72「どうして戦う」〈ラ・ウォルホル攻城戦4〉
歌が聞こえた。
男の声だ。僕の頭のすぐ上で誰かが魔法の詠唱をしている。何の魔法だろう、と考えた瞬間、顔に大量の水が降ってきた。
「あっ、すまん!」
想定していたより多い水が出現してしまったのだろう、男は狼狽したが、僕にとってはそれすらありがたかった。乾いた口内に水が浸透し、肌からも染みこんでいく。水分を失った身体は貪欲にそのすべてを飲み込み、身体の内側で燃えていた炎が音を立てて消えていった。
「おい、大丈夫か、レプリカ」
跪いて僕の肩を揺する男の声には焦燥が混ざっていた。返事をするのも億劫で、小さく頷く。彼はそのわずかな動きにも安堵の表情を見せた。
「一体何があったんだ? 『太陽』はどうして空に消えた?」
ああ、そうか、他の人には僕が何をしたか、分からない。傍目から見たら恐怖で動くことができなかった僕が幸運にも死を免れた、そんな程度にしか捉えられていないのかもしれない。
僕はゆっくりと息を吸い、顔を背けた。
……報われないなあ。
手をつっかえ棒にして起き上がろうとする。地面に爪が食い込むほどに力を込めたつもりだったけれど、幾ばくかの力も入らず、崩れ落ちそうになった。衝撃で、締めつけられるような頭痛が強くなった。
「おい、無茶をするな! 今、治癒術士を連れてきてやるから」
「……違いますよ、連れてくるのは治癒術士じゃない。阻害魔法の使い手だ」
「……レプリカ?」
「どのくらいの時間がありますか」
何とか身体を起こし、地面に尻をつける。それだけの運動に強い疲労感を覚えた。僕はもう一度男に水を要求し、頭からかけてもらった。
男は困惑の表情のまま、訊ねてくる。
「どのくらい、って何のことだ?」
「『太陽』が、もう一度発動するまでの、時間、です」
バンザッタの風と水の壁と異なり、おそらくラ・ウォルホルの「太陽」は魔法陣に組み込まれた魔力をすべて放つタイプのものだろう。そう信じたかった。でなければ、もう一度「太陽」を撃たれてすべてが終わりだ。
しかし、目の前にいる騎兵は射線上へと戻ってきている。それは「太陽」の連続使用が不可能であることを示唆していた。問題は次弾を起動するまでの時間だ。
基本的に魔法陣は再利用する際、枯渇した魔力を充填する必要がある。その量は大きさと複雑さに比例して増加する。大規模立体魔法陣が数分で再度起動できるとは思えなかったが、しかし、相手がどれだけの魔術師を用意しているかも分からない。
僕は男を強く睨み、返答を要求する。
「ここで退いたら、また、『太陽』を撃たれる。……そうでしょう? もう一度はごめんです」
「それはそうかもしれないが……『もう一度』ってお前、まさか……お前があれを」
男の表情が曇る。彼は隅々まで僕の身体を見回し、困惑をさらに色濃くした。どれだけ眺めても僕の身体に傷がないのは変わりがないはずだが、彼も薄々「僕が何かをした」ことに勘づいているようだった。
「レプリカ、もう一度言う、無茶だ。後は俺たちに任せろ」
「何を、言ってるんですか。後ろの陣形はもうめちゃくちゃだ。まともに動けないでしょう。それに、僕はまだやるべきことをやっていない」
「やるべきこと、ってあのクソ指揮官がとち狂ってした命令じゃないか! 軍人でもないお前が従う必要などないだろう!」
「……あるんですよ」
僕は口元を拭い、立ち上がる。一度ぼろぼろになった筋肉は立つ感触すら忘れていて、大きくよろめいた。気を張っていなければ視界が霞みそうになり、僕を自分の頬を強かに叩く。
だが、騎兵はその行動に顔を歪める。
「レプリカ、お前はどうして戦うんだ? お前がその不可思議な力で、身を挺して『太陽』を逸らしたのはよくわかった。だが、それだけでもう十分だ!」
彼はどうして怒っているのだろう。朦朧とした意識で僕は彼を見つめる。彼の表情には武功を焦るような雰囲気も、僕を邪魔に感じているような気配もなかった。ただ一人の人間として、僕を心配してくれている――自意識過剰なヒロイズムではなく、その不思議な実感があった。
僕は腕を上げ、燃え残っていたローブの袖を噛む。布地から吐き出された水分をゆっくりと嚥下して、努めて笑顔を作った。うまく笑えたかどうか分からないが、それだけで感謝の気持ちが伝わるように祈り、僕は質問に答える。
「僕が戦うのは、義務です」
「義、務?」と男は理解できなかったかのように繰り返した。「お前に何の義務がある?」
「僕が逃げたら――」
僕が逃げたら、大事な人たちによくないことが降りかかる。
二年前、僕が殺人から逃げたことでアシュタヤは暗黒の苦しみを味わった。それと似たようなことがまた起こるかもしれない。強迫観念にも似た思いが、僕の身体と心に絡みついているのだ。
今、僕が逃げたら、この戦争は仕切り直されるだろう。戦力差を考えればエニツィアは簡単に勝利を収めるはずだ。しかし、確実に、犠牲は増える。その犠牲になるのが頭領やヨムギたちかもしれない。万が一敗北すれば、ラニア夫妻に敵の手が伸びる可能性だってある。
たとえ理不尽な命令であったとしても、僕はやり遂げなければならない。
一つ一つやるべきことを、やらなければいけないことを、誰かがやって欲しいと願ったことをやり遂げることで、きっと僕は資格を手に入れることができる。そう考えていたし、そうしなければ僕は坂道を転がり落ちていくと思っていた。
馬鹿にされても構わない。
今、僕が縋ることができるのはこの強迫観念しかなかった。
「盾が逃げたら、誰が人を守るんです?」
サイコキネシスで身体を包み込み、地面を蹴る。「レプリカ」と叫ぶ騎兵の声が背中に当たった。頭痛がひどい。全身に倦怠感が染みついている。口の中の乾きは消えていない。
それでも、僕は戦わなければならない。
どれだけ敵がいたとしても、「逃げる」ことの恐怖に比べたらなんてことはないのだ。
〇
風が吹いていた。
『太陽』により暖められた空気が上昇し、その隙間を埋めるために冷たい空気が流れ込んできている。乾いた土が崩れ、砂となって舞い上がっていた。
サイコキネシスを身に纏っている状態ではまともに砂の粒を防ぐことはできない。わずかな隙間から砂が口の中へ入ってきた感触がした。歯をかみ合わせた瞬間の異物感が不快でたまらない。唾を吐き出したかったが、それによって水分が失われるのを危惧して飲み込む。
きっと僕の身体はそう長くは持たないだろう。
死ぬことはないにせよ、肉体と意識が乖離していく実感があった。
僕はちらりと後ろを振り返る。「阻害魔法の使い手」とは言ったけれど、僕に水を与えてくれた騎兵の男にはできるだけ多くの人を連れてきて欲しかった。
どうか僕を助けてくれ。
息を吐き、前方を見つめる。ラ・ウォルホルの星形要塞、その突起部分に幾人かの姿が現れた。「太陽」の余波をくらわないように隠れていたのかもしれない。彼らは僕を発見すると、慌てたように迎撃を開始した。
ボーカンチは魔法研究の盛んな国だ。それだけに、弓矢や固定された投石機の扱いに長けていないようだった。石は僕の遥か後方へと飛んでいき、矢は見当違いの方向へと射られている。なぜか魔法の割合が少ないが、それだけでも十分にありがたかった。
こちら側へと突き出ている三つの稜堡からの攻撃を無視し、突き進む。僕に対して矢や石を放ってきているのはそれぞれに十人ほどだろうか。一人なら手を焼くこともないと考えているのか、それとも単純に迎撃に配置するだけの人員がいないのか。
偶然、こちらに向かってきた矢を躱す。
――不思議なものだ。自身の身体がこれ以上ないほどに研ぎ澄まされているのが分かった。水分の足りない細胞が風圧に押しつぶされ、感覚器官を剥き出しにしている、そんな感じだ。
放たれる矢の動きが、一本一本、手に取るように知覚できる。
これなら〈腕〉を防御に回す必要もない。
砦までの距離が潰れていく。そこでようやく相手から魔法が放たれた。宙に生まれた水弾は僕の移動まで計算された正確さで真っ直ぐ向かってくる。
火球ではなくて本当にありがたい。
僕は身体から〈腕〉を引きはがし、前に突き出した。サイコキネシスの支えを失った身体は速度によろめき、危うく転びそうになった。
しかし、ちょうど――ちょうど、喉が渇いていたところだ。
迫り来る直径二十センチメートルの水弾を〈腕〉で捕まえる。加速した約四リットルの液体の衝撃はそれなりに強かったが、まるで問題ない。運動エネルギーを失った水の塊は僕の〈腕〉に導かれ、柔らかく身体にぶつかった。充足感が湧きあがる。
「足りないよ」
欲を言えば塩分と糖分が欲しかったが、それはあまりに我が儘というものだ。
悠長なことを考えながら、僕は〈腕〉をもう一度身体に纏い、跳び上がった。
既に門は目の前にある。砦を囲うように伸びた石の壁と重厚な鉄の門だ。空中で姿勢を整え、〈腕〉を門に叩き付ける。分厚い鉄の奥で閂が折れる音が轟いた。
もう一度だ。〈腕〉を引き、拳を握って殴りつける。
支えを失った城門は蝶番を支点にして勢いよく円運動を行った。勢いのついた数百キログラムの質量が軌道上にいた敵を弾き飛ばす。視界の端に、壁に激突して地面に転がった兵士の姿が見えた。
そこから突入してもよかったが得策ではないだろう。まずは本隊が近づけるようにしなくてはいけない。
僕は一度着地し、勢いそのまま跳び上がった。石の塀に飛び乗り、もう一度、跳躍する。眼下にはエニツィア軍を待ち受けるボーカンチ解放軍の姿があった。
「乗り越えられたぞ!」「どこだ!」「撃ち落とせ!」
単騎突撃など頭になかったのだろう、鈍色の集団、その四方八方から慌てふためいた声が湧いた。
雄叫び、詠唱、風切り音、僕はそれらすべての音を足蹴にする。地上から空へと降ってくる凶暴な雨は僕の身体を湿らせることはない。空中で回転し、矢や魔法を叩き落とす。僕へと向けられるすべての敵意、その軌道が読めた。
未来予知をできる超能力者はこんな気分なのだろうか。
興奮で酩酊し、頭が揺れる。まだ、倒れるわけにはいかない。意識を明晰なものにすべく歯を食いしばると、顎の筋肉がびきびきと引き攣りそうになった。
〈腕〉で身体を押し上げ、高度を上げる。下に仲間がいるからためか、稜堡からの攻撃は止んでいた。
砦には居住地区の方向へと飛びだしている三つの稜堡がある。もっとも近いのは、言わずもがな、中央の稜堡ではあるが、そこにとりつくことは避けた。中央は他の二つの稜堡から攻撃を受けやすい。
僕が咄嗟に右を選択し、そちらを目がけて〈腕〉を振るう。空中を突き進み、鏃の形に似た稜堡の上に着地するまで、ほとんど一瞬の出来事だった。
一瞬の空白が僕と敵の間に流れる。
この稜堡にいる敵はおおよそ二十人ほどだった。弓矢を構えているのが五人、固定されたカタパルトが二つ、それを操作しているのがそれぞれ四人ずつ、後は魔術師と伝令だろうか。
彼らは僕を見て、悲鳴も雄叫びも上げなかった。狐につままれたように、呆然とした表情をしている。状況を把握できていないのだろう。
好都合だ。
僕はそばにある一台のカタパルトを台座から引きちぎる。金属製の釘がはじけ飛び、そこでようやく叫喚が辺りをつんざいた。
「うるさいな――頭に響くんだ」
掴んだカタパルトを思い切り振り回す。端にいた男たちがそれに激突し、縁から落下していった。遠ざかっていく悲鳴は敵の心を冷やしていく。弓を持っていた男は矢をつがえようとしていたが、その矢は呆気なく手からこぼれ落ちた。
魔術師らしき男たちが詠唱を始めている。だが、上擦った声は調子が外れていて、その詠唱は攻撃のため、というより、僕に時間を与えるためだけの行動になってしまっていた。近接戦闘で足を止めたまま詠唱するのであればレクシナくらいの速度がなければ意味がない。僕は握っていたカタパルトを思い切り投げつけた。
ひっ、と短い悲鳴が空気中に滞留する。
風圧と質量により寸断された詠唱から魔力がはじけ飛んだ。彼らの口の動きは完全に停止し、生まれかけていた火球は塩の塊が水に溶けるように消えていく。にもかかわらず、三人の魔術師はカタパルトが当たらなかったことに安堵したのか、腰砕けになっていた。
当たらなかった? それは間違いだ。僕は初めから彼らに当てようなどと考えていない。
狙っていたのはさらに前方、別の稜堡から僕を狙っていた敵兵たちだった。
巨大なスプーンのような形をしたカタパルトの一部が、砦の正面から見て左の稜堡へと回転しながら飛んでいく。魔法を詠唱していた一団に直撃する。折れた木片が矢をつがえていた男の顔を切り裂く。轟音と叫び声に目の前にいる敵兵たちが竦み上がった。
僕は〈腕〉を尖らせ、左から順番に魔術師の右頬を突き刺していった。三人はいちように低い呻き声を上げて蹲った。彼らは血液がだらだらと流れる頬を押さえて僕に視線を向けてくる。痛みと恐怖で濁った彼らの眼球からは輝きが失われていた。
次は伝令だ。他の稜堡も同じ構成だとしたら意味はないかもしれないが、状況を伝えに行けないよう、足の腱を切っておく。
石床の上に血が滴り落ち、そこでようやく、僕は足を踏み出した。
もう一台のカタパルトとそれを操作していた四人の男たちは僕の動きを見てそれぞれ別の反応をした。一人は武器を探して周囲に視線を巡らせ、一人はへたり込み、一人は後退りしてそのまま歩兵たちが集まっている広場へと落ちていった。最後の一人は雄叫びを上げながら突進してくる。
僕はその男を払いのけ、カタパルトを破壊した。敵兵たちには独りでにカタパルトが崩壊していったように見えたのだろう、狼狽に満ちた声を漏らした。だが、木製のカタパルトで殴りつけると彼らも、彼らの声も消えた。
おおよそ三十秒、その時間で一つの小隊が壊滅した。
後は同じことを二度繰り返せば一つ、仕事は終わりだ。僕は砦中央にある稜堡へ向かって今し方破壊したカタパルトを投げつける。それなりに時間はあったはずだが、魔法による抵抗はなかった。下から阻害魔法がかけられているのかもしれない。
無駄な努力だ。
超能力には阻害魔法は通じないのだから。
僕はカタパルトの脇に積まれた箱を持ち上げる。中にはバスケットボール大の石が詰められていて、それを下に向かって放り投げると、騒々しさが膨張し破裂した。叫び声が空へと突き抜ける中、他の箱も落とし、サイコキネシスを身に纏う。助走をつけて、中央の稜堡へと向かって跳躍する。
そこからはほとんど同じことの繰り返しだった。
三分に満たない間に三つの迎撃部隊は壊滅した。これでもう本隊の進行を阻むものは何もない。居住地区の方を確認すると、いくらか人数は減ってしまっていたが、エニツィア軍が直進してきているのが見えた。
さて、どこまで荒らすべきか。
そう思案すると同時に、砦の内部へと繋がる階段から敵兵の声が響いてきた。「上だ、気をつけろ」と低い声が漏れてきている。
いくつか投石用の石を持っていけば相手も恐れを抱くだろうか。一旦、下に降りて石の壁を壊して侵入するのも面倒で、僕は投石用の岩石が詰められた箱へと〈腕〉を伸ばす。
その瞬間、視界が下にずれた。
「あれ」
膝に硬い痛みが走る。骨がぶつかった感触がした。
攻撃は受けていない。膝立ちになった僕は狼狽しながら周囲に視線を巡らせたが、そばにいたのは負傷に呻く魔術師だけで、敵意を向けてくる者は誰一人いなかった。
ああ、そうか――時間切れ、だ。
僕は稜堡の上にいた魔術師たちを叩き落とし、必死に石へと〈腕〉を伸ばす。
もう少し、もう少しだけ、動かせてくれ。
なんとか石を掴み、階段目がけて投擲する。直線的に放たれた石はちょうど姿を現した敵兵に当たり、ひしゃげた声もろとも狭い空間の中で乱反射した。
人間なんて、ただの物質だ。必要な構成物がなくなれば活動は停止する。一度変調をきたした肉体はすぐにはもとに戻らない。補給されたものが体内で運搬され、修復が行われるまでには時間がかかるのだ。どれだけ精神で抵抗をしても、肉体が必要だと判断した休息から逃れる術はない。
治癒魔法も外傷には効力があるが、病的な症状を治療するのは難しい。医療を学んだことのない僕には、身体の内側でどのような器官がどのように働いているか、詳細な知識がないからだ。
膝をついたまま、気力を振り絞って、手当たり次第石を投げる。敵の声はぼやけていて何人いるかも分からない。
後ろを振り向く。霞んだ視界の中に鎧を身につけた集団が迫ってきているのが見えた。もうすぐエニツィア軍が到着する。彼らが攻撃を開始するまでは気を失うわけにはいかない。
内側で燃えさかる熱に喘ぐ。視界が断続的に遮断される。
この場にいるのは危険だ。いくら僕が動きを止めたとしても、敵が放置するわけがない。エニツィア軍を迎撃するために稜堡の上に昇ってくる人間もいるだろう。
仕事は果たした。もう撤退しても問題はないはずだ。
僕は立ち上がり、安全な場所を探す。門が破壊された防壁の内側はどこもかしこも敵兵ばかりだ。霞む思考ではその外側に逃れることしか思いつかなかった。
身体の異常で力をなくした〈腕〉を伸ばす。たった数十メートルだ。高低差も鑑みれば敵兵の海を越えることなど難しいわけがない。
ふらつく足で一歩ずつ石床を踏みしめる。背後から敵兵の声が聞こえた。先ほどまであれほど鮮明に見えていた攻撃が見えない。矢が左の肩口を掠め、鈍い痛覚が走った。
スリングだろうか、放たれた石が後方の床に衝突し、その破片が裏腿に突き刺さる。
ようやく辿りついた稜堡の縁で、僕は思いきり跳び上がろうとした。だが、膝にはまるで力が入らず、慌てて〈腕〉で姿勢を制御する。
その瞬間、身体に衝撃が走った。痛みと冷たさを感じる。どうやら敵が水弾を放ったらしく、衝撃に僕の身体はそのまま宙に投げ出された。
――幸運だ。
水弾に引き摺られた身体は宙を滑り、今の僕では到底稼ぐことのできない距離を進んだ。勢いが失われると同時に防壁の外側へと向かって、〈腕〉を振るう。姿勢の制御などできやしない。めちゃくちゃに薙いだ〈腕〉の衝撃に、僕の身体は横倒しになったまま進み続ける。
そして、ついに防壁を越えた。
後は着地の衝撃を和らげるだけだ。弱った〈腕〉でどれだけ運動エネルギーを相殺することができただろうか。衝撃に備えて目を硬く瞑る。
それが引き金となり、猛烈な眠気が奔出した。瞼の閉じられた身体はそれが休眠の合図だと誤解し、意識を深い闇の中へと引きずり込む。
地面とぶつかる感触を遠い皮膚で感じた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます