第20話 山の上の隠れ里 3

「光領に追われて、ここを出るんですね」


 つぶやいたミヤギに、ルイが目を見開いて問いかける。


「何だよミヤギ、お前知らずにここまで付いてきてたのか?」


 レンも唖然とした顔で青年を振り返った。


「ミヤギくん、リツミを頼ってこの村に来た訳じゃなかったの?」

「すいません。その人のこと、僕は知らないんです。……この世界に来たばかりで荒野をさまよってた僕に、ある人が教えてくれました。戦を逃れた人々が集まる、この村のこと。僕はそれを頼りに、ここを目指していたんです」

「そうだったの。……でも、だとしたら大変なときに来ちゃったかもね」


 村長もまた、ミヤギの顔を眺めながら、すとんと骨張った肩を落とした。


「レンの言う通りさ。――客人や。どんな噂を聞いて来たのか知らないが、残念ながらこの村はもう安全じゃあない。どころか村がなくなるって最終局面さ」

 

 すいませんと、再びミヤギはつぶやく。

 村を捨てる大事に、何も知らずに踏み込んできてしまったのだ。


 うつむくミヤギに、レンが慌てて手を振る。


「ううん、謝ることないよ。あたしも早とちりして連れてきちゃったんだから。……これからこの国の首都へ向けて、村の住人の大移動が始まる。あたし達はそれに協力してくれる人を探してたんだよ」


 ミヤギにも今は分かっていた。

 勢力を広げる光領の脅威から逃れるために、この村の人々はここを発つのだ。


 コウノが言っていたのはこのことだろうか。

 異界人を集める小さな村。彼の言っていた、ミヤギを助けてくれそうな村。

 しかしミヤギが助けてもらうというより、助けを必要としているのはこの村のようだった。


 村長のしゃがれ声が、埃っぽい空気を震わせる。


「この国の首都が、国中の人間に触れを出したんだ。光領に住処を奪われた民は、首都まで逃げてくるように、とさ。……それほどまで、この国は追い込まれてるってことだけどね。ここももうすぐ、そう何日もしないうちに光領の支配下に組み込まれる。やつらはもう目前に迫ってきてる。だけど住処を奪われてからじゃ遅い。何かある前に、村人総出で逃げることにしたんだ。おこがましいことに、あんたらのような若い力を借りてね」


 ここからこの国の首都の街まで、ひたすら続く険しい悪路。生きてたどり着けるかどうかも分からぬ旅路。

 その護衛を任せられる異界人の手を、この村は必要としているのだ。


 しかし目の前に並ぶ異界人三人を前に、村長は言った。


 悪いことは言わない。今からでも引き返せるよ、と。


「移動はこの一月の間、いい日を選んで出立するよ。それまでに、三人とも本当にこの村に付いてきていいのか考えな」

「三人ともって……村長、あたしはもう決めてるよ。最後までみんなと一緒に行くからね」

「その最後ってのがどうなるか分からないから、簡単に助けてくれとは言えないんだよ。特にミヤギとかいうお客人。何も知らずにこの村に来ちまったなら、残るより引き返す方を考えた方がいい。この先には危険以外のものは何もないからね」


 村長はふっと、己に対するように小さくため息をついた。


「あたし達はあんた達に、何の報酬も出してやることができない。本当に手を借りるだけだ。それにこれはあんたらにとって、世界のことわりに逆らう旅になる。あんた達はこの世界の一つの国を勝たせるまで、元の世界に帰れない。この村を救うことは、何の益にもならないんだから」

「その理とやらがどこまで真実なのか、誰にも分からないよ。従えば帰れるって、示すものはその『理』だけ。実際に元の世界に帰った異界人はいないんだ」


 村長の言葉に反論するレンの声は重々しい。


 ことわり

 荒野の基地で聞いた、異界人が元の世界に帰るための条件。

 この世界に引き込まれた者に与えられた唯一の指針。


『気付いてるだろうけど、ここは俺たちのいた世界じゃない。そして君は、ある目的のために、この世界に呼ばれたんだ』


「たった一つを勝たせる……」


 つぶやくミヤギ。その言葉をつぐように、となりでルイが口を開いた。


「そうだ。オレも神様ってやつから、この世界の仕組みとやらを聞いた」


 しかめ面で続ける。


「でも異世界だからって、自分が帰るために他を全部潰すなんてこと……人を殺めるなんてことはできねえ。光領のやってることも、他の国がやってることも、オレには飲み込めない。――決めた。いいや、ここに来る前からホントは決まってた。オレは一緒に行くぜ。人殺しも人殺しの手伝いも勘弁だ。ミヤギ、お前もそう思って、この村に来たんだろ?」


 そしてまっすぐな、まっすぐな視線がこちらを向いた。


 その視線に答えるように、ミヤギのカバンの前側がガサガサ鳴る。

 そして埃っぽい空気の臭いを嗅ぎながら、久しぶりにネズミが顔を出した。

 ぐるぐると辺りを見回すと、最後にミヤギと目を合わせる。


 つぶらな瞳はミヤギに、その覚悟を問うようだった。


 そうだ。

 迷うことなどない。

 ルイと同じような視線を、あの時、荒野の基地であの人に向けたはずだ。


 誰にともなくうなずくと、ミヤギは村長の顔を見た。


「僕も二人と同じです。この村の人たちの旅に、付いて行かせて下さい。異界人って言っても、僕に何ができるわけでもないかも知れないけど」


 戸口でジュナが鼻をすする音がする。

 村長が頬を緩めた。唇は苦笑の形を浮かべているが、それは穏やかな表情だった。


「……そうかい。歓迎するよ、お客人。そっちの小さいお客さんもね」


 老女の視線に答えるように、ネズミが鼻を鳴らす。

 暗い部屋に一時、暖かい時間が流れた。


 ふと、レンが村長のほうに身を乗り出す。

 その顔は険しい表情を浮かべていた。


「村長、悪い知らせだよ。コウノの異界人部隊が、光領本国から派遣されてきてる。この地方が落ちるっていう、このときに。……やつらいよいよ、この国の中心になだれ込むつもりかも知れない」

「やれやれ、一大戦力だねえ。もし首都への道中追いつかれでもしたら、村の人間は骨も残らないだろう」


 コウノ。その言葉にはっとしたのは、ミヤギだけではなかったようだ。

 レンの話を聞いていたルイが尋ねる。


「コウノ? コウノってあのコウノか? オレも名前だけは知ってるけど……そいつ、光領の英雄なんだろ」

「そう。天下に名高いあのコウノくんだよ」


 答えるレンの声には、苦々しさと緊張の色が混ざっていた。

 村長も瞳を陰らせながらつぶやく。


「光領の異界人部隊がとうとうこの大陸でも動き出したようだね」

「あたしもこの大陸に帰ってきた頃だから噂しか知らないけど、やつらが上陸した同じ時期に、光領基地周辺で大規模な民衆制圧があったみたい。………まさか、」


「テウバの連中を、お前らの仲間が殺したんだよ」

「……!」


 重々しいレンの言葉を継いだのは、外から響いた冷たい声だった。


「一部が光領に反乱を企てたせいで、全員捕まって銃殺されたんだよ。岩影に隠れてたのを、無理矢理異界人に引っ張り出されてな」

「……シュゼ」


 いつの間にか、戸口に若い男が寄りかかっていた。険のある目つきで、こちらを睨んでいる。

 彼はジュナと同じような、すその擦り切れたかすりのような服を着ていた。

 しかし表情のせいか、爬虫類のようなきつい眼光が、彼をどこか狂気じみて見せている。


「どのみち基地が完成したら、テウバは用済みだったんだ。どうだ? これがこの世界だ、異界人」

「やめろ、シュゼ!」


 戸口近くにいたジュナが、男に向かって強い剣幕で言う。すると、そのシュゼという若者は忌々しげにこちらに舌打ちして去っていってしまった。


 その様子を黙して眺めていた村長が嘆息する。


「けたたましい子だねえ……」


 ジュナもこちらに向き直ると、申し訳なさそうに頭を抑えた。


「ごめんな、みんな。今のは、ああ見えて俺の弟なんだけど……。あいつ、色々あって疲れてるんだ。異界人が気に入らないみたいでさ。だからあんなこと。……さっきのは街の人間が流した噂話だから、本当のところは分からない。でも、テウバの人たちがもうあの土地にいないことは事実だ。村も死んでる」


 荒野の基地の手前で目にした村の跡。

 打ち捨てられたような、それでいて最近まで人が暮らしていた痕跡のある廃墟の群れを思い出す。そこを歩いて、コウノたちは基地に入った。

 あれは光領がこの地方に進軍したが故の光景だったのだ。


 レンは言った。

 光領の基地周辺の村は全て潰されて、生き残った者は光領に従ったか、港市連合に逃れたか、あるいは賊になってこの辺りを荒らしているか。


 テウバ。光領基地の近くに村を持っていた、岩石掘りの名人の一族だという。

 テウバの人々は光領の支配の下、あの基地の建設に携わっていた。

 しかしそれが終わった今、彼らの姿は荒野から消えてしまったという。


 光領は周りのものを何でも利用し、必要ないと分かればすぐに切り捨ててしまう。

 後に残るものはわずかな人の生きた証。

 そして光領の旗印だけ。


 その光領の進軍に常に付き従うのが、彼らが誇る『異界人部隊』。

 光領には、異界人のみで数百人規模の軍隊が存在するのだ。


 それこそが光領の脅威。

 ため息混じりに言った村長は、しかし穏やかに三人に微笑んだ。


「異界人は数多あまたいるが、中にはあんたらみたいな変わり者もいる。どうか首都まで、村の連中をよろしく頼むよ」


 その後もレンは、村長にこの辺りの情勢を細かく話した。

 彼女はその腕っ節を利用して様々な所に潜り込んでいるのか、普通の町人では知らない軍部の情報、裏社会の噂まで、自分の持つ知識を時間をかけて話した。

 村長はじっとその話を聞いていた。


 そして深い息をついて、村長は口を開く。


「ありがとうよ、レン。やっぱり移動は早くしないと駄目だね。思った以上に、ここは危険な局面にあるようだ」

「名残惜しいけど、猶予もないな。光領に来られちゃどうしようもない」


 戸口でジュナもうなだれている。

 話が終わると、村長は三人に向けて、気遣うような笑みを浮かべた。 


「今日の所は、三人とも早く休みな。ここまで長い道だっただろう。ジュナ、眠る所を用意しておあげ」

「分かった」


 青年がうなずく。


「村長、そういうことだからあたし達に遠慮は要らないよ。出立までまだ時間があるけど、困ったことがあったら何でも言ってね」

「ああ。分かってるよ、レン。……本当にすまないね」


 ジュナに付いて村長の部屋を去っていくレンとルイの背を見ながら、ミヤギは思った。


 コウノと違って彼らは、身一つで自分の意思に従って旅をしている。

 この世界に来て浅いルイも、熟練のようなレンも自分の行く先を自ら決められる。

 

 それが今のミヤギにとっては、一番の救いだった。




 ……そしてその救いと共に動き出した破壊の音に、この時ミヤギはかすかに気付いていたように思うのだ。

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