第3話 vs新人類王国
ヒメヅルシティ。人口1000人以下の小さなど田舎。
街に住んでいる者は、皆そういう認識だった。
そんな小さな街から、わざわざ1人寄越せと戦勝国の兵隊が言ってきたのである。
「誠意だと? そんなモン、こいつ等には勿体ないぜ」
マシュラ、と呼ばれた大男が前進する。
そして飛行機を囲む野次馬を一瞥し、大声で叫んだ。
「お前等知ってるだろ! 定期的に王国が指定した場所の人民を1人、王国に迎える話だ!」
スバルも知っている。
先日、その話を家族としたばかりだ。
確かその内容だと、優秀な新人類が強制的に王国に連れて行かれるらしい。
と、なれば白羽の矢が立つのは唯一の新人類であるカイトだ。
「王子は10代の旧人類をご所望だ! 名乗りを上げやがれ!」
しかし、その予想はあっさりと裏切られた。
身構えていたカイトも、驚愕の表情に染まっている。
「新人類を連れて行くんじゃないのか?」
「10代って、殆どいないぜ!」
「王子ってホモなのかな」
野次馬が再びざわつき始める。
しかし会話する事すら許さない、と言った口調でマシュラは続けた。
「王の気まぐれだよ! 今回は旧人類だ!」
何かしらの力を持っている新人類よりも、彼等にとっては子犬とも変わらない旧人類の方がスムーズに事が済むのだろう。
元々、この田舎に人材の期待をしていないのかもしれないが。
「おら、どうした蟻共! 10代の奴らはさっさと前に出てこい!」
マシュラが叫ぶ。
と、同時。後ろに控えていたバトルロイドの何人かが銃口を野次馬に向けて来た。
「ま、待ってよ!」
ケンゴが前に出る。
ソレに続くようにして、スバルも人波を掻き分けて前進し始めた。
「ううん?」
2人の存在を視界に治めたと同時、マシュラが歩み寄ってきた。
近くに立つと、改めてでかい。
高校生の彼ら2人と比べて頭2つ分は大きいのではないだろうか。
自然とマシュラは2人を見下ろす形になる。
「何だお前等」
「お探しの旧人類10代の若者だよ。ここじゃ珍しいけどね!」
都会に近い位置にあっても、人口の大半を占めるのは年寄りである。
彼等が通うヒメヅル高等学校だって生徒数は100人にも満たない。
そろそろ廃校になるんじゃないかという噂まであった始末である。
「ほう、お前等のどっちかがついて来てくれるのか?」
「いんや、帰ってもらう」
マシュラの言葉を、ケンゴは冷静とは言い切れない態度で返答する。
「この街の10代は俺達含めて100人もいない! 全員が旧人類だし、全員普通の学生だ。あんた等が望むような人材はいないぜ!」
「そうかい」
直後、マシュラの巨大な右腕が薙いだ。
「がっ――――!」
バットが何本か入っているんじゃないかとさえ思える巨大な腕がケンゴの身体をいとも簡単に吹っ飛す。
「ケンゴ!」
地面に叩きつけられたケンゴの元に、スバルが駆け寄る。
それにゆっくりと近づくのは、やはりマシュラだった。
「生意気だろ、お前。家畜は飼い主への礼儀ってもんを覚えておかねぇとな」
右腕をぐるぐると回し、マシュラが2人を見下ろす。
それを見たスバルは反射的に、彼の前に立ちはだかった。
両腕を広げ、親友を守るようにして。
「何の真似だ?」
「俺を連れてって下さい! 10代なら文句は無いでしょう!?」
その時のスバルは、特に何も考えていなかった。
ただ、目の前でこれ以上親友が巨人に痛めつけられるのを、なんとか回避する為に体を動かした結果と言えた。
しかしマシュラはその行為すらも鼻で笑う。
「ふん。お前も口の利き方がなってねぇな。ここで首でもへし折って……」
「止めないか!」
そこに割って入ったのはアーガスだった。
彼は真剣な眼差しで3人を見てから、薔薇を1つマシュラに向ける。
「これ以上の彼等への暴行。美しくない」
「暴行? コイツは躾っていうんだよ」
へらへら笑いつつ、両手を上げる。
「なんせ、自分達が無能だって分かりきってる連中だからな。何もできないなら、せめて礼儀くらい教えてやらないと飼い主として失格だろ」
当たり前だろう、とでも言わんばかりにマシュラが言う。
彼から見て、スバルもケンゴも、ヒメヅルの街に住む者は皆ペットに等しかった。
あまり可愛がる気は無いようだが。
「何もできなくない!」
だがそんな彼の発言に真っ向から立ち向かう声が上がる。
スバルだ。
「俺達は無能じゃない!」
「へぇ。何ができるっていうんだ?」
「ブレイカーズ・オンライン!」
少年から放たれた単語に、マシュラの動きが止まる。
「ブレイカーズ・オンライン……確か、ブレイカーを操縦する対戦ゲームだったな」
「そうです! 俺はこのゲームのトッププレイヤーだ!」
マシュラの視線がアーガスに移る。
「どうする?」
「ブレイカーズ・オンラインは元々、新人類王国が効率よくブレイカーのパイロットを育成する為に作ったゲームだったね。主力がバトルロイドに移り変わったから、一般ゲームとして新人類王国領土圏内で美しく売り出された、という話は聞いていたが」
アーガスが言った言葉に、スバルは呆然とする。
そうだったのか、という心情が簡単に読み取れた。もっとも、この事実は軍人にしか知られていないのだが。
「メラニー君。美しい確認はとれるかい?」
「どう確認しろっつーんですかね」
メラニーが近づいてくる。
つかつかと歩み寄ってくる小さい少女は男2人を軽くあしらい、スバルの目の前に立った。
科学の進んだこの現代社会で、ファンタジー小説にでも出てきそうな黒ローブと三角帽子という出で立ちがやや不気味ではあった。
「出すです」
「え?」
そんな不気味な少女に迫られ、出せと言われた。
何を、と問いかける前にメラニーは言う。
「ICカード。持ってるんでしょう?」
「あ、ああ」
何時も肌身離さず持っているブレイカーズ・オンラインのICカードを財布から取り出し、メラニーに手渡す。
それを手に取ったメラニーは、ローブの中から取り出した白い折り紙を自身の額に当て、瞑想を始めた。
「あ、あのー」
「静かにしてください下等生物。口が臭いんで無駄な話は控えてください」
少女は毒舌だった。
その言葉は少年の心を簡単に抉るが、当の本人は気にした様子が無い。
「……成程、確かに稼いでいますね。驚いたことに、全国の新人類相手にも競り勝っています」
「ほぉ。旧人類の癖にやるじゃねぇか」
言葉とは裏腹に、あまり驚いた様子も見せないでカードを返すメラニー。
しかしマシュラの方は満足げな表情を浮かべた。
「そんだけあれば充分だろ」
乱暴な手つきでスバルの腕を掴む。
大男に掴まれた少年の腕は、小枝のようにか細く見えた。
「待ちたまえ」
だが、そんな彼の行動に待ったの声が入る。
「アーガスさん」
声の主にメラニーが視線を送る。
非難するような険しい視線ではあるが、アーガスはそれを物ともせずにマシュラに言い放った。
「誠意を見せろ、と私は美しく言った筈だ」
「俺も言っただろ。ペットに誠意なんていらねーんだぜ」
「彼等もこの世界に生きる私達の仲間だ。そこに誠意は必要だよ」
アーガスがマシュラに歩み寄り、彼の顎先に向けて薔薇を向ける。
「それとも」
場に緊張が走る。
ただ薔薇を大男に向けただけなのに、何故こんなにも静まり返っているのかスバルには理解できなかったが、マシュラの額から流れる汗から『シリアスな感じ』なんだと理解した。
「新人類王国の掟に従い、ここで君と主張を張り合ってもいいのだよ?」
「アーガス、てめぇ……!」
現場のど真ん中にいる筈なのに状況はよくわからないが、アーガスと名乗るナルシストな新人類兵は、旧人類に対してそこまで差別意識を持っているわけではなさそうだった。
「止めるです2人とも」
険悪な空気を壊したのはメラニーである。
「ここに来た目的はあくまでお使いです。おわかりですか?」
「違いないね」
だが、と言いつつもアーガスは薔薇を仕舞い、スバルに視線を向けた。
「彼は勇敢な少年だ。私は彼に対し、せめてもの誠意を送りたい。私の流儀に倣い、美しく!」
大げさに万歳をした。
いちいち表現が喧しい男である。
「1日、君に時間をあげよう。もう君がこの大地に立つことは二度とない」
だが先程のテンションとは打って変わり、急に真面目な顔で話しだす。
「申し出たのは君自身だ。だから私達は君を連れて行く。そして君は新人類王国で美しい一生を終えることになる」
「……分かりました」
スバルは拒否することをしなかった。その場の勢いもあったとはいえ、申し出たのはスバル自身だ。
ならば、それを受け入れなければならない。どちらにせよ、拒否権などないのだから。
「だから、君は残り24時間で家族や、そこで君が庇った友達との別れの挨拶を済ませたまえ。悔いが無いように、ね」
言い終えると、アーガスは指を鳴らした。
その音を合図としてバトルロイドの集団は飛行機の中に撤収し始め、舌打ちしつつもマシュラとメラニーもそれに続く。
最後にアーガスが飛行機に向かうが、途中で振り向き、尋ねた。
「君と、友達の名は?」
「俺は蛍石スバル。こいつは柴崎ケンゴ」
「そうか。スバル君、そしてケンゴ君。君達は自分よりも体格のある相手に立ち向かう、勇敢な少年だ。実に美しい」
だが、
「同時に、軽率で愚かだ。言い方を変えれば、無謀だ。それは美しくない」
再び薔薇を口に咥えた。
どうでもいいが、その行為にどういう意味があるのかスバルは激しく気になった。
「君の人生は明日から王国が握る事になるが、その事を胸に刻んでおきたまえ。早死にはしたくあるまい?」
「貴方、すっげぇ良い人なんですね」
「はっはっは、そんな美しすぎて惚れちゃいそうです、なんて褒めないでくれたまえよ」
誰もそこまで言っちゃいない。
全てを台無しにしながらも高笑いが止まらないアーガスを乗せ、新人類王国の兵たちはヒメヅルを発った。
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