第二章 幼馴染みと親友

 ハードである最新型ヘッドギアタイプVRマシン『VR・NX』は、ほぼ全てのVRゲームに対して互換性があるので、十年前のVRソフトでも起動出来る。それは問題ない。問題はソフトの内容だ。


 俺は自分の部屋で、先程、押し売られたパッケージを睨んでいた。『極・クエスト』と書かれたタイトルの下には剣を持った男が悪魔と戦っている古臭い感じのイラストが描かれていた。この時代錯誤な絵の古臭さが、中に入っているマイクロソフトにまで浸透していそうな気がした。


 ってか、どうせ面白くないんだろうな。グラフィックとかドット絵だったらマジどうしよう? いやそうなったら流石に文句言わないとな。たとえ電話に出なくても店の場所は分かってんだ……。


 VR・NXに『極・クエスト』のマイクロソフトをセット。頭部に装着してベッドに横たわり、目を閉じる。真っ暗な闇の中、再度、気持ちを新たにする。


 そうだ、そうだ! 言ってやる! 面白くなかったら、店まで行って文句言ってやる! 返品して、お金返して貰おう! 俺だって言う時は言うんだ! よーし、決めた!


 すると不意に荘厳な女性の声が聞こえた。


『勇者よ。魔王を倒し、この世界オーベルダインを救うのです』


 クレームの決意を固めているうちに、いつの間やらゲームが始まっていたらしい。暗闇から姿の見えない女性の声が俺の脳内で響く。


『勇者よ。まずはフリジア城を目指すのです』


 ふーん。俺は勇者な設定な訳か。なんだ、なんだ。超本格VRMMOとか言ってたけど、案外、普通の始まり方なんだな。


 なんて考えていると、


「起きて、ヒロ!!」


 今度はいきなり元気そうな女性の声が。続けて体を揺さぶられ、俺は否応なく目を開ける。視界に飛び込んできたのは青い瞳の金髪美少女だった。


「わわっ!」


 彼女との距離があまりに近くて、俺は驚き、のけぞった。途端、体勢を崩し、俺はベッドから落下する。


「だ、大丈夫、ヒロ?」


「いてて……」と言いながら、尻をさすり――それと同時に喫驚する。


 痛い? 痛いって何だ? まさかこのゲーム、痛覚があるのか?


「ごめん。驚かせちゃったわね。ねえ、ケガしてない?」


「あ、ああ。それは大丈夫なんだけど……」


 俺は目の前の金髪少女を凝視する。年は俺と同じくらいだろうか。スリムな体型で、麻の布で出来たような質素な服を着ている……って、よく見れば俺も同じようなのを着てるな。


 ベッドから見える位置には姿見があり、そこには少女と同じ麻の服を着て、ベッドに腰掛ける俺が映っていた。顔、体格も本当の俺と相違ない。この極・クエストは、現実の自分の体型をハードであるVR・NXを通じてスキャンし、VR電脳世界に転送する『ヴァーチャルプロジェクション方式』のゲームらしい。また、この少女がさっきから『ヒロ』と俺の名前を呼ぶのも、VR・NXに登録してある俺のUNユーザーネームを読み取っているのだろう。


 それにしても……。


 少女の顔は、すごく綺麗だった。いや女性としても無論、綺麗なのだが、今はそういう意味ではなく、ゲームとしてのグラフィックのことである。肌の質感、存在感、更に耳を澄ませば息づかいまで聞こえてくる。俺はそのことに感動していた。古いゲームの癖に、ファイクエの前作とほぼ変わらない、いやそれ以上の精度である。


「な、何、じっと見てるのよ?」


 少女が頬を赤らめた。普通、NPCを眺めていると頭上にカーソルと名前が表示されたりするのだが、いくら眺めてもそれらは出てこない。


 ふぅん。そういうゲームっぽく感じる要素はカットか。なるほど。これが『超本格VRMMO』って訳ね。


 まさに現実さながら。自分がゲームをしているのを忘れる程のリアルさだった。


 ふと、不安になり、俺は目の前の何もない空間をチョンチョンチョンと人差し指で突いてみる。ほぼ全てのVRゲームに共通する『トリプルタッチ』というコマンドである。こうすれば普通、ステータス画面が表示されるのだが……


 すると、ステータス画面こそ現れなかったものの、


『今までの冒険をセーブしてゲームを終了します。よろしいですか? YES/NO』


 そんなテロップが視界の背景を透過して表示された。


 ああ、よかった! いつの間にか異世界に紛れ込んでいたらどうしようかと思った! ちゃんとゲームの中だった!


 胸を撫で下ろすが、少女は訝しげな表情だ。


「ねえ、ヒロ。さっきからアンタ、ホントに大丈夫? 寝ぼけてるの?」


 ツンデレっぽい少女に俺は聞く。


「えっと、君は、その誰だっけ?」


「はあ? アリシアよ、アリシア! アンタと幼馴染みの!」


「幼馴染み……そういう設定か。で、この部屋は君の……アリシアの部屋?」


 アリシアは一瞬、絶句した後、声を張り上げる。


「アンタの家のアンタの部屋でしょうが!!」


「ああ、此処、俺の部屋なんだ。で、俺の家に幼馴染みのアリシアが何の用?」


「バカにしてるの!? 今日は、うちのリンゴの収穫、手伝ってくれるって約束したじゃない!!」


 凄い剣幕だが、そんな約束をした覚えがないので仕方ない。


「ご、ごめん。そうだっけ」と、とりあえず謝っていると、ノックの音が。


「おーい、アリシア。ヒロは起きたのか?」


 爽やかな声と共にドアを開けて入ってきたのは、絵に描いたような好青年だった。


「兄さん。ヒロったら寝ぼけてるのよ」


 男は俺の傍まで来て、白い歯を見せ、笑う。


「いくら寝ぼけていても、お前の親友のこのマーチン様を忘れる筈がないよな?」


 アリシアの兄で俺の親友らしいマーチンは背が高く、金髪を短く刈り上げていた。アリシアと同じく整った顔は愛嬌に溢れている。


「ヒロ。お前、まだ朝飯食ってねえんだろ? だから頭がハッキリしないんだ。そういうときは、ホラ。うちの農園で取れたリンゴだ。食えよ」


 マーチンは俺に赤々としたリンゴを手渡した。顔を近づけると、もぎたてのリンゴの香りが漂ってくる。俺はそれにガブリと齧り付いた。


「あら。言ってくれたら切ってあげたのに」


 アリシアが果物ナイフを取り出していたが、俺は構わずリンゴをモシャモシャと囓り続けた。


「うまいだろ?」


「……うまい……ってか……すごい……!」


 嗅覚、それに味覚までも存在しているのか!


 辺りを見渡せば、ログハウスのような部屋に置かれた、立体感のある家具!


 そして、目の前にいるNPC達の存在感!


 な、なんだよ、コレ! マジで現実と変わらない! こんなハイクオリティなゲームが十年も昔に発売されていたなんて! これってひょっとして超大作VRMMOなのか?


『極・クエスト』――そんなタイトルを今まで聞いたことすらなかった。まぁ十年前なら俺はまだ七歳だから知らないのも無理はないか。


 リンゴがヘタになるまで食べきった後、俺の気持ちは高ぶり始めた。


 そこまで悪い買い物じゃなかったのかも! 何だか俄然、やる気が出てきたぞ! こうなったら早く冒険に出発したいな!


「ヒロ。今度はちゃんと切ってあげるからね」


 果物ナイフを片手に持ったアリシアが、マーチンに貰った新しいリンゴを剥いていたが、


「なぁ、アリシア。フリジア城にはどうやって行くんだ?」


 その途端、アリシアはリンゴを床に落とした。見ると、顔をリンゴさながら真っ赤に染めて、小鼻をヒクヒクと痙攣させている。


「ば、バカ! 言って良い冗談と悪い冗談があるわよ!」


 マーチンも首を横に振る。


「ヒロ。その冗談は笑えないぜ」


「いや、別に俺、冗談言ったつもりはないんだけど! 普通に町の外に出たいだけなんだけど!」


「オイッ!! このバカ野郎!!」


「ひっ!?」


 唐突なマーチンの怒声に体を震わせる。


「口を慎め! 町内衛兵隊にでも聞かれたらどうするつもりだ!」


 ち、町内……衛兵……何ソレ……?


 ツンデレ系だと思っていたアリシアが、兄の態度に恐れをなしたのか、オドオドと俺に告げる。


「ひ、ヒロ。とにかくふざけるのは、もうお仕舞いにしましょ。ねっ、今日は楽しいリンゴの収穫日だよ? は、早くウチの農園に行きましょ?」


 しかし、俺は負けなかった。だってこれだけリアルなNPC達だ。モンスターがどんなグラフィックなのか早く確かめてみたい。


「悪い。けど、リンゴ狩りは後にしたい。俺はとにかく町の外に出てみたいんだ」


 するとアリシアは今度は顔面蒼白となり、口に手を当て、呟いた。


「く、狂ってる……!」


「失礼だな! 俺は正気だ!」


 意味が分からない! 普通だろ! RPGで町の外に行くのは!


 埒があかないと思った俺は、すっくと立ち上がり、二人に言う。


「とにかくちょっと町の外に出てみるよ。リンゴの収穫はその後で絶対手伝うからさ……」


 そして俺は一人、ドアまで歩いた。


 さぁ、一体、町の外にはどんなモンスターが生息しているんだろう! ワクワクするなあ!


 だが、その時。『ドッゴォォォン!!』。背中にもの凄い衝撃が走った。

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