第1話 vs現代社会
この世界には新人類と呼ばれる超人どもがいる。ある者は背中から翼を生やし、自由に空を飛ぶ。また、ある者は平然とした顔で車とかけっこする身体能力を持っている。
そんな連中は昔からちょくちょく確認されていたのだが、世界中にその存在を知らしめたのは16年前に行われたパイゼル共和国の指導者、リバーラ王の演説だった。
『皆さんお元気でしょうか。私は今日も元気にミカン丼を食べれます。ハッピーです』
全世界に向けてごはんの上に蜜柑を乗せ、挨拶をし始める王。普通、なにか食べながらの演説など滅多にない。というか、ありえない。ついでに言うと蜜柑の汁がカメラに飛び散り、果汁が液晶画面に張り付いた状態での演説など史上初だった。
しかし、王は一切気にしない。
だからどうしたと言わんばかりに蜜柑を貪りながら続ける。その度に蜜柑の皮が王の座る炬燵の上に重なっていった。王は炬燵でマイペースに貪りながらも、喋りたいことを淡々と喋る。
『昔。すっごい昔ですね。宇宙から隕石が飛来しちゃいました。はい、皆さんご存知ですね。アルマガニウムです。この隕石がどういうわけか永久的にエネルギーを発し続けているお陰で、人類はエネルギー不足という問題から解き放たれました。ハッピーですね』
その隕石は分割に成功し、今では世界各国で様々なエネルギー資源として使われている。
人体に影響も無く、ただケーブルに繋ぐだけでエネルギー供給ができるのだから全く都合がいい。しかも隕石が降り注いだ時の被害は奇跡の犠牲者0人。本当にハッピーな結果だった。
一説によれば、隕石の中に埋まっていたアルマガニウムが防衛機能を発揮したのではないかと言われているが、それが真実かは定かではない。
『でも、ですね。皆さんは知らないでしょうが、アルマガニウムの影響でこの世界には新しい生き物が生まれてます』
王の演説は、ここからが本番だった。背後で何人かの科学者らしき白衣の男たちが集まり、王の背後からホワイトボードと資料を見せる。
『我が国の生物学者は、彼等を新人類と名付けました。ええ、外見は人間そのものですよ。もしかしたら皆さんの横にいる他人や、友達さんや、家族さんも新人類かも知れませんね』
では新人類とは何でしょう。
王はそう言うと、炬燵の席を科学者の一人に譲った。
『お、温いですねリバーラ様』
『暖かいのはハッピーです。でも炬燵から外に出た私はとてもアンハッピーです。だから解説急いで!』
『ではお言葉に甘えまして』
鳥肌を立たせながら解説を急かす王。今更ながらではあるが、服装は半袖にジャージだった。
どうやらパイゼル共和国の王は庶民感覚を楽しんでいるらしい。しかしながら、王冠とジャージの組み合わせは少しシュールな光景ではあった。
『新人類とは、分かりやすく言えばミュータントです。しかし先程リバーラ様が仰られましたように、彼等の姿は人間そのもの。外見だけで区別することは不可能でしょう』
彼等の最大の特徴は才能が特化している事である。この時の科学者はそう明言した。
例えば学問や芸術のセンス、身体能力でも今の人類より遥かに優れているのだそうだ。勿論、鍛えなければ全て水の泡なのだが。
『しかし真に驚くべきことは、彼ら新人類は人類の常識の範疇を超えた力を持っていることでしょう』
映像資料が科学者の横で流れ始める。
その映像には金髪の少年が椅子に座っており、獅子と対峙していた。獅子は興奮を抑えられぬ様子で、涎を垂らしながら少年を睨む。ソレに対し、少年はふてぶてしく椅子に座ったまま。逃げる様子は一切ない。
それから数秒もしない内、獅子が少年に飛びかかった。しかし獅子は空中でその動きを止める。
少年の尻から飛び出したロープのような細い物が、一瞬にして獅子を絡め取り、身動きをさせずにいたのである。
絡め取られ、必死に抵抗する野獣。
しかしいくら暴れても、少年から生えた『ソレ』から脱出することができない。
少年が退屈そうに欠伸をする。その直後、獅子の身体が跳ね上がった。そして動かなくなる。映像はそこで止まった。
『シンプルな例を見ていただきましたが、彼は尻尾が生えています。しかもそのパワーは自動車をも弾き飛ばします。ライオンもこの通り、一発で絡め取られて骨を折られるようですね』
このような力を持つ新人類は、既に大勢いる。規模だけで言えば最低でも万は超えているのだそうだ。
『いずれにせよ、今の映像で新人類の力は皆さんにご理解いただけたかと思います。では私はこれで』
『いやはや解説ありがとう。私も寒さから炬燵に戻れてハッピーです』
どっこらしょ、と再び炬燵に潜る王。彼は威厳も何もありはしない幸せそうな顔で、再び蜜柑を貪り始めた。
『えーっと……さっき私も言ってたように、こういう新人類がアルマガニウムの出現と同時期に生まれ始めてるんですね。新たな種に地球はさぞ大喜びでしょう。ハッピーです』
アルマガニウムには未だ全てが解明されていない謎のエネルギーだ。
そのエネルギーの影響でこのような人間が生まれても、パイゼル王は何の不思議も持たなかったようである。
『さて、ハッピーな気分で本題です』
王は炬燵に置かれている丼から最後の蜜柑を取り出し、言葉を吐き出す。
『我がパイゼルは先程の新人類1万人を率いて、これより皆さんからアルマガニウムを頂きに参ります』
それは堂々の宣戦布告だった。しかも自身の戦力も公に発言しての、極めて嘗めきった発言である。
『皆さんはたった1万の兵で何ができるかと思うかもしれませんね。でも大丈夫です。ハッピーな事に彼等は1人で1万人分の戦力となりえる可能性を秘めているのです』
いっつ、ミラクル!
王は勢いよく立ち上がり、天に向かって吼えた。
『今日からパイゼル共和国は新人類王国と名乗ります。そして皆さんからアルマガニウムを頂きます。私達新人類がハッピーになる為に、皆さんにアンハッピーになってもらいます』
その代り、
『皆さんから取り上げた資源で、新人類王国はこの世界を必ず素晴らしい物にします。確約できます。だって、今の人類より新人類の方が凄いもの!』
子供の様な無邪気な笑顔を見せ、手を振りつつも王は今の人類に向けてメッセージを送った。
『旧人類の皆さん、地球のヒエラルギーの頂点は今日から我々がいただきます。今までご苦労様でした』
でもご安心ください。皆さんを絶滅させようって訳じゃありません。
『今日から私達新人類のペットとして、精々愛嬌を振りまいてください。今の内に動物園で色々と学んでおきましょうね?』
全く持ってふざけている宣戦布告だが、これが本当に16年前に流れてしまったのである。そしてこの映像が流れた直後、新人類王国は本当に動いてきた。地図でいう所の右隣の国に攻め込んできたのだ。
この時侵攻した兵の数は大凡800人と言われている。
しかも戦闘機の類は一切なし。信じられない話だが、全員が生身な上に徒歩で攻めてきた。当然攻め込まれた方は、遠慮なしに新型の戦闘機や銃器を構えて発砲する。
だが、新人類王国は犠牲者7人。ソレに対し、攻め込まれた側は民間人合わせて犠牲者2万越えという悲惨すぎる結果を出してしまった。
この戦いを報道した当時のニュース番組の現地取材の映像が残っている。
取材班のインタビューに答えたのは、学校からの帰宅中に興味本位で戦いを見ていた男子高校生だった。
『遠目でハッキリ見たわけじゃないんだけど、新人類は1人でこの通路を塞いでいた兵隊を倒しちまったんだ』
『ここを守っていた軍は、どの程度の戦力があったか分かりますか?』
『戦車もあったから正確な人数は分からなかったけど、大雑把に20人はいたと思うよ。この通路でかいし』
『では新人類はどうやってここの兵隊を倒したのですか?』
『信じられないかもしれないけど、あいつは何も武器は持ってなかった! 信じられるかい? 戦車相手に素手で戦うんだぜ。クレイジーだ!』
『素手で!? 冗談でしょう』
『本当だって! 両手に何も持ってなかったんだよ! しかも一発殴っただけで兵隊がビルに叩き込まれちまった! 銃や戦車の攻撃を動き回って避けてたし、新人類はニンジャ集団だよ』
『俄かには信じられない話ですね』
『俺もまだ目を疑うよ。でも、もっと信じられないのは、あのニンジャソルジャーが、子供だってことだ』
『素顔を見たのですか?』
『いや、顔はあまり見えなかった。でも周りの兵隊と比べて顔一つどころか胴体一つ分小さかったんだ! ニンジャソルジャーは間違いなく少年兵だよ!』
この報道で、世界に更なる衝撃が走った。新人類王国は子供ですら戦場に出す。しかもその子供が敵を倒し、常識離れした動きを見せている。戦いの場で結果を残しているのだ。
リバーラ王の宣戦布告で流れた映像にも子供が映っていたのもあり、彼等は大人になったらどんな怪物になるのだろう、という想像が溢れかえっていった。
その当時、少年兵として戦いに参加していた"ニンジャソルジャー"は6歳。16年経った今では立派な大人で、彼等が予想したところの化物になっている年頃だった。
リバーラ王が世界に対し宣戦布告をしてから16年後の現在。新人類王国の世界侵攻は未だ続いている。既にこの地球上に存在する6割のアルマガニウムは奪われ、『旧人類』は新人類に頭が上がらない社会地位が築かれつつあった。
日本と呼ばれる島国もアルマガニウムを新人類王国に奪われた国家に含まれている。巨大な資源を失った日本は早々に新人類王国の傘下に入り、彼等から資源を分け貰っている状態だった。
新人類王国に下った国は基本的に拒否権は無い。従って、常に新人類王国の決定に首を縦に振ることが義務付けられる。そうするだけで国として存在することを認められ、紙幣や文化などを統一することは避けられている。もっとも、国の名前が残っていても世間的には立派な植民地である。例え日本の○○県と紹介されても、その前に新人類王国の日本、その○○市と付くのは自然な流れだ。
勿論、それに反発する動きが無いわけではない。
しかし一度でも刃向えば、その時は大きな報復が帰ってくるだけだ。
既に新人類王国の戦力は16年前の比ではなく、前代未聞のパワーアップを遂げている。戦いに敗れ、多くの犠牲者を出した日本には刃向う力も残っていなかった。仮にあったとしても、圧倒的な力に飲まれてしまうだけである。彼等は反逆者に対して無慈悲なのだ。
そんな日本の田舎町、ヒメヅルシティではこれまでの新人類王国の歴史を纏めた特番が放送されていた。
ヒメヅル唯一のパン屋、『ベーカリー・ホタル』を経営する蛍石家は、家族揃ってその番組を見ている。
『既に皆さんご存知かと思いますが! 新人類王国は何が凄いか!』
普段お笑い番組ですべっている芸人が、ここぞと言わんばかりに勢いよく喋りだす。
多分彼が話すよりも専門家が話した方が分かりやすいのだろうが、大体そういう機密情報に関われるのは新人類だけだ。
旧人類向けの安い番組に、彼等が出る理由は無い。
『開戦から僅か数年間で巨大人型兵器――――通称『ブレイカー』を作り上げてしまったところ! たった数年で技術レベルが段違い!』
しかし芸人が言った事もあながち間違いではない、と一家の大黒柱であるマサキは思う。ブレイカーは先程芸人が紹介したように、平均約16m程の大きさを持つ巨大ロボットだ。
それまで生身で攻めてきた新人類が、戦車や戦闘機を無視して一気にロボットを使い始めて来たのには世界中が驚いた。
動力源はアルマガニウムの欠片。それを取り込むことにより、どれだけエネルギーを使おうがロボットも半永久的に動き出す。
もっとも、欠片とはいえ貴重なアルマガニウムを巨大ロボの原動力とするのだ。コストがいささか高すぎる。
そこで生まれたのが、
『凄い点その2! アルマガニウム搭載のアンドロイドも作ってしまった!』
これも大きい。等身大決戦兵器、バトルロイドはブレイカーの参入から更に数年かけて登場したアンドロイド軍団だ。
年々戦争が激化していき、人数が少なくなっていく新人類王国は、彼等の代わりに前線で戦う機械兵士を用意したのである。
しかも大きさは等身大とだけあって、2mも無い。ブレイカー1体で30体のバトルロイドが作られるのであれば、こちらが優先されて量産されるのも当然と言えた。
『戦闘兵器だけでもかなりの改革を起こした新人類軍ですが、勿論それに合わせて我々のような汚い旧人類も技術力を高めました』
時々、テレビでこうやって卑下する言動が見られるのも新人類に負けた証だった。何とか撃墜したブレイカーを回収し、それを模して旧人類側も新たにブレイカーを開発して更に戦いは激化していった――――かに見えた。
『ところが、元々の能力に差がある為に、搭乗するパイロットの差も出てきちゃったんですね~』
結局のところ、抵抗してもするだけ差を見せつけられている。
バトルロイドに関しては鹵獲しても、それを再現するだけの技術がない。更には敵味方識別パターンすら変更することができない為、旧人類側は小型の兵器実用化は諦めてしまっている。仮にできたとしても、相当の月日をかける必要があるだろう。少なくともマサキはそう思っている。
「なあ」
「ん?」
芸人の作り笑顔から目を背き、マサキの息子であるスバルが家族に問う。
「それだったら、新人類王国はもっと早く世界統一できたんじゃねぇの?」
技術力や戦闘能力の差は圧倒的だ。それなのに16年経った今でも世界の4割はまだ新人類王国と戦っている。その事実が彼には疑問だったのだろう。
「……お前、明日現代社会の試験だったな。そんなんで大丈夫か」
「え」
住み込みバイトから容赦のないツッコミが飛んでくる。マサキも頭を抱え、溜息。
「スバル……今も戦っているアメリカは、国産ブレイカーを筆頭に強力な兵器を持っている。そう易々と落とせないよ」
「だが、その他にも新人類王国は課題がある」
「か、課題って何だよ!」
若干狼狽えるスバルだが、それを気にする様子も見せずバイトは言った。
「人材が足りないんだ」
「え、そうなの?」
もはやこの世界では常識でしかない事実を、本当に知らなかったらしい。呆れの表情を隠すこともせず、大人2人は冷たい視線をスバルに送った。
「当時1万居た兵隊も、今ではそこまで多く残っていない。旧人類より優れてると言っても、死ぬ時は死ぬ」
「だから占領した国から優秀な新人類や旧人類を本国へ連れて行ってるんじゃないか。徴兵令を習わないのか?」
明確に、何の為に連れて行くのかは王国側から何も言われないが、ソレに文句を言おうものなら即座に処理される。この国は提案ができても、彼等の機嫌を損なう真似はできないのだ。とはいえ、徴兵令と銘打たれている以上は新人類軍に取り込まれるのだろう。簡単に予測できることであった。
「それに、戦いに行くだけじゃない。国にも住んでる奴がいる以上、そこに人材は必要だ」
傘下に下った国にも監視役が必要だ。そうやって次々と貴重な人材は削られていき、新人類王国の課題が浮き彫りになっていく。
「戦いに強くても、元気よく攻める人数が足りないんだ。だからバトルロイドで頑張っている」
「しかし、向こうで開発されているブレイカーは火力だけでいえばバトルロイドより上だ。それじゃあ、思うように残りの4割が上手く行かない」
誰もが口にしないが、それが現状だ。少なくとも民間人はそう思っている。しかし新人類王国は引く気は一切なく、アメリカを筆頭とした旧人類連合も形勢逆転するチャンスを伺っていた。
「植民地だから敢えて全員が口にしない事をお前は……」
「うるせぇよ! 今知ったからいいんだよ!」
少年が現実味を持っていないのも当たり前だ。
今の日本はただの植民地。一応、国としての面目を維持してはいるのだが、仮にそこで戦いが起こったとしても、こんなド田舎に好きで戦いを仕掛ける奴はいないだろう。
勿論、戦いが起こらないなら好都合だと蛍石家の全員が思っている。別に戦いたいわけでもないし、戦争に積極的に参加したいとも思わない。ヒメヅルは良い環境だった。
強いて懸念点を挙げるとすれば、気まぐれすぎる新人類王が突然ヒメヅルに何かしらの提案をしてくることくらいだろう。
それさえなければ、恐らく平和な日常が続く。
マサキはその日が来ない事を、祈り続けるしかなかった。
しかし、だ。このままでは流石にやばいのではないかとスバルは思う。父親と住み込みバイトの二人に常識を疑われたのは結構赤っ恥だった。これでは社会のテストも危うい。
比較的点を稼ぎやすい現代社会で赤点を取って、夏休み補修ですと言われたら恰好がつかないどころの話ではない。最悪、少ない小遣いも大幅にカットされる恐れがある。
このテストの出来で、青春を謳歌出来るか否かが決まるだろう。
「と、言う訳でカイトさん!」
2階の自室で教科書を開き、必勝の文字が入ったハチマキを結びつつ、スバルは住み込みバイトに懇願する。
「俺、勉強するから徹夜で教えてくれ!」
「…………」
住み込みバイトがとても嫌そうな目で見てきた。
彼は朝から契約している住宅にパンと牛乳を届ける仕事がある。嫌がるのも当たり前だ。しかもここ最近毎日見てやっている。いい加減寝不足なのだ。
「……まあ、いいだろう。明日でテスト終わりだし」
「ありがとう! この恩は必ず返す!」
どこか諦めた表情をしている住み込みバイトに対し、涙ながらに土下座した。一応、彼なりに迷惑をかけている自覚はあるのだ。
しかし、勉強に苦手意識がある以上、自分からなかなか手が付けられない。どっぷりとハマっている趣味があるのであれば尚更である。
「お前もいい加減、ゲームだけじゃなくてこっちも自分で何とかして欲しいもんだ」
「うぐ……」
ぐさり、と心に突き刺さる台詞だった。スバルはヒメヅル高等学校では、多少名の知れたゲーマーだった。
特にシミュレーションやアクションゲームでは凄まじいテクニックを披露し、テストプレイしてるだけで稼げるんじゃないかとまで言われている。
「仮想世界でブレイカーを動かせても、現実じゃ役に立たん」
「仮想世界じゃねぇって! ゲーセンの『ブレイカーズ・オンライン』では、目の前に別の店のライバルが――――」
「本物の操縦でもするのか?」
「……しないです」
あっさり言い負かされた。
今、スバルがハマっているゲームは先程テレビでも紹介されたブレイカーを操縦する3Dアクションゲームである。
全国のプレイヤーとのオンライン対戦が可能で、やろうと思えば店VS店の擬似大戦も可能らしい(筐体が多い方が有利なのでゲーセンからは嫌われている)。彼はそれの全国区プレイヤーだった。
「だろう? それなら自慢にもなりゃしない」
「わっかんねぇだろうそんなの! って、もう21時だ! 勉強!」
勢いに身を任せて椅子に向かう。
だが勢いに任せ過ぎて、足の小指が机に激突。この痛みを堪えつつ、少年は縋るようにしてノートを開いた。
「大丈夫か。何か小刻みにぷるぷる震えてるが」
「だ、大丈夫じゃないけど大丈夫……」
どっちだろう。カイトはそう思ったが、本人がそう言うなら大丈夫なのだろう。ならば何の問題も無い。
「じゃあ早速始めるとしよう。範囲は――――」
「なあ。隈が凄いけど大丈夫かい?」
「大丈夫。運転に支障はない」
翌日の朝。ヒメヅル住宅街にて。
結局深夜3時まで現代社会と物理の勉強をぶっ続けでやったせいで、カイトの目の下にはどす黒い隈が広がっていた。尚、彼の本日の起床時間は5時である。元々目つきも悪く、愛想もそこまでよくないので妙な威圧感を放っている状態だった。
幸いながらヒメヅルの配達先は全員顔馴染みなので、そこまで怖がらなかったわけだが。
「今日もスバル君の勉強かい?」
「ああ」
中学の頃からそうだが、スバルの勉強にカイトが付き合い、次の日に隈が酷いことになっているのは恒例行事である。
これで配達までこなすのだから、契約している人は素直に彼を称賛する。そして神社で交通安全の祈願をする。
「毎度思うけど、マサキさんにお願いして休ませてもらえないのかい?」
「いいんだ。好きでやってることだ」
契約主は思う。そんな殺気の籠ってそうな怖い目でそういうことを言っちゃうからマサキも運転させるんだろうな、と。
「でも、そんな状態で運転してたら何時か事故るよ」
「大丈夫だ。ぶつかる方が悪い」
「それは大丈夫じゃないよ! ぜぇったい大丈夫じゃないよ!」
心なしか目が完全に死んでいる。パン屋の経営と息子の成績が良くなるのを祈る事しか出来ない自分の無力さか腹立たしい。
「うるさい! 朝っぱらから何喋ってるの!」
そんな時だ。
契約主の家の奥から女の怒声が響く。カイトも何度か声を聞いたことがる。この顧客の奥さんだ。名前は知らない。ただ、よくミートパイを注文してくるので豚肉夫人と心の中で呼んでいる。
「夫人は気が立っているな」
「ああ、すまないね……」
顧客に対して失礼な物言いが多いバイトに対し、非難の声を出す者は少ない。しかし、この夫人は少ない側の一人だった。
「またパン屋の男が来たのかい!? 契約切っちまうよ!」
「それは困る。マサキが泣いてしまう」
「……仕方がないね。マサキは泣かしたくないから契約は続けるよ」
ちょろい。
毎回この一言で夫人を繋ぎ止めれる辺り、マサキと言う人物のコミュニティの広さを実感する。しかし、豚肉夫人がマサキを好きでもカイトが嫌いなのは変わらない。
「ただ、今日は本当にお前の顔を見ると嫌な気分になるんだ。早く出て行っておくれよ!」
「……分かった。次の宅配もあるし、失礼する」
チラシを契約主に渡し、一礼。それを見た契約主は申し訳なさそうな表情でカイトに話しかけた。
「すまん。根は良い奴なんだ。どうか気を悪くしないでくれ」
「構わない。礼儀がなっていないのは事実だし、夫人が俺を嫌うのは何時もの事だ」
「いや、そうじゃないんだ」
思わぬ否定の言葉に、カイトは首を傾げる。やや間を置いた後、契約主は寂しそうな表情を浮かばせ、続けた。
「今日は、息子の命日なんだ」
行く先で顧客から寝不足を心配されつつも、何とか今日の配達をこなしたカイトは車をパン屋の敷地内に停める。寝不足な彼の耳に残るのは、豚肉夫人の旦那から発せられた言葉だった。
『本当は、妻も分かってる筈なんだ。君を怒鳴っても、どうしようもないって、ね』
死んだ彼等の息子は帰ってこない。国の為に上京し、骨だけの姿になって帰ってきた息子。彼の変わり果てた姿は、数年の月日が経った今でも豚肉夫人の心を傷付けていた。
『新人類が全員悪いわけじゃないのは分かってる。君みたいに、何とか私達の生活に馴染もうと努力している人間がいるのを知っているからね』
だが、
『でも、妻も私も思うんだ。新人類さえ生まれなければ……ああ、ごめん! 変なことを―――』
カイトはこの街で唯一の新人類だった。
何度も謝り倒す契約主はその場で宥めたが、明日から通い辛くなってしまった。どういう顔で彼等に合い、パンを渡せばいいのか分からない。
ポーカーフェイスでも構わない、とマサキに言われたので自然体で接客してきたが、流石に今回はそのままでも作り笑顔でも不味い気がする。
「やあ、お疲れ」
「ああ」
店内に戻った後、マサキに迎えられる。短い挨拶だけで済ませたカイトは回収した牛乳の空き瓶を一か所に集め始めた。
「……また夫人に何か言われたのか?」
マサキが話しかける。特に表情に出してない筈だが、核心に近い言葉を言われた為、思わず彼の顔を見てしまう。
「図星、かな」
「大丈夫だ。あの夫人に何か言われるのは何時ものことだから」
豚肉夫人は息子を殺した新人類が嫌いだ。だから同じ新人類である自分が嫌いなのだ。それを直せと言う権利はカイトにはない。
彼女に求めるつもりも無かった。
「何故分かった?」
「寂しそうだったからね」
「そういう心理学か?」
「まさか。ただの勘だよ」
その勘で今の悩みを5割近く当ててくるのだから性質が悪いとカイトは思う。そして、その悩みを何とかして解決させてあげたいと思い、行動するのがマサキという人間なのをカイトは知っていた。
だから、カイトはこれ以上マサキが踏み込んでこないように予防線を張る。
「……安心しろ。夫人はああ見えて俺のミートパイを好んでいる。何とかやっていけるさ」
「そうか? それならいいけど……」
この辺は事実だ。豚肉夫人が良く注文するのはカイトが作るパイである。それを知ってか知らぬかは話は別だが、取りあえず今はそう言っておけば少しはマイナスイメージは解消されるだろうと踏んでいた。
「だが、君がミートパイを作ってそれを贔屓にしてもらえるとは……時間が経つのは早いね」
「皮肉か、それは」
「褒めてるんだよ。あまり自分を卑下しなくていい」
「……そうか」
表情を変えないまま、カイトはマサキに背を向ける。マサキはそんな彼の姿を見て、思う。
まだこの環境に馴染みきれていないのか、と。
新人類王国。その国王であるリバーラ王と、息子であるディアマット王子は親子での食事を楽しんでいた。
椅子に座っているのは彼らのみであり、ディマットの向かい側に備えられている椅子には誰も座っていない。
「ディードよ。アンハッピーな事に、我が新人類王国はこの16年で世界の4割を手中に収めきれていない」
何故か、と続ける前に愛称で呼ばれた王子は答えた。
「父上、それは散々言ってきたでしょう」
ウンザリした、と言わんばかりにディアマットは言う。心なしか食事の手つきも乱暴だ。
「貴方の考えが甘いからです。早期に世界を手中に収めるのであれば、少年兵の特別部隊なんてものに資金を使わず、もっと実力あるチームに力を入れればいいのです」
「でも結果として、当時少年だった子達は今でも最前線で頑張ってるよ?」
「今、我々に残っているのは後から引き取った兵でしょう!」
しかも、開戦当初からいた少年兵はもういない。ディアマットが成人するより前に全員戦死したとしか聞いていないが、それはそれで問題だろう。手塩にかけて育てても、死んでしまっては意味が無いのだ。
「貴方は新人類を過信しすぎている! その過信が原因で無謀な戦いを仕掛け、我が軍に何人の無駄な犠牲が出たと思っているのですか!?」
「ディードぉ。それは耳がボロボロになるまで聞いたよ」
耳を塞ぎ、大げさに泣きそうな表情を作りながらリバーラは言う。しかしディアマットは父親の人を馬鹿にしたような台詞や仕草が嫌いだった。丁度、今見せている感じの演技である。
「新人類だって生きている人間なんです。決して神ではない!」
「だけど、この地球上ではもっとも神に等しい力がある。ううん、ハッピー!」
グラスを掴み、中身を飲み干す。満足したかのような満面の笑みを浮かべ、リバーラは続ける。
「あのね、ディード。我々新人類は決して人類と同じ土俵に立って戦っちゃいけないの。何故って、そんなの僕達が勝つからに決まってるじゃない」
質問してもいない事を付けたし、王は笑う。
「それにね。下等な人種に負けて死んでいった時点で、彼等は用済みなんだよ」
「それが人の上にいる立場の人間が言うことですか!?」
ディアマットは激昂。勢いよく立ち上がり、テーブルに手を叩きつける。
「ディード、人間は不平等だ」
しかしそんなディアマットを前にし、リバーラは鋭い眼光を向ける。
先程まで壊れたように笑っていた人物の面影は、一切なかった。
「貧富、性別、人種。生まれつき持つポテンシャルは人それぞれだ。だったら、力を持つ人間が認められて、尚且つそのポテンシャルが最大に活かせる場所を作る事が、僕等の使命だと思わないかい?」
「……言いたいことは理解できます」
ディアマットが無人の椅子に視線を送る。息子の視線に気づいたリバーラは、『ああ、そういえば』とわざとらしく話題を変えた。
「そろそろ新しい人材を回収しないといけないね」
「……場所はもう決めてあるのですか?」
新人類王国の最大の課題は人材不足だ。それは植民地になった国の田舎町ですら理解していることである。その問題を打開する為に月に1度、植民地から『面白そうな人材』を連れてくるのだ。
面白いの定義は連れてくる役目を担う兵士のセンスが問われるが、リバーラは特に気にしたことは無い。
「昨日ダーツを投げて決めたんだよ」
そして連れてくる場所は毎回王の気まぐれで決定する。前回はコインを投げて、その表裏で決めた。今回はダーツで刺さった場所の植民地から人材を連れてくるらしい。
「今回はねー。アンハッピーだよ。日本のヒメヅルとかいうド田舎さ」
王は欠伸をしながら、今回の気まぐれに付き合わされる場所を示す。それを聞いたディアマットは特に顔色を変えることなく、涼しい表情のまま口を開いた。
「では、現地の大使館で待機している兵に連絡します。日本は確か」
「誰でもいいよ。どうせ何時もと同じ結果になるんだし……何なら、今回は珍しく旧人類を1人連れてきてみればいいんじゃないかな」
今までも旧人類を連れてきたことは何度かある。しかし、王自らが旧人類を連れてくることを指名するのは初めてだった。
「調べてみたけど、人口は1000人にも満たないド田舎だ。楽しそうな新人類を期待するだけ無駄じゃないかな」
「……では、そう連絡しておきましょう」
言い終えた直後、ディアマットは『失礼』と言って席を立ちあがり、そのまま退出していった。
見届けた王は、誰もいなくなった食事の席で呟く。
「あーあ。生真面目なんだよね、ディードは。もっと人生をハッピーにする為に頑張らないと! その為に僕もこの戦いを始めたんだしさ!」
たった一人の空間で楽しそうな笑いが木霊する。
笑いに応える者は、誰一人としてその場にいなかった。
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