第21話 破壊の足音 1

 村長の家を出ると、村には夕暮れの薄闇がかかり始めていた。 


 昼間よりずっと涼しい風が吹いていく。

 その日は三人、村の空き家を借りて眠ることになった。


 ジュナに案内されて、村の端の方にある家屋へと進む。

 その途中、畑から戻ってきた村人達が、物珍しそうにミヤギとルイを取り囲んだ。


 村人のほとんどは六十を過ぎた老人。後は小さな子ども達だ。若者は数人しかいないらしい。

 総勢で五十人に満たない、本当に小さな村だ。

 今はそのうち十名ほどが港市連合軍の基地の労働に駆り出されているため、実質いるのは四十人ほどだという。

 その十人の帰りを待って、ミヤギもこの村と共に旅に出るのだ。


 レンがルイとミヤギの間に立って、村人達に新しくやって来た異界人のことを紹介してくれる。


 貧しい服を着た子ども達は、興味津々といった感じでルイとミヤギを質問攻めにした。


「ほんとに異界人なのー?」

「ねえ、お兄ちゃんが元いたのってどんな世界?」

「世界を超えるってどんな感じ? 恐かった?」


 さすがにルイは子ども達と仲良くなるスキルが高いのか、矢継ぎ早の質問にも得意げにするする答えていく。

 ミヤギも、戸惑いながらも彼らの質問に答えていた。


 しかしその中で一つ気になった問いが、


「ねえねえ、異界人ってことは、お兄ちゃんも『神さま』に会ったの?」


 無垢な少年の瞳が、異界人の青年の視線を捉える。

 ミヤギはその言葉に首をかしげるしかなかった。


 『神さま』。


 何度も耳にして、何度も聞きそびれていた言葉だった。


 思わずレンを振り返る。


「――その、『神さま』っていうのは? この世界にたどり着くことと、何か関係があるんでしょうか?」

「って、あれ、ミヤギくん、『神さま』に会ってないの?」


 レンもルイもコウノも、みな同じことを言う。


 どうやら『神さま』という存在と会うのが、この世界に入る前の儀式であるらしい。

 そしてそれはどんな異界人にも共通なのだ。

 その共通の儀式を、何故かミヤギはすっ飛ばしたようだった。


「はい。僕が最初に会った異界人は、僕らは『神さま』にこの世界に連れてこられたって、教えてくれましたけど」

「そう。あたしたち――異界人と呼ばれる人間は、ある目的のためにこの世界に呼ばれた。そしてあたしたちを呼んだのは、この世界の『神』を名乗る存在」

「この世界の一つの種族を勝たせるために、僕らを呼んだ神さま……」

「何とも物騒な目的のために呼んでくれたもんだよね。『神さま』はこの世界に来たばかりの人間に会って、この世界の理を教える。どうしたら元の世界に帰れるのかも、よく教えてくれるよ。自分が勝手に連れてきておいてね。――でも最初に異界人に言うことは決まってる」


 この世界の水を口にした異邦の者は、例外なくこの争いに巻き込まれる。

 ――今や神話となった、有名な口上だという。それこそ知らない異界人はいないくらいの。


「水……」


 思わず、かばんの中の水の入った瓶を押さえる。

 この世界で異界人が水を口にする、とは、一国を残すための戦いに参加することを示すらしい。

 ミヤギも確かに、荒野で雨水を摂取した。


「まあ、これはただの言い伝えの口上みたいなもんだね。水なんて必ずどこかで飲むものだから、誰でも必然的に戦いに参加させられることになるわけだ」

「異界人はみんなその口上を『神さま』から聞くんですね。どうして僕は……」

「うーん、全員が全員会うわけじゃないのかもね。会っても大ざっぱな世界の話をしてくれるだけだから、そんなに気にすることでもないと思うよ」


 そういうものなのだろうか。

 それがどんな姿をしているのかは想像だにしないが、ただの『神さま』の気まぐれで、ミヤギはいきなりこの世界に放り出されたのだろうか。


 おどけたように言ったレンは、空き家に向けて再び歩き出す。

 考え事をしながらも、ミヤギはそれに続いた。





「オレは一旦街に帰るぜ」


 板張りの部屋で囲む囲炉裏を前に、ルイは言った。

 オレンジ色の炎がはぜる。


 異界人三人は案内してもらった村の空き家におさまり、居間のような一室で炉端に起こした火を囲んでいた。


 外から見ると小さなこの家だが、中は細かく何部屋かに仕切られている。

 古くなっているがつやのある板張りの床は、何となくミヤギに懐かしさを感じさせるものだった。


「あいつらに教えてやらなきゃ、……本当に行くって。お別れだってな」


 ルイがつぶやくのは、壁の街に残してきた子どもたちのことだった。

 彼の言葉にレンもうなずく。


「そうだね。あたしもあの子たちの様子が気になる。リツミが帰るまでまだ時間がありそうだし、もう一度戻ってみないとね」

「ああ。てか、いっそあいつらもこの旅に誘っちまうかな。親御さんを説得してさ……この旅とあの街にいるの、どっちが安全かなんて分かんねえけど」

「それも含めてよく考えな。この村は来るものは拒まない。それがどんな人間だって」

「……分かってる。何を選ぶにも命懸けだもんな、この世界。あいつらが少しでもこの世界を生きられるほうを選ばなきゃ――って、なに微笑んでるんだよ、ミヤギ」

「え? ああ、ごめん。そんなつもりじゃなかったんだけど。……昨日の夜は、全然こんな感じじゃなかったから。この世界にもこんな場所があるんだって、そう思ってたらつい」

 

 荒野で物盗りに会ったとき、光領の基地から戦場の景色を見せられたとき、壁の街で堀の下に落ちかけたとき、この世界でこんな場所に辿り着けることは決して予想できなかった。


 そしてコウノやメルベと、今目の前にいる二人の落差。

 この世界で彼らのような人格に出会うことは、あまりに予想外だった。


 そんな思いにふけるミヤギに、腕を組んだレンがしげしげと話しかける。


「そうだった。ミヤギくん、この世界に来たばっかりだったんだね。あたしはてっきりこの世界が長い旅人だと思ってたよ。すんごい落ち着いてるんだもん。ルイとは違って」

「いちいちカンに障るな……」


 レンがルイに突っ掛かるのを見て、ミヤギはほっと息をついた。


「僕も、足手まといかも知れないけど、街に戻ります。二人について行かせて下さい」

「悪いな、ミヤギ。……でもお前は足手まといじゃないぜ。お前がいなきゃ水商人に追いこまれたとき、バクとオレはどうにかなってたかも知れないし」

「そうだよ。ミヤギくんみたいな冷静な人もいなきゃ、あたしとルイだけじゃ行き詰まることもある。この旅についてきたいと思ってくれただけで、十分助けになってるよ。リツミもきっと喜ぶ」


 ちらつく炎に照らされる二人の顔は、ずいぶんと優しく、長い間の知己のように頼もしく見えた。


「一緒に首都まで。今さら抜けるとは言わせねえぜ、ミヤギ」 


 ルイのまっすぐな視線が向く。

 ありがとうと、ミヤギは何度目か覚えない笑みを浮かべた。

 この微笑みを浮かべるのも、昨日の夜には考えられなかったことだ。

 この世界を歩くのは、一人でだと思っていたから。


 ミヤギが笑ったことが分かるのだろうか。カバンから出して膝の上に乗せていたネズミが小さく目を開く。そわそわ鼻を動かして、それから炉端の火を見つめた。


「そうだった。その子も一緒だったね。ミヤギくんの相棒くん」


 レンが笑う。

 キョロキョロと周りを見回すつぶらな瞳は、炎に照らされて微笑む三人の人間の顔を不思議そうに眺めていた。


 こんなことを考えている状況ではないかも知れないが、こう思う。

 こうして誰かと話しながら暮れていく夜は、ずいぶん久しぶりのような気がした。





 ――その後は、街の子どもたちの様子を見に街へ帰ることでお互いの意見も一致し、夜も更けていった。明日の朝、三人で山を下って再び壁の街へ行くのだ。 

 そして夕食には村人に差し入れてもらった食事――様々な色の穀物を混ぜ合わせた、薄い粥のようなものだった――を食べ、三人は眠りについた。


 ミヤギは食事をとった居間に麻布の敷布を敷いて布団にしていた。

 視界の隅には、同室のルイが勢いよくイビキをかきながら寝ているのが見える。

 レンが眠っているのはとなりの部屋だ。


 体の薄いルイは、夕食のとき村人から特にたくさん粥を盛られていた。

 それを残さず一気に平らげたのだから、やはり彼は彼なりにやせ我慢を続けていたのだろう。腹に食べ物が入ると、すぐに深い眠りに落ちたようだった。

 壁の街での一か月は、想像する以上に彼の体力を奪っていたのかも知れない。


 しかし大いびきをかくルイとは違い、ミヤギは簡単に眠りに落ちることができなかった。

 明日にはもう一度壁の街まで歩かなければならない。

 何とか眠ろうとしばらく粗末な布団の上で転がっていたが、どうしてもよく寝付けず、浅い眠りと覚醒を繰り返している内にあきらめて起き上がってしまった。


 何だろう。同じ部屋にいるのはルイだけだ。

 しかし近くに脅威が迫っている気配はないのに、目をつぶった途端、何故かまぶたを閉じてはいけない衝動にかられるのだ。

 今までにない感覚だった。

 村人の移動の話を聞いて、その仲間に加わって、気持ちが高ぶっているのだろうか。


 その正体も分からないまま、ミヤギはゆっくり立ち上がると、ルイを起こさぬよう静かに外へ歩き出した。

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