28 いい加減な人々〈護衛団3〉

 当然のように遅刻した三人組と合流して職業斡旋所へと赴いた。

 規模の大小、期間の長短に関わらず、この街では働き手を募るとき、そのほとんどが職業斡旋所に通される仕組みができあがっている。内容は家事や介護から護衛まで、期間は日雇いから無期限までと幅広い。一つの都市、その住民全員がその日の糧を得られるようにするにはそれくらいの、節操のなさ、ともいうべきものが必要というわけだ。

 まだ太陽が防壁の上に顔を出してから一時間も経っていなかったけれど、職業斡旋所にはちらほらと人がいた。全員が寒さをしのぐために厚手のコートを羽織っている。害獣駆除などで外に出ていたのだろうか、温かいスープをありがたそうに飲んでいる者もいた。


 朝早くからお疲れさまです。僕は心の中で労ってから三人組を睨む。酔いも覚めているはずなのに彼らは朝からうるさく、口を開けば「なんでこんな早くに起きなきゃいけないんだよ」の大合唱だ。ヤクバは「景気づけに酒を飲みたい」と溢したが、彼らの景気の悪さではその酒すらも買えない。

 そして、職業斡旋所に到着した今、彼らは別の不満を爆発させている。


「おい、ネーちゃんよ、これ、どういうことだよ」


 セイクが睨めつけているのは壁に貼り出されている人相書きだった。文字が読めないのは本当らしく、顔を近づけていたが、その意味はわからないようだ。

 人相書きには三人の顔が描かれている。写真と比べれば精巧とは言いづらいけれど、特徴は捉えていて、知らない者が目にしても彼らの顔であるとすぐにわかるくらいにはうまかった。顔の上には「注意!」と書かれていて、下には「仕事とエサを与えるな」と記されている。僕がすんなりと読めたのはそれがフェンの筆跡と酷似していたためだ。


「ニール、あの男前の下にはなんて書かれているんだ?」


 顎に手を当てたヤクバが唸り、僕をちらと見る。一方でレクシナは「あたしもっと綺麗じゃない?」と不満そうだ。


「ヤクバたちには仕事をさせるな、だってさ」

「はあ?」セイクが勢いよく振り向く。「どういうこった?」

「言ったとおりだよ。おおかたフェンが手を回したんじゃないかな。君たちの性根を叩き直すために……禁欲しろってことじゃない?」


 ですよね、とカウンターに座っている女性に目を向ける。何度か顔を合わせたことがある彼女は、ええ、ニールくんの言ったとおりです、と苦笑した。


「ニールちゃんの案、だめじゃん」

「いや、ダメなのは俺たちだけなんだろう? ならニールが仕事請け負って一緒にやればいい話だ」

「おお、ヤクバ、珍しく冴えてんな」

「あのう」妙案だ、とはしゃいでいる彼らに水を差すように女性職員が割り込む。「ウラグ所長からくれぐれも、と言いつけられておりまして」

「んだよ、クソが! フェンの野郎、行動読み過ぎだろ」


 セイクは頭をがしがしと掻いて、怒りを露わにした。どうしようもねえじゃねえか、と彼が叫んだせいで斡旋所にいる人々の顔が一斉に僕たちの方へと向いた。彼らは訝しげに睨んだ後で、なぜだか納得したような顔をする。

 ああ、と僕は一人で合点した。

 おそらく、既に情報が広まっているのだろう。昨日僕たちとフェンが話したのは昼過ぎのことだった。周知するには十分な時間がある。ましてや、こうもでかでかと三人組の顔が貼り出されているのだ、多くの人が事態を把握しているに違いない。


 さて、どうしたものか。

 ウラグが改装したおかげで職業斡旋所には市民たちの憩いの場となりつつある。つまり、僕以外の人間を通して仕事を得るというのも不可能ということだ。この街で暮らす人々にとって職業斡旋所は実生活の支点である。刃向かうほど酔狂な人間なんてそうそういるはずもない。

 ぎゃあぎゃあと喚く三人組の後ろで少しだけ悩む。それから、僕ははたと思い立ち、魔獣の駆除だとかがまとめられた依頼書の束を手に取った。


「おいおい、ニール坊何してんだよ。時間の無駄だ、さっさと帰ってふて寝でもしようぜ」

「そうでもないよ」


 言いながらぱらぱらとめくる。目当ての仕事を一つ見つけ、その付近を目星に魔獣の出現情報を探していく。多くはなかったが、ある。僕はその二つの紙を片手に、彼らの目の前に掲げた。


「きみたちは左の、僕は右の仕事をしよう」

「おいおいおいおい、なにトチ狂ってんだよ。ただ働きするつもりか?」

「なに、まさかヤクバみたいに誠意をみせよう、ってこと?」

「それもありかもね。でも、違うよ、ただ働きもさせるつもりもない。結果的に僕はそうなっちゃうかもしれないけどさ」

「どういうことだ?」

 ヤクバの問いに答える。「つまりさ、魔獣駆除で出る報酬って危険排除に対する報酬でしょ? でも、駆除した魔獣をどうするかは基本的にこっちの自由だ」


 僕もしばらくはこの施設で働いていた人間である。依頼の内容などには目を通したことがあった――語学学習のテキストとして。まったく、何でも試してみるものだ。僕は得意になって依頼書をひらひらと動かす。皆まで言わずとも理解したのか、「ああ」とヤクバが手を打った。


「肉やら毛皮やら牙やらは売れる、ってわけだ」

「実入りは少なくなるけどね。その分、数を狩ればいい。もしかしたら依頼人から直接報酬をもらえるかもしれないし」

「でもさ、その依頼、何か条件色々書いてない?」


 レクシナが眉を寄せて依頼書の下の部分に書いてある文章に顔を近づける。幸い癖のない文字だったため、僕にも読むことができた。書かれていた条件、というか注意書きは「必須成果十匹。狩った魔獣の二割程度を納める」という文言だった。前払い分にその代金が含まれている、とも記されている。

 僕はちらりとカウンターに座っている女性を覗く。険しい顔をしていた。当然だろう、斡旋所に来て勝手に依頼をこなそう、というのだ、職員からすると情報の盗賊に近いものがある。ましてや、依頼を取り下げられて本来入るはずだった収入が消えるとなると彼女たちも見過ごせないはずだ。


 僕は少し考え、女性職員に耳打ちした。「依頼を取り消すけど前金を返却しなくていい、っていう不思議な事態が起こるかもしれないですが、気にしないでもらえますか?」


 彼女はやはり険しい顔を崩さなかったが、ある程度の事情は飲み込めているのかもしれない。僕たちから目を逸らし、それきりこちらを見ようとはしなかった。

 肯定と考えてもいいだろう。

 彼女が僕に仕事を与えたわけではないし、そもそも旅人が斡旋所を通さずに魔獣を駆除することも珍しくないのだ。中にはそういった人々が村に住み着いて、以来斡旋所に話が来なくなった例だって存在する。

 僕は小さく礼を言って、斡旋所を後にした。疑問への答えを受けていないレクシナが「ちょっと」と不満そうに裾を掴んできたが、事実を伝えると「なんだそんなことかあ」と顔を綻ばせた。魔法の技術は知っていたけれど、こんな脳天気で本当に大丈夫なのかと不安になる。


     〇


 東門からさらに東へ、馬で約二時間。

 バンザッタの水路へと繋がる川沿いからは天にまで届くような山々が臨める。南の国との国境に連なった山脈は雪化粧に覆われており、頂上付近は雲に隠れるほど高い。僕たちが――勝手に――依頼を受けた村はその麓、森のそばにぽつんとあった。

 村長に話を通し、諸々の事情に承諾を受けた上で今度は徒歩で移動する。それほど長い時間ではなかったが、疲労を伴う痛みが蓄積していて、目的地に到着する頃にはへとへとになっていた。行きだけでこれなのだ、帰りはどれだけ苦しいのだろう。まだ昼にもなっていないというのに、僕の中にあったのは日が沈む前にバンザッタへ帰れるか、という思いだけだった。日が落ちればバンザッタの街にある四つの門は閉め切られてしまう。時間的猶予がそれほどあるわけではない。

 しかも、魔獣の駆除はこの三人に任せることになってしまうのだ。


 人に害を与えている生物であるというから刑罰装置が作動しない可能性もあるが、かといって危ない橋を渡るほどの勇気はない。それに狩りなど見学したことすらない。その場にいるだけできっと邪魔になってしまうだろう。

 だから僕は目星をつけていた別の仕事をこなすことにし、彼らに一旦別れを告げた。依頼書によると山崩れがあったとかで街道の付近まで木々が流れてきているそうだ。通行に支障はないとのことでバンザッタに駐屯する王国軍の出動許可が取れなかったらしい。

 必要性が薄く、かつ、人が必要な作業は後回しにされるのが世の常である。

 僕がそういった仕事を求めていたのはリハビリのためだった。もう一週間も幽界の腕をまともに動かしていない。時間が経てば経つほど〈腕〉はさび付いていく。報酬を得られないことよりもそちらの方が余程恐ろしい。だから、今回の仕事は金を稼ぐためと言うよりも一種の修行という意味合いの方が強かった。

 だが、三人はそれを伝えた途端、顔を歪めた。


「いや、一緒に行こうよ」

「……レクシナ、今の説明、聞いてた?」

「聞いてたけどよく分かんなかった」

「なあ、ニール、一つ言っておくが」ヤクバは禿げた頭をぺちんと叩く。「お前に何かあったらどうする」

「……何かって」


 なんだかよく分からない、暖かなものがじんわりと胸に浮かんだ。彼らはうんうん、と頷き合い、同時に微笑んだ。セイクが僕の腕を掴んで、軽やかに言う。


「お前に何かあったら、なんかこっちも困りそうだろ」


 あまりにも漠然とした理由で僕は引っ張られていく。

 でも、まあ、別に悪い気はしないものだから不思議である。


     〇


 魔獣――、読んで字のごとく、強い魔力を持った獣のことである。多くは肉体が変異するだけに留まるが、中には魔法としか思えない攻撃をする生物もいるという。火を噴いたり、電気を発したり……、かつて人が魔法を使いこなせていなかった時代、獣がなぜ魔法を行使できるかわからず恐れられていたらしいが、今は昔である。

 研究者曰く、内臓の配置や肉体の構造が魔法陣としての効果を果たしている、のだそうだ。眉唾物だけれど、解剖されたそれらを参考に魔法陣という技術が生まれたというのだから真実なのだろう。例によって細かい理論は未だ靄の中にあるとのことだったが、僕には欠如したピースの行方はなんとなく想像がついた。この世界では見ることができない、遺伝子だとかそういったものが働いているに違いない。


 ただ、理解が深まったからと言って脅威がなくなったわけではない。対策や情報が広められたとしても実際に行動に移せるのは一握りで、武力のない市民たちが取れるのはまじないめいた方法や村から離れた場所で餌付けするのが精々だそうだ。バンザッタに駐屯する王国軍が習慣的に駆除を行っているが、それでも狩り漏らしが出るのは防ぎようがなく、そのため、斡旋所には頻繁に駆除依頼が寄せられていた。


「そばにいるな」


 森に入って三十分くらい経過した頃、ヤクバが唐突にそう口にした。一斉に各々が武器を構える。ヤクバは身体をすっぽりと覆うほどの大きな逆三角形の盾、セイクは短い片手直剣、レクシナは三メートルほどの鎖に繋がった杭を手にしていた。そのどれもが光を一切反射しないほどに黒い。こすれる音から金属質の物質で作られていることはわかったが、それ以上の情報も確信も持てなかった。

 僕も慌てて〈腕〉を展開する。万が一襲われた場合の自衛くらいはしなければならない。


「何匹?」普段のものとは比べものにならないほど鋭い口調で、レクシナが訊ねる。

「三匹、十時の方角」ヤクバはじろりと周囲を窺う。

「じゃあ、とりあえず二か」


 言うが早いか、セイクが地面を蹴った。

 一瞬、彼を見失う。ようやく視界に捉えた頃には彼の姿は小さくなっていた。飛び上がり、幹や枝を蹴って進む彼の姿が木々の間に隠れた瞬間、けたたましい断末魔が二つ、森の中に響き渡った。

 セイクが消えたあたりを呆然と見つめる。一瞬の出来事だった。

 これが本当にあの頭の悪い会話をしていたセイクなのか? 僕は信じられず、ヤクバとレクシナに視線を巡らせる。彼らはセイクを称えるでもなく、当然の出来事のように、何匹狩れば十分かなどと雑談をかわしていた。

 ほどなくして木々の隙間から魔獣の屍体を引き摺ったセイクが現れる。所々が返り血で赤く染まっていたが、彼の顔は晴れ晴れとしていた。


「当たりだ。ツイてるぜ」


 軽々と投げられた魔獣が僕の前で跳ねる。ずしん、と地面が揺れた気がした。


「デギ・グーじゃない、これ。これならあの村の人たちが欲しいってのも頷けるね」

「デギ・グー?」


 グー、という名前には聞き覚えがあった。イノシシに近い生物で、イルマの料理店でもグーを使った料理があったはずだ。食肉用として流通しているのならば買い取り手に困ることはないだろう。

 だが、彼らの声色にはそれ以上の興奮があった。まるで大金を拾ったかのように顔を明るくさせている。


「これなら十頭くらい狩れば借金と前借り分までいくな」

「なに、これ、そんな高いの?」

「高級品っていうより贅沢品だな。骨ごと砕いて煮込むのがうまい」

「二十ありゃメイトリンでもとりあえずは遊べるだろ」

「だね。それじゃちゃっちゃと狩ってちゃっちゃと帰ろう」


 子どもの使いをこなすかのような態度で彼らは笑う。

 本来、魔獣というものは戦いに慣れた者でも避けたがることが多い。そうでなければ斡旋所に依頼など来ない。駆除に行った者が帰ってこない、という話は何度も聞いたことがあった。

 僕は命を失い横たわるデギ・グーにそっと手を伸ばす。湧きあがる生理的嫌悪感にを堪え、左手一本で持ち上げようとする。だが、その身体は重く、投げ飛ばせるほどの余裕は感じなかった。


「おい、何してんだニール坊、早くしろよ」と急かすセイクに何とか返事をしてその場を離れた。

 あれ。

 ……この人たち、強いんじゃないか?


     〇


 実際にデギ・グーを仕留める時間より、探している時間の方が長かった気がする。デギ・グーはある程度の群れを形成して生活しているらしく、セイクがわざと逃がした一匹の逃走痕を追っていくと簡単に十匹程度の群れを発見した。デギ・グーは僕たちを見つけると雄叫びを上げ、突進してきた。

 狼狽する僕をよそに、三人は淡々と仕事をこなしていく。


 攻撃を軽々と躱したセイクが、離れ際、獣の喉元に刃を突き刺す。失速したデギ・グーは血を噴き出しながら地面を転がり、痙攣を始める。

 レクシナは舌舐めずりした後、ふわりと飛び上がり、中空から鎖のついた杭を放った。風に煽られ、森のざわめきがにわかに強くなる。木の葉がぶわりと舞い上がる。片手に三本ずつ、計六本の黒い杭は風に押され、女の細腕から投擲されたとは思えない速度でデギ・グーの胴体へと突き刺さった。苦痛に濁った嘶きが森の中を走って行く。三匹のデギ・グーは暴れて鎖をじゃらじゃらと鳴らしていたが、重要な臓器が傷つけられたようで、しばらくすると力なく地面を掻くことしかできなくなっていた。


 僕は唾を飲み込む。あまりの早業に圧倒されて言葉も出ない。

 その油断は獣にも明らかだったのか、一匹の獣が飛び出した。

 前に出ている二人の間を縫うように、焦げ茶の塊が僕へと突進してきている。その速度と、鼻先に浮かんだ火の玉に身体が強張った。距離が近づくごとに火球の大きさは増していき、ついにはバスケットボールほどの大きさにまで達した。

 攻撃できる距離まで来たら〈腕〉で振り払えばいいだけ――なのに、僕の思考は不安定にぐらぐらと揺れる。十メートル、九メートル、ぐっと歯を食いしばり、〈腕〉を構えたところで傍らにいたヤクバが一歩前に出た。彼は盾を掲げ、腰を落とし、詠唱を始める。猛烈な勢いで突進してくるデギ・グーは全身に火を纏い始めている。隕石さながら、直線的に向かってくるその塊は、舞い上がった落葉を焦がしながら大きく吠えた。


 身体の芯を振るわせる衝突音――竦み上がりそうになるのを必死で堪え、瞠目する。

 僕だったら容易にはね飛ばされているだろう、魔獣の体当たり――それをヤクバは苦もなく受け止めていた。地面に彼のつま先がめり込んでいる。加勢すべきか悩んだ瞬間、頭上に水の球が出現した。熊すら飲み込めそうな大きさの水の球は、動きが止まったデギ・グーに容赦なく襲いかかった。火と水が触れ合い蒸発する音があたりに染みこむ。

 だが、それもほとんどまばたきの間の出来事だった。水は炎をものともせずにデギ・グーを包み込み、ふわりと浮き上がった。

 混乱した獣は脚をばたばたと動かす。あぶくがぼこぼこと昇る。ヤクバはゆっくりと近づき、労るかのような静けさで短剣を刺してデギ・グーの息の根を止めた。

 ばしゃり、と血液の混じった水が地面に落ちる。


 時間にして十秒ほど――たったそれだけの時間でデギ・グーの数は半減していた。逃げることを知らない哀れな獣たちは虚しい抵抗を続けたが、それでどうなったのか、もはや語るまでもない。


     〇


「参った」ヤクバがスキンヘッドを撫でる。

「困った」セイクが肩に担いだ剣を揺らす。

「悩むね」レクシナが鎖をぶんぶんと回す。


 僕は驚きを隠せないまま、積み上げられた獣たちの死体を呆然と眺めていた。器用に積み重ねられた死体の山は僕の背丈ほどもある。幅は倍以上だ。

 まさかこれほどとは思わなかった。三人は魔法や武術を駆使し、十八匹のデギ・グーと五匹の山犬に似た魔獣を狩った。森の中に入ってから一時間かそこらだ。もしかしたらもっと早いかもしれない。それほど淀みなく、正直、これは本当に癪なんだけれども、華麗と呼ぶべき業だった。

 ただ、僕らが如何ともしがたい問題に直面しているのも事実ではある。


「どうやって運ぶ?」


 つまり、それに尽きる。

 村から徒歩で来た僕らが運ぶには魔獣は重すぎたし、多すぎた。ヤクバとセイクが二匹ずつ持ったとしても、片腕を怪我している僕と細腕のレクシナでは協力して一匹が関の山だろう。

 そして、まだ、そこまではいい。何度か往復すればいいだけの話だ。一度農村まで戻れば荷車を借りることもできるだろう。収穫が終わった直後のこの時期に一台や二台の荷車を貸せる余裕すらない、ということもあるまい。だが、バンザッタへ運搬する方法となると皆目見当がつかなかった。あの寒村にすべての魔獣を買い取るだけの資金力があるとも思えない。


 宝の島にたどり着き、金銀財宝を目の前にして船の難破を思い出す。そんな感じだ。

 そして、どうやら、その船の船長は僕らしい。三人は「どうするんだよ」と言いたげに僕を窺ってきていた。批難しようにも荷車を準備をしてこなかったのは僕も同じで、声を荒らげる権利などあるはずもなかった。


「とりあえずさ、村までは持って行こう。ヤクバとセイクができる限りの山犬を持って行って、荷車を借りて戻ってくる。バンザッタへはそれから考える。それでどう?」


 だが、セイクは不満そうに唇を尖らせた。彼は積み上げられた魔獣の群れを一瞥して、辟易とした声で抗議する。


「なんで俺らなんだよ、面倒くせえ」

「だって、セイク、さっき軽々とグーを持ち上げてたじゃないか。ヤクバだってその身体だし、楽勝だろ」

「あたしは女の子だから力なーい」

「んなもん、魔法でどうにかできるだろ」

「ずっと詠唱し続けろっての? 息が持つわけないじゃない」

「ヤクバは? やってくれる?」

「ああ、ぜひ、やらせてくれ。ちょうど重いものを運びたかったんだ」


 いやに殊勝な物言いでヤクバはデギ・グーを肩に担ぎ始める。そのさまにもっとも驚いていたのはセイクだった。正気かよ、と声を荒げ、ヤクバに詰め寄る。だが、ヤクバは動じない。静かに「お前も持て。時間がもったいない」と告げ、さっさと歩き始めた。「おい、待てって」とセイクもデギ・グーを両手に引っつかみ、後を追う。

 彼らの足取りは軽く、あっという間に見えなくなってしまった。僕が持って行って欲しかったのは山犬なんだけど、と指摘する暇もなかった。

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