37 酒場

 貿易都市メイトリンに到着したのは日没の最中だった。

「獣の顎」と呼ばれる二つの岬を持つこの都市はエニツィアの中でもっとも陽気な都市であると言われている。海の匂いに酒の匂いが混じっているような気さえするほどだ。バンザッタが『紅葉する街』と呼ばれるなら、この街もいい勝負だと思った。紅くなっているのは木々ではなく、街を歩く人々の顔であるけれど。

 だが、歓楽街が有名な都市とはいえ、国際的な貿易拠点としてかなり重要な位置を占めているのは確かではある。二つの岬の下顎からは南方の国と、上顎からは北方の国へとひっきりなしに船が往来しており、そのせいか、立ち並ぶ家々には文化の混ざり合った様子が見て取れた。木造や煉瓦造り、屋根は平坦なものから強い角度のものまでさまざまだった。


 滞在予定は五日だ。その間、カンパルツォとウェンビアノは王の使節として会議であるとか交渉であるとか監査であるとか、小難しい何かをするらしい。

 護衛団の面々はちょっとした臨時の給金とともに自由行動を許された。ヤクバたちは喜び勇んで酒場に飛び込んでいったし、パルタたち旧来の護衛の顔にも喜びの色が浮かんでいた。

 ただ一人、僕にはちょっとした役目があった。いや、役目、と言うと少し言葉が重すぎるだろうか。


 ウェンビアノが僕に命じたのは「外国語の習得」だった。

 僕の脳につけられた翻訳装置。それはきっと僕の持つあらゆる財産、つまり、あちらの世界の技術の中でももっとも暴力的なものに違いない。今日の会議で優秀な教師を斡旋してもらうとウェンビアノは言っていた。五日もあれば、この街の端々で使われている他国の言語も難なく理解できるようになっているはずだ。

 カンパルツォやウェンビアノは僕を護衛としてではなく、もっと政治的な位置に置こうとしているのかもしれない。必要とされていることには違いなく、悪い気はしなかった。


 とはいえ、いきり立っても初日はまだやることがない。

 カンパルツォたちにはフェンと、メイトリン領主が選んだ護衛がつくとのことで、僕を含む面々はアシュタヤやベルメイアとともに街に繰り出すことになった。初めは歓楽街、という言葉によくない印象を抱いていたが、さすがに棲み分けはなされているらしい。むしろ、様々な国の文化を感じることができる、という点ではなかなかに興味深いものがあった。

 一方で、メイトリンはバンザッタに比べれば治安が悪いのも事実だ。海の男の気質なのか、気性の荒そうな顔が至るところに散見され、国際貿易を担っている都市だからだろう、警邏する兵も多かった。


「でもさ、本当に大丈夫なの?」


 僕がそう訊ねたのはヤクバたちの後を追って入った酒場でのことだった。酒場、というより、酒も提供する食事店と言った方がいいかもしれない。こういうときのヤクバたちの嗅覚は凄まじく、料理の味は僕が今まで食べたものの中でも上から数えた方がいいくらい美味なものだった。海に面しているだけあって新鮮な魚料理は頬が落ちそうになるほどで、アシュタヤの顔も気のせい以上に綻んでいた。

 訊ねたのは「それほど警戒する必要はない」というアシュタヤの言葉についてだ。彼女はもっとも往来の多い通りで超能力を使用し、安堵を含めた笑顔で僕たちにそう伝えていた。


「絶対、とは言い切れないけどね」


 食後の茶を飲みながら、アシュタヤは頷く。南方から輸出されてきたその茶は酸味があり、彼女は珍しそうにカップの中を覗き込んだ。


「警戒しておくに越したことはないがな、ニール」僕の隣に座るパルタがちぎったパンを口の中に放り込みながら諭してくる。「気を張りすぎているといざというときに動けんぞ」

「それはそうかもですけど」

「もう、ニールは心配性ね。びくびくしすぎよ」

「ベルメイアさまは肝が据わっておられる」


 パルタはそう言って鷹揚に笑った。彼女の落ち着き払った態度に彼は本当に嬉しそうにしている。ベルメイアが生まれる前からカンパルツォに仕えているだけあって、感慨深いのかもしれない。


「心配になるのはわかるけれど、旅も長いし、今は楽しむことにしない?」


 アシュタヤの微笑に僕は唸る。

 楽しむ、と言われても僕の前には解決すべき問題が山積している。

 言語の習得もその一つと言えばそうだが、それよりももっと重要なことがあった。

 一つはフーラァタのあの言葉。彼がどんな理由を持って僕を狙っているのかわからないけれど、とにかく、僕はフーラァタがいる限り命の危険があるようだ。朝の襲撃の後、ヤクバにフーラァタのことを訊ねたが、僕が知ることができたのは理由など考えない方がいい、ということくらいだった。目的のない殺人を繰り返してきた彼の思考など理解できないらしい。

 そして、もう一つは温泉町で届けられた予言のことだ。これが何よりも僕を悩ませていた。「メイトリンで待つ」――その情報だけではどうすることもできない。待つ、ということは既にこの街には僕の世界からの使者がいるのだろうか。

 茶を飲みながらあたりを窺うが、それらしき人影はない。その様子が姿なき影に怯えているように捉えられたらしく、ベルメイアが溜息を吐いて僕を批難した。


    〇


 夜、客邸の、割り当てられた部屋に戻ってぼんやりしているとき、扉が叩かれる音がした。滞在中の警備はメイトリンに駐屯している軍が行っている。何も危惧することなく眠るのも久しぶりだ、と思っていた矢先のできことだった。

 控えめなノックの音だったため、アシュタヤか、と考え、ついで、あの発作がまた起こったのだろうか、と心配になり、僕はベッドの上から飛び降りた。

「今開けるから!」と僕は小走りになりながら声をかける。

 扉を開くと、そこにはやはり、アシュタヤがいた。

 だが、聞こえてきたのはヤクバの低い声だった。


「繰り出すぞ」


 クリダスゾ? 蝶番の横から顔を出したヤクバの声に反応できない。呆けていると、反対側の壁からセイクが手を伸ばし、僕の肩を掴もうとしてきた。


「ぼさっとしてんなよ、フェンが帰ってくるだろうが」


 同室のフェンはウェンビアノに呼び出され、この部屋にはいない。それを承知しているのか、セイクの顔はにやにやと歪んでいた。


「ニールちゃん、時間ないから、早くう」


 アシュタヤの後ろに隠れていたレクシナがにゅっと喜色満面の顔を出す。それから彼女は、アシュタヤの肩の上に顎を載せて蕩けたような息を吐きだした。

 引き寄せられるがまま、僕は外に一歩踏み出したが、状況を理解できるはずもない。


「えっ、ちょっ、どうしたのさ」

「いいから来いって!」セイクが周囲を確認しながらさらに強く僕の肩を引く。「わかるだろ?」

「わかるだろ、って言われても」


 苦笑したまま佇むアシュタヤを見て、それからこの調子のいい三人組に視線を移す。

 まさか――。

 その思いは口に出ていたようで、ヤクバはにやりと口角を上げ、頷いた。


「そのまさか、だ」

「まさかもなにもないよお。あたしらがメイトリンにいるんだよ?」

「まあ、何となくはわかったけどさ、どうしてアシュタヤが」

「人数多い方が楽しいでしょお?」


 そういう問題ではない!

 治安のいいバンザッタですら僕たちは襲われたのだ。この見知らぬ土地で、夜に外に出るなど自殺行為に他ならない。

 僕だけならまだしも、アシュタヤまで連れ出すなんて常軌を逸している!

 そう、怒鳴りつけようとしたところで僕の口はセイクによってふさがれた。


「おっと、声を出すなよ。おめえのやり口なんてわかりきってるんだ」


 セイク、離せよ! と叫ぶが、押さえつけられているせいで声にはならない。


「さあて、記念すべき日だ。我らが友人ニールと麗しの令嬢アシュタヤさまのメイトリン初出撃」

「じゃあ、出発だね! さっ、行くよ、アシュタヤちゃん」

「あの、レクシナさん、これからどこに」


 いいからいいから、とレクシナは疑問の回答を与えずにアシュタヤの背を押す。見れば後ろ手に回されたアシュタヤの手首はレクシナによって捕まえられていた。

 誘拐じゃないか!

 雁字搦めにされたままセイクに引き摺られ、僕は、そして、アシュタヤは冷たい夜の空気の下へと連れ出されていく。入り口を固める警備兵が僕たちを見て筆舌に尽くしがたい表情になったのは言うまでもない。


    〇


「お酒、ですか」とアシュタヤはグラスを見て困惑の表情を浮かべた。

「お酒、ですよ」とヤクバがアシュタヤの口調を真似る。あまりに似ていなくてセイクとレクシナが怒りに顔を歪めた。

 三人につれて来られたのは夕食を食べた例の酒場だった。夜が深くなっているせいか料理店の趣よりも酒場の色が強くなっている。店内はほぼ満席で、海の男たちの豪快な笑い声が響いていた。

 その中でアシュタヤの存在はあまりに場違いとも言えた。男三人、若い女二人で卓を囲んでいる僕たちのテーブルには好奇の視線が寄せられている。まあレクシナも周囲から見れば特異には見えるのだろう。僕にとってはあまりにもいつも通りの光景だったけれど。


 ウェイトレスが近づいて来ると、間髪入れずにセイクが料理と酒を注文した。それだけで僕は呻きそうになる。夕食で騒いでいたのはあくまで下調べだったに違いない。よく思い返すと確かに彼らにしては大人しかった。あのときからこの計画を練っていたのだろう。


「ねえ、アシュタヤちゃんはどのお酒が好きなのお? あたしは果物で作ったやつが好きなんだけど、それでいい?」

「え、あの、私、お酒は」


 あー、と僕は唸る。

 その後は僕が初めて酒を飲んだ日の再現となった。酒を飲まずに今までどうやって生きてきただとか、そういうのだ。ヤクバに至っては「この年になるまでに酒を飲めなかった哀れな子羊が二人もいるとはこの世界はどうかしている」と嘆くほどだった。

 異なるのはこの宴の犠牲者には味方がいることだ。

 僕は酒を飲んだことがないという程度でさんざん詰られるアシュタヤに助け船を出す。


「アシュタヤ、無理しなくていいからね。いやならさっさと帰ろう」

「おい、ニール、てめえ、いい子ぶってんじゃねえぞ。あの夜のこと、ばらすぞ」

「ばらす?」


 セイクが何を言っているのかわからず、顔を顰める。その態度に彼はにやりと楽しそうに笑った。


「そうか、お前、覚えてねえんだな」

「ちょっ、と、待ってくれ。僕が何をしたって?」


 あの日はへとへとに疲れていた。酒気に負けて僕はすぐに寝てしまったはずだ。

 何かしてしまったのだろうか。

 していない、と断言することができない。前半はまだしも後半の記憶は定かではなかった。焦りが背筋を這う。あの乱痴気騒ぎの中、酒と肉と娼婦がそばにある空間で、僕が人として大事なものを失っていたとしてもおかしくはない。そういえば、あのとき、頬に口紅がついていた。


「ニールが何かしたんですか?」

「あ、聞きたい? 聞きたいよねえ」と言いながらレクシナが僕に流し目を送る。

「それならまずは乾杯だな」

「もういいから、アシュタヤ、帰ろう」


 僕は立ち上がり、アシュタヤに手を伸ばしたが、すんでの所でレクシナに防がれた。


「あっれえ、それなら一人で帰ってもいいよ? ね、アシュタヤちゃん、仲良くしよ?」

「座るのか? 帰るのか?」


 ヤクバが運ばれてきたグラスを掲げる。アシュタヤもグラスを持たされている。

 その時点で僕が取れる選択肢はなくなっていた。

 せめてもの抵抗で勢いよく腰を下ろし、テーブルの上に並んでいるグラスを一つ手に取る。

 ヤクバが口上を述べ、セイクとレクシナが追随する。

 その後で、彼らの視線が僕の方へと向いた。何か言え、ということなのだろう。僕はやけっぱちになりながら半ば叫ぶようにして言った。


「せめてこの悪魔的な宴が早く終わることを願って」


 グラスのぶつかる、かちん、という音がいやに小気味よく響いた。

 ――実を言えば、酒を飲みたくなかったわけではない。初めて酒を飲んだ時のあの高揚感が僕の耳元で「俺を忘れるなよ」と囁いていたからだ。

 それに……、酒で気を紛らわせられるのならそうしておいた方が良い気もしていた。胸の内でぐるぐると蠢く不安を忘れたかった。この不安はいずれ、現実のものとなる。フーラァタは放っておいてもいずれ僕たちを襲うだろう。僕の世界からの使者はすぐにでも僕の元へ現れるに違いない。

 今だけはすべてを脇に置いておいてもいいのではないか?

 まあ――言い訳ではある。


     〇


 女の子、というのは酒が弱い。それは肝臓の大きさだとか、あるいは酒に潰れる無様な姿を周囲に見せびらかしたくないという思いだとかそういったものをすべてひっくるめた上での僕の予測だったのだけれど、それはすぐに裏切られた。

 柑橘系の果実酒をぺろりと飲み込んだアシュタヤはほう、と息を吐き、空になったグラスの底を見つめ、「おいしいですね」と驚きを見せた。


「でしょお?」とレクシナがアシュタヤに顔を寄せる。「アシュタヤちゃんはいい子だねえ」

「それに比べて、ニール、お前はなんだ」


 どん、とグラスで机を叩き、ヤクバは僕のほうにげっぷを漏らした。


「行儀が悪いよ」

「行儀が悪いのはおめえだよ、ニール坊」とセイクが勝ち誇ったように指摘する。「なーに、ちんたら飲んでんだよ」

「飲む速度は重要じゃないでしょ」

「それにしても、だ」ヤクバはわざとらしく怯えながら言う。「だいたい、酒を薄めて飲むなんて、神の怒りに触れるぞ」

「ヤクバの神は酒に厳しい」


 彼らが二杯、三杯、と杯を空けている中、僕はまだ一杯目の酒を口にしていた。麦の蒸留酒を湯で割ったものだ。初め、そのアルコールの強さに舌が灼けそうになった僕はこっそりと薄めるための湯を頼んでいた。


「どう思う、アシュタヤちゃん?」

「どう、って……」


 アシュタヤは首を傾げる。思った通りの反応が来なかったせいか、レクシナはくねくねと身を捩ってもどかしさを表現したあとに僕の目の前に置かれている酒を奪い取った。


「あ」

「ニールちゃん、こんなの飲んでるんだよ」


 レクシナがアシュタヤの口元にグラスを近づける。縁から琥珀色の液体がこぼれ落ちそうになり、アシュタヤが慌てて口を近づけた。

 彼女の喉が小さく動く。

 なんだか僕は胸の内に落ち着かないものを感じ、思わず背筋を正した。


「甘くはないですけど、これはこれで」


 おいしいとは思います、とアシュタヤは控えめに口にする。うっそお、とレクシナが顔を顰め、セイクが正気じゃねえ、と顔を覆った。


「とりあえず、ニールはその神の血のまがい物を飲み捨てろ」

「この世に飲み捨てる、って言葉があるとは思わなかったよ」


 僕は手元に返された酒を一気に呷り、次の酒を受け取る。

 三人がやんややんやと騒ぎ始める。彼らが話題の一つとして超能力を挙げたのは酔いが頭の中央ではしゃぎ始めた頃だった。


「そういえばよ」とセイクが思い出したかのように口にした。「今更だけど、チョーノーリョクってなんなんだよ。おめえとは何回も訓練でやり合ってたから、なんだ、さいこきねしす? それはわかってるけど」

「ああ、あの占いの話? あたしも気になってた」


 占いではないのだけれど、と言い返そうとしたが、やめた。きっと彼らにとってはそれ以上の意味を持たないのだろう。


「詳しくは説明できないよ。酔ってるしね……ただ、一つだけ言えるのは、僕たちもよくわかってない、っていうことかな」

「なんだそりゃ」

「無責任だな」とヤクバが眉を上げる。

「無責任って言われてもね……。いくら詰られても、根源的なものの説明はできないよ。魔法だってそうでしょ? 行使する理論的なものはあるけど、どうしてそんな力があるのか、とか、どうして詠唱したら火とか水とかが生まれるのか、そういう突き詰めたところは説明できないじゃないか」

「そうだけどさあ……」レクシナは小難しい話は嫌い、と言いたげに息を吐く。「アシュタヤちゃんは? 何か色々ニールちゃんとやってるじゃない」

「ああ、あれはですねぇ」


 酔いでアシュタヤの語尾が少し伸びている。

 出発までのひと月の間、道中でも、僕はアシュタヤに教えられる限りのことを教えていた。超能力を使ってどんなことができるのか、だとか、もっと実用的に、幽界との接続を示す〈糸〉の認識方法だとか、そういうことを。自力でもできないことはないが、超能力養成課程では〈糸〉の認識をするにあたって特殊な装置が使われている。そのため、歩みは遅々としたものだった。


「なんというか、よくわからないです……。私にとっても、きっとニールにとってもなんでしょうけど、できて当たり前なので」

「魔法だってそういうものじゃないの?」と僕は言う。「使える人と使えない人がいて、訓練で力を伸ばせる」

「それはそうだが……」

「でもさ」割って入ったのはレクシナだ。「超能力ってなんていうか、すごい狭いよね」

「狭い?」

「だってさ、一人一つの力しか使えないんでしょ? ニールちゃんにしても、アシュタヤちゃんにしてもそうだし。魔法はさ、得意な分野があっても別に他の魔法が使えないわけじゃないからさあ」

「ああ」と僕はかぶりを振った。「違う違う。それはなんというか、僕が悪い意味で特別なだけだよ。世の中にはいろんな力を同時に使える人間もいる」

 その言葉にアシュタヤまでもが首を傾げた。「そうなの?」

「あれ、言ってなかったっけ」

「聞いてない気がする」

「中にはサイコキネシスを使いながら、火を出したり、何かを凍らせたり、ってできる人もいるんだ。もちろん難易度は跳ね上がるけどね」


 別種のサイキックの同時行使はかなりの技術が必要になる。僕がすぐに名前を挙げられるのもそうはいなかった。


「魔法もそれは同じだな。同時は難しい」

「つうか、超能力って火とかも出せんのかよ。節操がねえな……そんなもん魔法と一緒じゃねえか」

「魔法とは違うと思うけど……それに、さっき、狭い、って言った人もいるけどね」

「あたし、知らなーい」


 レクシナはしらばっくれて料理をつまみ、口の中に放り投げる。それを見たセイクとヤクバがぎゃあぎゃあと騒ぎ立てる。アシュタヤは陽気な彼らの言い合いにくすくすと笑い声を漏らしていた。

 酔いはまだ僕の頭の中で渦巻いていたけれど、ふと心は冷静になった。

 誰が、僕を探しているのだろう。

 まさか級友ということはないだろう。彼らにとって僕の存在など取るに足らないものだった。未来視の能力者も限られている。

 一人だけ心当たりはあったが、その名前を思い浮かべようとした間際、別の話題に移った三人が質問を飛ばしてきたため、僕の関心もそちらの方へと移っていった。

 結局、この夜、僕が彼の名前を口にすることはなかった。

 僕が彼の名前を口にしたのは――正確に言えば、彼と再会したのは、二日後の話だ。

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