34 窃視

 見られている、と言ったのはフェンだった。

 襲撃の翌日、宿場町にある要人用の宿泊施設、カンパルツォとウェンビアノの部屋で、その二人とフェン、そして僕が顔を突き合わせている。僕がその場にいたのは護衛としての任務があったからだ。襲撃者は昼夜を問わない。むしろ夜の方が都合がいいだろう。この日の夜警担当は僕とフェンだった。


「やはり、明らかに監視がいると思われます」


 部屋の中は魔法石が発する煌々とした光で満ちている。だが、フェンの表情は暗く、どこにいるともしれぬ敵を警戒するかのように張り詰めていた。

 彼が言う視線を、僕も感じていた。どこかから覗き見られているような感覚。害意に塗れている、というより、純粋に僕たちを探るような感触のものだ。


「アシュタヤさまには?」


 ウェンビアノの問いに、フェンが頷く。


「伝えてあります。ですが、特におかしな点はない、と。警戒するようにはお願いしてはありますが」

「ふむ」と今度はカンパルツォが唸る。「視線は一つか?」

「ええ」

「まあ、アシュタヤ嬢が何も言わない、ということは近くに多数の敵が潜んでいるわけではないのだろうが」

「おそらく外部の人間に金を握らせたのでしょう。彼女の力はあっちもよく知っている」


 ――ギルデンス。

 脳裏にその名前が過ぎる。彼が敵にいる限り、アシュタヤへの対策は万全と考えた方がいいだろう。

 彼女の力は索敵という分野においてはこれ以上ない力である。しかし、その範囲は限定されている。その中に入りさえしなければ感知されることはないし、また、常時発動しているわけでもない。

 超能力者が継続して能力を発揮できる時間は平均が二分とかそういったところだ。もちろん上位能力者たちとして認められている人間のほとんどは僕と同じように制限はないが、アシュタヤの力はそこまでは遠く及ばなかった。

 つまるところ、彼女の力は限定的な状況下でなければ使えない、ということである。たとえば僕とアシュタヤが囚われたあのときのような、逼迫した状況。それ以外で彼女を当てにし続けると、本当に必要なときに頼れなくなる。

 カンパルツォやウェンビアノを含めて、僕たちは全員そのことを承知していた。


「取り急ぎ排除する必要はあるか?」とウェンビアノ。

「いえ、おそらくはないでしょう。どちらにしろ覚悟していたことです。こういうのもなんですが……アシュタヤさまはあくまで保険ですから」

「警戒しつつ、だな」

「そうですね。この粘ついた視線に晒されているのはぞっとしませんが」

「え」


 フェンの軽口に素っ頓狂な声を上げたのは他ならぬ僕自身だった。

 粘ついた?

 その形容に、わずかに混乱した。僕が感じている視線とはまるで異なっている。


「どうした?」


 カンパルツォの訝しげな視線にどう答えるべきかわからず、僕は口ごもる。「いや、あの」

「言ってみろ」

「……なんというか、僕も視線を感じてはいるんですが」

「ほう」

「粘ついた、とか、そういう嫌なものではなかったので……」


 まずもって、戦いの場に身を置いてきたフェンと僕とでは得体の知れない敵への警戒の度合いがまるで異なる。僕程度の察知能力では視線は感じられてもその質までは看破できないのかもしれない。だから、僕はわざわざこうして自分の意見を述べたことを恥じた。片手で数えられるほどしか戦闘経験のない、何かを感知する超能力を持たない僕が口を挟むなどおこがましい。


「すいません、忘れてください」

「まあ、気に留めてはおこう。警戒しておくに越したことはない」


 カンパルツォが手を叩いたところで会議は終わる。


     〇


 要人用宿泊施設には魔法阻害の術がかけられている。らしい。単純に攻め込まれるだけならまだ対処のしようがあるが、転移魔法だけはどうしようもない。転移魔法の術者は片手で数えるほどしかおらず、いわゆる「野良」が絶対にいないとは断言できないそうだ。習得方法すら秘匿とされているが、やはりカンパルツォの言うとおり、警戒しておくに越したことはなかった。

 僕とフェンはカンパルツォたちの寝室の隣で、椅子に腰掛け、白湯を飲んでいた。今日は盗賊たちの襲撃もなく、昼に仮眠をとっていたため、体力が有り余っている。夜を明かすことくらいは難なくできそうだった。


 夜警と言えば聞こえはいいが、目下のところ僕たちに与えられた課題はどのようにして時間を浪費するか、それに尽きる。フェンはしばらく剣の手入れをしていたが、それが夜通し続くわけもなく、手持ち無沙汰になった僕たちは自然と会話を交わし始めた。

 先日の盗賊の襲撃に関することであるとか、僕の戦い方、護衛としての心得、あの三人組との付き合い方、文化の相違、とりあえずの目的地であるメイトリンのこと、そして最終的な目的地である王都レカルタのこと、収穫祭以来、こうしてゆっくりフェンと話をする機会も少なかったため、話題は尽きなかった。

 ウェンビアノの話もした。借金返済事変で聞いたっきり宙ぶらりんになっていた疑問だ。フェンは「本人に聞け」とはぐらかそうともせず、応えた。


「マイラさんだ。お前も世話になっただろう?」

「ああ、あの」


 医務室に常駐していた女性を思い出す。

 この世界に来て以来、何度も怪我をした。そのたびに医務室に運ばれ、僕は彼女の世話になった。確かに、あの理知的な顔つきはウェンビアノに似合っている。


「あのひとも王都に来るぞ。俺たちからは少し遅れるがな」

「どうして一緒に来なかったの?」

「守るものが増えると辛くなるからな……そういえば、ニール。お前、王都に着いたらどうする?」

「どうするって、なにが?」

「身の振り方だ」


 思いもよらぬ質問に困惑する。

 どうするも何も、僕は護衛だ。そのまま仕事をまっとうするに決まっているじゃないか。それ以外の選択肢はあるなどと考えもしていない。

 そのようなことを伝えると、フェンは穏やかな顔をして白湯を一口啜った。


「それも一つの道だ。だが、王都に着いて国政参加するとなると王都軍から護衛が派遣されることが多い。もし、お前が何か新しい道を見つけたなら、そちらの道を選ぶのも自由、ということだ。……誤解するなよ」

「わかってるよ。邪険にしてるわけではない、って言うんでしょ」

「伝わってるならそれでいい」


 フェンの顔に一瞬浮かんだ焦りに僕は苦笑する。そこまで捻くれた捉え方をするほどの歪に肥大した自尊心は持ち合わせているつもりはなかった。


「でも、考えたこと、なかったな。これ以外のことなんて」


 これ以外――僕は考えながら、〈腕〉を展開する。この力を使う以外の道など本当にあるのだろうか。良かれ悪しかれ、僕の歩む道は決定していた。程度の差を抜きにして考えると、超能力を扱える人間は一握り、養成課程の一級に所属できるとなるとさらに少ない。結果や過程はどうあれ、その中に入っていた僕が思い描いていた将来像は超能力にまつわることだった。


「まだ十七だろう? お前は頭も悪くない、一つのことに拘泥する必要はないからな……ああ、ただ」

「ただ?」

「盗賊や傭兵にはなるなよ」

 その真剣な眼差しに噴き出しそうになる。「その二つを同列に並べるのはどうだろう」

「まあ、それもそうだが」

「安心してよ。僕がそんな職業に――」


 つくわけがない、そう言おうとした瞬間だった。

 背筋を羽でなぞられたような感触がした。

 僕は咄嗟に立ち上がり、身構える。足音を忍ばせて窓に近づき、外の様子を確認する。が、夜の帳が降りた宿場町の風景は何一つ変わりがない。ぽつぽつと夜遅くまで営業している酒場の光が漏れているだけだった。


「どうした」

「視線を感じたんだ」

「視線?」フェンの表情が引き締まる。「ちょっと待て、俺は感じなかった」

「でも、本当なんだ」


 曲刀を引っつかみ、フェンも窓際に身を寄せる。ともに外を覗き込んだが、やはり、異常は何もないようだった。


「方角はどっちだ?」

「方角?」

「視線の」

 そんなの、と僕は首を振る。「わからない。ただ見られてる、と思っただけだよ」

「アシュタヤさまを起こすか」

「刺客が近くまで来てるってこと? 僕が感じたのは視線だけだよ。魔法とかで僕たちを覗いたとか、そういうのは?」

「そんな魔法はない。もしどこかにあったとしてもこの建物には魔法阻害の術がかけられている」

「じゃあ、遠くを見る装置とか」

「噂には聞いているが、実用に耐えるかどうか……いや、まさかとは思うが」

「何か心当たりがあるの?」


 強くなった鼓動が僕の胸を強く叩く。何か言いようのない不安が生まれていた。予想だにしていない事態の足音が音となって鼓膜を震わせている。

 フェンは一度黙り込み、静かに僕に訊ねてきた。


「超能力に遠くを見る力はあるか?」

「あるけど……ちょっと待ってよ、そんなのありえない! 確かにこの世界にも超能力者はいたよ。でも、鍛えてない遠隔視の力は微弱で、それこそ実用に耐えられるはずがないんだ」

「可能性の問題だ。ニール、アシュタヤさまを連れてきてくれ」


 フェンは懐から隣の部屋の鍵を取り出し、投げ渡してきた。手からこぼれ落ちそうになったその鍵を何とか掴み、僕はそっと窓辺を離れる。

 ――超能力者? そんなことがあり得るのか? この鈍い僕でさえ感知できるほどの力などこの世界にあるわけがない。壁を一つ通り抜けるだけで遠方感知の力は激減する。養成課程を経て、理解を深めて初めて鮮明さを手に入れることができるのだ。

 半信半疑のまま部屋の外に出ようとしない僕を、フェンが射竦めるような視線で睨んでいる。


 可能性の問題――、確かにフェンが感知できなかった視線を、僕は感じた。もちろん、ただの気のせいであれば言うことはない。だが、気のせいでなかったとすれば……。

 考えていてもしょうがない。僕は鍵を握りしめ、アシュタヤのいる部屋へと向かった。ベルメイアを抱きしめながら寝言を漏らしているレクシナを横目に、僕はアシュタヤの肩を揺らす。声をかけるまでもなく、彼女は緩慢に瞼を上げた。


「ニール……?」

「ごめん、こんな夜更けに起こして……、ちょっと来てくれないかな」


 僕の声色が真剣なものであると感じられたのか、アシュタヤの瞳から眠気の闇が取り払われた。彼女は静かに頷き、ベッドの脇にかけられていた上着を手に取り、そっと足を下ろす。僕たちは急いで、足音を立てないようにフェンのいる部屋へと向かう。

 フェンは未だ曲刀を両手に持ったまま、外の夜闇を睨んでいた。彼はそのままこちらに視線を向けずに声を発する。


「アシュタヤさま、お休みのところ申し訳ありません」

「いえ、何か急を要する事態なのでしょう?」

「あるいは」

「わかりました」


 詳細も聞かず、アシュタヤは静かに目を閉じる。彼女の胸から伸びる認識の〈糸〉が鮮やかな青に発光した。

 静寂が張り詰め、それほど間をおかず、アシュタヤはゆっくりと目を開けた。


「……私が感じられる範囲の中には、敵と思しき人はいません」

「そう、ですか」フェンはかすかな安堵の溜息を吐き、続ける。「では、あなたの力で、何か視線を感じる、だとか……違和感はありませんか?」

「視線? ……いえ、すいません、私の力ではそういうのはちょっと」


 申し訳なさそうに目を伏せるアシュタヤの姿に罪悪感が湧く。


「フェン、きっと僕の勘違いだったんだ。こんな状況、初めてだし」

「かも、しれないな」

「あの」とアシュタヤがおずおずと言う。「何か、あったんですか?」

「何かあった、ってほどでもないよ。僕が勝手に騒いだだけだ」

「ニール、いちばん初めにその視線を感じたのはいつだ?」

「いつって」


 必死に思い起こす。最初に見られている、と思ったのは、そうだ、あの盗賊たちの襲撃の直後だった。しかし、あれはおそらく妄想に近い。あの戦いを見る敵の姿を、僕が勝手に想像しただけだ。

 あのとき以外に同じ類の視線を感じたのは――。


「ねえ、ニール、寝る前にはなかった?」


 アシュタヤの一言で視線の感触がありありと甦った。食事を終え、カンパルツォたちに監視されている可能性がある、という報告をした直後の出来事だ。五分程度、アシュタヤと言葉を交わしていたときのことだった。


「そうだね、あのときもあった――え?」


 僕は彼女の目を見つめる。その感覚を共有した覚えはなかった。彼女を不安にさせる必要もない、と考えていたため胸の中で押しとどめていたはずだ。

 どくん、と心臓が高鳴る。


「あのとき、何か違和感があったの。見られている、とは断言できないけど、嫌な感覚。気のせいだと思っていたけど、ニールも感じてたのね……フェンさんはどうでした?」

「いえ、俺は」


 フェンは顎に手を当てて、考えるような素振りを見せた後、僕に視線を向けた。


「ニール、一度前提を忘れて答えてくれ。何らかの超能力で人を遠方から見ることは可能だな?」

「……うん」


 考えるまでもない。アシュタヤの広範囲精神感応も大別すれば似たような力だ。ましてや、僕の世界にいた千里眼の超能力者であればもっと容易となる。彼らは遠くで起こっている出来事を視覚的な情報としてはっきり見ることができる。


「では、超能力者とそうでないものを判別するのはどうだ?」


 すぐに答えることはできなかった。

 そもそもわざわざ超能力を使って、超能力者とそうでない人を区別する必要などなかったからだ。僕の国では一年に一度、定期的な検査が義務づけられている。超能力の素養が認められた時点でデータベースに登録され、人格検査をクリアした一定年齢の子ども、そのほとんどが超能力養成課程に送られることになっていた。機械的な判別で僕たちは超能力者であるか、そうでないか、振り分けられる。その手段に超能力が介在しているとは聞いたことはない。

 果たして超能力者とそうでないかを何かしらのESPで区別することができるのだろうか。サイコキネシスしか持たない僕には断言することができなかった。


「できない、とは言い切れない」それから、けど、と付け足す。

「超能力者に共通する特徴とかはないのか」

「〈糸〉」と呟いたのはアシュタヤだった。「ニール、超能力者には〈糸〉がついているんでしょう? それで見分けがつくんじゃないの?」

「〈糸〉」と繰り返したフェンが片眉を上げる。

「それは」


 失念していた。喉から「ああ」と呻き声が漏れる。あまりにも日常的なものだったから忘れていた。認識の〈糸〉はこの世界では異常なものなのだ。千里眼で〈糸〉まで確認できるかはわからないけれど、見えていてもおかしくはなかった。


「何か共通点があるんだな」

「でも、ちょっと待ってよ。どうして超能力者を積極的に探す必要があるのさ?」

「敵が超能力の存在に気付いたか」

「あり得ない。アシュタヤだってそうだったじゃないか。この世界には魔法がある。その枠組みの中で理解しようとするはずだよ。それに超能力者が自然発生する確率は恐ろしく低いんだ。同じ時代の、同じ国に存在するなんて都合が良すぎる」

「それもそうか……、なら、単なる勘違いか、あるいは――」


 その次の句を口にしたのはアシュタヤだった。


「ニールの世界のひと」


 彼女がぽつりと言ったその一言に僕の思考が止まる。

 僕の、世界?


「だって、ニールがこちらに来ることができたんだから、他の人が来てもおかしくないでしょ? 私ですら感知できるほど強い力ならそちらの方が自然――」


 アシュタヤが何か言っている。

 フェンが何か訊ねている。

 でも、その声は僕には届かない。頭が真っ白になりそうだった。

 二ヶ月だ。たったの二ヶ月。そんな短い期間で、人が一人消えた実験を再び繰り返すわけがないじゃないか。ましてや、僕がこの世界に来るきっかけとなったあのワームホールは暴走の末に生まれたものだった。どうして同じ世界に繋がる? いや、ああ、もしかしたら、この世界にしか繋がらないのかもしれない。


 頭が混乱している。

 でも、それにしてもあまりに期間が短すぎる。調査をして装置を改良し、動物実験をして認可が降り、実験に参加する人間を選んで、とまともな過程を経たならば年単位の時間がかかるはずだ。けど、ああ、あの実験は春に行われたのにこの国は秋だった。単純に季節が逆というだけなのか? 時間の進む速度が違うのかもしれないし、僕があのワームホールの中で数年を過ごしていた可能性も捨てきれない。

 気を抜けば絡まりそうな思考で僕は一つの懸念を抱く。

 ――もし、この世界に調査者が来ていたとしたら。


 その考えに至った瞬間、黒い粘着性の液体が胃の中を埋め尽くしたような気分になった。僕がいた世界は慢性的に資源の不足に悩まされている。それを別の世界で充足するという計画が立てられてもおかしくはなかった。

 侵略、という不穏な想像を何とか振り払おうとする。が、こびりついた焦げのように、僕の心からその言葉は消えない。

 そして、僕はどうなる?

 ふと、行きたくない、と思った。

 帰りたくない、だとか、戻りたくない、だとかではなく、僕は、「あの世界には行きたくない」と考えた。

 背中に冷たい汗が滲む。


 ――ようやく僕は居場所を見つけたんだ。

 ここで生きていきたいと思ったんだ。

 どうして思い出になりかけた頃に来るんだ。未来だとか将来だとか、ようやく選択肢を手に入れられた今、どうして。

 縛り付けられ、ワームホールに投げ捨てられる自分の姿を想像し、動悸が速くなる。

 ――敵が増えたのではないか?

 腐った貴族と、僕個人の敵。まだそうだと決まったわけではない。けれど確かな予感に、憂鬱さとかすかな怒りが胸の内で黒い炎を作っている。

 結局その日は何も起こらず、僕たちは翌朝、日の出とともに街を出た。


 精神が筋肉だとか超能力だとかと同じように、鍛えれば鍛えるほど強くなるものだったらよかったのに。

 突如として輪郭がはっきりとした不安に、僕は平然としていたつもりだったけれど、異変は明らかであるらしかった。フェンはそれとなく御者の順番を調整して僕が一人で馬を操る時間をなくしたし、アシュタヤは絶えず隣にいるように努めていた。ベルメイアでさえもいつものようにからかおうとしなかった。

 弱気になっているわけでも、不安になっているわけでもない。僕の中にあったのは強い決意だった。絶対にあの世界には戻らない、という不退転の決意。

 みんなが僕に対して気を利かせているのはきっとそれが透明性のある無邪気な感情ではなかったからだろう。


 もし懸念通り調査者がこの世界に来ているとしたら――暴力を行使してでも排除しなければならない。

 この世界に来た頃の僕はもっと純粋だった。捻くれてはいたけれど、汚れてはいなかったはずだ。でも、今はどうだろう。数々の出会いが添え木となり、心根がまっすぐに矯正されつつあるとは思うけれど、いくぶん攻撃的、というか、黒い感情が混じってきている気がする。

 それがいつからか、僕は考えない。

 馬車の中、隣に座るアシュタヤの柔らかな手の感触を染みこませるように握りしめる。

 気持ちの扱い方に戸惑っている場合ではないのだ。早くこの感情に慣れなければならない。僕は心の中で何度もそう呟いて、自分へと言い聞かせた。

 懸念が確信へと変わったのは翌日、三つ目の宿場町に着いてほどなくした頃だった。

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