第24話 破壊の足音 4

 それは『破壊』の数刻前のこと。


 立ち並ぶ数百の岩の塔。

 そのうちの一つ。荒野を見渡す最上階。

 そこに十名ほどの人が集まっていた。


 円形のテーブル。

 その周りに、いずれも恰幅のいい壮年を過ぎる歳の男達が並ぶ。

 テーブルの真ん中に置かれたオイルランプが、しわを刻んだそれぞれの顔を照らしていた。


 褐色の軍服には、皆胸の辺りに褪せた徽章が下がっている。


 部屋の内には彼らとは別にもう一人、軍服に徽章の下がっていない若い士官が隅で膝をついていた。

 その士官に、テーブルを囲む男の一人が命じる。下がった徽章が最も多く、軍服に年季が入った初老の男だった。


「――報告しろ、分析官」

「はっ。『壁の街』と港市連合軍の基地、それらはちょうどこの砲の射程の直線上に位置しています。……故に、発射は一回に抑えられるかと」


 膝をついたまま淡々と述べる士官の言葉に、満足げに男は頷いた。

 男はそのまま集まる面々に向き直ると、歳を重ねた低い声で言う。


「諸君。聞いた通りだ。思った以上の好条件だろう。実行は夜明けにしよう。早く終わらせてしまいたい」


 その言葉に応じる声は様々だった。


「しかし、コウノが賛成するかどうか……」

「構わん。やつの言う通りにしていたら、この辺鄙な国を落とすのにどれほどかかるか。兵器の充填はとっくに終わっている。これ以上実行を延ばす必要もなかろう」

「あの男が派遣されてきたおかげで、余計な時間がかかってしまった。王の忠臣か何か知らないが、戦闘にも参加せず口だけは出す。まったく、厄介極まりない」

「この基地の周りの掃除はまあ見事だったが、異界人の使いどころはそこまで。あとは火力の問題よ」


 集った面々から口々に出る言葉は、嫌悪と疲労の混じったしゃがれ声。

 しかし皆思うところは最終的に同じのようだった。


「そうだ。火力の問題だ。発射をやめにする理由は何もない。私も夜明けで構わん」

「これは我々が派兵されてきたときから決まっていたこと。光領本国の意向でもある。今撃たなくていつ撃つというのだ」

「付近の偵察部隊は数日前から撤収させている。あとはあの貧しい街を撃ち抜くだけ。行軍路が広く開くな」

「しかし良いのか。あの街、本当に補給には使えんのか?」

「あの街にはもはや大した物は残っていない。兵糧攻めに耐えるだけの空の街だ。補給はこの基地があれば足りる」

「水場さえ残ればそれでいいだろう。水源はあれの射程から外れている」

「しかしあの街もしぶとい。あのような状態になってもまだ降伏せぬとは。港市連合はよっぽどあそこで踏ん張りたいのか」

「はたまた降伏を判断する指導者さえ逃げ出してしまっているのか。そうだとすれば、いまだにあそこで戦い続けている兵士達も哀れなものだな」


 まとまっていく意見。同じ方向を向く面々。

 再び満足そうに、徽章の多い老軍人は頷いた。


「決まりだな。二つ同時に面倒を消し去れる。本国もこれで満足だろう。コウノにもこの基地に留まらず、さっさと次の段階へ進んでもらえる」

「我々も面倒が片付くというわけじゃな」

「異界人の為すべきことを為してもらわねばな。やつにも前線で頑張ってもらおう。こんな所で上官を気取っていては、若い主も悲しむだろうからな」





 ――暗い石の回廊を、男は歩いていた。

 目鼻が尖った顔が、灯る明かりに浮かび上がる。


 男はなんら目的もないように、腕を頭の後ろで組んで鼻歌交じりに歩いていた。

 軽い足取りで回廊の奥へと進んでいく。


 そして行く先に知った顔を見つけて、彼は微笑んだ。

 にんまりと笑った顔は、そのままその名を呼ぶ。


「よう、コウノ。そんなとこで何を気難しい顔してんだよ」

「ハクメか」


 名を呼ばれた青年は、どこか気だるげな様子でつぶやいた。

 名を呼んだ相手の顔も見ず、ただ背を預けていた石壁にそのまま寄り掛かり続ける。


 青年が見つめるのは暗い回廊。そのずっと向こう側には、明かりのついた部屋が一つ。

 そこから漏れてくる低い声。ひそひそと交わされる夜ふけの作戦会議を、異界人の耳はほぼ完全に聞き取ることができる。

 この距離からでもだ。


 そして聞こえたその会話の内容を知った男は、コウノの後ろで囁いた。

 声に、喜色という隠しきれない蜜を混ざり込ませながら。


「とうとう決まったな。アレの使用が」


 口角を思い切り上げて、男は笑った。口元に刻まれた長い傷跡が歪む。

 それはこの状況下で常人には浮かべようのない、狂気交じりの笑みだった。

 楽しそうに、嬉しそうに、破壊を歓迎する顔だった。

 

「テウバのときは間に合わなかったが、ようやくお前も凄惨な景色を見られるんだな」


 吊り上がった笑みのまま、男はコウノのとなりで囁く。これ以上なく笑った。

 コウノが何も言わないのを見ると、それでも愉快げに先を続けた。


「テウバ……ありゃ良かったなあ。指揮官共は敵のゲリラ攻撃に頭を悩ませてたらしいけど、その問題も異界人部隊が到着して解決。穴の中に潜り込んだテウバの連中を探すには、オレたちは格好の駒だった。――まあ、楽しかったのはその後だけど」


 男が回廊を歩き回る。

 ステップを踏むように、軽い足取りで。


「しかし、ハゲ軍人どもは言いたい放題だな。オレ達はあいつらに上げられない功を上げたのに、ずいぶんな言われようだ。まあいいや、ここを出るときに一人二人シメちまおうぜ」


 コウノは自らのそばを行ったり来たりする足音には構わず、漏れ聞こえる軍議の声に耳を澄まし続けていた。

 男も構わず話を続ける。


「ああ、それにしても楽しかったなあ、テウバ。他の奴らも結構楽しんでた。後で作戦の真相を知った新顔のフリュイは、初戦で心が折れちまったみてえだが。あいつもこれで一皮むけるだろうさ。――ああそうだ、新顔といえば、」


 廊下を軽やかに歩き回っていた男は突然、演技がかった動きで大袈裟にコウノを振り返った。


「聞いたぜ、この世界に来たばっかの新人に、あの村への行き方を教えてやったんだって? そいつ今頃はまだ壁の街にいるかもな。あーあ、可哀想に。来たばっかでもう終了かよ。まあ、あの村に行きたいなんて変わり者、さっさと消しといたほうが正解だけど。お前もそう思ったんだろ? だからを教えてやったんだ」

「…………」

「結局お前は自分の手も汚さずに、面倒を一つ片付けたってことだ。きれいな顔して、メルベの嬢ちゃんの数段上を行くわるだねえ。アルテリア様もさぞお喜びだろうよ。お前が自分の目の届かないところで尽くした極悪非道っぷりを聞いたら」


 コウノは何も言わなかった。

 男……ハクメと呼んだ男の脇を抜け、静かにその場を後にする。


 背中越しに一言だけ男に向けてつぶやいた。


「発射後の作戦は追って伝える。それまで休んでおけ」


 そのままハクメの方を振り返ることもなく、青年は回廊の暗闇の中へ消える。


 石造りの廊下には、男一人が残された。

 突っ立ったまま思う。一体あの青年は何を考えているのか。

 残された者はしばらくつまらなそうに顔をしかめていたが、部屋から漏れ聞こえた軍人達の会話の続きに、再び目を輝かせた。

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