第27話 街の終わり 2

 炎はまだ、あちらこちらにくすぶっていた。


 真っ黒になってしまった街は、最早どこがどこなのか見分けがつかない。それでも青年は、ありったけの声で呼びながら走った。


「シュンサク! レーラ! みんな……!」


 答えはない。ただ息だけが切れていく。


 この辺りが、確か子どもたちが住んでいた区域のはずだ。

 しかし、貧しい家々は先ほどの衝撃でひとたまりもなかったらしい。壁が残っている家さえ少なかった。


「くそっ! うあっ……!」


 真っ黒な何かにつまずいて、そのまま、まだ熱い地面に倒れ込む。

 何につまずいたか、振り返ったときには声も出なかった。


 起き上がって、座り込んで、地面に拳を握る。焼けた砂が指に絡んだ。

 どうして、こんなことになった?


 答えてくれる者はない。


 そして、視線を上げた先に、 


「バク……!?」


 小さい人影を見つけて、ルイは慌ててそこまで駆け寄る。


 ルイが駆けて行った先には、この街で助けてくれた水泥棒の同志の少年が立っていた。

 ……真っ青な顔をしながら、うつむいて。

 そのまま微動だにしない彼の肩をルイの手が掴んだときも、バクはうつむいたままだった。


「無事だったんだな、バク! 他のみんなは?」


 肩をつかんでゆすっても、答えはなかった。

 少年はただうつむくだけ。


「バク……?」


 名を呼んでも、目は合わない。

 バクの顔にはすすがこびり付いて、服もあちこち焦げて穴が開いていた。

 軽い火傷ばかりで大きな怪我はないようだが、様子が尋常ではなかった。


「バク、みんなは……」


 そしてルイが次の言葉を口にしようとした、そのときだった。


「敵地の真ん中でちびっこ助けとは、命捨ててんなあ」


 不意に頭上から、誰かの声が降ってきた。


 港市連合の兵士の監視塔だったものだろうか。焼け残っていた背の高い廃墟の上に、誰かが座していた。

 上がる煙のなかその姿を見てとったルイは、次の瞬間には言葉を失っていた。


「光領……」

「あれ、港市連合の人じゃないの? じゃあ誰だあんた?」


 前動作なく、その誰かは軽い着地音と一緒にルイたちのもとへ降り立った。

 ずいぶん高いところから降りてきたというのに、その体には怪我一つないどころか、その顔は落ちた衝撃さえ感じていないようだった。


 残る炎に浮かぶ、逆立てられた短髪。

 口元に深々と刻まれた長い傷痕。

 しかし、何より彼を狂気じみて見せたのはその目だった。

 三日月のような目が、笑っていた。


 ルイの背に冷たいものが走る。


 彼の正体は一目で分かった。

 肩口に付いた、光を表す紋様の腕章。

 光領の兵士だ。


 その男は歩を進めるのがいかにも楽しそうに、ゆっくりとこちらへ近づいてきた。

 腰には二本の短刀。


 水色の瞳が、ルイとバクを映して面白そうに光る。

 獲物を捉えた肉食獣の目だ。


 自然と体が身構えた。

 気付けば手に汗を握っていた。


 光領の兵士に狙われている。

 それ以上に、こいつは――。


「異界人……」

「そう。おたくは誰? 無事でこんなとこにいるってことは、今来たの? てことはもしかしてあの村の人? 何しに来たの? こんな死地に」


 するりと、音もなく二本の短刀が構えられる。

 男の口角が上がった。


 冷や汗が首筋を伝う。

 思わず息をのんだ。

 本能が言う。こいつから、早く離れなければ。


 微動だにしないバクの手を引く。

 焦るルイをよそに、目の前の男は短刀の一本を口元に持ってくると、使いこまれた刀身をぬらぬら炎の明かりにかざした。


「まあまあ、ちょっと遊んで行けよ。この状況の感想をいろいろと教えてくれ」





 集まり始めた光領の兵士を見上げて、レンが歯をくいしばる。


「この攻撃はやっぱり……」


 彼女の鋭い眼光に、一斉に兵士達の銃口が集中する。

 しかしレンは怖じることなく、その中心にいたある人物に問いかけた。


「この街に何をしたの?」


 問われた者。整った目元をした異界人の青年は、その表情を一切崩すことなく答えた。


「ある兵器を使った。光線銃を巨大化したものだと思ってくれたらいい。夜明けに放ったのはその一撃だけだ」


 ――コウノ。

 荒野でミヤギを助け、行く先を示し、そして今光領の兵士達を率いて瓦礫の上に立っている人物。


 彼の言葉に、レンの唇がわずかに震えた。

 コウノを見上げる目が見開く。


「光線銃……まさか、撃ち抜いたのはここだけじゃなくて……」

「港市連合軍の基地はこの街の直線上に位置していた。さっきの攻撃で破壊されて、今は何も残っていない」


 レンの唇からはもう言葉は出なかった。


 ミヤギにもその意味は理解できた。


 この街の手前には港市連合軍の基地がある。

 そしてそこには村の人々と、リツミがいるはずだった。

 

 コウノの言う通りなら、リツミたちが作業に駆り出されているという基地が落ちたのだ。

 この街と同じように、燃やし尽くされて。


 何も残っていないというコウノの言葉は嘘ではないだろう。

 手前に存在する基地を落とす必要がないから、彼らはこうして街まで軍を進めることができている。


 レンが握った拳が、ぎりぎりと音を立てる。

 コウノはそれを、冷えた目で見ていた。


 光領の兵士とミヤギ達の間に、冷たい沈黙が流れる。


 しかしこのままでいるわけにはいかない。

 光領の兵士達は銃口を構えたままだ。


 それがこちらに狙いをつけたら最後だろう。

 その前にどこかへ隠れなければ。


 そして銃口だけではない。

 コウノの背の向こう側。そこから自分に向かってくる強い殺気に、ミヤギは気付いたのだ。


 刃が迫ったのは一瞬だった。


「やはり、行かせるべきではなかった……」


 女はそうつぶやくと、瓦礫を蹴って飛び上がった。

 手にした白刃がきらめく。


 最初の一撃をかわすために、ミヤギは後ろに尻餅をついた。

 女はすかさず追い討ちをかける。


 レンが剣を構える。

 しかし女の動きはそれより速かった。


「コウノ様、やはりこの男は光領の前に立った。この女……レンと一緒にいるということは、リツミに付いたのでしょう。虫酸の走る選択だわ」


 襲撃者――メルベの剣が、ミヤギの喉元を指す。

 荒野で会ったときより数倍険しい目で、これから葬ろうとする相手を睨んでいた。

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