第28話 街の終わり 3

「この男、異界人にしては非力。だが、敵となるならわざわざ生かしておく必要もない」


 ミヤギを冷たく見下ろすメルベ。

 彼女が細剣の切っ先を引く。


 剣を横なぎに振り抜き、ミヤギの首を落とすために。

 思わず目をつぶった。


 しかしミヤギの首が飛ぶことはなかった。


 金属と固いものがぶつかる鈍い音が鳴る。

 剣撃の一瞬のすきに入り込んだのはレンだった。


「ミヤギくんに何の恨みがあるのか知らないけど、いきなり何するのっ!」


 鞘に入ったままの大剣でメルベの剣を受け止める。

 ギリギリと互いの得物が鳴った。


 それを見守る光領の兵士達は囁き合う。


「おい、あれ『闘技場潰しのレン』だぞ。メルベ一人じゃ荷が重いんじゃないか?」

「今ならやつも身動きがとれない。今のうちにやってしまおう」


 兵士の一人が長銃を構える。そのまま、メルベの剣を受け止めるレンに狙いをつけた。

 視線を感じる。尻餅をついたままのミヤギにも銃口が向いている。

 コウノはそれを止めもせず、促しもせず、ただ黙っていた。


 兵士達は引き金に指をかける。


 狙う銃口は十数口。

 近くに隠れられるような瓦礫はない。


 ここで出くわしたときから、不利は決まっていたのかも知れない。

 コウノが、レンとミヤギの命が奪われることを黙認しているというなら、それは誰にも止められない。

 そんな気がした。


 ミヤギの前にいるのは、この世界を生きる歴戦の軍人だ。


 異界人と言えど、銃弾の速さからは逃れられないだろう。

 ……ここが詰みか。


 ミヤギはネズミを逃がそうと、ポケットを軽く叩いた。

 少しなら、もう自分で歩けるはずだ。

 ミヤギは間に合わないが、彼ならミヤギの影に隠れ、そのまま逃げられる。

 一瞬のうちに思ったのはそのことだった。


 しかしネズミはミヤギから離れようとはしなかった。

 何故だろう。何かを待つように、ポケットの隙間からじっとミヤギをうかがっている。


 しかしミヤギの周りの時は止まらない。


「狙え」


 撃ち方の狙いが澄まされる。


 レンとミヤギ、動けぬ二人に銃弾が見舞われようとしていた。

 そのとき。


 ネズミが鼻をひくつかせた。

 空気の流れが変わったのを、ミヤギも感じた。





「銃を下ろして」


 ミヤギがこの場にいる誰でもない気配を感じたのは、兵士達の後ろ側から。

 声がしたのもそこからだった。


 兵士の動きが止まった。


 雪だ、とミヤギは思った。

 空に白い光が舞う。


 そう、その人は、雪と見まがうほど白く眩しい髪をしていた。


「もう一度言うわ。銃を下ろして」


 ミヤギに発砲しようとしていた兵士の後ろをとって、『彼女』は言った。

 それに続いて、兵士の後ろに次々と人の影が現れる。


 その数はちょうど銃を構える兵士と同じほど。

 大半は中年以上の年齢で、擦り切れた服を着ていた。

 軍人ではなく、市井の人々だろう。

 彼らは次々と兵士の背後をとり、その武器を封じていく。


「悪いな光領の方々。鉱山からちょいと火薬をくすねさせてもらってよ。さっきあんたらの足下に仕掛けさせてもらった。このボタンを押せば、あんたらは俺達と心中だ。死にたくなきゃ、言う通りにしてもらおうか」


 そのうちの一人、兵士の首に刃の欠けたナイフをそわせる禿頭の男が言う。

 よく分からないが、手には彼の言う火薬の起爆スイッチのようなものを握っている。

 それに指をかけていた。

 後ろをとられた兵士が、慌てて銃を落とす。


 突然現れた人影に、目を丸くしたのはレンも同じだった。


 メルベの剣を押さえながら、その方向を振り向く。

 そしてその人物を視界に捉えて、彼女の瞳は一気に大きく見開いたのだった。


「リツミ……!」

「何だと?」


 レンのつぶやきに、メルベもその方向を振り返る。


 レンの視線の先にいるのは、先程の雪のような髪をした『彼女』。


 兵士の影に立つその人は、覚めるほど真っ白な髪をしていた。

 細い棍のような武器を、兵士の首に回し当てている。

 華奢な体格をした若い女性だ。


 そしてレンが呼んだその名前。

 あの人がリツミ。レンとルイの言っていた、村を守る異界人だろうか。


 そのリツミと呼ばれた人物は兵士の後ろをとったまま。

 彼女に続いて兵士達の動きを封じた人々も、その場を動かない。


 光領と彼らの間に、深い沈黙が落ちていた。



 しかしふっと一つ息をついて、それを破ったのは光領の兵士を率いるあの青年だった。


 一連の流れを黙って見ていたコウノ。

 彼はゆっくりと手の平を下に向ける。

 それが兵士達を退かせる合図だったらしい。


 何者かに後ろをとられていた兵士達は、合図とともに次々と銃を下ろしていく。


 ただ一人、レンの前に立つメルベだけは不服そうにコウノを見上げていたが。

 そんな彼女にも、コウノは指示を下す。


「退くんだ、メルベ。彼らの言葉の真偽はともかく、異界人相手に背後をとられ、頭から突っ込むのは賢明じゃない」


 彼の視線に捉えられ、メルベは歯がみしながらも剣を引いた。

 ミヤギに冷たい一瞥を浴びせながら、颯爽と仲間の方へ跳び退く。


 そしてつばぜり合いの格好から解放されたレンは、脇目もふらずその人に向けて叫んだ。


「リツミ……! リツミ、無事だったんだね!」


 安堵に溢れたレンの言葉に、その女性……リツミは、白い髪を揺らしてうなずいた。 


「ええ。ありがとう、レン。やっぱり来てくれてたのね」


 そのリツミの言葉にうなずき返すレンは喜色満面。

 今まで見たことのない表情で、飛び跳ねるように喜んでいる。

 仲のいい友人に、やっと会えた子どものようだった。


 反対に兵士を退かせたコウノは、冷めた瞳でリツミの姿を捉える。


「やはり戻っていたか、リツミ。何が目的か知らないが、あの村が人を募っていると聞いた。異界人を集めるなど、あなたしかいないと思っていたが」

「コウノ……そう、あなたが来ていたの。でも、それだけじゃなかったのね」


 気丈な声に悔しげな感情が混ざる。

 コウノを見つめ返すリツミの瞳もまた、彼と同じくらい迫力があった。

 しかしその目は冷たいのではなく、怒りに満ちて燃えているようにも見えた。


「やっぱりあの砲が完成したのね。でも、どうして……どうしてこの街を撃ったの? まさか完成した砲を試すために……」


 彼女の言葉の続きを察したのか、コウノは抑揚なく答える。


「リツミさん、これは戦略外の攻撃じゃない。すべては決まっていたことだ。……奇襲を仕掛けざるを得なかったのは、あの村に君たちがいる所為だ」

「な……!」


 レンが息をのむ。かまわずコウノは続けた。


「我々の攻撃からあなた方がこの街を守ろうとする可能性が常にあった。そうなると、さすがに攻略が難しくなる。異界人の力は脅威だからね。……つまりこの街は、君たちのせいで降伏も許されずに滅ぼされたというわけだ。その手段に新兵器が使われたに過ぎない」


 機械的に口にしたコウノにも、聞いているリツミにも、表情はなかった。


 怒りに体を震わせたのはレンだ。

 こちらを見下ろすコウノに向けて、大剣の先を突き付ける。


「聞かなくていいよ、リツミ。こいつら最初から、この街を港市連合への見せしめにするつもりだったんだ。それをいいように言って……!」


 突き付けられた剣先を無視して、コウノが次に見たのはミヤギだった。

 ここにきて初めて、ミヤギと目を合わせた。


「悪い、ミヤギくん。行き先を示しておいて、こんなことを言うのも心苦しいけど……」


 ミヤギを見下ろし、彼は言った。言葉ほど心苦しそうには見えなかった。

 眉も動かさず事実を淡々と告げる顔は、昇った太陽に照らされても冷え冷えとしていた。


「俺たちは一度退く。だが必ず水源を奪う。村も、無事では済まないだろう。それまでにどうするか、考えておいたほうがいい」


 そうミヤギに告げる顔は、もう荒野で手を差しのべてくれた親切な青年の顔ではなかった。

 ミヤギもただ、それを黙って見上げていた。

 





「げっほっ……! はあ、はあ……」

「兄ちゃん!」

「おー、やっぱあんた異界人か。フツーの人間ならこれで死んだぜ?」


 盛大に後ろに蹴り飛ばされたルイに、バクが駆け寄る。

 男はそれを笑って見ていた。


 バクの手を引きその場を去ろうとしたルイに、突然現れたその男は短刀をかざし斬りかかってきた。


 丸腰のルイはバクを逃がすので精一杯。


 何とか向かってきた刃をかわすが、剣撃の後しなやかに繰り出される蹴りが容赦なく腹をえぐる。

 そしてそのまま燃え落ちた建物の壁まで、恐ろしい速度で背中を叩き付けられた。


 相変わらず笑顔のまま、男は倒れ込むルイに近付いてくる。


「異界人ってことは、あんたリツミちゃんが呼んだお仲間ってことか。……気に入らねえな。ここで消しとくか」

「……っ!」


 急いでバクを突き飛ばす。

 そこに男の蹴りが見舞われた。

 再びルイは驚異的な力で蹴り飛ばされ、宙を舞う。


 普通の人間の脚力では決して有り得ない。打ち付けられた背中の壁を盛大に壊しながら、ルイはその場に仰向けで倒れた。


 男の高らかな笑い声が聞こえるが、起き上がれない。


「抵抗しないの? そんな痩せっぽっちな体じゃ抵抗もできないか。でも次避けないといい加減終わるよ?」


 ああ、終わりだ。

 せめて……せめてバクだけは遠くへ。


 しかし、


「ハクメ、その辺にしておけ。撤収命令が出た」


 突如聞こえた、第三者の声。

 その声に男……ハクメと呼ばれた男は足を止めた。


「チッ、いいとこだったのに。何邪魔してんだよユシカ」


 そして現れた者を振り向く。


「命令ってコウノの野郎だろ? 何の権限があってあいつが……」

「とにかく戻れ。今度命令違反したらさすがのお前でも罰則がつくだろ」

「つまんねえこと言うなよ。……まあいいや。戦意のない異界人なぶり殺しても面白くねえからな」

「あの男、異界人なのか。どうりでお前相手に生きてるはずだ」

「ああ。けど見ろよユシカ、あのガリッガリの体。ありゃ食物連鎖の最下位だぜ」


 光領の軍人の同僚だろうか。

 ユシカというらしい若者の方へ、ハクメは短刀を腰におさめてきびすを返す。

 今までの戦闘などまるでなかったかのように、ゆったりとした足取りで同僚を追いかけていった。


 ……助かった、のだろうか。

 男は振り返ることもせず、ルイのもとを去っていく。

 興をなくした獲物を置き去りにするように。


 しかしルイにはまだ、聞かなければならないことがあった。

 どうしても、言わなければならないことがあった。


 去ろうとする背に、かすれる声で叫んだ。


「待てよ! これは……これは光領がやったのか?」


 叫んだ声に答える声は、あまりに軽く。


「そうだけど? それがどうしたの?」

「……! あんたらはそこに、そんな国に従ってんのか?」


 当然のように返ってきた答えに、体中の血が沸騰しそうになる。

 握った拳が震えた。

 しかしそんなルイを嘲笑うように、ハクメの同僚も冷めた目で青年を振り返る。


「まっすぐだな。それでは異界人と言えどこの世界では生きていけない」

「何だと……?」


 そしてその様子を眺めていたハクメは、呆れと憐れみをにじませた瞳で首を振った。

 そのまま同僚の男のほうに向き直る。ルイのことはもう見ていなかった。


「行こうぜユシカ、こいつは駄目だ。頭がどうかしてる。異界人の仕事は、この世界で破壊をはたらくことだってのに」

「この……!」

「オレ達から見れば、あの村にいてリツミに従ってるお前らのほうがおかしいって言ってるんだよ。お前らみたいなのがいなきゃ、この街もここまでされなくて済んだのに」

「……どういう意味だ?」

「さあな。そこで地面に頭こすりつけてよく考えろ、クズ異界人」


 ハクメとユシカ。ルイを笑う二人の背は瓦礫の向こうへ消えていく。

 その背に届かない手を伸ばして、拳を握って、ルイは地を叩いた。


 その音は、駆け寄ってきていたバクを立ち止まらせた。


「くそっ……! くそがっ……!」






 ミヤギの前の危機は去った。

 一時的にかも知れないが、光領はそのまま撤退した。


 その功はやはり、兵士の後ろに現れた人々にあるだろう。


 リツミとともに現れた人々は、彼女とともに港市連合軍の基地へ作業に行っていた村人達だった。

 異界人のリツミに負けぬ勇気と行動力で、光領の兵士達の動きを封じてくれたのだった。


 その光領の兵士を引き連れ、コウノはいずこかへと去っていった。

 多分街の近くに張ったキャンプかどこかに帰ったのだろうと、レンは言っていた。

 ここには生存者の調査か様子見で来ていたのだろう。そこでたまたまミヤギ達と出くわしたようだった。


 後には作業に駆り出されていたという村人たちと、それに付き添っていたリツミ。

 そしてレンとミヤギが残された。

 レンは村人たち、それからリツミと再会できたことをとりあえず喜び合った。


 途中ではぐれていたルイは、ある少年に脇を支えられながら皆に合流した。

 バク……水泥棒の仲間の一人で、ミヤギ達に抜け道の場所を教えてくれた少年。


 ルイが連れてきた子どもは、彼だけだった。


 何故かボロボロの格好で戻ったルイを、心配そうにバクは見ていた。

 何があったのか、聞き出すことは中々できなかった。

 

 ルイはどこか憔悴しきった表情で、バクはそのとなりでずっと俯いていたから。

 それはすべてが変わってしまったことを、知っている者達の顔だった。


 そう。昨日までの壁の街は、もうこの地上に存在しない。


 破壊は尽くされた。

 ミヤギは、何もできなかった。





 それからしばらく一行は生存者を探して街を回ったが、誰一人探し出すことはできなかった。

 撃ち抜かれた直下――かつては上流階級が住んでいた街の中心部は大きな地割れになってしまって、街を半分に切り裂く、一本の谷が現れていた。

 

 それがあまりに深すぎて、その向こう側へ行くことはできなかった。

 幸運にどこかで生き残った者もいたかもしれないが、いたとしたら、ミヤギ達が着く前に光領が連れて行ってしまったかも知れない。 


 陽が傾いていく。

 気付けば夜明けのあの瞬間から、ずいぶん時が流れた。


 もう村へ帰らねば、ここで夜を迎えることになってしまうだろう。


 帰り際、ルイは街の子どもたちのために、土を固めて小さな碑を建てた。

 墓代わりのその碑から、斜めに影が伸びていく。


 不意に遠くから音がした。

 黒く焦げた砂壁が、崩れ去っていく音だった。


 何もない。すべて焼けてしまった。あるのは、バクの煤まみれの横顔だけだ。


 厳しい街だった。

 疲れくたびれ、盗み盗まれ、目の前で子どもを殺そうとした。

 砂壁が街に流れる湿気さえ奪って、心まで乾かしていた。


 それもすべて灰に帰した。

 壁は崩れてもうどこにもない。


 皆しばらく言葉もなしに、街に上がる黒煙を見ていた。


 異世界、ヴァイオレンシア。

 その破壊の一端を、ミヤギはいつまでも見ていた。

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