第13話 vsモグラ頭とカマキリと愉快な鳩胸達

 鳩胸4機と巨大なカマキリロボットに追われながらも、スバルは深夜のシンジュクを獄翼で飛びまわる。

 幸いながら、出力では鳩胸よりも数段上だ。

 今のところ獄翼に追いついてこれそうなのは、先程から素早くジャンプして切り掛かってくるカマキリくらいだろう。


「武装は?」


 後ろのカイトが確認を求める。

 ソレに合わせ、スバルは正面モニターの邪魔にならない位置に武装リストを叩きだした。


「ヒートナイフ2本とダガー2本。エネルギーピストルが1丁に、頭にはエネルギー機関銃が2基ある! 左手にはシールド発生装置だ!」

「他は?」

「無い! 持つ余裕が無かった!」

「じゃあヴィクターのバリアを正面から破る武装は一つしかない」

「それは!?」


 飛びかかってきたカマキリの斬撃を躱し、問う。

 ソレに対し、カイトは真顔で応えた。


「俺の爪」

「そこで出る答えが自分自身!?」


 確かにゲイザー戦を見る限り、妙に切れ味の鋭い爪だったとは思う。

 しかし、幾らなんでもブレイカーの巨大なナイフと比べて、カイトの爪が強いと言うのは納得がいかない。

 そんなに頼りないか、この黒いロボは。


「少なくとも、俺の爪はてるてる女のバリアを切り裂いたことがある」


 訂正しよう。この男も規格外だった。

 一言で納得できてしまう要素を言われてしまってはぐうの音も出ない。


「じゃあ、どうするの! この状態でバリアごとカマキリ退治する!? モンスターハンターみたいに!」

「そうしてもいいけど、体調不良だから最終手段だな」


 現在、獄翼は空中戦を繰り広げている。

 モグラ頭が手を向けているだけなのが救いとは言え、1対5は中々辛かった。

 スバルは基本、シングルプレイヤーなのである。


「ただ」

「ただ、何!?」


 まるで曲芸のような目まぐるしい回避行動を取りつつ、スバルは叫ぶ。

 

「てるてる女のバリアは、防御の対象から何メートルか離れたところで発生している。カマキリも同じだ。シャボン玉みたいなバリアで自身を包んだ後、余裕を持って動く為だろう」


 詰まり、


「0距離で捕まえてしまえば、モグラはバリアを張れない筈だ。後、あそこで構えてるって事は目で見てバリアを張ってると思う。奴の視界から離れればバリアは張れない」

「OK、採用!」


 考えるよりも前に、身体がGOサインを出す。

 それを合図として獄翼はビル街に突入。ビルとビルの間の僅かな隙間を通り、誘導することで鳩胸とカマキリを綺麗な一列に纏めた。


「でぇえええええええええええええええええええええええい!」


 スバルが雄叫びをあげる。

 その咆哮に答えるようにして獄翼は180度方向転換。

 1列になった鳩胸に向かって真っすぐ突っ込んでいく。その間に放たれたエネルギー弾による雨嵐は、左手に装着されたエネルギーシールドを展開させて全て弾いていた。

 最新型の強力な電磁シールドだった。


 先頭で飛ぶ鳩胸と獄翼の影が重る。

 獄翼は素早くダガーを引き抜いて鳩胸の両肩に突き刺した。

 灰色の量産機が、悲鳴を上げながら両腕を爆発させた。







『ヴィクター、鳩胸が落とされた』

「当然だ。調子に乗って深追いしすぎている」


 モグラ頭のブレイカー、『ガードマン』に搭乗したヴィクターが呆れた表情を通信で送る。

 答えた相手は、カマキリのパイロットだった。


『だが、XXXは手負いな上にアレのパイロットは旧人類なのだろう』

「そうだ。私は確かに見た」

 

 褐色肌に整えられた金髪。油断のない厳格な目つき。

 そして放たれる発言全てが、ヴィクターの厳しい性格を表している。


「だが、獅子はウサギを狩るのも全力でなければならない。明日の未来がかかっているからだ。分かるか、エリゴル」

『ああ、そうだったな』


 白いメイクを施し、長い髪を逆立てたカマキリのパイロットが答えた。

 中々奇抜な格好だが、付き合ってみると中々気持ちのいい男である。


『俺達が王国の為に戦わないと、国の子供たちが元気に学校に通えなくなる。クリスマスの夜にプレゼントを頼むこともできなくなるし、誕生日にケーキを食べることもできなくなる。それは間違いなく不幸な事だ』

「発想が飛躍しすぎだが、概ねその通りだ」


 多分だけど。

 戦わなくても王国の財政ならケーキくらい買えるんじゃないかな、と思いながらヴィクターは言う。


「鳩胸も、王国の技術者が気持ちを込めて作った汗の結晶だ。我々は大事に、慎重に扱わないといけない」

『その通りだヴィクター。彼等からしてみれば、鳩胸は大事な子供も同然。俺はその子の腕を、むざむざと敵に切断させてしまったのだ』


 エリゴルの目から涙が流れた。

 本気で悔やみ、技術者に対する申し訳ない気持ちに溢れている。

 地獄からやってきた悪魔教を布教するバンドみたいな恰好をしているが、彼は子供たちの未来の為に己の全てを賭けれる男だった。それを己の誇りとしていて、他には何もいらないと断言した程である。

 誰にでもできるわけではない覚悟を持つ白メイクの男を、ヴィクターは尊敬していた

 

『許せ鳩胸。そして技術者。その妻と息子のエミリアン』

「どこから出てきたんだエミリアンは」

『エミリアンは小学校三年生、今日も元気に体育でサッカーに励む王国の健康児だ』

「住処は?」

『我々王国兵の心の中だ』


 ちょっと危ないな、とヴィクターは思った。

 この戦いが終わったら本気で精神科を奨めてもいいかもしれない。

 ついでに補足しておくと、鳩胸は日本製のブレイカーで、尚且つ日本の工場で作られた。その技術者にお子さんが居ても、多分エミリアンという名前ではなく『タロウ』とかそんな感じだろう。


「エリゴル、私も動こう。予想以上に黒い機体はよく動く。他の鳩胸を落とされたくないのであれば、無暗に追わない事だ」

『分かった。全ては子供たちの為に!』

「……そうだな。子供たちの為に」


 心意気は尊敬はしているが、あんな風になりたくはないな、とヴィクターは思う。

 エリゴルは号泣しながら敬礼しており、コックピットを包む無数の子供たちの写真に笑顔を向けていた。







「お前、凄いな」


 鳩胸1機を破壊した後、獄翼のコックピットの中でカイトは素直に称賛の言葉を送った。

 スバルは内心ニヤニヤしながらも、その言葉に応える。


「いやぁ、何といっても俺これしか取柄無いしさ。まあ、操縦なら大船に乗ったつもりでいてくれよ。あの程度なら軽く行動不能にしてやるぜ!」

「そうじゃない。俺の勘を確証無しでよく実行出来たな、と思ってるんだ」

「そっちぃ!? しかも勘かよ!」


 てっきり昔の情報や、アルマガニウムのバリアの特性を知り尽くしての発言かと思ったが違っていた。何とも無責任な発言である。

 確証を取らずに実行した自分も非があるのだが。


「だが、これで確証が出来た。バリアはモグラが見ていない場所には張れない。その上、灰色はパイロットが乗っていない。恐らく、人工知能搭載だ」

「さっき落とした奴、パイロットが脱出しなかったしね」


 道理で行動が単調な上に、ライフルしか撃ってこない訳である。

 統率は取れているが、必要最低限の武装しか用意してない上に攻撃範囲内であれば率先して攻撃するようプログラムされているのだろう。獄翼の攻撃を全く回避せずに引き金を引いていたのがいい証拠だ。


「と、なるとそろそろ来るな」

「何が?」


 スバルが問いかけると同時、今まで佇んだままだった熱源が動き始めたのをカイトは見た。予想通りである。


「結論から言うと、旧人類であるお前は嘗められていた。だが、蓋を開けてみれば案外動ける奴だったわけだ。そうなると見失う前に動くしかない。次はモグラも動いて来るぞ」

「え!? えーっと……どうしよう」

「どうにかしてもらわないと困る」


 正直に言うと、『見えないところから攻撃』作戦しか案は無かった。

 それ以外だと本当にカイトの爪でバリアを切り裂いて貰うしかなくなってくる。ただ、当の本人がまだ体調不良なのが問題だった。


「アンタ、バリア切り裂けるんだろ!? 割と普通に喋れてるし、意外と体力戻ってたりしないの!?」

「ぶった切ってやりたい気持ちは山々だが、握力がまだ戻っていない」

「どのくらいかかりそう!?」

「さあ。いかんせん、初めて受けた攻撃だから……」

「肝心な時に役に立たないな畜生!」


 ガッテム、と舌打ちしながら視界を広げる。

 モグラが巨体を揺らしながらこちらに向かって走ってくる。どうやら空は飛ばないようだ。

 そして後方には動きが大人しくなり、カマキリの後ろに控えた鳩胸が3機。丁度挟み撃ちになる形だった。


「仮に、モグラに乗ってるのがアンタの言う『ヴィクター』だとして」


 スバルは少しでも攻略法を見つけるべく、カイトに問う。

 

「バリアを張る以外に、攻撃はできるの?」

「バリアを相手に向けて放つ事で、押し潰すことができる」

「次のバリアを張るまでのタイムラグは?」

「仮にも俺を仕留める為に派遣された奴が、そんな弱点を露呈するとは思えん」


 妙に自信満々な口調でカイトは答える。そこに付け加える様に、彼は続けた。


「加えて、わざわざあんなデカイ代物を持ってくるくらいだ。カマキリもそうだが、元々の武装に注意した方がいい」

「でも、アーマータイプは新人類の能力を最大限ロボに反映される為に作られた機体だぜ?」


 ミラージュタイプやアニマルタイプに比べて装甲が厚いのも、ロボの中から能力を使う新人類を守る為だ。そういう意味ではアーマータイプは『分厚すぎる鎧』と見てもいい。

 それも新人類専用の鎧である。


「それでも、相手は兵器だ。外見、何も持っていなくても警戒に越したことはない。カマキリもだ」

「言いたいことは分かるけどさ」


 理詰めで正しすぎるカイトの言葉に、スバルは反発した。

 

「実際問題、俺達はモグラ頭のバリアを突破できる武装が無いんだ。折角見つけた弱点もアイツが動けば問題解決しちゃうし、唯一バリアを剥がせるアンタも今は体調不良だし」

「それは素直に申し訳なく思ってる」


 本当なんだろうか。どうも先程から彼の発言を聞いていると、小馬鹿にされている気がしてならない。


「無茶をして出てもいいが、コックピットを開ける時に少しでも隙を見せればカマキリが横からバッサリ持っていくだろうな」

「そうだろうよ。俺だってそうする。だからどうすればいいのか俺にはわかんねぇの!」


 コントロールパネルに八つ当たりしかねない勢いでスバルの口調が荒々しくなる。八方塞りとはまさにこの事だ。

 今のスバルは正真正銘、獄翼と運命を共にしていると言ってもいい。

 獄翼が破壊されたその瞬間、スバルの命も爆発に巻き込まれるだろう。

 カイトは何だかんだで生きてそうだからこの際あまり考えないことにした。


「……なら、賭けてみるか?」


 取り乱す操縦者に向かって、背後座席の男は呟いた。


「何に?」


 妙に真剣な口調で呟かれた言葉に、スバルは思わず聞き返していた。


「コイツの隠し武器だ」

「隠し武器だって? そんなのあるの!?」


 その言葉に合わせてカイトが素早く後部座席のモニターを操作し、正面モニターの端に武装リストを再表示させた。

 最初にスバルが説明した通りの武装の名前が並んでいる、何の変哲もない武装リストである。


「これがどうしたの?」

「よく見ろ。どう見ても空いている装備ブロックに妙な文字が書かれてる」


 スバルは横目でその文字を確認する。

 確かに両腕の空きブロックに『SYSTEM X-WEPONS』と書かれていた。

 だが、その文字が何を意味するか分からない。何かのシステムなのだと言うのは分かるが、それが外部システムなのかすら理解できなかった。


「お前が連中の相手をしてる暇に、この機体の内臓システムを調べた。『SYSTEM X』はこの機体に内蔵されている」

「じゃあ、それを使ったらこの空きブロックに武器が出てくるのか!?」

「確信は無い。あくまで予想だ」


 だが、


「他に武器は無いし、取りに行ってる余裕が無いなら使ってみる価値はあると思う。後はお前次第だ」

「やる!」


 意外な事に、スバルは躊躇いが無かった。

 ゲイザーを相手に突撃した時から思ってたが、妙に吹っ切れている気がする。ヒメヅルから出る直前までは、これから兵士として戦う事に戸惑いを覚えていたと思っていたのだが。


「おい」


 少し危ない感じがした。

 故に、カイトは先に釘をさす。


「マサキはお前に平和な世界で過ごして欲しいと言ってた。俺としては、お前が納得してるなら口出しする気はない。だが、もしこれが凄まじい兵器で、モグラ頭やカマキリを殺してしまったとしたら、お前も俺と同様、後戻りはできないぞ」


 今ならまだ間に合う。

 彼等を退けた上で、今後敵対することがあれば全てカイトが叩き潰せばいい。少なくとも、ゲイザーに比べればまだモグラ頭とカマキリを相手にした方が楽そうだと思っている。恐らく彼等の後に来るであろう増援も含めて、全て戦うつもりで来ているのだ。


「でも、戦わないとどうにもならないんだろ?」

 

 だが、それに対してスバルの答えは驚く程に冷めきっていた。

 返答に対し、カイトは肯定する。


「間違っちゃいない。この世界は弱肉強食だ。何時またマサキの様に癇癪で殺されるかもわからない」


 暴力に抗うには力が必要だ。カイトにはそれがある。

 だが、スバルには無かった。ゲイザーに恐怖し、逃げた時に彼はそれを欲した。その結果がこの獄翼である。


「父さんは、母さんが死んだ時、凄い後悔してた。俺だってそうだよ。だからもう後悔したくないんだ」

「ここで後悔するかもしれないぞ」

「でも、今ベストを尽くさないと俺は絶対後悔する」


 実際、後悔はした。逃げ出した後、自分の情けなさを恥ずかしく思った。

 しかし力を得た今、自分にある選択肢に嘘をつきたくない。


「カイトさん。俺はアンタと戦うよ。父さんの時みたいに見てるだけなんて嫌だ。俺だってアンタを助けたい」

「そうか」


 短い返答だった。しかし、4年間この問答を繰り返してきたのだ。

 このくらいが丁度よかった。この短い『そうか』の3文字に、カイトなりの考えが詰まっているのをスバルは知っていた。


「起動するぞ。いいな?」

「どんと来い!」


 カイトが後部座席から『SYSTEM X』を起動させる。

 直後、真上から巨大なヘルメットが二つ降ってきた。


「うわ!?」

「おお!?」


 二つのヘルメットはすっぽりと前後の座席に座るパイロット達に被さった。バイザーも何もないボウルのようなヘルメットだった。

 しかし、何ともダサいデザインである。頭部から無数にコードが伸びており、まるで剣山を頭に乗せているかのようだった。

 そして不思議なのは、ヘルメットが深すぎて鼻まで収まっている筈なのに視界が良好だという事だ。普通に前も見えるし、操縦も問題が無い。


「な、何これ?」


 スバルが思わず呟く。

 折角覚悟を決めて一気に反撃と行きたい所なのに、頼りの『SYSTEM X』から送られてきたのは剣山みたいなヘルメットだけ。

 全く拍子抜けだった。


『新人類確認。サーチします』

「何?」


 だが、機体内部から機械音声が響いたと同時。

 後部座席に陣取るカイトの身体が跳ね上がった。急に体を襲う衝撃にカイトは思わず唸る。


『SYSTEM X機動。稼働時間は5分です』


 機械音声は淡々と言う。

 

『ブロック解除。可変式ブレード展開』


 獄翼の左右の腕が光り輝く。

 それは徐々に肘まで巻き付いていき、美しい螺旋を描いていった。

 しかし長くは続かない。数秒もしない間に、腕を包む光は消え去って行った。


 だが、スバルは見る。

 獄翼の指差。そこには先程にはなかった物が生えていた。

 まるでカイトの様に生えているソレは、スバルの記憶の中にあるアルマガニウム製の爪だった。

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