る様にして出した結論は、ある種その疑問に回答を出していたのに、彼は気づいていなかった。

 




 翌日の朝。

 気合を入れて早起きしたスバルを迎えたのは、それ以上に気合を入れて早起きしていたカイトだった。


「……何してんの?」

「朝飯。食え」

「お、おう」


 トーストとハムエッグ、そして申し訳程度のキャベツの千切りを目の前に出される。

 それを口に運びつつも、スバルは尋ねた。


「……どうしたの。急に」


 蛍石家は基本的にマサキが家事をする。

 そしてカイトは宅配を始めとする朝の仕事の大半をする。

 この流れが基本だった。


「今日は仕事休みだ」

「え、俺は聞いてないぞ!」

「当たり前だ。今決めた」


 今かよ。しかもバイトの癖に決定したと言うのか。

 

「マサキは仕事にならん。それにお前も今日で最後だ。臨時休業しなきゃ俺の身体が持たん」

「もしかして、気を遣ってくれたのか?」

「自惚れんなカス」


 にやにやしながら無愛想な顔を覗き込んだスバルは、顔面に思いっきりバターをつけられて悶絶した。

 

「ああ、油! 油が目に!」

「まあ、しかしお前が原因なのは違いない。マサキもすっかりダウンしてるしな」


 何事も無かったかのようにトーストを貪り、カイトは言う。


「今日の用事は俺がしておいてやる。お前は親父と残り時間、悔いの無いよう話し合っとけ」

「いや、学校は俺が行かないと……」

「父親だってそうだろう。しかもこっちは重症だ」


 半ば睨むようにして、カイトは視線を向けてきた。


「マサキとはちゃんと向き合ってこい。もう、お前はこの家に帰ってこれないんだ」


 帰ってこれない。

 あまり考えないようにしていたが、実際に言われるといよいよ現実味を帯びてきた。

 恐らく、その時があるとすれば遺骨になった時だろう。

 最悪、それすら残らず消し飛んでいる可能性もあるわけだが。


「……そうだな。父さんとは、ちゃんと話しとかなきゃ」

「ああ、お前は後悔するな」


 そこでスバルは気付く。

 

「アンタは後悔してるのか?」

「……俺とは昨日、もう話してるだろ。今日はもっと大事な奴の為の時間にしてやれ」


 やっぱり気を遣ってくれてるんじゃん。

 実際に言ったら殴られそうだったので心に留めておくが、せめてもう少し素直になってくれないかな。

 

 スバルはそう思いながらも、目の前にる新人類の居候に対して笑みを浮かべた。

 もっとも、その後すぐに『気色悪い』と一蹴されてしまうのだが。

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