第十九章 妖精の力

「練習中に此処に置いといた筈なんだよ!! 一体誰だよ、畜生があっ!!」


 練習着に着替える為の部屋で、グラナダは辺りに物を投げ散らかし、怒り心頭の様子だった。遠巻きに見ていた衛兵の誰かが「おいおい。またかよ」と嘲るように呟く。


「ああ!? 誰だ、今言った奴は!?」


 グラナダが衛兵の集団に睨みをきかせると、部屋は静かになった。気まずい雰囲気の中、一人の衛兵が空気を読む。


「それでグラナダの剣ってどんなのなんだ? 皆で探そうよ?」


 探すという提案を持ちかけられては憤る訳にもいかなかったようで、グラナダは渋々、盗まれた剣の特徴を皆に告げた。どうやらグリップ部分に竜の紋章が入った鋼の大剣たいけんらしい。


 靴の時と同様に衛兵達とパルー、そして俺はグラナダの大剣を探した。練習場は勿論、外へ出て周辺をくまなく、さらには靴のあった側溝まで……だが散々探してもグラナダの剣は見つからなかった。


「……もういい」


 一度、皆で部屋に戻った時、ぼそりとグラナダがそう呟いた。衛兵達も「また明日にするか」と同意する。


「ちょっと俺……用たしてくるわ」


 疲れがドッと出たのだろうか。覇気のなくなったグラナダはトボトボと着替え部屋の前にあるトイレに向かい、そして、


「なんじゃこりゃあああああああああああ!?」


 絶叫した。


 パルーも衛兵も、もちろん俺もグラナダの元へと急ぐ。そしてパルーがトイレに駆け込んだ瞬間、素っ頓狂な声を上げた。


「お、おい! ひょっとしてコレ……グラナダ君の剣じゃね!?」


 大便器の穴に、竜の紋章の入った大剣が突き刺さり、直立していた。その様子を見た一人の衛兵が大声で叫んだ。


「た、大変だ!! 大剣が大便に突き刺さってんぞ!!」


 便器と言っても、中世のような世界観のキワクエ。地面に空いた穴に汚物を落とすだけの簡易的すぎる代物であった。おそるおそるグラナダがグリップを握り、剣を便器から抜くと、案の定、刀身は真っ茶に染まっていた。


 グラナダは無言でブルブル震えていたが、不意にウンコ塗れの剣を放り捨て、俺の胸ぐらを掴んだ。


「ヒロおおおおお!! テメーの仕業かああああああ!!」


「!? ち、ち、違う!! 俺じゃない!!」


「テメーだろ!! テメーがイジメられた腹いせに俺の靴と剣、こんなにしやがったんだろうがあああああ!!」


 ひいぃぃぃ!? な、何で俺がこんな目に!?


 だが名前も知らない衛兵達が何故だか俺の前に躍り出た。


「おい、やめろよ。ヒロはずっと俺達と一緒に練習していたぜ? 靴と剣を隠す暇なんかなかった筈だ」


「ああ。それにヒロだって、さっきから真剣にお前の靴と剣を探してたんだ。八つ当たりはよせよ」


 諫められたグラナダは俺の胸元から手を放すと、


「……すまねえ」


 俺の目を見ずに謝った。グラナダの巨体はその時、とても小さく感じられた。


 だが……事はこれだけでは終わらなかった。突然、トイレの隣の部屋から女性の絶叫が聞こえたのだ。


「あんれええええええええ!! アタイの下着がねえだべえええええええ!!」


 血相を変えて部屋から飛び出してきたのは、看護服姿の小太りで年配の女性であった。パルーが尋ねる。


「ど、どうしたんだ? 救護のオバチャン?」


 聞いたところ、部屋に置いてあったオバサンの下着が何物かに盗まれたという。ちなみに下着の特徴は、


「アタイの心のように純白の下着だよう!! お尻のところに花柄の刺繍さ、入れてあんだあ!!」


 衛兵達が度重なる盗難に「やはり泥棒でもいるんじゃないか」と、ざわざわしていた時。


 パルーがまたも素っ頓狂な声を上げた。


「お、おい! グラナダ君の荷物袋に入ってるアレ……ひょっとして救護のオバチャンの下着じゃね!?」


 皆の視線がグラナダが担いでいる荷物袋に集中する。荷物袋の口からハミ出ていたのは花柄の白い布のような物体であった。オバサンが素早くその布を抜き取り、そして叫ぶ。


「こ、こりゃあ間違いなくアタイの下着だあ!! ってことは……いっやだァーーッ!! この人がアタイの下着さ、盗んだんだよォーーーーッ!! きっと家に持ち帰って『性的ないやらしいこと』に使うつもりだったんだべさァァァ!!」


 もの凄い剣幕でグラナダを糾弾するオバサン。流石にグラナダも顔を真っ赤にして反論する。


「ふ、ふざけんなこの糞ババア!! 誰がお前みたいな死に損ないの下着で欲情するかよ!!」


 だが、それがいけなかった。その一言がオバサンだけでなく、周りの衛兵達の反感を買った。


 ゴツい体格の衛兵がグラナダに睨みを利かす。


「おい。お前、いい加減にしろよ? 俺達がケガした時、助けてくれる救護の人に向かってよくもそんなことが言えるな?」


「だ、だって、このババアが、」


 違う衛兵がグラナダに叫ぶ。


「この下着泥棒め!!」


「ち、違うって言ってんだろ!!」


「じゃあどうしてお前の荷物袋に救護のオバチャンの下着があるんだ?」


「知らねえ!! 知らねえよっ!!」


 皆が鬼のような顔でグラナダを睨んでいる。グラナダは微かに震えているように見えた。さらに屈強な体格の衛兵が畳みかける。


「ちょっと強いからっていきがるなよ? 正直、お前くらいの奴は衛兵の中にいくらでもいるんだぜ。何なら今此処で試してみるか?」


 挑発され、戸惑うグラナダを別の衛兵が指さした。


「ってかさぁ、今気付いたけどコイツの顔……何だかゴブリンみたいだよな?」


「ははっ! それは確かに言えてるぜ! コイツは確かに『ゴブリン顔』だぜ!」


「グラナダは、靴も無くて、剣はウンコ塗れのゴブリン野郎だ!」


 激しい言葉の暴力。響き渡る嘲笑。突き刺さる冷たい視線。


 耐えきれなくなったのか、グラナダはパルーを振り返った。


「い、行こうぜ、パルー」


 しかし、頼みの相方は死んだ魚のような目をしていた。


「俺に話しかけんじゃねーよ!! このゴブリン野郎!!」


「ぱ、ぱ、パルー!?」


「先輩方、行きましょう! こんな奴と喋ってるとゴブリンが伝染ります!」


「そ、そんな……ま、待ってくれよ……!」


 そしてパルーと衛兵達は、ぞろぞろとその場からと去っていく。俺としてもグラナダと二人きりで取り残されるのが嫌だったので、集団の中に紛れて、その場から逃れた。


 少しだけ気になって後ろを振り返ると、


「うぐっ! あぐうっ! ひっく! ううっ! あふうっ!」


 通路に取り残されたグラナダは泣きじゃくっていた……。






 何とも言えない嫌な気分で一人、敷地内の衛兵用宿舎に向かい、歩いていると、不意に剣を忘れたことに気付いた。着替え部屋で剣を砥石で磨いた後、そのままにしてきてしまったのだ。


 慌てて着替え部屋に戻ると、誰もいない部屋の中、俺の剣は静かに元あった場所に立て掛けてあった。


 ホッと安心し、剣を取って帰ろうとした時。部屋の隅にある机にメモ書きが残されていることに気付いた。


 メモには走り書きでこう記されていた。



『一身上の都合により傭兵を辞めさせて頂きます  グラナダ』



「よ、傭兵……辞めちゃった……!!」


 俺が喫驚し、ボソリとそう呟いた刹那、


「アーーーーーーッハッハッハッハーーーーーーー!!」


「うわっ!?」


 誰もいないと思っていた部屋から、悪魔のような甲高い笑い声が! 


 ダンスを踊るようにクルクルと回りながら天井から舞い降りた悪魔――いや妖精は、俺の顔の前で小さな親指を立てた。


「ミッション・コンプリート!! 見た!? これが『妖精の聖なる力ホーリー・フェアリーパワー』よ!!」


「…………レオナさん」


 俺は今まで溜まっていた鬱憤を遂にぶつけた。


「アンタ、やり過ぎなんですよ!! 何が神聖ホーリーだ!! 邪悪かつ陰険すぎるわ!!」


 だが妖精は全く悪びれない。


「何言ってるの、ヒロ君。やられたらやりかえさなきゃ」


「いや、いくら何でもアレは酷すぎますよ!! 俺、久し振りに見ましたよ、『泣きじゃっくり』!!」


「どうしてそんなに怒ってるのよ? あのままにしておいたらアナタ、ゴブリン来襲の前にグラナダにリタイアさせられてたかも知れないのよ?」


「う……」


 そう言われれば言葉に詰まる。確かにレオナさんのお陰で傭兵のイジメイベント(?)はクリア出来た訳で……結果としてはこれで良かったのか……?


 だが、その時。俺の胸のペンダントが激しい光を放ち、輝き始めた。


「こ、これは……?」


「まさか……!」


 レオナさんと二人、息を呑んで見守る中、新たな称号が刻まれていく。




鬼のように陰湿な親友殺しファッキン・スパイトフル・ベストフレンドキラー




「!? オォォォォイ!! 何で全部俺がやったことになってんの!?」


「私の姿は人には見えないからねえ」


「称号なのに『ファッキン』とか書かれてますよ!?『最高の親友殺しベスト・オブ・ベストフレンドキラー』の方が、まだ全然マシだったんですけど!? どうしてくれるんですか!!」


「ま、まぁ、あまり気にしなくてもいいじゃない。そ……それよりホラ! 明日は遂にゴブリン来襲よ! どう、準備は?」


「出来てませんよ!! 何だか気付いたら既に二日経ってるし!! 俺のハードは、ほぼ確で明日壊れますよ!!」


「じゃあ……止める?」


 ぼそりと呟かれた後、レオナさんにジト目で見詰められ……


「ハァ……」


 俺は大きな溜め息を吐いた。


「いや……まぁ……やるだけはやってみますけどね……」


「へぇ? ハードが壊れるのが分かってるのに? どうして?」


「うーん。せっかくここまで来たんだし、今さら止めるってのも……それに何ていうか……自分の力を試してみたいっていうか……」


 オーベルダイン歴程を読んで俺は本当にそう思ったのだ。ごく僅かでも可能性があるなら……そして過去に一人でもクリア出来た人がいるのなら……ならば、俺だって挑戦してみたい。


「本気……なのね」


 そう言ったレオナさんの声はいつになく真剣だった。気付けば表情も大人の女性の憂いのようなものを帯びている。


 レオナさんが前髪をかき上げた。


「ヒロ君。アナタの覚悟は伝わったわ。ならば私もアナタに真実を教えましょう。どうして私が、これ程までにこのゲームをクリア出来る人を探しているのかをね……」

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