第29話 評定 1

「……港市連合軍の拠点は消し飛んだ。あたしたちは拠点の外れの鉱山に行かされてて、だから助かったの」


 村に燈された松明の炎に照らされながら、その女性、リツミは話した。

 他の村人たちと一緒に難を逃れ、壁の街までたどり着いたいきさつを。


 光領が放った、赤い光線。

 それはミヤギ達の目の前で壁の街を焼いた。

 そしてその攻撃は、壁の街の手前にある港市連合軍の拠点をも灰に帰させたという。


 その話をコウノの口から聞かされたとき、レンもミヤギも覚悟した。

 港市連合軍の基地にいるというリツミ達の身がどうなったか。


 しかしリツミと村人達は窮地に陥ったミヤギとレンの前に現れ、光領の兵士達を撤退させたのだ。


 港市連合軍の拠点で労役につかされていた彼らは、そのままなら基地ごと最後を迎えてしまうはずだった。

 それを逃れられたのは、彼らがある場所での労働を任されていた故らしい。


 基地から少し離れた場所にある、鉱山の採掘作業。

 捕えられた捕虜、軍で罪を犯した者等々が回される、危険で過酷な仕事だという。

 リツミ達はその仕事を負っていたのだ。


 壁の街との軋轢で、村の人々は拠点での労働でも不利な立場に立たされていたようだった。

 しかし今回はそれが不幸中の幸いだった。


 労役が行われていた鉱山から見下ろす拠点は、光領の攻撃を受け、文字通り消えてしまった。

 それこそ跡形もなく、光線砲の直撃で蒸発してしまった。その中で働く数千の兵と、駆り出されていた街の住民と一緒に。


 皮肉にも最も酷な仕事に行かされていた村人たちが九死に一生を得たのだ。


 拠点が壊滅したことで鉱山の監視の兵士達は混乱状態。

 その隙をついて、村人達は鉱山を出たのだった。


 村長が深く息を吸い込む。


 街が壊れたその日、帰ってきたリツミ達の話を聞いた村長は、緊急に村の集会を招集した。

 村長の家には、村の古参の住人達が集まった。ミヤギが初めて村長の家を訪ねたときにいた老人達だ。

 その老人達は今ろうそくの炎を囲み、神妙な面持ちをしている。


「拠点を撃ち抜いて、街まで壊滅させるとは」

「直線上にあるものは熱波ですべて消し飛んだだろう」

「やはり、投降したほうがいいのではないかのう……」

「何をもうろくしたことを言っとるんじゃ、文官」


 顔に鋭く巨大な古傷を刻んだ老人に、柔和な顔をした老人がたしなめられる。

 そのまま傷のある老人は腕を組んで続けた。


「兵器の噂は聞いていたが、稼働させたのはこれが初めてだろうな。この荒野を『実験』に使ったわけだ。光領のやつら、戦力は足りてるくせに随分戦を長引かせると思ったら、目的はこれか」

「荒野の基地から壁の街まで撃ち抜くとは、とんでもない射程じゃのう」

「射程と言ったら、この村だって範囲内でしょう?」


 猫を抱いた老女が口に出す。

 それに対して、先ほど文官と呼ばれた――恐らくこのなかで一番学があって理性的な人物であるためそのあだ名がついているのだろう――老人は、おずおずとしながらも自らの見解を述べた。


「それはまだ大丈夫じゃろう。動力が何かは知らんが、あれほどの威力、充填には相当時間がかかるはず。それに、ワシら五十人足らずにそんなものを使おうとは思わんだろう。派兵したほうが断然早い。ここを撃ったら水辺も干上がってしまうかもしれんしのう」

「ああ、派兵したほうが早い。だからもうそろそろこの隠れ里を見つけて兵を送ってくるだろうさ。……時間がない」


 そして顔に傷を刻んだ元は戦陣の大将を務めていそうな老人は、皆の中心に広げられた一枚の古い地図に指を置いた。


「首都への道を変えねばならんな」

「ああ、壁の街の先へは行けない。あの攻撃で大地は完全に荒らされた。もう戦車以外まともに通れる道ではないだろう」

「それにあの道は光領の進軍路になる。正規のルートは使えない」


 ろうそくの火が揺れる。

 ジュナが言っていた通り、老人達は元軍人か何かなのか、雰囲気も相まって村の集会というより軍事会議といった感じだった。


「山あいの細い道を行かねばならんか。過酷な旅になるのう……」


 地図に一本の線が引かれる。

 その一本の線を見て、老人達は一様に押し黙ってしまった。

 しかし旅路を確認し押し黙った老人たちに代わって、出し抜けに若い衆の中から大声が飛んだ。


「だから俺は嫌だったんだ! リツミなんかを村に置いとくのは。あいつらがいたら、光領のいい的だ!」

「シュゼ、何を言い出すんだ」


 大声の主、シュゼは、いさめる他の村人の声に怖じることなく先を続けた。


「光領の奴らが言ったらしいじゃねえか。壁の街は異界人どものせいで投降も許されずに滅んだって。この村だって同じだ。あいつらがいたら、光領にどんな大部隊で乗り込まれるか分からない」


 爬虫類の目が、底冷えする光を放った。


「その前に投降するんだ! 異界人どもを光領に差し出せ!」


 それを制したのは、今まで黙って話を聞いていた村長だった。


「やめな、シュゼ。あの子たちがいなくても、光領はこの村を潰すだろう。やつら最初から、街は光線砲で消すつもりだったのさ。ここにはもう、自分たちと街の人間を足して生かしておくだけの資源はないからね」

「そんなことない! 壁の街はリツミへの見せしめだ! それがなんで、俺たちが危険な旅に出なきゃならないんだ!」

「言っただろう。資源を分け合う人間は少ないにこしたことはない。ここは水源だ。水場を占領するあたしらを、光領は邪魔だと思うだろう。あんたの言ってることは逆なのさ、シュゼ。差し出したあの子たちは異界人……戦力として生かされるかもしれないが、あたしたちは駄目だ」

「殺されるのは俺達のほうだって言うのか?」

「さあね。あたしたちは殺されるかもしれないし、殺されないかもしれない。だが、この面子を見ても分かる通り、年寄りと子どもばかりだ。保護したところで向こうに何の益もない」


 その言葉に他の老人達の顔も曇った。


「自分たちのことをよくそこまで言えたのう……」

「本当のことさ」


 そして村長は、シュゼが次の言葉を口に出す前に、村人達に首を巡らしこう言った。


「分かってるね、諸君。あたしたちにはもう、一つの道しか残ってない」

「ああ、村はもう終わりじゃ」


 落胆した顔をしながらも、村人達はうなずきあう。

 これから向かう険しい道のりをどう行くか、次の話合いを始めようとしていた。


 ただ一人、シュゼの苦々しい舌打ちだけがその場に残った。

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