第十八章 入隊と洗礼

「だから先に攻略法を見てからにすればよかったのに……」


「し、仕方ないでしょ、もう」


 テスラの歩く後に続き、俺とレオナさんはガバンの屋敷に向かっていた。敷地内に衛兵訓練所があるのと、新しく衛兵になる者はまず町王ガバンに会って挨拶しなければならないらしい。


 広大な敷地には思い出したくもないあの地下牢への入り口があった。傍に近付くと「ウォォォォ」と獣のような声が聞こえてくる。脱獄を願う囚人の呻き声か、それとも誰かが拷問されているのだろうか。あまり考えたくなかったので足早に通り過ぎ、俺は豪奢なガバンの邸宅に入った。


 以前、テスラと会食した食堂を過ぎて、螺旋階段を上ると大きな扉の脇に衛兵二人が槍を持って直立している。テスラに一礼すると、一人の衛兵が扉を開いた。


 扉の向こうには赤絨毯が一直線に敷き詰められており、その先にある玉座に腰掛けていたのは、


「ようこそおいでくださいました。私がこの町を治めるガバンでございます」


 なんと艶やかな長い黒髪の美しき女性であった。長身で華奢な体つき。しかしながら出るところは出ており、さらに下唇のホクロが色っぽい。『ガバン』という名前の響きと『町王』という名称から、どうしてもオッサンを想像していた俺は面食らってしまった。


 俺の元にガバンは歩み寄ると、いきなり俺を強く抱き締めた。


「あうっ!?」


 密着された刹那、女性の柔らかさが体を伝わり、変な声を出してしまう。


「衛兵は町の宝。頑張ってゴブリンから町の人を守ってください。そして、どうかどうかご無事で……」






 ガバンとの挨拶――というか抱擁を受けた後、屋敷を出る。例によってテスラの先導の下、敷地を歩き、衛兵訓練所に向かっていると、レオナさんが耳元で囁く。


「それにしても、さっきのヒロ君、超ウケるんですけど。『アウッ』って何よ。外国のポップスターが急に踊り出したのかと思ったわ」


「誰がポップスターですか! いきなり抱きつかれたら誰だってああなるでしょ!」


「へーえ。じゃあ今度、私も試してみようかしら?」


「や、やめてくださいよ!」


 ……なんて否定してみたものの、レオナさんになら抱きつかれたいような……いやむしろ抱きついて欲しいような……。


 なんてバカなことを考えていると、大きな建造物が見えてきた。ガバンの屋敷程の大きさながら質素で殺風景な石造りの建物である。きしむ木製の扉を開け、中に入ると、板張りの道場のような場所で数十人の衛兵達が木刀を片手に稽古に励んでいた。


 しかし、テスラの姿に気付いた一同は練習をピタリと止め、テスラに敬礼した。


「皆。今日は新しい仲間を紹介する。傭兵として一時的に我が衛兵隊に加入したヒロだ。そして、さらに……」


 いつの間にか俺の隣には長身でガタイのよい短髪の男と、狐目のひょろりとした男が佇んでいた。


「こちらはグラナダとパルー。彼らも傭兵だ。以上三名。皆、仲良くしてくれ」


 俺達に向け、数十人の衛兵が一斉に拍手を送るが、その顔は一様に明るくない。ゴブリンがいつ攻めてくるとも分からぬ今、悠長な歓迎モードではないということだろう。


 テスラも顔を引き締め、檄を飛ばす。


「皆の活躍でゴブリン達は一旦、退却した。だがいつ何時、また襲ってくるか分からない。各自、有事に備え、練習を怠らぬこと」


「はっ!!」と声を揃え、敬礼する衛兵達。テスラは続ける。


「今回、ゴブリン達はガバン様の屋敷に向かっていたように思う。魔物の本能で察しているのかも知れない。ガバン様がこの町の長で、此処を落とせばテッドの町が陥落する……と」


 そしてテスラは声を張り上げた。


「いいか! この町を、そしてガバン様を守るのだ! それがテッド町内衛兵隊としての我らの使命である!」

 

 テスラの檄を受け、広い訓練場に衛兵達の雄叫びが木霊したのであった……。






「お前さ。親友殺したんだってな?」


 長身の傭兵グラナダが嘲るように言うと、


「マジ? 親友殺しが傭兵とか、それってアリなの? 俺達も寝首かかれそうじゃん?」


 パルーもニヤニヤと同調した。


 ……今、俺達傭兵三人は、テスラの指示で訓練所を離れた小部屋で練習用の服に着替えていた。ちなみに俺の肩にはレオナさんが乗っているが、二人には無論、見えていない。


「いや、まぁ、その話題はもう。テスラもあれは事故だって言ってくれたんで……」


 引きつった笑いでそう返すが、二人は聞いていない。パルーは俺の腰の鞘をひったくるように取って、剣を抜き、そして笑った。


「って何だよ、コイツの剣! サビてるし!」


「オイオイ! お前、こんな剣でゴブリンを倒すつもりなのかよ! 寝ぼけてんのか?」


 バカにされ、顔が熱くなる。だ、だって仕方ないだろ! ちゃんと研ぐ暇なかったんだから!


 グラナダがいかつい顔を俺に近付けた。


「オメーよ? 頼むから俺達の足、引っ張んじゃあねえぞ?」


「おーい? 聞いてる? 分かったの?」


 二人にすごまれ、


「は、はい……」


 俺は情けない声で返事したのであった。


 二人が居なくなってからレオナさんが声を荒げた。


「何よ、アイツら! ああムカつく! 何て嫌なNPCなの!」


「はは……NPCってか、まるでホントのいじめっ子みたいっすね……」


 つい、そう漏らしてしまう。アイツらの態度と背格好は、まるで現実世界で俺から金をせびる谷城と三科のように思えたのだ。


「ま、まぁ、あんな奴ら、気にせずにやりますよ」


 俺は力なくレオナさんにそう答えた。






 ……しかしながら、嫌なことは続くものである。


 俺とグラナダは今、木刀を持って対峙していた。『新規入隊の傭兵の実力を計る』という名目で練習試合をする運びになってしまったのだ。しかも相手はガタイのよいグラナダ。


「始め!」


 テスラが言うや否や、


「ぜやああああああああっ!!」


 怒号のような野太い声でグラナダは俺に突進、木刀を振り下ろす! 間一髪よけたが……いやいやいやいや! 練習の域、超えてんだろ! あんなの当たったらゴブリンと戦う前に体が壊れちまう!


 俺はグラナダと距離を取って、どうにか体勢を立て直す。


 こ、こうなったらカムイの言っていた、あの裏技を使って……!


 説明を思い出し、そしてあの時、女の子を助けたような気持ちでグラナダに斬りかかったが、


「何だぁ、そのへなちょこな攻撃はよっ!!」


 グラナダの胴を狙った俺の攻撃は軽く払われ、俺の木刀は後方へと弾き飛ばされた。


「そこまで! 勝負あり!」


 テスラがグラナダに向かい、片手を上げると見ていた衛兵達がドッと湧いた。


「やるなぁ! グラナダ!」


「ああ! すげえ仲間が入ったもんだ!」


「グラナダならゴブリンと良い勝負が出来るかもな!」


 絶賛されるグラナダは、俺の傍までゆっくり歩み寄ると、耳元でボソリ呟いた。


「オメー、もう衛兵辞めろや。居ても役に立たねえって。逆に足手まといだ」


「え……」


 戸惑っているとパルーも俺に近付き、呟く。


「出て行くのが嫌ならさー、これから毎日、お金ちょうだいよ? せめてものお詫びにさ?」


「ああ、そうだな。そしたら居させてやってもいいぜ?」


 下卑た笑いをしつつ、二人は俺の元から消えた。






「もう! 言い返してやりなさいよ、ヒロ君!」


「い、いや、ははは……俺、どうもああいうタイプが苦手で」


 難易度地獄のゴブリン来襲イベント。この傭兵同士の軋轢も、ややもすると、その難易度に含まれるのかも知れない。ただ俺にとってこれは攻略以前の問題で、現実の延長線上のような嫌な気分しかしなかった。


 何だよ、コレ。まるで現実そのままじゃん。せっかくちょっとゲームらしくなってきたと思った矢先にコレかよ……。


 暗い気分で俯いた俺の顔の前にレオナさんが飛翔した。そして『どんっ!』と大きな胸を張る。


「わかった! ここはどうやら私の出番ね! ヒロ君がゲームに集中出来るように、あの筋肉バカは私が何とかするわ!」


「な、何とかって?」


「妖精の聖なる力を見せてやるから!」


 そしてレオナさんは飛び立ち、どこかに行ってしまった。


 ……『妖精の聖なる力』とは一体なんなのだろう。何が起こるのかと気が気でなかったが、案外何事もなく、俺はその後、他の衛兵とのぎこちない体術や剣の稽古を終えた。



 事が起こったのは訓練が終わった夕刻。皆で普段着に着替えている時だった。突然、グラナダが叫んだのだ。


「ああーーー!? ねえ!! 俺の靴がねえぞ!!」


 衛兵達が協力して一生懸命探したが、それでもグラナダの革靴は見つからなかった。諦めて訓練所を出て、しばらく歩くと、パルーが素っ頓狂な声を上げた。


「お、おい!! ひょっとしてコレ……グラナダ君の靴じゃね!?」


 敷地内の道には汚水を流す側溝があり、なんとそこに泥だらけの革靴が捨てられていたのだ。


 衛兵の一人が鼻を摘みながら言う。


「ひっでえ! 一体誰がこんなことを!」


 パルーは顔を青ざめさせて言う。


「こ、この靴、確かグラナダ君のおばあちゃんが、傭兵をやるって言った時、作ってくれた革の靴だったんじゃ?」


「チィッ!! 何処のどいつだ!! こんなくだらねえことしやがってよ!!」


 強情にそう言い張ったグラナダは、少しだけ涙目になっていた。


『グラナダの靴、汚水まみれ事件』――だが、これは単なる序章に過ぎなかった。



 ……その翌日。


「ねえっ!! 俺の剣がねえぞ!!」


 グラナダが大声でそう叫んでいた。

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