第30話 評定 2

 村人達の話し合いは続く。

 戸口でそれを見守るルイは、ふっと苦い呟きを漏らした。


「初めて見た。これが村の『寄り合い』ってやつか」

「生き残りをかけた、ね」


 答えるレンの声は涼しくとも、その顔は険しく張り詰めていた。


 壊れた壁の街を遠目に、不安とともにレン達の帰りを待っていた村人。


 彼らはリツミと他の村人達の予想外の帰還に、松明を点して喜んだ。

 そして待ち人の帰還とともに、光領の進攻を知ったのだ。

 『寄り合い』はその光領の進攻から逃れるための、その道を決めるために開かれた。


 街が壊れる前までに決まっていた道は、大地が荒れた今通れなくなった。

 その代わりとなる迂回路を確認しているのだ。


 村長の家の入り口で、レンとルイ、異界人二人はことの行く末を見守っていた。

 鉱山から帰った村人達はひとまず体を休めるために己の家へ帰っている。

 リツミもここにはいない。


 だから先程シュゼから飛び出した辛辣な言葉を、彼女は聞かずに済んだ。

 レンはふう、と息をつく。


 件のシュゼはつい先程、凄まじい勢いで村長の家を飛び出して行ってしまった。

 ずいぶん頭に血が上っていたのか、戸口に立つ異界人二人にも気付かずに。


 肩を怒らせて去っていく後ろ姿を、ルイの視線が追った。


「あのシュゼっての、ほんとにジュナの弟なのかよ。兄弟で全然違うもんなんだな」


 つぶやくルイの手には、火傷の痕に綺麗に包帯が巻かれている。ジュナが自分で育てた薬草を塗り込み巻いてくれた包帯だ。

 どうやら彼には野菜作りだけでなく、医療の心得もあるようだった。

 ルイは腹にも同様に包帯を巻いてもらっている。


 手の平の火傷と腹の打ち傷。壁の街で負傷したルイはその手当てを受けた。

 そして戸口の壁に背を預けて立つ姿は、その傷の痛みをもう感じていないように見える。


 しかしレンは彼に、すぐに家の中に引っ込むよう促した。


「この分だと出立は早まる。だからルイ、あんたは無理しないで休んだほうがいいよ」

「オレはいいんだよ。オレは。……もう痛みもない」


 レンとミヤギに順番に脇を支えられながら、ルイは何とかこの村まで帰ってきた。

 壁の街で光領の兵士と遭遇し、襲われて傷を負ったのだという。


 しかし村に着いてしばらくすると、彼は再び一人で立ち上がり歩き始めてしまった。

 心配するレンやミヤギをよそに、まるで何事もなかったように。


 だが体の傷はよくなろうと、絶対に癒せない傷がある。

 むしろ深いのはそちらのほうだろう。


 紙のような白い顔をした青年に向けて、再びレンは口を開いた。


「別にこれはあんたのために言ってんじゃない。バクの様子を見てきてあげなよ。知らない村に一人じゃ、心細いでしょ」

「バクには村の連中がついてくれてる。それにあいつ、オレがいると無理するから……」

「……お互い様だね」

「何だって? てかあんたもリツミと話さなくていいのかよ。あんなに再会を喜んでたのに」

「これが終わったらね。この話し合いの中身を後でリツミに教えてあげないと」


 そして異界人の女性が再び耳を澄ませる村人達の話し合いは、具体的な道順の確認まで進んでいた。

 ろうそくに照らされながら、村の青年ジュナが地図に指を添わせる。


「険しいけど、川沿いに山を登って行こう。細い道だが、まったく知らないわけじゃない。商いに行くやつは、何度か通ったことがあるだろうし」

「ええ。とりあえず水には困らないし、それでいいと思うわ」

「最初に着くのは『砂の街』だな。足りない食料の補給もできるだろう」


 ひとまず向かう先は『砂の街』。

 ここから水脈をたどって山を登り、その先にある古いダムの手前で山を下りて、山裾に広がる砂漠を抜け、オアシスを経由してその『砂の街』へと向かうという。

 砂漠の街はこの村とも交流のある街で、少人数用ではあるが、ある程度通り道も拓かれているらしい。


「出立は、明日がいいな。光領がいつ襲ってくるか分からない。むしろこんな村、その気になればいつでも襲撃できる。今は異界人のリツミ達がいるから一旦退いてるんだ。態勢が整えばすぐに手を出してくるだろう」

「どうせ持って行ける荷物は知れてる。昼前には出られるだろうさ」

「そうね。この日が来ることは分かってたんだもの。みんな少なからず準備はできていたでしょう」

「ああ。いつでも出られるよう荷物はまとめとけって村長に言われてたからな」

「俺も明日でいいよ。けど村で過ごす夜は、これで最後なんだな……」


 誰ともなく、これから去る村への哀愁をこぼす。

 追われることがなければ去ることもなかった村への哀愁を。

 

 戸口に立つレンとルイは、しんみりと終わっていくその話し合いに耳を傾けていた。

 どうやら旅の始まりは思っていた以上に早いらしい。


「決まったな。出発は明日か……」

「ええ。だからあんたは休めっての」


 ルイがつぶやき、レンはすかさず彼の言葉に突っ込みを入れた。

 白い顔のルイはその言葉にさらに切り返す。


「ええい。休め休めって、それはあんたとミヤギもだろ……って、あれ? ミヤギはどうしたんだ?」


 ルイが見渡す先に、ネズミ連れの物静かな青年の姿はなかった。






「く~、きつかった~!! 港市連合軍のやつら、こき使ってくれやがって」


 禿頭の中年の男が、頭から水をかぶりながら感慨深げにつぶやく。

 それは壁の街で光領の兵士相手に火薬を爆発させると脅しをかけた男だった。

 

 あの時からしばらく時間が過ぎた。

 壁の街の終わりをその目におさめ、何とか村へ帰ってきた村人達。彼らは村の池で各々水を浴びていた。

 

「ふう、生き返るー。一体何日ぶりだ、水浴びなんて」


 他の村人に松明を灯してもらいながら、軍事要塞での酷な労働から帰った者達は、そのたまりにたまった汚れを洗い落としていく。

 流れていくのは労苦による汚れだけではない。

 鉱山の労働は過酷ゆえ逃げ出す者が多く、港市連合の兵士が昼夜監視の目を光らせている。その威圧に四六時中堪えていなければいけないのだ。

 口を開けば自然と港市連合軍への愚痴がこぼれた。


 だがその港市連合軍の基地も今となっては荒野の塵と化してしまった。

 村人達を縛るものは、すべて光領が滅してしまったのだ。


 そして彼らが次に消すのはこの村。


 水を浴びながら、禿頭の男は他の村人に向けてつぶやく。


「しっかしヒヤヒヤしたぜ。あの光領の兄ちゃん、火薬がはったりだって見抜いてるんだもんよ」


 急いで鉱山を飛び出したときに、火薬をくすねることなど誰の頭にもなかった。

 壁の街で言ったのは、レン達を救うためその場で考えた大嘘だ。

 ばれないよう、一応気迫を込めて演じた嘘だったが……。


 水浴びしていた村人が、禿頭の男をからかう。


「声が震えてるからバレるんだよ」

「なにおう? 誰の声が震えてるって……」


 そして思わず拳を振り上げた禿頭の男を、一緒に水を浴びていた他の村人がなだめた。


「まあまあ、仕方ないさ。相手はあのコウノだからな。見え透いた嘘が通じる相手じゃないだろう」

「そりゃあそうだな。しかしまあ、こんな田舎に随分と大物が派遣されてきたもんだ。……ああ、ダメだ。考えたらなんか不安になってきた」

「けど、こっちにもまだリツミがいるじゃないか。なんかオレ達が作業に行ってる間に異界人も増えてるし」

「そうだな。男の異界人二人はちょっと頼りなさそうだけど、何たってレンがついてきてくれるんだから」


 口々につぶやく村人達の言葉に、例の禿頭の男も首を縦に振った。


「異界人が四人か。呼びかけに応えてくれたやつがいてよかったなリツミ……って、あれ? リツミは?」


 禿頭の男が首を巡らす先に、いつの間にか白髪の異界人の女性の姿はなくなっていた。

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