第19話 山の上の隠れ里 2
「村長。お客さんだよ」
戸口に掛かったのれんをかき上げながら、ジュナが家の内側へと顔を突っ込む。
そのままミヤギ達を中へと引き入れた。
手招きされてくぐったのれんの向こうは、薄暗い室内の光景があった。
そこはうっすらとかび臭さを漂わせているものの、ひんやりとしてどこか静謐な空気に包まれていた。
屋根は低いが、家の内側は思っていたよりもずっと広い。
そしてその薄暗がりの中に、白い頭がいくつか浮かび上がっていた。
暗さのお陰で表情までは分からないが、全員かなり歳をとった老人達のようだ。
あれがジュナの言う爺さん達だろうか。
部屋の床は板張りで、老人たちはその上に座布団のような敷き布を敷いて腰を下ろしていた。
集まって世間話でもしていたのか、皆思い思いの場所に座して茶を――多分茶を――すすっている。
のれんをくぐって現れた四人の若者に、その視線が一気に集まる。となりでルイが肩を震わせたのが分かった。
「久しぶりだねえ、レン」
そして部屋の最奥から若者達に向けて、しわがれているがよく通る声がかかる。
明かり取りの突出し窓から差し込む光。それがこの部屋の最奥を示していた。
そこに、一人の老女が座していた。
この家の主であることを表すように、部屋の奥にすっと背筋を伸ばして構えたその姿は、老いてなお存在する彼女の威厳を伝えるようだった。
その老女の前を開けるように、周りに座っていた老人達が立ち上がる。
「村長に客のようだな。じゃあ、わしらはこれで。また後で来る」
「ああ。悪いね」
奥に老女一人を残し、他の老人達が家を出ていく。
戸口ですれ違いざま、ミヤギは彼らの顔を見た。
ジュナが言った通り、確かにいかつい目付きの老人が多い。
そして、ぼろ着を身に付け、顔に深くシワを刻んでいるものの、みな瞳の輝きが強い人ばかりだった。
しかしレンは老人達のいかつさを気にした様子もなく、すれ違う老人、一人一人に手を上げて軽く挨拶する。そのときだけ、老人達は嬉しそうに微笑んで彼女に挨拶を返した。
そしてレンは、部屋の中をずんずん最奥へと歩み寄っていく。
光の下に座する老女のもとへと。
ルイとミヤギ、ジュナもそれに続いた。
村長と呼ばれる、小柄な老女。他の老人達と同じように、彼女の瞳にもまた生き生きとした光が宿っている。
そしてその老女は、目の前に現れたミヤギとルイを見るなり、困ったように顔を歪めた。
「また、若い手を借りることになっちまったねえ」
表情が崩れると、最初の印象とは違う親しさが現れた。
レンが彼女の前へ歩み出る。
「村長、リツミの呼びかけに応えてくれた二人だよ」
「ああ。こんな村にわざわざ来るってことは、それしかないだろうね。だけど、こうして目の前にその若者を見ると、何だか気が引けるねえ」
身を縮こめる老女に向けて出し抜けに言葉を発したのは、緊張しているように見えていたルイだった。
「その……『移動』はいつ始まるんだ? 首都に着ければ、ホントに安全なのか?」
「安全かどうかの確証はまったくないよ。この旅も、うわさを頼りに村を捨てるようなもんだ。だから気が引けるんだよ」
「遠慮する必要はねえよ。オレはオレがそうしたくてここまで来たんだ」
「……呆れたねえ。大した熱血漢だ。まるでリツミを見てるようだよ」
苦笑いして、老女は骨張った肩をすくめる。
「そのリツミはあいにく留守にしているが」
「ジュナから聞いた。でも、もうすぐ帰ってくるんでしょ?」
「ああ。リツミが帰ったら、いよいよ荷物をまとめないとね。行き先はどうあれ、ここでじっとしていればどのみち村は終わる」
「なら、移動はもうすぐか……」
ルイが嘆息まじりにつぶやく。
ミヤギにも段々分かってきていた。
「いよいよ旅が始まるんだね。くっそ、光領のやつら胸くそ悪い。この村がなくなるなんて……」
「この世界の摂理さ。最たる強国がすべてを飲み込むことを、神ですら認めてるんだからね。来るべきときが来ただけさ。あたし達は運がいいほうだよ。一つだけ残された希望に、すがることができるんだから」
悔しそうに拳を握るレン。村長はそれを落ち着いた瞳で見守っていた。
そして知らずにこの村に来た青年にも、今はこの事態が飲み込めていた。
「光領に追われて、ここを出るんですね」
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