第十七章 傭兵
絶体絶命の状況にも関わらず、余裕の表情のレオナさん。その意図するところが分からず、戸惑う俺の前に
二匹のゴブリンを威嚇する鋭い眼光はあの時、見た穏和な瞳ではない。だが鳶色の髪の毛と甘いマスクの横顔は疑うことなく、
「テスラ!」
テッド町内衛兵隊隊長テスラは俺を振り返らず、二匹のゴブリンへと歩を進める。獰猛だったゴブリンがまるでテスラに気圧されるように後ずさった。
「ギゲエッ!!」
叫んだ後、逃げようと素早く踵を返したゴブリン達だったが、
「
呟いた瞬間、テスラの姿が消え、稲光りする軌道がゴブリンへと向かって描かれる。輝く軌道が消えた時、二匹のゴブリンの上半身と下半身は分離している。そしてゴブリンの死体の背後で剣を鞘に戻すテスラ。
「す、すっげえええええ!! ゴブリンを一瞬で二匹も倒した!?」
興奮して叫んだ俺を振り返り、ようやくテスラはニコリと笑った。レオナさんが俺の耳元で自信ありげに言う。
「人の身ながら天賦の才と徹底した訓練によりゴブリン以上の俊敏さを手に入れたテッド町最強の衛兵――それがテスラ=ウォルフ=ターマインよ。戦闘モードの時にまとう金色の鎧が、高速移動時、稲妻が走ったように見えることから『雷鳴のテスラ』と呼ばれているの。序盤で出会う最強のNPCね」
「へえ! レオナさん、詳しいんですね!」
「イケメンだからね」
うっとりとテスラを眺めている。まぁその気持ちは分からなくもない。強くてその上、容姿も端麗。同性の俺でも見惚れてしまう。
テスラは、駆け寄って来た数名の衛兵に隊長らしく指示を飛ばしていた。
「君達はこの女の子を家まで届けてやるんだ」
「はっ!」
「残りの者は火災している民家の消火に当たれ」
「はいっ! かしこまりました!」
俺は衛兵に連れられていく女の子に笑顔で手を振った。ふと気付くとテスラが俺を眺めている。というか、俺の腰に携えた鞘を見ているようだ。
「ヒロ……そうか。君も剣士なんだな」
そして俺の傍に歩み寄り、俺の手を握った。
「えっ? な、な、何?」
キョドる俺に真摯な目を向け、
「ぶしつけな願いですまない。だが、今は一人でも町を守ってくれる戦士が欲しい。ヒロ、君さえよければ傭兵として一時的に町内衛兵隊に入ってくれないか? 無論、報酬も出す」
テスラの頼みに俺の胸は高鳴った。
傭兵!! VRMMOの定番じゃないか!! しかもテスラと一緒に戦えるとか……そんなの考えるまでもない!!
「入る!! 是非入らせてくださいっ!!」
「そうか! ありがとう!」
二つ返事で引き受けた俺にテスラは感謝したが、レオナさんは口をあんぐりと開けていた。
「ちょっとヒロ君!? いいの!? オーベルダイン歴程を見てから決めた方がよかったんじゃない!?」
テスラに気付かれないように小声でレオナさんに囁く。
「いやだって傭兵とか、ようやくゲームらしくなってきたじゃないですか! それに今、テスラと離れて一人でいる方が危ないと思いません?」
「ま、まぁ……そうかも知れないけど……」
「大丈夫ですって! ログアウトしたら家のパソコンで読んでおきますから……」
「ではヒロ。準備が出来たら僕についてきたまえ。ガバン様の屋敷の敷地内には衛兵達の訓練所がある。そこに案内しよう」
「ああ、うん。でもテスラ、その前に……」
傭兵になることを約束した俺は、レオナさんにまた明日ログインすることを伝え、いったんログアウト処理したのだった。
風呂上がりにパソコンを起動し、プリンを食べながら、俺はオーベルダイン歴程を閲覧した。そして、
『ゴブリン来襲について』と書かれた見出しをクリックした……。
『よう、ゴミ虫。テメーやっちまったな』
……そんな一行目を見て、プリンを食べる手が止まった。カムイはめずらしく長々と続く文を書いていた。
まず第一にだ。テッドの町を出るには色々なルートがある。一般的なルートだと、町の奴の依頼を聞き、数々の仕事をこなし、人望を高めていって、やがて町王ガバンの許可を得て、外に出る方法だ。めんどくせーが、これが一番確実な方法だな。
もしくは無理矢理、脱町して、外にいるゴブリンから逃れつつ、あるいは数匹倒しつつ、フリジア城を目指す。これは格闘技経験者、それもかなりの手練れでなければ不可能な荒技だ。
他にも方法はあるが、その中でも最悪なのが、ゴブリン来襲イベントだ。一匹でも手こずるゴブリンが数十匹同時に現れる最低最悪地獄のクエストだ。
発動条件だが、『
まぁゴブリンが来襲した後も、選択肢はいくつか選べる。生き延びる確率順にオススメの選択肢を書いておいてやるから感謝しろよ、このボケナス!
◎生存確率10%――四日間隠れてゴブリンをやり過ごす。どこかの店の下に穴を掘って隠れると良い。だがこれでプレイヤーは永久にテッドの町から出られなくなる。ざまあねえな、このモグラ野郎!
◎生存確率5%――仲間と一緒に戦う。NPCの仲間五十人くらいにあと、リアルプレイヤーの仲間も五十人以上いるならオススメだ。数で圧倒できる。まぁそんなに仲間は集まらないだろうな、このボッチ野郎!
◎生存確率0・1%――傭兵として町内衛兵隊に入り、テスラと共に戦う。これがとんでもなく最悪な選択肢だ。大天才の俺ですらこの選択肢後のクリアは難しい。ハッキリ言って凡人でバカでアホでデブでハゲなお前らじゃあ絶対無理だろう。死ね! 一刻も早く死ね!
……プリンを食べるのも忘れ、俺は鼻をヒクヒクさせていた。
ってか生存率0・1%ってことはアレだろ、ハード壊れる率99・9%ってことじゃねーかよ!! じ、冗談じゃない!! このゲーム止めるなら今のうちなんじゃないか!?
だが親切にもカムイはその下に新たなタイトルを用意してくれていた。
『ゴブリン来襲後、傭兵となったウンコ垂れへ』――俺はとりあえずその見出しをクリックした。
プッ!! 信じられねーバカだな、テメー! 完全にハード壊れるぞ!! ご愁傷様、ハッハハハ!!
だが、まぁ、もしもだ。お前が『
……えっ。その称号なら今まさに持ってるぞ。マーチンに誓いの言葉を言った時に貰った称号じゃないか。
『
……いつものように見出しをクリック。すると、パスワード入力画面が現れた。いわく『ホントだろーな、テメー? なら誓いの言葉を入力しろや』と。「何でセキュリティが掛かってんだ」と訝しがりながらも俺は『死んでもずっと親友』と入力する。すると画面が切り替わり、カムイの言葉が映し出された。
ケッ。幽霊に取り憑かれ、狂気の幼馴染みから追撃される、あの状況から抜け出すとはな。ほんのちったあ誉めてやるぜ。お前が入力した誓いの言葉は、わからねえ奴はきっと十年経ってもわからねえ代物だろうからな。そんなお前に特別に、キワクエの裏技を教えてやる。それを知って『ゴブリン来襲イベント』に臨むなら、生存率は0・1%から0・5%くれーには上がるだろうよ。
……いや、ほとんど変わってねーじゃん生存率……と、ふて腐れながらもカムイの書いた『裏技』を読んで……俺はハタと膝を打った。
そ、そうか、なるほど!! だからあの時、俺はゴブリンから女の子を助けられたのか!!
謎は解けたが、疑問は残る。
いや……だけどコレ、ホントに裏技か!? しかも、やろうと思ってもなかなか出来るもんじゃないだろ、こんなこと……。
『裏技』の後もカムイの言葉は続いた。
ゴブリン来襲は難易度SSSの地獄のイベントだ。だが、このイベントをクリアして初めてテッドの町の謎を知ることになる。それでこそ序盤の『パーフェクトクリア』だと俺は考える。
ゴブリン来襲の第二波は傭兵になった三日後だ。それまでせいぜいあちこちに目を配らせ、考えろ。
そしていいか。よく聞け。生存確率0・1%と書いたが、それでも俺はクリアした。もちろん俺が文武両道なパーフェクトヒューマンだってこともあるが、クリアした人間が一人でもいるってことを忘れるな。つまり『確率は紙のように薄いが、不可能じゃあねー』ってこった。わかったな、ゴミ虫が。
……一体どうしてだろう。
カムイの説明がいつになく熱を持っているように思えた。
「お前に出来るのか? 俺はやったぞ! やってみろよ!」と言われているような気がしたのだ。
……もちろんハードは壊したくない。
……買い換える金などない。
……そして食べかけだったプリンはいつの間にか床に落ちている。
それでも俺は翌日、キワクエにログインしようと心に決めたのだった。
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